砂地に倒れ伏したヴェンデッタは動く気配を見せない。まるで糸の切れた操り人形みたく身動きをしない、この世界で事切れたかのようなままであった。発砲後の銃身から出される硝煙が揺らめいて上空へと漂う、トカレフ T-33を握ったステルベンの手が重力に従って力なく下がり髑髏面を被っていない彼の嗤い声が砂漠地帯に木霊していく。
「無様、だな! 最強と、呼ばれた、ヴェンデッタも! この力の、前では、無力だった、ことが、証明された! お前も、やはり偽りの、強者だったと、いうことだ! 」
嗤って、笑って、呆気なく終わったことに対する可笑しさで勝利宣言を彼はした。悦に浸り意気揚々と砂漠のど真ん中で彼は笑い続けた、もはやヴェンデッタの方を見向きもしない。完全に終わったと考えていた。──その声が聞こえるまでは。
「何か嬉しいことでもあったか、小僧」
「────はっ?」
ステルベンが振り向く。そこに居たのは先程倒れて何のアクションもしなかったヴェンデッタが、幽鬼の如く彼を見つめて立っていた。殺した筈の男の幽霊をその目で見ているような気分を錯覚したステルベンは、1歩ずつゆっくりと近付いて来るヴェンデッタに対して恐れ始めた。自身でも気付いてない程の僅かに芽生えた恐怖でも、咄嗟の行動へと狩り立たせるには十分であった。
後退することも忘れてステルベンは発砲した。その銃撃は既に見切られているように何度も避けられ、遂にヴェンデッタがトカレフ T-33をその手で掴むと、銃口をステルベンへと向けるように回してディザームを行い、隙だらけの腹に靴底をぶつけるように蹴った。砂の地面に叩き付けられたステルベンは肺から強制的に息が吐き出され、今の状況に対し呆然とした様子のままヴェンデッタを見る。そのヴェンデッタはトカレフ T-33のマガジンを引き抜くとスライドを引き、そして銃を分解して砂の地面へ投げ捨てた。
全ての装備が無くなった今、ステルベンが目の前の男に対処できる術は何一つとして無い。倒れている彼の目線に合わせるように、ヴェンデッタはその場にしゃがんでステルベンの目を見た。
「なぜ……なぜ、死なない……?! なぜ、死んでない?!」
「お前の力が偽物だったからだ」
「違う……! この、力は、間違いなく」
「お前の発砲はカモフラージュなんだろう、ステルベン。現実との区別もつかなくなったか阿呆」
ゆっくりと立ち上がり、ヴェンデッタがステルベンを見下ろす。目の前の男は全てを見透かしたような声で、閻魔大王みたく淡々とステルベンのしでかした全てを暴くかのように、推理を伝え始めた。
「お前が如何にして仮想世界越しに、現実世界の人間を殺したのか言わせてもらうとしよう」
ヴェンデッタはゆっくりとした足取りで、ステルベンの足元を中心に移動していく。
「まずお前が引き起こした事件、正確にはお前たちが引き起こした事件を伝えるとしようか」
「ッ────」
「先月11月、ある人物が死亡した状態で自宅アパート内で発見された。死後数日経って腐敗状態も進んでおり警察はVRゲーム中の生活習慣病、心臓発作あたりを死亡原因として断定。まぁ司法解剖の結果から健康状態が悪かった上、何の痕跡も見つからなかったんだ、そう思っても不思議ではない……だがそれはお前たちの殺害計画の犯行によるものだった」
「……デタラメ、だ」
「本当にそうかは俺の推理を聞いて判断しろ。もっとも、お前たちには分かりきったことだろうがな」
ヴェンデッタが軽く喉の調子を整える。それが終わり、また言葉が続けられた。
「そして先の1件に続くようにして、また1人VRゲーム中に死亡していたことが発覚した……これもお前たちの企てによるものだ。違うか?」
「……違うに、決まってる。どこにそんな、証拠がある? 当てずっぽうも、いい加減にしろ!」
「証拠なら今お前が持っているだろう、複数の証拠のうちの1つだがな」
ステルベンが押し黙る。人が黙るのは言いたくない事がある時か、図星を突かれた時だ。
「今お前が装備しているメタマテリアル光歪曲迷彩、お前たちはそれを犯行に使用した」
「ッ────」
「殺害方法はこうだ。まずBoB参加者が商品を受け取る際に記入する住所を、1人がメタマテリアル光歪曲迷彩で姿を隠しながら盗み見る。確認した住所を実行犯に向かわせてターゲットの部屋に侵入し、GGOでの発砲に合わせて現実で殺害。これでGGOの発砲が現実世界の人間を殺した、という不可思議な状況が完成するわけだ」
「たった1つの、もので、犯人扱いだと……? イカれて、やがる。ただの、妄想だ」
「お前に言われたくないな。それに他にも証拠はある……まず殺害に使われた凶器から説明するとしようか」
ヴェンデッタが1つ息を吐き、ステルベンの様子を伺いながら話を続ける。動揺している様子は見られない。
「先程言った不可思議な状況を成立させる凶器は限定されてくる。もしナイフなどの刃物やロープなどを使えば必ず痕跡が生まれる、素手でも同様にな。となれば使用された凶器は薬物に限定されていく……その薬物を体内に送り込む為の注射器も使ってな」
「──ハッ、お前は、馬鹿か。注射の、痕跡も、残るだろうが」
「いいや残らんさ、何せ実行犯は針のない注射器を使用したからな。注射痕は目立たん、もしくはそれに類するものを使用して薬物を被害者の体内に打ち込んだ」
「ふざける、なよ、貴様……!」
「至って真面目だ。──ところでお前、どんな薬物を使用すれば心臓が止まると思う?」
「あ゙っ……?」
「ある記事に書かれていたが、心臓を停止させるには幾つかあってな。1つは薬殺刑に使用される麻酔薬、次に筋弛緩剤、そして塩化ナトリウムだ。これらの情報をもとに犯行に使用されたものを推理していくと──消去法で筋弛緩剤が該当する」
「ッ────!」
ステルベンが僅かに動揺の色を見せた。好機と言わんばかりに彼は攻めの態勢を取る。
「消去法で考えた場合、まず塩化ナトリウムは除外される。何せ塩分過多による死亡なら司法解剖で発覚される危険性があるからな、あとは麻酔薬か筋弛緩剤だが……アーカンソー州やオクラホマ州では薬殺刑に鎮静剤を打ったあと致死量の麻酔薬を打ち込まれるものの、過去に死にきれなかった事件が起きている。ましてや合併症や死亡事故もある麻酔薬とはいえ、生き残られる可能性を考えれば麻酔薬は不適切。ならば残された筋弛緩剤こそが凶器だと結論づけた。先の2つとは違い、打ち込めば確実に心臓の動きは弱まり停止するからな」
「……だが、解剖すれば、分かるはず」
「ああ。だが遺体は発見時、死後数日経っていて腐敗していた……これはお前たちにとってラッキーだったろう。体内に残留するはずの薬物が消える時間があったのだからな。報道内容に対して笑いを堪えるのに、さぞ必死だったろうな」
「……もし仮に、そうだとして、どうやって、侵入した? それが、分からなければ、成立はしない! ただの、妄想に、過ぎない!」
「先の言い訳でお前が犯人だと公言したように思えたが……これ以上墓穴を掘っても意味は無いぞ、その方法は既に分かっている」
「な……に……?」
「針のない注射器、致死量の筋弛緩剤。筋弛緩剤はともかく針のない注射器を手に入れるには医療機関から盗むしかない、それを鑑みるにお前たちの侵入方法はある物を使用した行為──救急隊のマスターキーを使用した侵入だ」
ステルベンの動揺が大きくなった。ヴェンデッタから目を逸らしたが、最早それは図星と捉えられる。
「実行犯は救急隊のマスターキーを使用し、鍵を解錠したのだろう。鍵や錠前の記録に残る可能性もあったとはいえ、事故死と判断されれば不必要に調べる事は無いものな。そしてこれらから推測するに、複数犯の内1人以上は確実にどのような人物かが分かる──病院関係者であり、このGGOでのプレイ時間を確保出来る立場にあることがな」
「ッ……! ッ────!」
「おそらくだが、医院長の子息やそれに続く役職の子息といったあたりか。医療従事者はそんな暇を作る事もゲーム時間を確保する事も難しい立場にあると定義すれば、自ずとそう考えられる」
それを言い終えると、ステルベンが飛びかかってきたが慌てることなく避け、突っ込んだ勢いを利用して投げ飛ばす。ヴェンデッタの視線は彼を未だに見下ろしていた。だがステルベンはヴェンデッタを見やると、笑いながら言った。
「それがどうした。お前が、どうした所で、俺を、ここに閉じ込めた、ところで、確実に、人間は、殺される! お前の、推理は、無意味だ!」
「ほぉ、自棄になって認めるか……なら良いことを教えてやろう」
ヴェンデッタ自身の顔を、反対になったステルベンの顔へと近付けて現実を告げた。
「実はお前の共犯者を警察が追跡していると言ったら、どうする?」
「…………はっ?」
「先に言っておくが、俺が記入した住所。あれは俺が人から許可を貰って使用した偽の住所だ、キリトも同じく偽の住所を記入しているだろう。それと俺の知り合いに警察の関係者が居てな、協力者と連携して確保に当たっているのだが……それでもまだ無意味と言えるか?」
ヴェンデッタが首を傾げた途端、ステルベンの体が震え始め彼は大声で叫び始めた。咄嗟に顔を上げて離れると、まるで子どもが駄々を捏ねているように暴れ始めたステルベン。もはや取り繕うことも出来ず、感情のまま暴れるしかないのだろう。聞いているかは定かでないが、ヴェンデッタは言い放つ。
「もう終わりだ、ステルベン。お前の居場所も協力者が調べあげた、お前たちが企んだ犯罪計画も水泡に帰す──大人しく罪を認めるのだな」
そして段々と、ステルベンの動きは緩慢としたものへとなっていった。