戦術マニアのGGO日和   作:Haganed

41 / 53
朝日

 軽快なアラーム音が部屋を駆け巡るように鳴り始めた。視界が真っ暗で目の辺りにごわごわした感触があるのは、彼がアイマスクをして眠っていたから。アイマスクを取ると彼の視界に映るのは住んでいるマンションの寝室ではなく、パソコンなどが設置された1人用の個室らしき場所。デスクに置かれている充電器に繋がれたスマホのアラームを止めて、今の時刻を確認すると8時であった。彼、睦希 亮司はネットカフェで目覚める。

 

 荷物をまとめて鍵付き個室から退出し、顔を洗ってから料金を支払いネットカフェから退出する。冬の寒さが顕著な今、早朝の寒さ具合は我慢しようとしても出来るものではなかった。とはいえ何枚か着込んでいる睦希からすれば、若干の寒さはあれども我慢できない程ではなかった。停めてあるバイクまで歩き、乗車すると彼はある場所へと向かって行く。やがて辿り着いた場所は警察署、ここに集っていた報道陣の影は無く来客用の駐輪場に停めると彼は署内に入っていく。

 

 彼がここに来た理由はたった1つ、本心を聴きに来たのだ。心の奥底で積み重なった負の感情をこの耳で聴く為に、自らが相対してこの騒動の全てを知るために睦希はここへ来た。少しして菊岡が警察署に到着し準備は整った、8時半になった所で警察職員が2人を案内し彼らはある人物と出会う。

 

 この事件に関わった、新川昌一(ステルベン)という男に。

 

 

 

 

 

 そうしておよそ2時間は経った辺り、警察署から出てきた睦希は盛大に腹を鳴らす。この時間まで何も口にしていないため致し方ないが、こうも大きな腹の虫を鳴らして羞恥のひとつも感じない睦希を見て菊岡は少し噴き出した。菊岡は少し早い昼食を、睦希は遅めの朝食を摂るため近場の喫茶店に寄る。目の前で蕎麦飯を頬張る睦希の食べっぷりに感嘆しつつ、菊岡はコーヒーカップを置いて訊ねた。

 

 

「ねぇ、本当にやるのかい? 態々君がしなくても良いと思うんだけど」

 

 

 咀嚼のあと胃へと流していき、水を少し飲んで1つ息を吐くと睦希は答える。

 

 

「阿呆。ここまで関わってきて今更人任せにするのは気が引けるのだ、彼奴との約束も無下に出来ん」

 

「変な所で強情だね君、普通事件に関わって解決に導いただけでも勲章物なのに」

 

「悪いがやり切らねば納得のいかん質でな。それに──」

 

「ん?」

 

「……俺は、人から理解されずに生きてきた。彼奴の、新川昌一の味わった苦しみとはベクトルが違うが、人から受けた苦しみの重さは十二分に知っている」

 

 

 睦希はその言葉を述べた後、また蕎麦飯を口へと放り込んでいく。が、1口放り込んだだけで先割れスプーンを持つ手を止めると続けて言った。

 

 

「新川昌一も、新川恭二も、都合のいい人形ではなく意思持つ人間なのだ。そいつを分からせなければ俺の怒りが収まらん」

 

「……自分の怒りを鎮めたいがために、君はそうするのかい?」

 

「否定はせん。結局のところ、俺のやっている事はエゴそのものだ。……自分ではそう思ってなくとも、心の奥底でそう感じているから動いているだけなのだからな」

 

「……僕は君のことを知らないけど、今のでこれだけは言えるかもしれない」

 

「あっ?」

 

「君はすごく誠実な人なんだね」

 

「…………ハッ」

 

 

 照れ隠しかは分からないが、蕎麦飯を運ぶスピードと量が若干増えた。小声で“何を馬鹿な”と呟く睦希が、今は何故か守らねらばならない人として菊岡は見えていた。やがて蕎麦飯が紅しょうがごと皿から綺麗に無くなる頃には睦希の居心地は良いものとは言い難い空気があった。先程から妙に菊岡の視線が生暖かいと感じられる。

 

 

「……いい加減こっちを見るな、気色悪い」

 

「おっと、それは傷付くな」

 

「俺が男からの生暖かい視線を受け取って喜ぶ奴だと思うか?」

 

「さぁ? 案外喜びそうだけど」

 

「はっ倒すぞキサマ」

 

 

 会計を済ませて足早に喫茶店を出ようと試みた睦希だったが、先に財布を取り出した菊岡が睦希の分も払ったことで少しの食費が浮いた。喫茶店を出た2人は日が出て若干暖かさの感じられる外へと出て、バイクの所へと向かおうとした睦希を菊岡は止めて話をする。

 

 

「そうそう、君が師匠と呼んでいた人に来た襲撃犯なんだけど5人全員武装していたらしいよ」

 

「5人? それに武装?」

 

「ああ、笹森さんの話だとB.Cの裏サイトに書き込みがあったらしい。代わりの者を手配したいとの内容があった、多分本来君のところに向かう筈だった金森敦がやったんだと思う」

 

「危機を察知したか……頭の回る奴だ」

 

「恐らくね。あと、新川医院長の件は必ず通しておくよ」

 

「頼むぞ」

 

「任せてよ」

 

 

 

 

 

▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

 

 日も暮れた頃、朝田詩乃は昨日今日とで病院で事情聴取を受けていた。昨日も事情聴取が午前2時まであったことで、今日の授業はうつらうつらと眠気に負けかけていた時が多く、放課後になれば警察の人間がまた事情聴取をしに来た上に保護者である祖父母が慌てて来ていたこともあって、疲れが溜まっていた。ここまで疲弊しているとすぐに眠ってしまおうと考えるのは当然なのだが、そんな意思を中止するようにドアがノックされた。

 

 眠たげな目をしたまま、ドアの向こうに居る人物に向けて“どうぞ”と言って入るように促すと、スライド式のドアが開かれドアの向こうに居た睦希が室内に入ってくる。急にやって来た想い人に驚いて一気に目覚めた詩乃は、今のこの姿を見られたくないのか布団にくるまって隠れてしまった。そんな様子を見て僅かに口角を上げた睦希は、パイプ椅子に座って買ってきた土産を棚に置いた。

 

 

「どうやら就寝前だったらしいな」

 

うううう……!

 

「かかっ、タイミングが悪かったのは謝罪しよう。その誠意としてではないが、ちと良い物を買ってきた。こっちを見てくれ」

 

 

 どこか古風というか昔っぽさのある言葉遣いをする睦希の発言を気にしてか、ゆっくりと詩乃の向きは睦希が居る方向へと回っていき布団から顔を覗かせる。彼女の目に映ったのは散々GGOで見てきたような、にへらとした笑顔とその隣にある1房のシャインマスカットが入ったバケット。東京という場所において、こうした高級品を何ともないような雰囲気で買ってきたと豪語する睦希が一体何なのかは、一先ず頭の隅に置いた。

 

 布団から出て体を起こし、シャインマスカットを一瞥したあと睦希を見る。彼女がそうしたため睦希も同じようにシャインマスカットを見て詩乃を見やる、何か思い当たることがあったのか腑抜けた感じの声を出したあと言った。

 

 

「一応皮もそのまま食せるからゴミが出る心配は要らんぞ」

 

「違うから」

 

「む?」

 

 

 分からない様子を表しているかのように首を傾げる睦希が、今の詩乃にとってはまだ知らない意外な一面を見れたと内心ガッツポーズをしたものの、本来の目的を達成するために睦希にお願いをした。

 

 

「食べさせて」

 

「ん?」

 

「だから、その……食べさせて。あなたが」

 

「…………ふぅむぅ」

 

「誤魔化してもダメよ」

 

「いやそうではなくだな」

 

 

 正直なところ睦希は今混乱していた。とはいえ昨日にやられたキスやハグ、そして躊躇なく住所を伝えるといった出来事でも混乱していたのだが。

 

 

「お前さん、抵抗は無いのか? 普通こういったものは単なる知り合い同士がやる訳では」

 

「何で抵抗がある前提なのよ、あなたなら別に何されたって良いのだけど」

 

「うむ。ここに居るのが俺とお前さんだけで良かったな、先の発言は完全に誤解されかねんぞ」

 

「真実にすればいいのよ何言ってるの?」

 

「こやつ無敵か?」

 

 

 ここまで会話のドッチボールが成立しない事に頭を抱えている睦希は、詩乃が自分の意思で開けた状態にある口元と餌を待つ雛鳥を幻視する様子の彼女の様子を見てどこか諦めた形で、シャインマスカットを1粒もぎ取って詩乃の口へと運んでいく。

 

 とはいえこうした餌付けにも見える行為は、睦希とて風邪を引いた時のイザベラと香蓮にしかやってない上に、その時はリンゴであったため特に躊躇なく行えたが今回はリンゴと比較して小さいため、なるべく丁重に口へと運んでいたのだが。その遅さが煩わしかったのか、はたまた若干眠気の残った状態で口へと向かう睦希の指を見てやってみたくなったのか。シャインマスカットを摘んでいる指ごと詩乃自ら口へと入れた。

 

 

「ッ?!」

 

「ん〜……おいひっ」

 

「ちょっ、待っ……おい」

 

「んぅ?」

 

 

 もはやシャインマスカットではなく睦希の指を食しているのではといわんばかりに舌を使って舐めている。彼女の肩を軽く叩いて歯を傷つけないように指をゆっくりと引き抜くと、てらてらとした銀色の橋が出来上がっていた。

 

 

「あっ……」

 

「あのなぁ。こういう事はもっと好いている奴にだな」

 

「私は、Vのこと好きだけど」

 

「はっ?」

 

「あんな告白まがいなことをして、私をこんなにした責任を取ってくれないのね……薄情者」

 

「こくは……あぁ、確かにそうとられかねんあれだったな」

 

 

 今度は睦希自身がしでかしたGGOでの出来事に頭を抱えた。あの言葉もそうだが、普通好きでもない相手にキスをするわけが無いと悟りつつどうしたものかと悩ませた。そして最後の薄情者が彼にとってはクリーンヒットだったらしく、考え抜いた末に1つ息を吐いて詩乃に伝える。

 

 

「なぁ、シノン」

 

「詩乃って呼んで」

 

「いきなりハードルが高くないか」

 

「良いから早く、ほら」

 

えぇい…………詩乃」

 

「なに?」

 

「お前さんの気持ちは分かった。分かったんだがな……そのな、色々と伝えねばならん事もあってだな。いやお前さんの「詩乃」──詩乃の思いも大切にしたいのだがな、うむ」

 

「勿体ぶらずに言いなさい。銃士Xかレンのどっちかと付き合ってるでも良いから、説得して共有するように交渉するから」

 

「自分の発言分かってるかお前さん? というか何故付き合ってると分かったのだ?」

 

「今思うと距離が近かったし、もしかしたらって」

 

「あー…………」

 

 

 睦希は悩む。それはそれは悩む、とはいえ意を決して言わねばならない事でもあったため言うことにした。

 

 

「実はな」

 

「うん」

 

「……両方と、お付き合いをしている」

 

「……うん?」

 

 

 どうやら女であっても、その事実は判断できなかったらしい。ポカンとした彼女の表情が睦希の記憶に鮮明に残った。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。