間隙の少女 作:レイピア
「――あぁ、つまんねぇなぁ!」
「くっ……!」
衝撃が走る。光が迸り、そして斬撃。瞬きの間に行われたそれが、次の瞬間にも訪れることを予期し、弾かれた剣を戻そうと強引に眼前へと――。
「やっぱり、つまんねぇ」
衝撃は無かった。ただ、不可思議な、夢の中のような違和感だけが右手に残ったのみ。
ピキリ、と地面に皹が入るように、手首に一本の赤い筋が浮く。
「――は」
呆然と、目を見開く。ズルリと切断面が露になり、腕が削ぎ落とされる。時間が止まったようだった。
そして、目の前の男――帝国の騎士団副団長が、あくびをした。
「ふわぁあぁーー――……てかさぁ、おかしくね?どいつもコイツも、弱くて脆くて話にならねぇ。……唯一骨があるのはお前らんとこの『剣聖』くらいか?マジで話になんねぇな、人類」
「あぁあぁあぁぁあああああ――!!!!」
そして、ドクドクと血液が吹き出した瞬間、絶叫が喉から迸る。唐突に襲ってきた痛みは、これまでの痛みとは違う、酷く鋭いつつくようなものだった。
「あー……いやさぁ?別に苦しませたい訳じゃねぇんだよ。なんだっけ?騎士道精神?とかねぇのはそうなんだが……その、別に女いたぶって楽しむ、なんて趣味はねぇ。
……と言うわけで、安心しな。一息で殺してやるからさ」
「あぁぁあ――」
勢い休まることなく、血液は体内から吹き出し続ける。命の奔流が流れ、溶け出し始めるのを感じる。いつの間にか体は地面へ倒れ伏していた。
そして、沈み行く意識とともに、霞み始めた視界でぼんやりと目の前に誰かが立つのを感じた。
「――来世では良い夢見な。またな、
――その言葉で、私を呼ぶな。
いつもならそう言えたはずの私の喉は、すでに死にきっていた。掠れ声すら出せないまま、私は死を待つことしか出来ない。それが悔しくて、なにより情け無かった。
そして、斬撃音。揺らぐ意識が最後に捉えたのは、迫り来る銀色の濁流で――。
そして、――
「――はぁ」
もう視界は黒に染まっていた。私の五感は、おぼろ気に、外界の音をとらえるのみ。
だから、何が起きたのかわからない。
ただ、分かるのは、なにか固い物が強引に断ち切られる歪な残響音がなったこと。そして、つまりは恐らく――この男すら脅かしうる、
「――おいおいおいおい!はぁ?マジかよ、テメエ。……一体何もんだ?」
「別に」
「はー!これだから王国の奴等は嫌なんだよなぁ。『別に』なんてお高くとまっちゃって……一体何様のつもりですかー?」
焦っていた。
帝国騎士団の副団長が。あの、『神童』が。『英雄』が、確かに焦っていた。何があったのかわからない。わかるはずもない。
だから、私は必死に意識を繋ぎ止める。耳に意識を集中させる。
「知らない」
「マジかっ――痛ッ!……突然襲って来るなんて大したもんじゃねぇかこのクソ野郎!」
「……」
「――ッ!だんまりですかぁ?!このクソ野郎!騎士道精神とやらはどうしたんだよ!」
「……強いて言えば、私は水。流れる水。ありとあらゆる『間隙』を生きるもの」
「あん?もしかしてテメエは――あぶなッ!」
「……雑談、終了」
「――はあッ?!おまっ!それ洒落になら――」
「……さよなら」
段々と失われていく聴覚で、だが一つだけわかる事があった。
――この声の持ち主がいれば、王国は勝てる。
これまで前線に出てこなかった理由がうっすらと察せるだけに、驚愕が隠せない。王国の至宝である『剣聖』で互角の相手に、この余裕。
これまで表に出なかった理由は明白だ。響く声は、十から十八。その間の、まだ未成熟な声。恐らく、まだ幼い少女ゆえに戦闘に駆り出せなかったのだろう
それがなにゆえか、この戦いで初めて表沙汰になる。
今代の『剣聖』は六十過ぎ。十代と言う幼さで、『剣聖』を越えうるなど、どれほどの波紋が広がるのか想像すら出来なかった。
尋常ではない。王国が勝つどころの話で収まるかすら怪しい。この少女の力があれば――。
そして、そこまで考えたところで。
「――ッ!……■の――■■――が!!」
「――かもしれな■――――■…………『■■』」
――突然、スッと力が抜けて行く。同時、途切れ途切れになり始めた言葉。聞こえる部分すら音の羅列にしか聞こえない。最早垂れ流される鮮血は、快感とすら形容できた。
――ああ、終わりなんだな。
そして、その感覚を最後に、私の意識は深い深い暗闇へと落ちていった。