バーチャルエフェクター 作:蒼龍
挨拶は人と人が営む上で必要不可欠な統一言語だ。そこから人のつながりというものは広がっていくし、やがて発展すれば自身の未来につながる事だってある。そう、偉大なものなのだ。
しかし、悲しいかな。ここ最近の人々は、そういう大切なものを失いつつある。なんとも悲しい話だ。
「お疲れ様ですっ!」
「おう、今日もありがとさんっ」
バイト先の店長に一礼をし、店を出ようとする。その際、レジ待機をしている同業者にも『お疲れ様でしたー、また明日』と声をかけるが
「うーっす」
「……」
冷たい一言しか返ってこない。こればかりは慣れたことだし、俺はふぅと一息ついてその場を後にする。
帰り道。今日も疲れたな―っと想いを馳せつつ、晩御飯のメニューを一人で考える。ここまでは誰にでもある日常の一部だった。
寧ろこの一部だけを見て、俺が抱えているある問題を推察できた人がいたとするならば、それはエスパーか神かなんかの存在だろう。
――最も、この世界に神など存在しないのだが。代わりに
ピリリリリリッ。
エスパーはいる。
「……はいっ、もしもし」
「絆君? 確か君、丁度バイト終わりだよね?」
「時野さん、その情報どこで仕入れてるんですか……それで、なんの用ですか?」
そして、この声の主は
彼女は焦りとも余裕とも取れるような軽快の声量で疲れ切った俺の耳に語り掛けてくる。これから言われる事なぞ予想ついている為、俺は大きくため息をついた。
「――
「他の事務所メンバーはいないんですか?」
「
「……はあ。分かりました、まずそっちに行きますよ」
「ありがとー!」
スマホの受話器マークを強くタップして電話を切る。はぁ、こんな事が続いてたら、本当に命が幾つあっても足りなくなりそうだ。
どうして俺が今、こういう状況に置かれているのか。その話は、丁度2週間程前までさかのぼる。
●
2週間前。
事の発端は、俺が大学から帰宅していた時に起こった。
今もそうだが、この世界では謎の建物破壊事件が発生しており危険な状況に迫られていた為、誰しもが一人で帰るのを躊躇っている様子だった。しかし一緒に帰る友達が俺にはいるはずもない為、その時は一人で帰宅していた。
まあ余程運の悪い限り、そんな事件に出くわさないだろうと、その時は高をくくっていた。
まあ最も、俺の運は人一倍悪かったわけなのだが。
ガシャンッ!
(……へ?)
帰り道に面している廃工場。そこから不気味な落下音が響き渡る。ここは数日前に火事で全焼して以来、近づく人すらいなくなった筈なのに。
不安と好奇心にかられた俺は、こっそりと仲へ侵入する。建物の中から、二人の人影がゆらゆらと動いていた。しかし、明らかに人が出来るような動き方ではなかった。
びゅんびゅんと四方八方に動き回り、その都度に例の不快音が響く。戦隊もののアニメの撮影中なのかとさえ思ったが、時々聞こえる声が『その推測は間違っている』と俺に教えてくれた。
「この街で一体何をするつもり? 返答次第ではただじゃ置かないけど」
「……酷いなぁ。この街は観光客すら受け付けてくれないんですかねぇ?」
女性と男性の声だ。俺は気づかれないように、こそっと中を凝視する。
現代風の衣装を身に纏った女性と何やらアニメやゲームの魔王キャラとかが纏ってそうな物々しい服装を纏った男性が、いがみ合いを続けていた。不思議と、その光景を視界に入れるだけでも鳥肌が立ってくる。
ここにいるとマズイ気がする、身体ではそれに気づいているにもかかわらず、強張っているのか身体が動かない。
「どこぞの城の王とか聞いてたから、もっと威厳たっぷりの感じかと思ったけど……思った以上にどこか抜けた感じのする輩だね」
「成程? 調査局様はそういう視方をしているのか? でも強ち、それは間違っちゃいないかもだぜ?」
「……ッ」
男がそう語った瞬間、手を真っすぐに伸ばし、何やら言葉を紡ぐ。
その刹那、周囲に戦慄が走り、鳥肌の勢いが一層に増す。
「《
「電子効果……!」
(……な、なんだ、あれは?)
男の手に突如、赤黒い血のような塊で出来た斧が出現する。虚空から何かを生み出すその様は、魔術と形容しても違和感はないだろう。
あいつは魔法使いなのか? それに、さっきアイツは何て言った? バーチャル……モデル? エフェクト? 一体なんの事だ。
疑問に疑問が重なり、急いで理解を早めようとした――その刹那。
(痛っ?)
突如、右目に刺激が奔る。視界が赤色に染まり、その中央には何か小さく文字が刻まれている。
『《電子媒体》――キズナアイ』
電子媒体……そういえばさっき、あの男も似たような言葉を発していた気がする。
だがしかし、それとこれに一体何の関係があるというのか? もしかして、これが奴の使った魔法の正体か? もしそうだとしたら、俺にも何か武器か何か召喚することができるのか?
しかし、いくら念じても俺の手にそれらしい物なんて現れない。何か? 俺の魔力が凡人以下で使えませんってか? もしそうだとしたら相当凹むのだが。
その一方で、向こうも向こうで大変な事になっていた。
「どうした? さっきまでの煽り口調はどこいった?」
「出来れば前言撤回させてもらいたいんだけど、ねっ!」
男が彼女目掛けてその異様な斧を振り下ろす。彼女はそれを必死になって避けながら、相手の問答に返答を返している。よくあの状況で喋れるな……と俺は驚いていた。
それと同時に、俺は視界に違和感があるのに気が付いた。あの二人の身体が、強調されるが如く、青色に輝いていた。その様子を注意深く覗いてみると、何やら文字が浮かび上がった。
『《電子媒体》ギルサレン3世 《電子効果》吸血侯爵』
『《電子媒体》ときのそら 《電子効果》
男がさっき述べたものと同じようなものが、彼女の周囲にも現れていた。さっきまで知らなかった情報が、手に取るように視覚化されている。
もしかして、これが俺の魔法なのか? そうだとしたら、なんて地味なものなのだろう。むしろ使えないほうがまだマシの可能性があるぞこれは。
「それ、どうした? 避けてばかりではつまらないのだが?」
(こ、このままじゃあの人マズいよな……っていうか、あの人は魔法使わないのか?)
もう魔法がある事が早くも常識になりつつあった。誰しもが順応するの速すぎるだろと思うところだが、ぶっちゃけこうして目の前に起きているんだから、疑うのも仕方がないとさえ思ってしまうのだ。
……いや、まてよ。今この状況で俺は部外者なんだし、見て見ぬふりをして逃げるのもアリだよな。でもこのまま逃げて彼女が死んじゃったら、それこそ後から後悔してしまうかもしれない。
「……と、とりあえず、何かで気を逸らせば……」
迷いに迷って得た答え。とりあえず彼女が逃げるまでの時間をどうにかして稼いで逃げる。後にも先にも後悔することなく、部外者として逃げ去る方法としてこれ以上ない解決策だった。
我ながら良く答えにたどり着いた。落ち着いて考えれば何とかなるものだな。うんうん。
と小さく頷いた俺は、横の方に落ちていた木の棒に手をかける。
――その刹那だった。
「何をなさるおつもりですか?」
(――ッ!?)
背後から覇気を感じる声が槍の如く耳に突き刺さる。そのまま悩を刺激し、再び身体を鳥肌で埋め尽くす。
「主様の邪魔を為さるおつもりでしたか? いえ、それも関係ないことです。見られたからには――」
「!」
身体を奮起させ、ぐるっと視線を背後に映す。そこにあった人影は、メイド姿の……女性?
『《電子媒体》湊あくあ』
ただその文字と姿だけが視界に入り――。
「死んでいただくだけです」
俺の眼前に向かって、鋼の錨が降り下ろされた。