敗れた英雄   作:カメクリオ

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第二命 窮地の中で

狼の襲撃を受け、今なお走り続ける彼-アトラスと女性二人。

どこを目指すわけでもなくただひたすらに背後から迫るかもしれない脅威から逃れるために足を止めずにいたが、何を思ったかそれまで走っていたアトラスが足を止めた。

 

「どうしたの。走って、奴に追い付かれてしまうわ」

 

「俺、戻るよ」

 

「えっ?」

 

「何言ってるの。彼が何のために残ったのか考えなさい!」

 

突然の言葉に栗色の髪の少女は驚き、青と白の衣の女性が怒号に近い声量で咎める。

ただの人間では戻ったところでどうにもならない。それをわかっていたからこそ女性は逃げる道を選んだし、男性も自らを犠牲にする覚悟であの場に残ったのだ。

女性の怒りは尤もだ。アトラスもそれはなんとなく気付いていた。

 

だが彼の顔は既に決意で固まっていた。

 

「でもこのまま見捨てるなんてできない。二人はこのまま行ってくれ」

 

「待ちなさい!」

 

来た道を引き返すアトラス。青と白の衣の女性は引き止めようと手を伸ばしたがその手は届かず、女性は『なんというバカな真似を』思わず溢した。

 

 

 

 

(霊力の残りが少ない…そろそろ限界か)

 

炎の術を繰り出し続けていた赤と白の男性に焦りが見え始めた。

疲労した眼差しで見つめる先には未だ健在の狼。

 

「僅かな間にこれほどまでに穢れが増大している…残りの者たちはもう」

 

狼の身となってから体感時間で二日程。ほんの少ない時間にも関わらず急激な成長を遂げているその理由に男性はすぐ想像が付き、消えた者たちを憂いた。

 

火球の発射が緩み始めたのを機と捉えた狼は一気に走る速度を上げ、飛びかかろうとする。

 

(ここまでか)

 

術を放ち吹き飛ばそうとするが力の消耗から直撃を与えても、遠ざけることはできず男性は覚悟を決めた。

 

「させるかぁ!」

 

だが男性の視界に横から入り込んだ銀色の煌めきが狼を襲い、力任せに押し戻す。

 

「大丈夫か!?」

 

剣を握り、振り返ってそう言うのはアトラス。

男性が己の生死をかけてでも逃がしたはずの青年だ。

 

「よかった。まだ、大丈夫そうだな」

 

「何故戻って来た!」

 

「あんたを放っておけなかったんだよ。それにどうせ逃げてもこの状況じゃ助かる保証もない。だったらせめてやるだけのことはしたい」

 

「…勝てる見込みは薄いぞ」

 

「だろうな、認めたくないけど」

 

先の言葉通り、本当に自分の命を捨てる覚悟で戻ってきたようだ。

声のトーン、表情、剣を構え相手を見据える姿勢から男性はアトラスの心理を感じた。

 

「人間を見限るにはまだ早かったようだな」

 

「うん?何がだよ」

 

「大したことではない。くるぞ!」

 

聞き返そうとするアトラスだったが狼が雄叫びを上げて前進してくる。

軌道は真っ直ぐ。その延長線上にはアトラス。横から妨害されたのがよほど気に入らなかったようだ。

 

一瞬体が跳ねたものの、すぐに恐怖を取り払ってアトラスは剣で迎え撃つ。

 

「くっ!」

 

突き出された右の爪を刀身で受け止め、押しのけようと両手に力を込めているが強大な腕力の差のせいか動きは微々たるもの。

苦悶の表情のアトラスに反して狼は余裕のたまった冷徹な笑みを見せ、もう一方の爪をアトラスに食い込ませるべく振り上げる。

 

「フォトンブレイズ!」

 

『ウギャア!』

 

「ナイス!」

 

その窮地を男性が放った火炎が救う。動きが止まった横っ腹に火炎が直撃し、そこをアトラスが斬りつけ追撃を与える。

 

「っしゃあ!」

 

「油断するな。あれくらいで倒れるような相手ではない」

 

片手でガッツポーズをするアトラスに男性が忠告する。

 

「わかってるって。でもこれならいけそうだな」

 

勝てる兆しが見えてきた。アトラスはそんな可能性を見出していた。

 

 

「うわああ!」

 

「ぐおおっ!」

 

だが現実はそんなに甘くなかった。最初こそ優位に思われたが狼の防御力は並々ならず、炎の術を受けても怯みこそすれ、攻撃を加える隙を作ることはなかった。

 

普通の人間と戦い続けて体力も精神も限界を迎え始めた天族。

彼らは狼の攻撃に圧倒され、地べたに転がり回った。

 

「なんでこいつこんなタフなんだよ…!」

 

自分が来る前に男性とも戦っていたのに一向に疲弊する気配のない相手に毒づくアトラス。

彼を頭から引き裂こうと狼は腕を振り上げる。

悔しさと恐怖が混ざった瞳が命を奪わんとする敵の姿を刻々と焼き付けていた。

 

「っ!」

 

振るい降ろされた腕。無駄だとわかっていてもしないよりはマシだと頭を庇おうと腕を上げ、顔を横に反らしたアトラスだったが、いつまで経っても体に痛みが走ることはなかった。

恐る恐る反らしていた顔を戻すと、彼の前には肩に食い込んだ爪を両腕で受け止める男性がいた。

 

「なっ!」

 

「間一髪…間に合ったようだな」

 

「ウガウオオ」

 

男性は傷に耐えながら爪の進行を留めていたが狼はそんな抵抗を歯牙にもかけず、一層力を込め爪は肩から腹にかけて男性を引き裂く。

赤い飛沫を体内から噴き出して力なく倒れゆく男性を蒼白の顔で眺めるアトラス。

 

男性を下した狼は次こそお前の番だと言わんばかりにアトラスに近付く。

瞬間、凄まじい勢いの水流が狼の背中を押した。

 

衝撃を感じ、狼が水流のやって来た方を見た先には青と白の衣の女性。

またしても妨げられた狼は怒りが沸いたように歯ぎしりし、女性を睨みつける。

 

「こっちだ!ついてこい!」

 

「大丈夫ですか!」

 

「俺は、平気…それより」

 

傷付いた二人から狼を引き離すように逃げる女性とそれを追う狼。

二者の姿が見えなくなった瞬間に駆け寄ってきた少女にアトラスは答え痛みに苦しめられながらも立ち上がると、倒れる男性の元に歩く。

 

「しっかりしろ!なんで俺なんかを庇ったんだよ!」

 

「さぁな、自分でもわからん…だが不思議と悪い気はしない」

 

「何遺言みたいなこと言ってるんだよ!簡単に諦めんなよ!」

 

「諦めるな…か…そうだな」

 

諦めるな、その言葉に何かを思ったのか男性は深く目を閉じる。

 

「少年よ、その心を見込んで一つ提案がある…」

 

「提案って、こんな時に何が-」

 

「全員が生き残れる可能性がある」

 

男性の言葉にアトラスがピタリ、と止まる。

 

「本当か?あんたも?」

 

「ああ、だがはっきり言って保証はできない。上手くいったとしても私と君の身にかかる負担は免れないだろう…」

 

「それでもいい。あいつを何とかして二人を助けられるなら。俺はどうなったっていい」

 

「ダメですそんなの!二人共もうボロボロじゃないですか。まだ戦うだなんて」

 

少女が止めるように求めるが、アトラスは微笑みを向ける。

 

「大丈夫、何事もなく終われる可能性もあるんだろ?だったらそっちに行けるようにするさ」

 

「では、少し待て」

 

男性は小さく何かを呟く。動いていた口が止まると男性の体は一瞬、眩い光に包み込まれる。

 

「今のは?」

 

「おまじないのようなものだ。少しでも安全を確保するためのな。少年、今から私の名を教える…それを言うんだ」

 

「名前を呼ぶだけでいいのか?」

 

「それで力が得られる…君にその素質があれば」

 

「わかった。教えてくれ」

 

 

「はぁ、はぁ…」

 

壁や屋根の崩れた廃屋が無残に並ぶ街中。狼をアトラスら三人から遠ざけようと奮闘していたが、衣も身も傷つけられる程に追い込まれていた。

血の流れる左腕を抑えつける女性。

彼女へとジリジリと迫る狼だが、何かの気配に反応して後ろを振り返る。

 

剣を片手に、佇むアトラスがいる。

傷つき満足に戦えない体で何をしに戻ってきたのか…自らも似たような状態でありがらも女性は彼に視線を注いだ。

 

「エヴィ―=リュミラ(晴れやかなカールズ)」

 

何かの名前と思われる単語を紡いだ瞬間、アトラスの足元に火の粉が迸る。

円を描くように走ったそれは赤き炎となって上に勢いよく膨れ上がり、彼の体を包み込む。

全身が覆われ、火が晴れるとアトラスの纏っていた服は白に、髪も短髪からポニーテールの長髪に変わっていた。

 

「あれは…まさか、神依!?」

 

アトラスの遂げた変化に女性は思い当たるところがあったようでその現象の名を驚愕の色を込めた声で発する。

しかし狼にとってはその変化などさして関心も驚きもないのか、ただ仕留める順番が戻っただけだと言うかのようにアトラスへ走り出す。

 

「いくぞ」

 

自分とそして自分の中にいる存在にそう語り掛けるとアトラスは迫りくる爪を剣で受け止めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

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