ALOの特色の1つとして他には無い“飛行”が取り入れられている。アバターに対しフライトエンジンを採用することで可能にさせた機能であり、空への憧れを持つ者からすればどこでも飛ぶことが出来る唯一性を求めてこのゲームをプレイしようとする。だが1つ言えるのはそう簡単に人間が空を飛ぶことに慣れる訳では無いこと、そしてこのシステムこそがALO初心者がこのゲームをプレイするにあたっての難関の1つでもある。
まず随意飛行。人には本来翅は存在せず、そのための骨格や筋肉も無い。妖精という種族であるからこそ翅の必要性はあるにせよ、空を自力で飛ぶための翅は人間に存在しない。そのため今までの戦闘スタイルを適用させようとすると、仮想体の動きが鈍くなるか満足に動くことも出来ない。もしくは制御そのものが上手く掛からないことが起こる。地上では出来ていたことが空中では出来ない、感覚と仮想体の齟齬が起きてしまう。
ヴァーディクトもまたその1人であった。彼は元特殊作戦群の人間たちと訓練し、また本物との合同訓練を行った事があるとはいえ空挺ではHALO降下などが主であるし、空での戦闘行動は専ら他人が操作してるヘリなどからの空中支援ぐらいだった。近いものでSASの時にウィングスーツを着て敵地への降下を想定した訓練をやったが、あれもまた飛ぶというよりも滑空に近い。自身の肉体を用いた空中での対人戦を彼は経験していないのだ。
だからこそ迫り来るランスを避けるのにも必死であった。完全刺突用に製作されたこの武器は本来馬に騎乗した状態ですれ違いざまに突き刺す攻撃を基本としており、またALOの空中戦の主力武器として完全に機能していた。武器の強さと速度がダメージ量を左右するALOでは、こうした突進突きは盾や鎧と併用することで弱点を消し利点を突出させることが可能だ。そこに飛行経験の差も相まってサラマンダーの3人組は優勢状態に立っていた。
一方、ヴァーディクトとスプリガンのプレイヤーは明らかに対ランスに相応しいとは言えない装備。突進という容易かつ的確な攻防一体となったそれを今は避けるのに手一杯といった様子、空中での2対1は人間の視線や殺気などを感じ取れるヴァーディクトとはいえこれが初。苦戦するのは当たり前であった。
「ッ……!」
「さっきまでの威勢はどうしたァ!?」
防戦一方。ランスによる突進を避ける、避ける。勝手の違いからして今はそうせざるを得ないのがもどかしく感じているし、スプリガンのプレイヤーも防戦に徹している。せめて合流して作戦を立てればまだ勝機が無い訳では無いのだが、攻撃を避けて体勢を整えたところでまた別方向から来るため今はどうしようも無い。MPの方も回復していないため心許ない、魔導書モドキを閲覧しながら避けることは出来なくはないが現時点のHPでダメージを受けるのは拙い。
かくなる上はと、ぶっつけ本番なのは変わりないが即死しかねない作戦を彼はとる。1人目の突進を避け、2人目の突進が行われる前に彼は翅を解除し自由落下に身を任せた。
「バカが、ヤケになって自滅でも考えたか!?」
地面との距離は第3回BoBの時に体験した高度約1000mよりもある訳では無い。ただ真っ逆さまに落下していく中でイメージはあった、戦闘機に乗らせてもらった時に感じたあの感覚。両翼のフラップ操作による曲芸じみた軌道を再現するには……そう考えたところでヴァーディクトは翅を展開しフラップみたく動かして揚力を利用する。急激に掛かった負荷が僅かな吐き気を催すが、それにより地面スレスレのところで立て直しスプリガンのプレイヤーの元まで飛ぶ。
2人のサラマンダーは急ぎ詠唱を始め、合流しようとしているヴァーディクトに向けて2つの光槍と光球を放つ。しかし彼の手には魔導書モドキが握られており、体を上下逆さまにして迫り来る魔法を見ながら唱え始める。
「
ヴァーディクトに迫っていた2つの光槍と光球は見えない力に弾き出されたかのようにあらぬ方向に吹き飛ばされ、体勢を整えたヴァーディクトはスプリガンを対応していたサラマンダーに向かっていく。
「離れろ!」
「わわっ!?」
大剣持ちのサラマンダー目掛けて刀を投げ一時的に意識を逸らし、短剣を抜く。大剣の腹で防御されたが、ヴァーディクトは翅を解除し大剣を足場にして背後に回ると、サラマンダーの鎖骨の凹みに短剣を突き刺し掌底で更に奥へと入り込ませた。その勢いのままグリップを握り内側を切り裂くように動かし、喉仏のある部分から刃を出させる。
翅を展開しリメインライトとなって消滅したサラマンダーから少し引いて、スプリガンのプレイヤーと漸く合流を果たした。少し疲れが垣間見えるヴァーディクトだったが、これで同数同士の戦闘に持ち込めた。
「はぁ゙あ゙ッ! 疲れた……」
「うっはぁ、ワイルドというかバーバリアンというか」
「ALO
「え、嘘!?」
「ここで嘘ついてどうするのだ……さて、相談なんだが」
チラと残り2人の槍持ちサラマンダーを見やると、攻める事に対し戸惑いの表情と動きを見せていた。少しの時間は稼げるだろうと予測し隣に居るスプリガンに話を続ける。
「俺は先ので魔力がほとんど無い、今回復ポーションを飲めば多少戦えばするが意味もなく隙を見せるのは悪手。ついでに刀も落としてる」
「えっ、大丈夫なの?!」
「コイツだけでも十分戦えるが、今のままでは苦戦か相打ちのどちらかだろうな。そこでだ──」
ヴァーディクトは幾つかの質問を投げかけ、目当てのものに関する情報を幾つか聞いて調べたものとの齟齬が無いか確認したあと、少しだけ右の口角を上げてそのスプリガンに問うた。
「お前さん、この状況を打開するために命をかけられるか?」
先程の倒し方を目の当たりにした2人のサラマンダーは、1つだけ浮かぶリメインライトに目を配りながら下手人であるヴァーディクト……彼らからすれば名前の知らない同種族に対し驚愕と恐怖という感情があった。防戦一方から一転、自滅しかねない方法で逃れられ、
お互いに攻める様子をみせなかったが、ゆったりとした飛行で向かってくるヴァーディクトとスプリガン。ふわふわ、といった擬音が合っていそうなゆったりとした移動だったが互いの距離がそこまで離れていない程に近付いた所で止まり2人のサラマンダーに語りかける。
「なぁお前さんがた、ここらで手打ちとせんか?」
「はっ?」
投げかけられた交渉内容は、お互いに引くといったもの。とはいえ彼らも黙って受け入れられる訳では無い。それが当たり前。
「このまま戦っていてもお互いに損しか出んぞ。種族値やスキル値の減少、アイテムのロストも問題となる。難しいとは思うが面倒事になる前にお互い引くのが身の為と個人的に考えているが……どうだ?」
「……確かに、ここでやられたら面倒ではある。乗ってもいいが、そっちのスプリガンが持ってるアイテム全部渡したらの話だがな」
「と、向こうは言っているが?」
「冗談! 報酬はキッチリ分配、事前に言ってたのに!」
「あーなんだ、“気が変わった”だとか“そんなこと何時言った”とかベタなこと言うなよ?」
「い、言わねーよそんなこと!」
「言うつもりだったんだな……」
僅かばかりに毒気が抜かれた気分になったが、少なくともヴァーディクトが何となく予想できる事が1つ思い浮かぶ。何の気なしに頭に浮かんだ言葉がそのまま口から出た。
「にしてもその反応では奪う気満々であったと。元から画策していたことだったか……なら交渉する意味あったか? いやないなうむ」
「自己完結が早い」
「まぁこれで憂いなく殺せるのだ、速く終わらせて晩飯を食わねば……時間そろそろ押してるだろうしな」
「テンメェ……言いたい放題言いやがってェ!」
2人のサラマンダーが突進をしてくる。避ける準備をするかと思いきやヴァーディクトはそのままに、スプリガンだけが後ろに下がって詠唱を開始する。突進によるランスの刺突攻撃が来る前に、短い詠唱を済ませたスプリガンの呪文の方が早かった。そのスプリガンの周囲から黒いもやが出現すると一気に視界が遮られていく。
とはいえ短い詠唱文からして効果時間はそこまで無い。風魔法で吹き飛ばせばまた見えるようになる、それは良い。そう考えた途端、サラマンダーの1人が鎖骨と背中の辺りに違和感を覚えると首から短剣の刃が出現したところでリメインライトへと変わっていった。そして最後に残された1人もまた同じように変えられていく。
モヤの中からすぃーっと平行移動しながらヴァーディクトがスプリガンのプレイヤーの前に現れる。疲れた様子を見せながらリメインライトに変えた同種族の炎を何も思わず示すと、漸くといった様子でそのスプリガンも安堵の表情を浮かべる。
「いやぁ、ありがとう。何だか助けてもらっちゃって」
「まぁ元はと言えば謝罪の一言も無かったから腹を立てただけなんだがな、アイツらの。助けたのはついでだ」
「あっはは! それもそっか! でもニュービーなのに凄いね、何かやってたり?」
「リアルの方でな。あとは元々GGO一辺倒のプレイヤーだった程度だ」
「へぇGGO……あの銃の世界から」
「気分転換にな」
「成程。あ、ねぇ良かったら名前教えてよ。ついでにフレンドも交換してさ、いいダンジョン潜って経験積むのはどう?」
「ダンジョンか……悪くないな。良かろう、ヴァーディクトだ」
「アタシはフィリア、宜しくねヴァーディクト」
事の終わりにフレンド交換を行い新しい繋がりを得て、刀を拾ったヴァーディクトはリアルに帰る為すぐさま首都方面に急ぎ向かうのであった。
【独自呪文 及び 詠唱】
『
・防御魔法。詠唱者の周囲から衝撃波を発生させる。人や弓矢、魔法攻撃などを弾くことが出来る。“我の周りから見えない力が発する”