BoB本戦30分前、キリトは更衣室で銃士Xから手渡された通信機をプレートアーマーに隠し、コードを袖の内側に通したあとマイクを袖口裏に隠すように取り付ける。キリトと同じものが銃士X本人と協力者のヴェンデッタ、現実への連絡係であるレンが所持している。連絡する際はバレないようにと念を押されてはいるものの、キリト本人はバレてチーミング行為として訴えられるのではと内心ビクビクしているものの、ここまで来てしまっては引き返せないので慎重に動かなければと変に緊張していた。
とはいえ銃士Xからは“考えるふりして口元を隠して喋れば大丈夫”とあっけらかんと伝えられている。それにこの通信機、今回の用途からすれば音声送信機は双方の伝達を可能にするのではなく、受信機を持っているレンのみに向けて一方的な連絡が出来るといったもの。参加している銃士Xとヴェンデッタ、キリトは互いに連絡を取れないためチーミングとバレる可能性は低いと、端末に書かれてあったヴァー・ヴィーの言葉がそう示している。あとは自分の問題というわけだ。
今回この通信機を使うのは死銃、ステルベンに襲われたプレイヤーの安否を確認するためでに必要なもの。なるべくバレないようにとしつつ更衣室を出てきた彼に待っていたのは多くの視線、予選大会で見せたあの戦いぶりに何があるのか気になったプレイヤー達のものが突き刺さり変な圧を感じている程の濃さだ。
しかしそんな視線もある人物が来たことで全てそちらへと向かった。本戦への参加権をシード枠で入手した第1回BoB優勝者の1人、ヴェンデッタがほぼ全ての視線を集めていった。既に装備が整っている状態の注目の的は、特に何を気にするでもなく本戦会場に向かう昇降機近くの壁を背に胡座をかいて座った。
協力者とはいえここまでの視線を集めるヴェンデッタに近付こうとは思えなかった。そもそもガスマスクで顔を覆っているため、どんな素顔か分からないというのもあって変に威圧感がある。あとはそんな風貌からは到底察しがつかない程にその場に
気を抜けば道端の石ころみたく気付くことないようなプレイヤーであり、それをキリトは微妙な違和感という形で察しているが言語化しにくくて腑に落ちない様子をみせる。とはいえ今はここでのやるべき事を達成しなければならない、ステルベンは現実世界の殺しをカモフラージュするために銃を撃つのなら、対象を撃たないまたは撃てないような事態になれば現実側の殺害は行われない可能性がある。
「やるしかない……!」
もう二度と、命を奪わせたりなんてしない。そう誓って本戦への出場時間をキリトは待っていた。
そして30分後、全ての本戦出場者が一斉に会場へと降り立った。
本戦の会場の名は【ISLラグナロク】と称される直径10kmからなる様々なステージが地続きになったものである、それぞれのプレイヤーは最低1000m以上は離れた状態で会場に降り立つ。そして参加者全員にサテライトスキャン端末が配られるが、これはプレイヤー同士が発見できないという事態を避けるためにあり、15分に1回参加者の位置がこの端末に表示されることで一箇所の潜伏を不可能にしプレイヤー同士の遭遇率を上昇させているのだ。
だがそれがあったとしても誰もヴェンデッタに勝てるとは思っていない、あの化け物に勝てるビジョンが全く思いつくことは無いに等しいと出場者の殆どはそう考えている。ならどうすれば勝てるか、1vs1ではまず勝つことすら不可能で無策で挑むのは愚の骨頂。複数人でも勝ち目は薄い上に、4、5人で挑んだとしても全滅される未来が見える。
とすれば、遠距離からの狙撃という手が挙げられるがスナイパーの弾丸を避けたという話も出ているため狙撃という手段も有効とは言い難い。勝てる見込みは塵芥のそれであった……ではそれで1番を諦めきれるか、となればそう思わないプレイヤーは必ず居るものだ。
1人では無理、少人数でも無理──ならばそれ以上の数を集めれば良い。そうしてヴェンデッタを倒すために集ったプレイヤーは20に届こうとしていた。事前に集まるように声をかけた訳では無い、ただある1人のプレイヤーが出した銃声がその切っ掛けを作り上げた。
予選大会でその実力を見せた猛者たちが、皆一様に都市廃墟のあるビル内へと集まってこの場所へと集めた張本人を待っている。銃の調子を確認する者、精神を落ち着けている者、ソワソワとして忙しない者と多様なプレイヤーがここには居る。それぞれの得物は違うしファイトスタイルも違うが、ここに集った経緯と意思は同じ。今は誰もが一時休戦状態にあった。
そんな中、このビルの屋上から1人のプレイヤーが降りてくる。この降りてきた彼女を含めて、ヴェンデッタを倒すための20人がようやく揃った。ここへと呼び出した本人である銃士Xは礼を言いつつ早速本題へと切り出す。
「さて、これの為に集まってくれてありがとうね皆。にしても……ヴェンデッタを倒したい人がここまで居るとはね」
「へっ、当たり前よ。1位が確定してる大会ほどクソつまんねぇモンは無いんでな」
「同感」
ヴィッカース重機関銃を携えた獅子王リッチーと、スナイパーライフルを携えゴーグルを着用する男が応えた。この獅子王リッチーは前回のBoBで高所に陣取って近付くプレイヤーを一掃する戦法を取っている。しかし弾切れにより倒されるといったあっけない最後を迎えたが、今回はそうしない選択肢を選んだ。彼らに続くように闇風が発言する。
「にしても、アンタがヴェンデッタを倒そうとはね。俺も言えたような口じゃないが肝が据わってる」
「それはどういう意味でかしら?」
「ヴァー・ヴィーはヴェンデッタの仲介屋、そんでアンタはヴァー・ヴィーとは協力関係の仲だ。下手にヴェンデッタに喧嘩売ってマズイんじゃないのかって話だ」
「ああ、それなら大丈夫よ。Vからは許可を貰ってるし……何よりヴェンデッタが負けるなんて微塵も思ってないらしいし」
「へぇ……お互いに全幅の信頼があるわけだ。中々舐められたもんだ、そうだろお前ら?」
闇風のその問いに全員が肯定の意を告げる。GGO最強の一角として君臨するヴェンデッタに対し並々ならぬ想いが、彼らの中には強く存在していることが伺える。確かにあの第1回BoBで見せつけた戦いぶりにより最強と称しても何ら不本意ではない。
だがそれでも夢を見る。このGGOをプレイする切っ掛けは何であれ彼らは夢を見てこの世界に降り立ったのだ、貴賤問わず誰もが思った夢想の世界での活躍を。これもまたその1つであり、そして今この場に集ったプレイヤー達は今一番見ている夢を実現するためにここに来ている。最強という存在を倒す、ジャイアントキリングを夢見て。
闇風、獅子王リッチー、夏侯惇、ギャレット、銃士X等々。ここに集まったプレイヤーは誰もがヴェンデッタを倒すという1つの目的のために集まった同士である。無謀と思われるだろう、チーミングと思われるだろう、だがそれをせずにヴェンデッタを倒せるビジョンは皆無なのだ。ならば今この時だけ手を取り合えば良い、あとはお互いに殺し合うだけなのだから。
1つの意思に固まった彼らを見やって、銃士Xが作戦内容を伝えていく。
「はい、じゃあヴェンデッタを倒す作戦だけど……まず目標の居場所はあの中央に聳え立つタワー、そこに居たのは確認できた。サテライトスキャンでもその位置から動いてないのも確認してる、まぁ十中八九罠でしょうね」
「第1回の時もそうだったよなアイツ、あん時は森林地帯だったがよ」
そうギャレットが言った。その戦闘行為からGGOのプレイヤーの一部からは蜘蛛の巣と称されたが、それはあながち間違いでも無いのかもしれない。続いて闇風と銃士Xを主体に話が展開されていく。
「で、次に前提条件。完全な室内戦闘になるからフルオートよりもセミオートでの運用が求められること」
「制圧射撃として運用しないのか?」
「FFで終わりたいのならフルオートでも良いけど。まぁ制圧射撃はヴェンデッタの居る階層に着いてからリッチーにやってもらう事になるわね」
「やっぱ立てこもって迎え撃つのは正義だな!」
「それでお前弾切れで負けたろーが」
「今回はもっと多めに持ってきたぜぇ?」
「何でそこに努力すんだよ……」
「はいはいお喋りはあとでね。あと前々回じゃ、相手の恐怖を煽ってバカスカ撃たせてたのもあるわ」
「やらしい手だよなホント、でも効果覿面だった」
「あれをやられるのは避けたいからね。作戦はこう、私を含めたスナイパーは中央ビルを挟むようにある2つのビル屋上にそれぞれ配置し可能なら狙撃。突入組はヴェンデッタの居る階層にエレベーターで到着後、リッチーの制圧射撃のあと3人1組になって索敵、発見次第包囲して逃げ場を無くしたあと倒す。何か意見は?」
「ヴェンデッタの居る階層は?」
「64階。さっきも確認したけど居たわ」
「罠の匂いがプンプンするなそれ」
「誘ってるのは間違いないわ。とはいえ1階ずつ確認するのも骨が折れる、なら居るであろう階層に向かって見つからなかったら他を探すしかない」
「現状それぐらいだな……他には?」
「配置の確認」
「スナイパーは互いに屋上に着いたかスコープで確認。現場は現場で任せるしかないわ」
「こういう時に通信機が欲しくなるなぁ……無い物ねだりは仕方ないが、やるしかない」
「私からは以上。もう何も無ければ作戦実行に移るわよ」
誰も口を開かなかった。それを確認した銃士Xが宣言した。
「これより、ヴェンデッタ討伐作戦を開始する!」
【ヴィッカース重機関銃】
イギリスのメトロポリタン=ヴィッカース社が開発した水冷式重機関銃。世界大戦時に運用されているが、10挺の本銃を12時間連射し計100本の銃身が摩耗して交換されたが、排莢不良や装弾不良に陥ったことは1度もない頑丈かつ信頼性の高いものとなっている。