「ヴェンデッタ!」
「V!」
砂地を走ってキリトとシノンの2人が彼のもとへと向かって来ている。ヴェンデッタがそちらへと視線を向けると、キリトは砂地に落ちているレイピアと仮面の残骸を手に取って何かを思い出そうとしていて、シノンは近くまで駆け寄りヴェンデッタにある胸のダメージエフェクトを見て慌てて訊ねた。
「V、生きてるわよね?! 撃たれて何ともないのよね?!」
「落ち着け、心配ない。それよりシノンに聞きたいことがある」
「なに?」
「リアルのことだ。自宅に鍵とチェーンは掛けているか?」
「掛けてるけど、それよりVあなたの」
「お前に誓ったんだ、この程度で死ねるものか……とはいえダメージは手痛いがな。ボディアーマーを着ているとはいえ1割失ったのはキツかった」
「よかった……!」
若干強めにシノンが身を寄せて抱きしめ、ヴェンデッタはその事についてとやかく言わず遠慮がちに彼女の頭に手を添えようとしたが、その手はシノンを包むように回し肩に置かれた。少しの間そうしていると、キリトが落ちていたレイピアと仮面の残骸を持って2人に近寄り、倒れ伏しているステルベンを見やる。彼はようやくこのプレイヤーが何者であったのか思い出したのだ。
「ヴェンデッタ、コイツの正体を思い出したよ」
「……何だった」
「元笑う棺桶……ラフィン・コフィンのNo.2、ザザ。赤目のザザ、それがSAO時代の名前だ」
「成程、赤目……ねぇ」
ステルベンが被っていた仮面の残骸、目にあたる部分が赤いのは彼がそう呼ばれていた事からと結論づけると、シノンの肩を軽く叩いて少し離れるようにと伝える。とはいえ彼女からすればヴェンデッタの今までの行為は無茶無謀のそれに捉えられるのは致し方なく、彼の腰に回した手の力を逆に強めていく。それが地味にHPに影響していることに関しては口を噤み、ただステルベンに聞きたいことがあると説得するとその手を離した。
ヴェンデッタは倒れているステルベンの近くまで歩み寄り、彼の右側に着くとその場にしゃがんで訊ねた。
「なぜ、お前たちは人を殺すまでに至った?」
「…………あっ?」
「私怨によるモノとはいえゲーム内の復讐で済ませられるこの世界で、一体なぜ殺人という選択肢を取った? どうしてそんな選択肢しか取れなかったのか、俺は知りたい。知る必要がある」
「……それを、知って、どうする」
「俺は自分からこの事件に首を突っ込んだ。己の探究心に身を任せここまで来た、そしてそうしたのなら最後まで責任を持ってこの事件と関わる必要がある。そう決めたからだ」
「……お前、筋金入りの、馬鹿、なんだな」
「馬鹿で構わん。馬鹿でなければここまで来ることは出来なかったからな」
ステルベンの鼻が鳴る。付ける薬すらないヴェンデッタの有り様には最早言葉が出ない、我を通す性格のヴェンデッタは彼からすれば苦手な部類なのだから。
「楽だった、からだ」
「楽、か」
「ああ、それが、一番、手っ取り早い。気に入らない、奴は、この世から、消す。それが、楽だった、からだ」
「……それしか知らなかった、の間違いではないのか」
「いいや、違う。殺すことが、楽だった、からだ」
「ならお前の発言はおかしい点だらけだな」
「何だと……?」
「わざわざ殺害計画をたて、その為に物を用意して、実際に行動に移す……これのどこに楽がある。殺害計画がバレる可能性、盗難されたことが発覚する可能性、実行する際に誰かに見られる可能性。挙げたらキリがないがお前たちがやって来たことのどこに楽があった?」
その言葉にステルベンは何かを言おうとしたが、何も言うことは出来なかった。実際に行動するとなればそこにリスクは必ず生じる、それでも彼や彼の共犯者たちはそんな危険性を乗り越えてことを成したのだ。リスクを恐れる人間ならまずこんなことをしない。
「お前はSAO時代で自身が行った方法しか知らなかったんだろう、復讐するにしても方法は幾らでもあった。なのに何故」
「…………なら、お前たちは何故、ゼクシードを殺す、依頼を、受けなかった?!」
ステルベンの体が跳ね起き、ヴェンデッタの胸ぐらを掴む。それにより2人の距離が近付き顔とガスマスクが着きそうなまで近付いた。
「あの時、お前たちが、依頼を受けて、いれば! 俺たちが、事に、及ぶことは、無かった! お前が、殺していれば、俺たちが、やらずとも、済んだ! 全て、全てお前らの、せいだ! お前の、せいだ!」
「ザザ、お前──!」
キリトが何かを言いかけた。シノンはステルベンに何かを言おうとした。だがヴェンデッタはそれを止める、胸ぐらを掴んだ彼の手をゆっくりと外していき、ヴェンデッタは言う。
「……確かに、この責任の一端に俺が関わっている事は認めよう。お前たちの殺人行為に、俺がゼクシードを殺さなかったことが関わっているのなら、お前たちに謝罪をせねばなるまい」
“すまなかった”と、ヴェンデッタが頭を下げた。その行動に3人とも驚いて、特に一番驚いていたのは彼を罵倒していたステルベン本人だった。しかしヴェンデッタもただ謝った訳では無い、言葉を紡ぎ続けていく。
「だがそれでも、現実世界での殺人に手を染めるべきでは無かった。俺に頼らずとも、現実で殺さずとも、もっと他に方法はあった……お前たちはもっと探し続けるべきだったと俺は思う。今のお前たちにあるのは正義などではなく、忌むべき真実なのだから」
ヴェンデッタが掴んでいる手から力が抜け始めていく。ステルベンにとって、彼にとってその言葉は初めてであったからだろうか。復讐を肯定しながら、もっと別の道があったと語ったことに頭が混乱していく。
「何だよ、それ…………アイツじゃ、ないのかよ」
小さく呟かれた言葉を皮切りに、ステルベンの頭上にDISCONNECTIONの表記が現れ彼の意識が現実世界へと戻って行った。最後に呟かれた小さな本音が、ヴェンデッタの頭の中で反芻していく。しかしそれよりも、漸く死銃事件と称された出来事が佳境に向かっていることにキリトが安堵の息をついた。
「終わった、のか……」
「いや、まだ終わっておらん」
キリトの呟きにヴェンデッタは答える。そう、まだ完全に終わっている訳では無い。問題はまだ積まれたままだ。
「シノンのリアルが気になる、警察を手配しているとはいえ殺害対象の1人と考えるのなら安否を確認せねばならん」
「……それって、リアルで会わなくちゃならないってこと?」
「その通りだ。言いたくはないだろうが、シノンの住所を」
「分かった。住所は──」
「ちょっと待て」
突然のことでヴェンデッタが頭を抱えることになる。ガスマスク越しということを忘れて眉間を押さえようとしたが、阻まれてできなかった。逆にシノンはあっけらかんとした様子でヴェンデッタに疑問を呈じる。
「何よ、助けてくれるんじゃないの?」
「いや助けるがな。もうちょっと抵抗感というものをな」
「あなたは私に嘘をつくような人なんだ」
「そんなことをして何の意味があるんだ、そうじゃなくてだな」
「なら、私を助けて。助けてほしいから、あなただけに伝えるの」
「……女が無敵になる時はかなわんな、本当に」
キリトの耳に入らないように、シノンはヴェンデッタに耳打ちして住所を伝える。反対に彼の方も住所を伝えてバイクで迎えに来ることを伝えて、ヴェンデッタは重い腰を上げる。
「さて、早々に決着を付けねばならんが……何か案はあるか?」
「……全員一斉に銃を向けて頭に1発とか?」
「それより良い方法があるわよ」
シノンはキリトを手招きし近寄らせ、所持していたボール状のグレネードを起動させるとヴェンデッタに握らせて、身体を密着させた。すぐにヴェンデッタはキリトを拘束し動きを封じさせた。
「えちょあっ?!」
「悪いなキリト、そういう訳で自爆に巻き込まれてもらうぞ」
「そういう訳ってどういうわk」
キリトがそう言い切る前に閃光が3人を包み込み、ヴェンデッタの手から爆発が巻き起こった。このGGOの歴史に3人同時優勝という、これまた異例の事態が観客の目に記されたのであった。
現実世界に戻った
「朝田さーん、僕だよ。お祝いに来たんだけどー」
その声に聞き覚えはあった。彼女の知り合いである新川恭二のものだったため足を動かそうとしたが、重りのついた枷でも取り付けられたかのように虫の知らせにも似た何かが行くなと警告しているようだった。
「ねぇ、朝田さーん?」
そして何より、朝田詩乃の頭の中にはヴェンデッタの言葉が染み付いていた。助けると豪語したのだ、彼が来るまで待ってみる選択肢を取ろうとした途端、鍵がひとりでに開きドアが勢いよく開かれようとした。
「ひっ──!」
「ねぇ朝田さん、これじゃあ入れないよ……ねぇってば──ねぇ!」
ガチャガチャとドアを開けようとするがチェーンによって阻まれる。だが少しして新川恭二に近付いてくる足音が聞こえてきた。
「何だお前……がっ?!」
「ここで何をしようとしていた、君?!」
「離せ……くそっ、離せよっ!」
「話は署で聞かせてもらう!」
ドアが閉じられ、2人の声だけが聞こえている。警察と思わしき男の声と、聞き慣れていた筈の新川恭二の声だけが夜中に響き、何やらガチャりという音がしたとともに1つの音が止んでドアがノックされる。
「大丈夫でしたか?」
「は、はい! あの──」
「今はまだ外に出ないで下さい! すぐに応援を呼びます!──あ、おい待て!」
どうやら新川恭二が隙をついて逃げ出したのだろう、ドタドタと慌ただしい音が離れていくと彼女はチェーンを外してドアを開ける。寒い空気が部屋へ侵入していくが、今はそれよりあの2人がどうなっているかと気になって外へ出ると、直後にバイクのエンジン音が聞こえた。それは詩乃のアパート前に近付いた所で止まると、降車したバイクの運転手が新川恭二を拘束した。
警察らしき男がその2人に近付くと、運転手は彼を手渡して被っていたヘルメットを脱ぐ。何やら会話をしたあと運転手である男は詩乃のもとへと向かい、1階から声をかけた。
「遅くなってすまんな!」
その声がした男のもとへと彼女は一目散に向かっていく。靴も履いていないし防寒着を着ている訳では無い、ただ無性にその男に向かいたくなった詩乃を、男は受け止める。彼女の心はただこの男を思うだけで満たされていく。
「遅い……」
「悪かった。これは俺の失態だ」
「ねぇ」
「ん?」
「名前、教えて。V」
「……睦希 亮司。お前さんの名は? シノン」
彼女はその問いに、笑顔でもって答えた。
「朝田 詩乃──改めて宜しくね、V」