コンコンッ、古い木製のドアがノックの音を響かせる。二、三分ほど経ち私を迎えたのは肌が白く、不健康そうな痩せ細った女性だった。そして私は彼女に招かれ洋館の中に足を踏み入れていった。
一週間前、探偵をしている私に一通の手紙が届いた。私はまた浮気調査の依頼か、また以前浮気を働いた者の恨みの手紙かと嫌々ながら封を開けるとそこにはそういったものとは全く違う手紙が中にはいっていた。紙は文具店等で買えるような物ではなく荒めで厚く、文字も書道に自信があるのか筆で書かれている。その手紙にはこう書かれていた。
「私の家ー五ーー絵ー壊ーーーーーー報酬~億ー五ー間ーーーー女のーーーーーーーーーー。」
…読めない。私は書道に詳しくはないがこの字はうまくはないと思う。また、肝心の読めた字もよくわからなかった。家にある五つの絵を壊す?五日間?女のとは?こういった疑問が頭に夏のよ虫のように浮かんでくる。しかし、私の目に焼きついていたある言葉がそれらをはねのけた。
「報酬~億」
そう、~億円だ。仮に1億でも地球をぐるぐる回るほど旅行ができるし2億だったらサラリーマンの生涯賃金だ。そんな言葉を見たら最後生活が厳しくなっていた私は怪しさや疑問等すっかり忘れ去り気がつくと絵を壊す(刻む?)用の刃物と五日間分の食料を持ち、交通機関と徒歩で五時間半の手紙の封に書かれた住所へとたどり着いていた。
──途切れ途切れのクラシック、古びた家の匂い、よくわからないどこか不気味な絵画。そのような少し圧迫感を覚える部屋で依頼主の女性を待っていると彼女は一杯のコーヒーと共に額に入った一枚の絵を小脇に抱え応接室に入ってきた。
「今回、このようなおかしな依頼に対応して下さりありがとうございます。」
私は彼女の丁寧な対応に少し驚いた。あのような手紙の送り主なのだから中々癖の強い人間かと思っていたが…
「大丈夫ですよ。しかし、今回手紙に書かれていた文字がうまく読めませんでしたので依頼内容がはっきりとわかっていないのですが申し訳ありませんがもう一度お伺いしてもよろしいですか。」
「すみません。今回お願いしたいのはこちらの絵画の作者について調べてほしいのです。」
彼女はそう言うと横に座らせていた絵画をこちらに手渡した。その絵は自画像のようで背景に様々な色が用いられ、人は濁った黒で描かれている。独特な画風で果たしてこれが上手か下手かは素人の私にはわからないものだった。そして私は彼女から絵を受け取った。
──瞬間、とてつもない冷や汗が私の全身をつたった。心臓の鼓動が自分の体の中で一回一回爆発を起こしているかのように激しく体を揺らし、頭も真っ白になり何も考えることができなくなっていた。気分もおかしくなって悲しい、苦しい、辛い、怖い、楽しい、憎い、嬉しいなどの感情がぐるぐるぐるぐると頭の中を駆け巡る。気持ち悪く、気持ちいい。この状況をなんとかしようとする自分とその動きを止める自分がいる。そして頭の中に映像が流れ込んで…
「大丈夫ですか?」
彼女の高い声にはっとし、顔を上げると彼女はただ微笑んでいた。私ははい、と答えると
「ならよかった。で、この調査をお願いできますでしょうか。」
彼女のこの問いかけに私の頭にはすぐに答えは出ていた。NOと、しかし私の口からは
「はい。任せてください。」
どこからどうみてもYESと読む言葉がくり出された。