本戦開始からおよそ30分程の時間が経った辺りで、現在の生存者数は26人。ここで5名のプレイヤーがISLラグナロクから姿を消したことになる。15分おきにサテライトスキャンによって位置は割り出されるが一時的なもので、あとは経験や勘を頼りに探し出さねばならない戦いなのだが……今回に至ってはそのセオリーは無いに等しいものであった。開始から15分後に起きた発砲音に集うように、実に20人近くものプレイヤーが都市廃墟へと集合していったのだ。
そして集った者と、2回のサテライトスキャンを経ても尚ひとつの場所から動いていない者が都市廃墟に集中し、現在に至るまでその場所に居るプレイヤーは誰もやられていない。つまりそこまでの相手を潰さなければならない事が起きているとも見て取れる、その相手がヴェンデッタであるなら尚のこと。
シンガネと呼ばれるプレイヤーをつい先程倒したシノンはそう結論づける。あの銃声がして直ぐ音のした方向へとスコープで確認すると銃士Xの持つM14EBRからのものであった、誰かにやられる可能性があるのに躊躇なく自身の居場所を知らせるのは賭けでもあったはずだ。そうまでしなければヴェンデッタを倒せないからこそ、自身の安全と最強の討伐を天秤にかけた。結果は端末から表示された現状が示している。
しかしシノンは今ヴェンデッタの討伐に参加しようとは考えなかった。確かにあれを倒して自分の実力を示したいと思っているが、複数での対処による勝利を勝利とは認めていないのもある。己だけの手で最強を打ち倒してこそ本当の勝利と言えるのだから、それが彼女の考える勝利の条件なのだ。
へカートを背負って姿勢を低くして、都市廃墟に向かわなかったプレイヤー2人の向かっているであろう鉄橋の辺りまで移動していく。鬱蒼とした木々の隙間を縫うようにしていくと、目的地付近に到着しシノンはへカートを地面に置きスコープを覗いた。殺気を抑え、自然に溶け込むように待ち続けるつもりで彼女は鉄橋と細道の境目にある太い木から飛び出したダインを捉えた。
ダインはシノンが隠れている側の岸辺まで一直線に渡り追えると伏射体勢をとって待ち構え始める。ここまで確認したところでシノンが何かの異変に気付き、SIG SAUER P228を自身の背後に向けた。彼女の視線の先にいたのはキリトであったが彼の方は両手を上げた状態で、まるで戦う意思が感じられなかった。構えながらも小声でシノンは訊ねた。
「どういうつもり?」
「見ての通り」
「アンタまた……!」
「違う違う! 実はシノンにさっきのサテライトスキャンの事を聞きたいんだ」
「なにを?」
「何で1箇所に集まってるのか知りたいんだ、知ってる人が君しかいないから」
「…………そこにいるとバレるから来なさい」
その誘いにキリトはバレないようにシノンの隣にしゃがむと、シノンはまたスコープでダインの居る鉄橋を覗き始めると同時に、キリトの質問にも片手間で答える。
「多分、さっきのあれはヴェンデッタを倒すために集まったんだと思う」
「参加者の内20人が?」
「そこまでしないと勝てない奴なのは確かよ。でも2回のスキャンで1箇所に留まってるのがヴェンデッタとすると、あそこは奴の“巣”でもあるわね」
「巣……ヴェンデッタの戦闘スタイルはアサシンなのか?」
「ええ。とはいえ接近戦は苦手じゃないし、寧ろ得意分野みたいな腕をしてる。まず接近戦に持ち込まれたら死ぬと思っていい、どんな距離からでも弾を避けられて倒されたなんて話もザラよ」
「何だその化け物……」
「それは同感……っと、来た」
話の最中だったがシノンはいつでも撃てる態勢をとる。深い森からゆっくりとアーマライト AR-17を持ったペイルライダーが現れた為だ、空間がピリと張り詰めて少ししてダインの持つSG550が火を噴いた。しかしペイルライダーは鉄橋のワイヤーに跳んで登るという立体的な回避を行い距離を詰めていく。伏射体勢のダインは上への狙いが定まりにくく、その隙を突かれてワイヤーの反動を利用しダインとの距離を更に詰めていく。
今度は膝立ちでペイルライダーを狙い撃つが、狙いからやや上向きに撃ったことで生まれたスペースに潜り頭から飛び込み、左手で地面を突き放し前転すれば、残りの距離は二十メートルにまで縮まっていた。そこからAR-17から放たれる散弾の雨が二度ダインを襲う。大きく仰け反ったダインだったが怯むことなくマガジンを交換しペイルライダーを狙ったが、射線をアクロバティックに避けながら距離を詰めリロードを済ませたペイルライダーの三射目。ダインのアバターがそこで活動を停止し、Deadの赤い表記を出す。
その戦闘を見ていたシノンは息を整え、スコープに映るペイルライダーの背中を狙ってトリガーを引こうとしたその時。標的の体にダメージエフェクトが現れ、ペイルライダーは左に倒れていった。それを見ていた2人はその音の主を探っていたが、それを発したであろうプレイヤーはどこにも見当たらない。もしやと思ったキリトの考えも束の間、シノンが奇妙なものを見た時の反応をする。
「電磁スタン弾……? この大会になんで」
「それは何なんだ」
「命中したら暫く対象をスタン状態にする特殊弾よ、1発の値段も高い上に大口径のライフルじゃなきゃ使えやしないから普通は対人で使うことは無いのに……」
「……まさか」
「えっ?」
キリトがそう呟く。だがそれを聞く前に2人は鉄橋の柱の影から現れる誰かを目撃した、スタン状態のペイルライダーへと向けられたその歩みはキリトが彼女を急かすに値する状況であった。
「シノン、あのボロマントを撃て」
「いきなりなに」
「良いから早く!」
只事とは思えない様子でそう言ったキリトに対し並々ならぬ何かがあると予想したシノンだったが、対象を切り替えてあのボロマントに狙いを定めてトリガーを引いた。弾道予測線のない射撃により、銃口から12.7×99mmの弾丸がそのボロマントに向けて放たれるが、あろうことかそのボロマントは幽霊みたく上体を後ろに反らして避けた。だが同時にキリトが前へと出て、そのボロマントに向けて光剣を振るう。
元の体勢に戻ったそのボロマントは向かってくるキリトに対し、近接武器のレイピアのようなもので対処する。光剣でも溶断できないレイピアとの鍔迫り合いで、キリトは叫ぶ。
「シノン! 彼を避難させてくれ!」
「ほう……」
「どういう意味よそれ?!」
「良いから早く! 此奴の狙いはそいつだ! 早く避難させろ!」
「邪魔を、するな」
するりとキリトを抜けていこうとしたボロマント、ステルベンだったが咄嗟に出たFive-seveNによる銃撃によって距離を取らざるを得なくなり、忌々しげに舌打ちをした。
「やはり、お前は、本物か」
「お前の目的は分かってるぞ、ステルベン! お前が何をしでかしたのかも!」
「それで、何が、出来る? 黒の、剣士」
ステルベンの目標であるペイルライダーはシノンによって引きずられながらも避難され、またも舌打ちをする。だが目の前にいるキリトに向けて宣言するように男は言った。
「これで、終わったと、思うな。必ず、殺す。絶望を、味わえ────イッツ、ショウ・タイム」
「っ、やっぱりお前……!」
キリトが駆け出した途端、柱の影に隠れるように鉄橋から身を乗り出したステルベンが消えた。取り逃してしまったが、ひとまず狙っていたペイルライダーを守り抜けたことに少しの安堵をしつつ、シノンのもとに向かうとスタン状態が解け切ってないペイルライダーがキリトに訊ねた。
「アンタ……何で助けた?」
「……事情を話すと長くなる。だがアンタは殺されかけていた、これは言える」
「殺される……? あんなハンドガンで死ぬわけ」
「今から俺の言うことをよく聞いて欲しい、アンタを助けるために」
呆気に取られていたシノンとペイルライダーだが、構わずキリトは今伝えられる情報を2人に向けて言い始める。あのパフォーマンスに合わせてペイルライダーは現実で殺されそうになっていた事、商品を受け取る為に記入した住所を盗み見て実行犯がその時を待っているだろうということを。
それを聞いて息が上がりかけたペイルライダーだったが、キリトが協力者のことを伝えると少しだけ落ち着きを取り戻し安堵の息をついた。シノンも住所を確かに記入したが、鍵とチェーンは掛けている筈だと記憶を思い出し、そもそも狙われる様な人間じゃないと頭の中で結論付ける。
「本当に助けてくれるんだな?」
「ああ。でもそれにはアンタの住所を知る必要がある、大丈夫か?」
「助かるんなら、何でもする」
「よし、なら住所を言ってくれ。協力者がリアルに戻って警察の手配をしてくれる」
「……私は周囲を警戒しておくわ」
「頼んだ」
シノンがペイルライダーとキリトから離れ、SIG SAUER 228とナイフを構えて周囲の警戒をしている間にペイルライダーはキリトに住所を伝え、バレないように口元を隠してレンに2回伝え、それを終えるとキリトも安堵の表情を浮かべながら、ペイルライダーに言う。
「暫くリアルに戻らない方が良い。多分そこで殺されかねない、警察が来るまで辛抱してくれ」
「ああ、そうさせてもらう。ありがとう」
ペイルライダーが手を差し出し、キリトは握手でそれに応える。スタン状態が消えた彼はゆっくりと立ち上がり、警戒から戻ったシノンと会う。
「俺は暫く身を隠しておく、命あっての物種だしな」
「気を付けてくれ。奴は光学迷彩で姿を隠してるから、何処に居るか分かったもんじゃない」
「OK、なら早々バレないところに隠れてるよ」
別れの挨拶を告げるとペイルライダーは近くの木に登り、木々を伝って森林地帯を駆け抜けていく。そんな救出劇の最中で、都市廃墟では何かが始まろうとしていたのだった。
【SIG SG550】
スイスのスイス・アームズ社(旧シグ社)で開発された自動小銃。大量生産されたアサルトライフルの中で命中精度が高い銃の1つ。
【アーマライト AR-17】
アメリカのアーマライト社が開発したセミオート式散弾銃。クレー射撃やトラップ競技のプレイヤーに売り込む目的で開発されているため、セミオートだが2発という装填数の少なさになっている。