休息を求めて
肌がひりつく様な緊張感がそこにあった。5vs1、取り囲んでいる5人と佇む1人のプレイヤーの間にある3つの炎。それぞれ青、緑、紫といった色合いの炎がゆっくりと小さくなっていく様はただ儚く散りゆくのを待つしかない植物の冬を想起させる。何にでも終わりを迎えれば必ず始まりがあるにせよ、倒された者たちの始まりはその炎が消えれば淘汰されゆく生態系のように弱く脆くなっているだろう。
ただ1人、この1人の出方を窺っている。どう動くのかを必死に観察している。未知、無知、故に恐ろしく。決められたパターンを持ったエネミーではなく思考し続ける人間であるからこそ、迂闊に手を出すことを頭が拒否していた。1人の男が手に持つ刀は決して業物の類ではないが、性能そのものは比較的高いだけの武器である。そこに付属する価値もまた高いのは明白なのだが、それを使い潰さんとする程の攻めを今しがた見せつけられた。
納刀されていない抜き身の刀に血が付着されたような錯覚があった。と、男は何を思ったか溜め息のあと納刀し始める。血振りをせず残心し、刀を迎え入れるように納めると1人に向かい挑発した。もう刀は使わないから、さっさとかかって来いと謂わんばかりに。
「ッ〜〜! 舐めやがってクソがァ!」
「オイッ、早まるな! くそっ!」
先程挑発した両手斧持ちの大男が赤い髪色をした、武者のような鎧を着込んだ男目掛けて突っ込む。否応なしに攻めざるを得なくなった他のプレイヤーもまたそれぞれ吶喊していく、両手斧の射程圏内に入ったところで大男は振り下ろそうとした。
が、大男の視界に映っていたのは超至近距離まで迫って両手斧の射程圏内から逃れた男の姿であり、次の瞬間視界には男の指が映ったところで全てが黒く染まった。何が起きたのか整理もつかないまま倒れていく体を、前十字靭帯の痛みで姿勢を戻されながらも地に膝を着けて最後。優しく頭と顎に手が添えられると首から鳴ってはいけない音ともに大男のHPは全損した。
「テディ!」
「野郎、マジで化け物じゃねぇか?!」
「いや、必ず隙はある! それに──」
ふと男が人数を確認して、1人だけ居ないことを悟るとすぐに曲刀と槍持ちの2人が接近し、残った1人が何かの詠唱を始めた。面倒な詠唱中のプレイヤーに目標を絞りながら、曲刀持ちの1人に接近し武器を装備した方の肘関節と手首を押さえて動きを止めて後ろに回りこみ、槍持ちへと目掛けて蹴り飛ばす。なだれ込むように倒れた2人を無視し詠唱中のプレイヤーに向けて接近、しかし間に合わなかったのか5つの光球が不規則な動きで男に迫る。
舌打ちのあと、鎧で身を守るように光球を受けきるが残りHPが4割まで減少し危険な状態に変わる。それでも男は構うことなく突っ込んで定めた目標を殺しに行く──その前に、急停止して左足を軸に半回転し見えない何かを掴み、手を添えて投げ飛ばした。
「ぐへっ!」
「ワンバ!?」
不可視になっていたプレイヤーが地面に叩き付けられ姿を現す。装備されていた短剣は男の手元にあり、回転の勢いのまま詠唱していたプレイヤーめがけて投げつける。胸に突き刺さったことで苦悶の声を出したが、接近した男によって引き抜かれると今度は首に刺され短剣の柄頭を掌底で叩き込むと刀身が貫通。男の背後から迫ってきていた槍持ちの攻撃を短剣が突き刺さったプレイヤーを肉盾にすることで防ぎ、首を裂きながら短剣を引き抜くと槍持ちの口へと目掛けて突き刺した。
そのまま体の内側へと押し込まれるように刀身を沈みこませていくと、2人まとめて炎へと変わる。短剣が落ちて金属音が響くが、お構い無しに曲刀持ちが薙ぐように横一閃。慌てることなく避けた男は地面に落ちた短剣を相手の顔めがけて蹴り上げた。彼からすれば急に現れた短剣を防がなければと思い、空いた手で顔を防御するという当たり前の行動を取る。その隙に男は曲刀の刃を装備者に向けて勢いよく胸に突き刺すも、薄い刃であるため肉体に入ることはなかった。
しかし武器を持つ手を装備者に向けて押し込むことで、持っていた曲刀を奪い取ると右肩から左脇腹への袈裟斬りを行いダメージを与えたあと蹴り飛ばし、落下中の短剣を掴むと鎧の隙間に目掛けて突き刺し今度は柄頭を蹴って体内にダメージを与えて相手をまた炎に変えた。この蹂躙劇に短剣の持ち主である黒髪のプレイヤーは尻込みし、ゆっくりと迫り来る男から後ずさっていく。
「ま、参りました……! もう十分、あなたの実力は分かりました……! だからどうかロストだけは──」
「知らぬことだ」
呆気なく近付けた男は曲刀で首をかっさばき、最後に残されたプレイヤーを炎に変えると武器を地面に落とした。目の下頬越しから発せられた疲れの溜め息を1つして、通行の邪魔にならない道の端に座り込み目を閉じた。その行動を見ていた他のプレイヤーたちは全員男の様子にヒソヒソと語り合う中、暫くして男は立ち上がり何処かへ向かって行った。
男の名は『Verdict』、別の仮想世界で『Vendetta』として名高い彼は今、ALOではサラマンダーとしてこの世界に立っていた。何故こうなったのかは時を遡らなければならない。
GGOのあるプレイヤーホーム、リビングスペースで銃士X、レン、シノンがここの家主が現れるのを待つ。少ししてショップスペースと繋がった扉から現れたが、何故か目に見えて疲弊しているのが見て取れた。空いている1人用ソファに座って背もたれに寄りかかる
「はあ゙あ゙あ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙……」
「お疲れさまねぇV、いやホントに」
「まただ……まただぞクソッタレ……! 買い物だの銃器メンテナンスだのはまだ分かるが、こうまでヴェンデッタに会わせろだの聞かされるこっちの身にもなってみろ……!」
そう、店を開けてひっきりなしに来る多くの冷やかしと僅かな客の対応に追われていたのだ。やれここに来ればヴェンデッタと会えるだの、会えなかったら会わせろだの、GGOのニュービーが増えたとはいえその多くがヴェンデッタに由来するものであったのだ。巫山戯るなと言いたいのは彼自身であるのに。すぐに店仕舞いをしてこうして休みに来たとはいえ、迷惑なプレイヤーが増えたことに対して苛立ちだけが募っていくのは仕方の無いことである。
「まぁ、あんな大立ち回りを生放送で中継されたら、普通気にはなるわね。とはいえ限度ってものがある事を知らない輩は純粋に迷惑」
「流石にヴェンデッタに会うためにフィールドで狙撃されたのは1度きりだったがな」
「……掘り起こさないでよ」
「あはは……でも、このまま時間が過ぎていくのを待つのも面倒ですよね。また暫く狩りにでも行きますか?」
「それも良いが、今は目当ての物がありそうなダンジョンも粗方調べ尽くしたしなぁ……依頼も暫く無いだろうし、道場の日では無いし、どうしたものか」
ぐったりと液状化でもするように背もたれにもたれかかるヴァー・ヴィーがどうしようかと悩んでいるところに、シノンが何やらメニュー画面を開いて閲覧し始めた。とはいえ只今無気力状態に陥りかけている彼には興味無いのだが、ふと画面を見ていたシノンが訊ねた。
「ねぇV、気分転換にALOにでも行ってみない?」
「……ALOぉ? 前にキリトが言っていたゲームのあれか?何でだ?」
「ほら、ダイシーカフェに居たアスナ居たじゃない。お互い彼氏持ちってことで何か相談に乗れたらってSNSの連絡先交換してたのよ。で、今ちょうどALOのお誘いが来てたから」
「成程……ALOかぁ、金にならんのがなぁ」
「総資産億以上あるんだから少しはお金稼ぎから離れなさい」
「えー!」
「ふふっ、でもV。ちょうど良いんじゃない? たまには純粋に遊ぶって考え方もありと思うわよ、ねぇ?」
「えっ? え、ええそうですねそれはそうです!」
「……どうした、レン。 何かALOであっ──たな、そういえば」
「あははは……はい」
「「?」」
「以前、レンがALOにダイブしたら高身長のアバターだった」
「あぁ、あれね……」
「? レンが自分の身長を気にしてるのは知ってるけど、どうなったのよ」
「ビックリして強制ログアウトしちゃったのよ」
「……えぇ?」
シノンがレンを見る。まさかそこまで身長を気にしているとは思いもしないのだから当たり前なのだが、彼の強さの秘密を知った時のような反応をした。それは兎も角として、今のヴァー・ヴィーには特に何かをやる予定はあまりないためALOに訪れても良いのではと、ぼんやりと頭の中で考えつつソファから立ち上がった。
「んんん゙…………あ゙ぁ゙。確かにちょうど良いやもしれんな」
「行くでいいのね?」
「あぁ、そうしてみようかね」
「りょーかい」
シノンがアスナに向けて返信し、あまり間を置かずにアスナからの返事も来るとログアウトボタンのある場所までスクロールする。ふとヴァー・ヴィーが銃士Xとレンの2人に訊いた。
「2人はどうする? ALOの方は」
「あー私はパスで。GGOでやりたい事もあるしね」
「私は……ちょっと保留で」
「了解した。さて、俺もログアウトするかね」
このようにして、彼はALOデビューの1歩を踏みしめたのであった。