戦術マニアのGGO日和   作:(´鋼`)

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燃え上がる

 道中の敵エネミーは央都への方角に進んでいくにつれて強さを増していく為、キリトがある程度HPを減らしヴァーディクトが始末を付けるといった手法で種族値の他、刀と短剣ついでに回復魔法の熟練度を上昇させていった。早くも種族値も250を通過し300に到達しようとしているが、複数用意した武器の耐久値に問題が起き始めたため【竜の谷】付近にある比較的ちいさなオアシスを中心に点在している行商人の集まりの方へ向かい、新しく武器と防具を新調していたところであった。

 

 

「そこのお兄さん、ちょっと良いかぃ?」

 

 

 アイテムを物色中の彼に話しかけてきた1人の男性ケットシー、ターバンにガラベイヤなどを着込んでいる。少し待って反応を確かめてみたが何も無く、目の前の人物がNPC事を悟りキリトに相談した。どうやら偶然クエストフラグが立ったらしく受けるか受けないかはヴァーディクトに任せるとのこと、時間は掛かるが受けておいた方が得だろうと考え、尋ね人に何用か訊ねた。

 

 先にケットシーの男性は竜の谷を越えて央都に向かうのかを聞き、その通りだと答えるとちょうど良かったと言った。ここ最近竜の谷に盗賊紛いの連中がうろちょろしており、谷を飛び交う飛龍という元から存在する脅威と相まって通るに通れないのだとか。次にそのケットシーは運搬用の荷台とそれに繋がれたモンスターを指さして陸路による移動であることを示すと、用心棒役を頼まれてくれないかと言い終えてそこで言葉を止めた。

 

 特に問題ないことを2人は確認しあい了承すると、お礼の言葉と共にクエスト名の表示が現れた。準備が出来たら訪ねてきてほしいとだけ伝えると、そのケットシーは運搬役のモンスターの所へと歩いていき、十全な準備を2人は済ませたあと受注者に行く旨を伝えたあと徒歩で央都へと向かい始めた。そう、徒歩でだ。

 

 先の休息地から竜の谷までの距離は決して短くない。その上砂漠地帯の暑さはサラマンダーからすれば問題ないのだが、キリトとケットシーのNPCはこの暑さへの耐性は無いと言っていい。暑さに判断力を削がれるのは不味いため、歩きながらではあるがヴァーディクトは検索を行い目当ての呪文を見つけると詠唱を始めた。

 

 

þú(スー) rúm(ルム) verða(ヴェーザ) vindr(ヴィンド)

 

 

 途端にキリトの周りに風が発生し、体幹温度が涼しく感じられる。次にヴァーディクトはケットシーのNPCに対して呪文の詠唱を行い涼しくさせると、そのNPCからお礼の言葉をいただきながら話は続けられた。

 

 

「いやぁ君、ありがとう。普段は用心棒を頼んでもここまでしてくれないから助かったよ。お礼と言ってはなんだけど、何か必要なものがあれば特別価格で販売してあげるよ」

 

「それは有難い、感謝する」

 

「良いの引きましたね、こういうの調べてたり?」

 

「いや、暑がっている者を涼しくしてやれる方法があるのなら使うだろう。普通は」

 

「まさかの素でやってた」

 

 

 MPを回復させるために小瓶の中の回復薬を飲みつつ、NPCからの思わぬ特別報酬に思考を移し少し考えていたが、ふと開きっぱなしの画面を見て何か思いついたらしく閃いた様子を見せるとヴァーディクトは訊ねた。

 

 

「店主、この荷物に白紙の本と書くものはあるか?」

 

「あるにはあるが……良いのかい、そんなので?」

 

「今の俺にとって必要に感じたものだ。幾らだ?」

 

 

 ケットシーのNPCからその2つを安く購入し、ヴァーディクトは早速といわんばかりに出しっぱなしの画面に映った情報、呪文の名称と詠唱時の発音を書き記していく。見返しと扉を除外して2ページ目から基礎的な文法や単語を記し、探索に赴く際に必要となる補助系のものや回復補助系、今使えるであろう攻撃系の呪文などを書き終えた頃には竜の谷へは既に侵入していた。

 

 何も装飾のされていない皮のカバーがされた本を閉じ、購入したペンだけをアイテム欄に仕舞い本はそのまま持ち運ぼうとしたが、このまま持っていると片手が塞がるという面倒なデメリットを確認すると十字のブックバンドを購入し腰に括り付けた。歩行の邪魔にならないように本を腰に密着させて固定し、見てくれを多少確認しつつまた歩みを再開する。

 

 このALOでは呪文の詠唱に何かしらの媒介が必要という訳では無いが、効果の上昇や詠唱時間を若干短縮させる付属効果のある杖は装備品として出回っている。ただこのように魔導書じみた物をあまり見たことは無く、そうしたアイデアを思い付いたヴァーディクトに対しキリトは感嘆していた。

 

 

 

 

 

▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

 

 竜の谷の中間辺りまで歩いていくと鬱陶しい暑さは消えていき、一旦休憩所として設置されている焚き火跡にて休みを挟んだ。竜の谷へと入ってからというもの飛龍や盗賊が敵対エネミーとして出現するため央都への時間は掛かるものの、その時間に比例した労力に見合った成果は現れており遂にヴァーディクトの種族値が300を越え刀と短剣の熟練度も400近くに到達、魔法の熟練度も多少上がってかなり成長したと言えなくもない。そう思っていた所にケットシーのNPCが発言した。

 

 

「一旦ここで休んだ後また歩くけど、君らも準備が必要だろうから終わったら話しかけてくれ」

 

「どうやらここで一旦区切りらしいですね」

 

「みたいだな」

 

 

 一応この場所には竜の谷の入り口に繋がる転移の石碑もあり、その入り口から程近い先程の行商人の集まっている小さなオアシスの休息所にも同じような石碑がある。そこからカダンやアルンへと転移できるため一度領地内に戻ってログアウトするのも有り、一旦央都の方へと先に進んでいくのも有り。長旅になるのは徒歩の時点で承知していたため、一旦2人は竜の谷入り口まで転移し先程訪れた休息所の石碑前に居た。

 

 

「じゃあ、俺は央都の方に戻って一旦ログアウトします。夕飯の時間がそろそろ迫ってきてるので」

 

「そうか。俺もそろそろ飯時ではあるが……どうせだ、もう少し飛んで首都に向かってみるとする」

 

「分かりました。あ、夕飯の後もログインしてるので何時でもログインして大丈夫ですからね」

 

「あいわかった。では俺はここで失礼させてもらう、また」

 

「はい、また」

 

 

 ヴァーディクトは翅を広げて空へと飛び立ち首都方面に向かって一直線に突き進んでいき、それを見送ったキリトも央都へと転移してそこから姿を消した。

 

 空を駆け抜けている間にも様々なエネミーやそれに対抗しているヴァーディクトと同種族のプレイヤー、砂漠地帯に進出している別の種族などが見受けられる光景はALOの普通というものなのだろうと初心者の彼は思う。とはいえまだこの世界についての彼是を知らないため一度この世界を1周してみるのもありかと考えていたところに、何かが風を切ってヴァーディクトの元へとやって来た。

 

 

「ごめんなさい!」

 

「んぉ────ぉおおお?!」

 

 

 全速力かと思わしき速度で突っ込んできた誰かにぶつかりそうになりながらも、間一髪のところで避けたため大事故にはならずに済んだ。しかしどういった理由で突っ込んできたのかは問いただしたい所なのだが、それを遮るように先程のプレイヤーがやって来た方向からまた別の何かがやって来る。

 

 

「待てぇええ!」

 

「また────ッおお?!」

 

 

 まだ飛行に慣れてない初心者(ヴァーディクト)に3人のサラマンダーが突っ込んできて、また間一髪のところで避けなければならなかった事態が起きた。3人のサラマンダーは先程のプレイヤーを追いかけるのに必死になっているようだったが、そんな事は彼にとってどうでも良かった。迷惑を被ったのだからせめて1人ぐらい謝罪するべきではという考えで頭がいっぱいであったから。

 

 少しキレていたヴァーディクトは腰にある魔導書モドキを手に取り、今使えるであろう呪文を探し当て詠唱し始める。

 

 

Ek(エック) vængr(ヴァインクシュ) náða(ナーザ) margr(マルク) ljós(リオウス)!」

 

 

 詠唱が終わると翅に集まる光の量が多くなり若干白に近いピンク色に見えている状態で、ヴァーディクトは全速力で先の4人を追いかける。先程の呪文は発動中はMPを消費し続けるが通常飛行速度を上昇させる効果を持ち、一度止まれば解除される。その呪文を使用したことで簡単に4人を追い越して1番先頭に居た黒髪、スプリガンと思わしきプレイヤーの前に立った。

 

 

「ッ!?」

 

「っえ゙ぇい追いついたあ゙!」

 

よくやった! そのまま塞いでろ!

 

 

 今ヴァーディクトの頭の中には謝罪の1つもしていないサラマンダーの3人に対してキレているだけであって、別にこのスプリガンの邪魔をしたい訳では無い。苛立ちを隠さないまま、目の前に居るスプリガンを無視し追ってきている3人の同種族に立ち塞がるように移動した。その行動に疑問しか思い浮かばないため、サラマンダーの1人が訊ねた。

 

 

「おい、何してんだよアンタ。そこのスプリガン捕まえるんじゃなかったのかよ?」

 

「誰が此奴を捕まえる為に移動したと? 俺はお前さんがたに先程迷惑を被ったので謝って欲しいから来たまでだ」

 

「はぁ?」

 

「そこなスプリガンはぶつかりそうであったとはいえ、謝罪をしていたぞ阿呆。迷惑をかけてしまったのなら謝罪をする、当たり前の事だろうが──というか、執拗にこのスプリガンを追いかける理由はなんだ? 事と次第によっては……いや、何となく掴めたがお前さんがたの口から聞きたい」

 

 

 何が何だか理解に及んでいないサラマンダーの3人は互いに目配せをして頭を傾げているが、ヴァーディクトの後ろに居たスプリガンは答えた。

 

 

「その3人に襲われてたのアタシ! 報酬の分け前が事前の話し合いと全然違ってたから抗議したら!」

 

「──で、お前さんがたの意見は?」

 

「どこにそんな証拠があるんだよ。良いからそこ退け、謝罪なら後で幾らでもしてやるから」

 

「退かないでよ?! 絶対そいつら謝罪なんてしないから! したとしても気持ちなんて篭ってないから!」

 

「うっせぇぞテメェ! 良いからお前はさっさと──」

 

 

 言い終える前に集める光の量が多くなってピンク色に見える翅で飛翔して吶喊したヴァーディクトが、真ん中にいた発言者に攻撃を仕掛ける。真っ直ぐ突っ込んで右下から左上に振り上げるように斬りかかった攻撃を避けたのも束の間、刀を振るった勢いのまま回転し相対するように向かうと3人のサラマンダーも臨戦態勢に入る。

 

 

「何の真似しやがる?!」

 

「色々と事情は汲めたが、解決方法がお前さんがた3人を潰せば良いように思えたからやっただけだ。文句があるなら過去の自分を恨め──そこのスプリガン!」

 

「は、はい!?」

 

「お前さんも手伝え! 元はと言えばお前さんが運んできた厄介事だ、解決の一助にはなるがその為にはお前さん自身も戦ってもらいたい!」

 

「うっ……わ、分かった!」

 

「後悔しても知らねぇぞお前ら!」

 

「幾らでもほざいてろ!」

 

 

 刀を片手で持ち刀身を体に隠すように後ろに持って行き、前傾姿勢を取ってヴァーディクトは構えた。




【独自呪文 及び詠唱文】

þú(スー) rúm(ルム) verða(ヴェーザ) vindr(ヴィンド)
・補助魔法。暑さを和らげる涼しい風を対象の周囲に発生させる。“汝の周りに風が生まれる”



Ek(エック) vængr(ヴァインクシュ) náða(ナーザ) margr(マルク) ljós(リオウス)
・補助魔法。翅が受け取る光の量を一時的に増加させ飛行中の速度を上昇させる。1度動きを止めると終了するため再詠唱が必要。“我が翅に多くの光を与えよ”

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