中央タワー屋上で1人、M110A1 CSASSを持って力が抜けたように座り込んだ
事前に準備していたC4爆弾300g、グレネード、催涙スモーク、クレイモア2個は全部使い切り、彼の手元には残弾数9発のM110A1 CSASSとカランビットナイフ、右脚に取り付けたマチェットと背負っている収納状態のパラグライダーのみ。とはいえここからでも勝てる算段や確証があるため危機的状況とは思ってないらしい。
だが今回彼の目的はステルベンの被害者をできるだけ減らし、起こりうる殺人を阻止させること。ヴェンデッタという極上の餌を釣らせば誘蛾灯に吸い寄せられる蛾みたく来るとは思っていたが、ステルベンがこの場に来なかったことを鑑みるとメインディッシュとして扱われているのではと考えを巡らせる。それはそれで腹が立つと思ったヴェンデッタは、高度約1000mの屋上からどの場所に移動するか、ガスマスクのレンズに内蔵された望遠機能を使用した。
ざっと周りを見渡していると、何やらある方向で煙が発生しているのが見えた。倍率を下げて状況を確認していけば少しして僅かなエンジン音を捉えると道路を走るサイドカー付きのバイクが走っている様子を視界に映し、行先は砂漠地帯に向かっていることを確認すると望遠機能を停止しヴェンデッタは助走をつけて屋上から飛び出した。
空気抵抗を発生させるために体を広げ、目的地に設定した都市部と砂漠地帯の境へと傾けさせながら移動していく。上から見下ろすような形でバイクとそれを追うロボットホースの影を目視すると、先で待ち構えるために移動し300mの高度になったところで開傘させる。HALO降下の訓練をしてきて良かったと思いつつ先行していくと、ヴェンデッタは突然左へと避けた。後ろを確認すればロボットホースからの銃撃だったがハンドガンによるものであったため、避ける必要は無かったと感じつつも目標地点に到達。
リズム良く地面に足をつけパラグライダーを外すと、今度は右にローリングして過ぎ去った銃弾を確認しM110A1 CSASSを装備して狙いをステルベンの乗るロボットホースの間接部位に定めた。射出される弾丸は真っ直ぐ可動域に当たりその姿勢を崩すが、それに先んじてロボットホースから飛び降りたステルベンはAWM L115A3を装備してヴェンデッタを狙い撃つが、飛来する電磁スタン弾に何も思うことなく易々と避けると上空に居るステルベンに向けて撃った。
左横腹の辺りにダメージエフェクトを発生させたステルベンは姿勢を崩し地面と衝突し廃車の影に隠れた。少しだけ確認したが姿は見えず、またバイクのエンジン音で足音も聴けないため警戒しつつ後退していく。
「ヴェンデッタ!」
不意にバイクに乗っていたキリトがシノンの手を取りながら、こちらに来るように誘った。その声の通りに最終警戒を済ませると急いで2人のもとに駆けつける、だがヴェンデッタがシノンの様子を見ればどこか生気の抜けたような表情をしていた事に違和感を覚えた。ガスマスクに隠れた表情が険しいものになる。
とはいえ安全のために3人は砂漠地帯を走ってサテライトスキャンに映らず比較的安全な場所を目指していく。ステータス上ではこの中で一番AGIの低いヴェンデッタに合わせていくのが普通だが、こと今回に関してはシノンの動きが鈍いことを察すると何も言わずシノンをファイアーマンズキャリーで運び砂漠地帯を駆け抜け、洞窟を発見するとそこに滑り込むようにして入っていく。
シノンを降ろし座らせると、ヴェンデッタと彼女の目が合った。見上げているシノンの目はどこか呆けていたモノで、普段の彼女が見せる冷静さも時折見せる熱を持った瞳もない。まるで幼い少女のような様子を見せる彼女の目を、ヴェンデッタは同じ視線になって見つめ始めた。
まるでカウンセラーのようだとキリトは今のヴェンデッタを見てそう感じた。サテライトスキャンによって確認された20人のプレイヤーを倒した所業は、同じ人とは思えない戦闘能力を有しているにも関わらずこの光景を作り出しているのが同一人物ということに頭がバグりかける。だが驚いたのはその後だった。
「何があった」
「ふぁっ……?!」
喋ったのだ。変声機のようなもので加工されているが、無口かと思われたヴェンデッタが喋ったのである。威圧感を与えたり周囲と同調するような自然体で居るような男から、疑問を投げかける言葉が出ていた。これには対面しているシノンでさえも驚いていた。
ゆっくりとヴェンデッタはキリトの方へと顔を向けて、お構い無しにまた訊ねた。
「此奴に何があったと聞いている」
「うぇっ……あの、実は俺にもよく」
「退行の現象も見える。ストレス性のものと考えているが……冥界の射手よ」
「っ……な、なに?」
「……かなり苦しいだろうが、何があったか話せるか。お前さんが何を見たのかを知りたい」
変声機越しの声がどこか優しげで、苦しげなものがヴェンデッタの口から発せられる。あの戦いのあととは思えないほど、落ち着いた様子でシノンへと語りかけた。しかしそんなヴェンデッタの問いとは裏腹に、彼女の息が上がり始めた。何があったのか思い出して、どこか焦燥した様子で呼吸や視線が安定していなかった。
このままでは強制ログアウトされ、実行犯の魔の手に襲われかねない。唐突に片方のグローブを脱ぎ捨てたヴェンデッタは、彼女の頬に手を当てて意識を自身へと向けさせる。まだ息は上がっている、視線も安定していないがキッカケとしては十分であった。
「俺の言うことをやってみろ、よく聞いてくれ──まずは息を吐き出し続けろ、小さく、細く、息を吐き出すことだけを考えろ。他のことは考えずに」
1つ1つ丁寧に、繰り返し語りかけるようにヴェンデッタは言い続ける。意識が目の前のヴェンデッタに向けられた事で、若干不安定に息を吐き出し、酸素を求めるかのように咳き込みながら息を吸ったが、言葉のとおりに息を吐き出していく。やがてその吐き出す息が小さく、細くなっていくとシノンも大分落ち着きを取り戻していた。
視線や呼吸の安定が確認されると一安心したのか、ヴェンデッタが安堵したように見えた。やがて何かを決心したかのようにグローブを再度着けると、ヴェンデッタは立ち上がってこの洞窟から出て行こうとした。
「待って!」
ヴェンデッタの歩みを止めるようにシノンが腕を掴んだ。ガスマスクに覆われた彼の顔が彼女の方へと僅かに振り向いて、彼女の言葉を静かに聴き始めた。
「どうするつもりなの……」
「彼奴を終わらせてくるだけだ」
「死ぬかもしれないのに?」
「……この世界では死ねんよ」
「もし現実で貴方が死んだら!?」
ヴェンデッタとキリト、2人の中で共通している結論は仮想世界で現実世界の人間は殺すことは不可能であるということ。しかし彼女の慟哭はまるで、それが可能であることを示していると言っているようだった。
「あの銃が本当に現実世界で人を殺せるとしたら、今出ていったらアイツの餌食にされる! もし撃たれて死んじゃったら……そうよ、逃げれば良い。アイツから逃げ続ければきっと諦めてくれる! だから……」
静かに視線を戻し、ヴェンデッタは目を閉じる。最後に出る筈の言葉は小さく呟かれるだけであったが、“行かないで”と彼女は確かに言った。掴まれた腕が行かせまいと力を強めていき、今にも泣きそうな表情であった。ここまでやられると、ヴェンデッタは自身が経験したあの頃の事を思い出していた。
踵を返した彼はまたシノンと同じ目線になって、彼女に自らの意思を伝え始める。心に刻み、自らを戒めたあの日のことを思い出しながら。
「悪いが、それは出来ん」
「何で?!」
「あのプレイヤーにそんな力は無い、アイツの銃にも備わっておらん。故に案ずることはない」
「でも……でも…………!」
「不安か」
もう涙を隠すことは無理だった、彼女はその言葉に頷く。
「ならば証明してみせよう」
「っ──?!」
「彼奴が本当にそんな力を持っているか、俺が確かめてこよう。……7分後のサテライトスキャンまで待て、そこでお前の望む結果を見せてやる」
「ダメっ! 死んだらどうするのよ?! どうしてそこまで言えるのよ?! 」
「……お前の為だ、シノン」
「……えっ」
突然、このヴェンデッタの口から彼女のプレイヤー名が発せられたことに戸惑いを見せた。しかし構わず彼は言葉を続けた。
「お前さんが怖いと足を止めたのなら、俺はその前を行き証明してみせよう。それが俺のやるべき事なら、たとえどんな事が待ち受けていたとしても示してみせよう。お前の恐れを取り除けるのなら、何だってやろう」
「何で……そこまで」
ヴェンデッタはガスマスクの下半分に手をかけて外し、隠された目を穏やかなものにして言った。
「俺がそう望んでいるからだ、シノン」
彼女にとって、聞き慣れた声がそこにあった。
【L115A3】
イギリスのアキュラシー・インターナショナル社が開発したマグナム弾対応のライフル。7mmRem.Mag、.300WinMag、.338Lapuaの弾薬に対応しており、その内.338Lapuaを使用するAWM(Arctic Warfare Magnum)モデルをイギリス軍がL115A3として採用した。