PSO2ロールプレイセッションリプレイ「変わらぬ日々の出来事」 作:月見城郭
とある任務がアークスに届く。
それは、あの日起きた場所で。
アークスたちが見る、結末とは。
どうか、だれもが迎える日常へ帰れますように。
・イツミについて
ディセットの事件より数日後、イツミは市民区に送られた痕跡が発見されなかった。イツミの姿を確認したとされる最後の情報はノーリとなっているが、ノーリについても現在行方が不明となっている。
・ウォパルでの微小な反応
先日発生したウォパルの事件周辺において、微小な反応が確認された。
調査員が派遣されるも、その反応に接近することができず、調査が難航している。
・HQ主任の失踪
上記のウォパルの反応が確認された前後で、HQ主任の一人「セッツァー」が失踪したと報告されている。現在捜索が進められているが、「何者かの復讐ではないか」とのうわさがささやかれている。
地球暦 2020年5月3日
かつてアークスシップにはびこった「願望機事件」が噂として流れなくなり、、数週間が過ぎていた。
アークスたちはいつもの日常に戻っていた。
どこかのBARの常連だった客たちは、新しくできた店に行くようになり、店に行く気のないアークスはロビーにたむろし、任務の招集がかかれば出撃するようになっていた。
そんなある日、とあるアークスたちが任務へと出撃した。
カナデ。オニキス。霊華。燈。ハク。
彼らは、とある人物より召集を受けていた。
「ウォパルの特定地域で発生した異常現象の調査」とされたそれは、かつてイツミが起こした事象の発生源と一致していた。
「だーっ!空気がうめぇ!」
「白い砂浜!透き通った海!青い空!」
「ハークソ!」
着陸して開口一番、オニキスが宣う。
「またかよ!またこれかよ!」
「まさか、またこの場所に来ることになろうとはのぅ……」
オニキスの言葉に続くように、霊華がこの地に降りて口を開く。
二人が見ている光景。
それは、かつてイツミと相対することになった景色そのものであった。
追って降りてきていた燈とハクは、二人とも、一同と距離を置いた位置に立っていた。
燈の表情はムスッとしたもので、ハクはどこか、虚空を一点に見つめていた。
「今度は誰だ!?誰の仕業だチクショー!環境汚染だぜ全くよぉ!」
「与えられた任務を遂行する。ただそれだけだろう」
オニキスに対して淡々と伝えるカナデ。
「……なんだよこの協調性のない面子は……」
周囲を見たオニキスはそのくそほど退屈な空気に膝から崩れ落ちそうになる。
「圧倒的に笑顔が足りない!」
「必要性を感じん」
「ほらー、どうせここに調査しに来たんでしょ?みんな」
カナデの言葉を無視して、オニキスが距離を開いている一同へ聞く。
「まぁの」
「まぁ、そんなところかな」
「だったら協力してウォパルを取り戻そう!」
神妙な霊華に、仏頂面の燈の返事などまるで聞かない様子でオニキスがまくしたてる。
「オニキス、もう少し落ち着いたらどうじゃ?」
「いまさらだろう、霊華」
「――そりゃそうかの」
霊華がそんなオニキスの様子に肩をすくめ、その様子にカナデの言葉に若干の呆れが混じる。
「……すまないが、今のアタシはそうおい気分にはなれなくてね」
険しい表情で、視線を外さないままハクが口を開く。
「私はあのバカをぶん殴れるならそれで充分。ここにいるって話だし」
燈は一人、頭に乗る隣人をなでる。
「えーなに?燈ちゃんノーリくん探してるの?やーん、ラブラブ~~~」
そんな燈をオニキスがいつものように茶化す。
「イツミちゃんを連れだしたか何か知らないけど、連絡一つよこさない。調べようにもお店も閉まって、どこ行ったかも不明ときてるし……」
「ありゃー、イツミちゃんと駆け落ちかー」
「オニキス。あまり軽口が過ぎると縫い合わせるぞ?」
表情が曇る燈へオニキスの止まらない口に霊華が注意を挟む。
「縫い付ける口がないんだなぁこれが!」
だがそんなこと気にしない様子のオニキス。
「声帯ユニットでも引きちぎればいいか?」
「じゃ、ボチボチ行こうぜ~。お話は移動しながらでもできるしね~」
物騒なことをいうカナデにも気に留めないオニキスは先に進もうとした。
その時。
「お待たせして申し訳ない」
ハクの視線の先の虚空から、声が響く。
「オニキス、止まるんじゃ」
「ッ」
霊華とカナデがいち早く臨戦態勢に入る。
「あらら、いったい誰かしら」
オニキスがゆっくりと声の方を向く。
開けた空間に一人の男が立っていた。
「ようこそ、諸君」
現れたのは、厳かな様相の仮面をつけた人物だった。
「このような場所に、人じゃと」
霊華とカナデが武器を構えたその時。
「うっ、ぐ……!」
「くっ」
突然霊華とカナデが地面に膝から崩れ落ちる。
「おっと。ここでの物騒な行動は慎んだ方がよろしい。そういう場所なので」
(なんじゃ、体が……重い……!?)
「フォトンに対して、強制干渉……?」
燈は武器を出さずに、霊華とカナデの様子を分析する。
「おい大丈夫か!?」
「あぁ、だ、大丈夫じゃ……」
「だが、動けん……」
オニキスが二人に近づく。
「誰だ、てめーは」
ハクが霊華たちの様子を見てから、仮面の人物に向き直る。
「名乗るようなものは持ち合わせてはいないのですが、そうですね。彼ならいい名前をご存じかと」
そう言って、オニキスを見る。
「セッツァー、だっけか」
「オニキス、知っておるのか」
「おや。異能力者アークスの長たる風間霊華殿が、その名をご存じでない?」
セッツァーは霊華をあおるように言う。
「あぁ、この人にディセットを殺せって言われたからな」
オニキスがセッツァーに向き直る。
「あのときはどうもありがとうございます。失敗したのに報酬をいただいたって……」
「なに、気にするな」
頭を下げてオニキスが言う。
「……出会っていきなり手を出すとは、随分と不躾だな」
「勘違いをするな。手を出そうとしたのはお前たちだ」
カナデを一蹴するセッツァー。
「そうか。それで、オマエはここで何をしている」
「何をしているかというのなら、ここで過ごしているとだけ」
「こいつ」
ハクが動こうとした時。
「そして、私にはそちらから手を出さないほうがいい。ここのルールのようなものだ」
「ルール、だと?」
セッツァーの言葉にカナデが反応する。
「まったく、アークスというのはこれだからよくない。野蛮な集まりとは理解はしていたが……」
「いやはや、彼女が許したのだろうが、何とも、哀れよ」
セッツァーは霊華とカナデを見下す。
「なんだぁ、願望機で創った場所なら、ここは創った人間の思うまま……ってか」
「あぁ。あれか。あれはいい参考になった。出所がブラックペーパーというのがいささか気にはなったが、別段利用する分には問題もない」
オニキスが切り出すと、セッツァーはそう答える。
「お、おのれ……あまく、みるな……」
霊華が武器を支えに無理やり立とうとする。
「ほぉ。流石はといったところか」
セッツァーが霊華の様子を見てそうつぶやく。
オニキスはそっと霊華の肩を支える。
「――すまん、オニキス……」
霊華は素直にオニキスの肩を借りる。
「さて、では折角の来客だ。椅子も机も用意はないが、ゆっくり話し合うとしよう」
「あぁ、いいぜ!俺たちは調査に来てるからな!色々聞かせてもらおうじゃないの。なぁ、みんなもそう思うだろう?」
セッツァーの提案を聞いて、オニキスが全員へ聞く。
「歩く分には止めはしないさ。まだ綻びは残ってはいるが、直に彼女も落ち着くだろう」
セッツァーとオニキスのやり取りの中、ハクはじっとセッツァーを視界にとらえ続けて、反応を示さなかった。
「……あまり警戒しないほうがいい。まぁ、後ろのようになりたいなら止めはしないが」
ハクを一瞥してセッツァーがそう告げた。
「……今回の任務は、時間がかかりそうだな」
「彼奴の手のひらの上で踊らされておるようでいささか気に食わんが……仕方あるまい……」
カナデと霊華が小声でそういう。
「おい、さっきあんたが言った彼女って、だれのことだ」
オニキスがセッツァーへ切り出す。
「ん?あぁ、何と言ったか」
「イツミか?」
「あぁ。そんな名前だったな」
イツミの名前を聞いて、霊華が顔を上げる。
「流石は人工守備計画のプロトモデルになった存在だ。まさかここまで仕上げてくるとはな」
「ついでにもう一つ答えて」
燈が口を開く。
「どうぞお嬢さん」
「ここには何人いるの?」
「不思議なことを聞く。見たままの数だ。ほかに何かおかしなものでもあるか?」
燈はセッツァーの答えを聞いて、何も答えず見守る。
「イツミが、あの計画のプロトモデル、だと?」
オニキスがセッツァーに問う。
「少し古い話だ」
セッツァーは一息置いてから、言葉をつづけた。
「アークスが創世されてからいくばくかの月日が流れ、創設者であるルーサーが牛耳っていた時代の話。アークス適性のない人材に対してのフォトンを扱わせる実験が行われていた」
「人工守備計画、という名前は後付けの名前だがね」
「完璧主義者のルーサーが、自ら仕立てたアークス以外の対抗手段を許すことはなかったため、その実験はルーサーによって中止された。そしてとある事件で惑星ごと滅ぶことになった」
「だが、ルーサーの支配を嫌うものが、オラクルに実験成果を秘密裏に持ち込んでいたそうだ」
「なにせ、適性を気にすることなく戦場の駒を増やせる、というのだからね」
「駒……か」
セッツァーの話を聞き、カナデがひとり呟く。
(……結局、ニンゲンってのはどこでもすることは同じ、か)
ハクはどこか悲しそうに、セッツァーの話を聞いた。
「さて、持ち込まれた実験成果。その実験の被験者となっていた子どもが3人が救助という名目で回収され、アークスシップで保護下に置かれていた」
「そのうちの一人が、イツミという少女だった」
「なん、じゃと……」
霊華がセッツァーの言葉に戦慄く。
「哀れよな。冷凍保存による浄化を受け続けることとなった2名を人質にされた少女は、アークスとして戦場に立たされることを強要された」
「彼女はその2名を外に出すところまでこぎつけたのだがね。不幸な事件に巻き込まれた2名はいずれも死亡。少女も最終的に、犯罪組織に加担させられ、自らアークスに甚大な被害をまき散らす存在となってしまった」
「こうして、人工守備計画は終焉を迎えた」
「……人間とは、斯くも愚かなことに、手を染めてしまうのか……」
消え入りそうな声で、霊華は口にする。
「……かもね」
オニキスはそっと霊華につぶやく。
「ニンゲン、暇を持て余した時にゃくだらねーことばかり思いつくが、追い込まれたときにすることはそれ以上にタチが悪いな」
ハクが誰にとなく口にする。
「おい、なんでイツミを選んだんだ」
オニキスがセッツァーへ質問を投げ掛ける。
「彼女のポテンシャルは素晴らしかった。君たちも見ているだろう、この光景を。彼女は自分の願いである、だれも傷つかない、だれも泣かない、だれも戦わない。そんなささやかで、大それた願いを形にして、この世界を作り上げた」
セッツァーが両手を開く。
「彼女は、より良き未来のために願いを実現させて見せた。私は、それをほかの人々にも、争いのない世界を、与えたい」
「……与えたい?」
霊華がセッツァーを見上げる。
「まさか本気でだれも傷つかない世界でも作ろうってつもり……」
オニキスがそう言って周囲を見る。
「……ですって、さ」
「争いのない、世界……」
カナデは、小さくつぶやく。
「おぬし、いいや……貴様は、神にでもなるつもりか?」
「バカげたことを。人間の身で神になれるものか」
霊華の言葉を一蹴する。
「――」
「なにか言ったかな、お嬢さん」
霊華の相手を無視し、セッツァーは燈を見る。
視線が合い、燈が腰の銃に手をかける。
だが、握った銃は嫌というほど重たく、抜き取ることができなかった。
「……私たちは、あんたの道具じゃない。もう、道具として生きていない、一人の、人間なんだ」
両手で、震えながら銃を抜き、セッツァーへと銃口を向ける燈。
「燈、殿……」
「くっ」
たまらず、銃を落とす燈。
そんな燈を見る霊華の瞳には、冷静さが戻ったようだった。
「……誰も傷つかない世界、平和な世界……そうじゃ、妾も、あればよいと……ずっと思っておった……じゃが、そうじゃ、それは、誰かから与えられるものではないと……それだけは、分かっておる……!」
「……そんな嘘っぱちで平和なセカイを作るために、いったい何人もの血が流れたのやら」
ハクが続いて口を開く。
「嘘?今見えてる、今感じていることは現実だ。そしてそれこそ彼女の願いの形だ」
「作り物の世界か、滑稽だな」
カナデの発言にセッツァーがカナデのほうを向く。
「作り物の貴様が宣うのはなお滑稽だな。カナデ」
「あぁ。だが、俺はお前のような逃避はしていないが?」
「逃避、か。これが」
「確かに、だれも傷つかない世界は、きっと美しいものだ。皆が平和に暮らしていける世界、そんなものがあれば、俺たちは武器など必要としないだろう」
「もちろんだ。戦争など、必要はない」
「だがな。平和の裏にこそ、必ず争いがある」
「その考えが浅はかだというのだ。なぜ争いを肯定する?自らの存在意義が戦場にしかないお前の存在を否定されたとでも考えてるのか」
「だー!めっどくせぇ!そんなガキ臭ぇ理由じゃねぇんだよボケナス!」
カナデとセッツァーのやりとりに、オニキスが叫ぶ。
「どうせお前が創ろうとしてる平和で争いのない世界なんて、どうせイツミの主観で創るもんなんだろう?」
「イツミに願望機だか何だか使わせて、それを世界中に広げて平和にするって計画か?知らねーけどよ!」
「そんなんで平和な世界ができるわけがねーだろバーカ!」
「できるさ」
オニキスの言葉を一言で返す。
「既にここがそう出来ている」
「争ってねぇだけじゃねーか!」
「何が違うというのだ」
「それによ、この世界に争いが無い以外に何があるんだよ!」
「ほかに何を求める?」
「面白味だね!」
オニキスが一層声を張り上げる。
「土と、草と、空気で何ができる?!農業か?!あーそりゃ楽しそうだな!」
「……キャストでもここまで感情表現が豊かであるなら、開発者も喜ぶだろうな」
「こいつが特殊なだけだろう」
「ハハハハハハ!ナイスジョーク!」
セッツァーの茶化しに、カナデがぼやいてオニキスが笑う。
「人の感情を否定はしないさ。作るなら好きなものを作ればいい。価値など個人の観点でしか見ていないものだ。あとから見直されていく。始め、続けることにこそ意義がある」
「うん!そうだね!ないなら作ればいいね!確かにその通りだ!」
「その願望が、今ある世界を踏みつぶして願いをかなえる、ってことが問題だけどな!!」
「そこに何の問題がある?」
「……アタシはあまりこういうのは得意じゃないがよ、なんだかんだ言ってはいるが、結局無理やり押さえつけてるだけじゃねーのか?」
セッツァーの言葉にハクが口を開く。
「戦わなくていい、それはどうして?と聞かれて平和だからといわれりゃ納得いく」
「だが、戦わなくていい、それはどうして?に対して規則でそうなってるから、って返してるのがこのセカイだろうに」
ハクの言葉にカナデが続く。
「そんな世界で生きていたって、俺は何の価値も見いだせないな。それに、価値は見直され続けて、元々の価値すら上書きか?それに巻き込まれる個人の価値は、どこへ行くんだろうな」
「現代文明の発展とそう変わりないさ。時代によって見方も価値も変わっていく」
「見方が変われば、周りと違う価値に違和感から攻撃が始まるだろうな。それこそ、争いで、死も同然だ」
「カナデ、その攻撃って物自体ない世界がここだ」
オニキスはカナデをたしなめながら、辺りをセンサーで探る。
(なにか、ここを突破できるものはねぇか……)
「……言っても無駄、か」
セッツァーは諦めたように口を開く。
「わかった。話を進めよう」
そう言って、セッツァーは一丁の銃を5人のもとへ投げる。
「ここを、彼女の願いを否定したいというのであれば、それを使うといい」
ワルキューレR25。イツミが使っていた銃であった。
「それで私を撃つといい。死の概念が存在する。この世界の根幹を否定すれば、彼女が見ているこの願いも消えてなくなる」
銃を見つめる5人。誰から動くこともできずにいた。
「……あぁ、そうだ、思い出した」
セッツァーはハクに視線を向ける。
「ディセットの付き添いだったな。あの時は陽動をよく果たしてくれた」
「……オマエに感謝される謂れはない。アタシはディセットのボディーガードだった。それだけだ」
「やっぱりあの時邪魔したのボディーガードかよ……仲良しデートのフリして警護なんて熱いわね。おかげでこっちの作戦がパーだ」
ギロリとセッツァーをにらみつけるハクへ、オニキスがぼやく。
「あくまでもアノときは偶然だったからな……」
オニキスのボヤキに呆れながらハクが返す。
セッツァーは、燈へと視線を移す。
「隣の猫を乗せたお嬢さんは、彼、確かノーリと言ったか?よく支えになっていてくれたそうだね」
燈の耳がピクリと動く。
「君には感謝しているよ。彼がいてくれらからこそ、今がある」
『おっと、軽々しく猫と呼称するのは、君たちをニンゲンと呼ぶものだよ』
平然と、猫がしゃべり始める。
「ほぉ。珍しいこともあるものだ」
「さて、そろそろいいかい」
そして、オニキスが一歩前に歩み寄り、地面の銃を握る。
(私を撃つか。ならば撃てばいい。しかし、戻ってくるものは、取り返したいと願ったものは、何一つお前たちの世界に残っていないのだから)
(撃たないで。お願い。もういいよ、帰って。一人にして。わかってくれると思ってたのに……もう。放っておいて)
「おい!イツミ見てっか!お前の考える戦いのない世界なんてな、どーせ今すぐに作れないんだよ!」
オニキスが銃を持ち上げる。
「じゃあな!」
(え?)
銃声が、一発。
(なんで?)
体が、崩れ落ちる。
(こんなの……誰も、望んでないよ)
「――え?」
「オニキス!?」
銃口は、オニキスの頭部を的確に打ち抜いていた。
電気音もたたず、アラートも鳴らず、寸分たがわずコアセンサーを破壊したのだ。
崩れ落ちて、動かなくなったその体を、カナデはただ黙ったまま、じっと見降ろしていた。
「じょ、冗談はよすのじゃ。い、いつもの、悪ふざけ、じゃろう……?」
霊華が膝をついて、動かなくなったものに触れる。
「あ……あぁ……友よ、なぜじゃ……」
霊華が顔を埋める。
「なぜおぬしらは、いつも、いつもいつも勝手なことを……」
「……君のような人が、彼女のそばにいれば、また違っただろうに」(ごめんなさい。私……)
誰にも聞こえないように、仮面をつけた男はつぶやく。
「もうじき、ここもなくなるか」(ねぇ、どうしたらいいの……私、どうしたら……)
見上げると、雪が降るように周囲の世界が霧散していく。
燈が、落ちた銃を拾い、セッツァーへと構える。
「最期に聞かせて」
「あぁ、良いだろう」
「理想郷のためなら、実験体は死んでもいい、そう考える?」
「……彼女のことを指しているなら、死んではいなかったさ。たった今、君たちに殺されたのだ」
「もしも上手くいったって、イツミちゃんが人柱になることは変わらない。違う?」
「人は、人の姿でなければ生きているとは言えないのか?そこで今死んだ人間は、機械だったろう」
「それを決めるのは、他人じゃない」
カナデが口を開く。
「あぁ。何を人足らしめるか。それは、そうであると決めた本人だけが決められることだ」
「……勝手に、身体を弄繰り回されて、望んでもない力を無理やり押し付けられて、最期はいらなくなって廃棄。私たちのような実験体は、あんたたちの都合に合わせた道具じゃない」
「あぁ、まったくもってその通りだ」
「だからこそ、私は……赦せない」
燈はそう言って、銃から弾倉を抜き捨てる。
「殺したいほど、憎いけど。それでもあなたを殺したらいけない」
そう言って、セッツァーへ銃を突き出す。
「最期まで、見届けて。そしてここで死んでいって」
「……そうか」
セッツァーは、銃を受け取る。
「……彼には、悪いことをした」
「二度と、彼女に関わらないで。それが私の願い」
「……あぁ。二度と、関われないさ」(お願い、あの人を、助けて……)
仮面をつけた男は銃を見ながら、つぶやく。
「……さぁ。ここもそろそろ時間だ」(あの人は、なにも、何も悪いことしてないんだよ……?)
セッツァーは顔を上げて4人に伝える。
「願いは一人の男によって穿たれた。ここも、直に元へ戻るだろう」(あのひとだけは……)
「……ここは戻ったとしても、もどらねェもんもある」
ハクは、足元を見る。
「それが君たちの現実だ」(私のことを、お母さんを否定しなかった……)
「とても高潔で、尊ぶべき精神だ」(私に、お母さんはいたんだって、教えてくれてた……)
「きっと、これを英雄と呼ぶのだろうな」(あの人だけは……救いたい)
燈が足パーツを持つ。
「いつまでも野ざらしにしておけないから……せめて一緒に帰ろう」
「……そうじゃの。わかった」
霊華は目元をぬぐい、燈とともに持ち上げようとする。
「おっも……」
「しっかし、なんだろうな。争いや悲しみを望まないヤツが産み出したセカイが、間接的にとはいえ、一つの命を奪い、悲しみを生み出すとか」
ハクはそう言って、二人が引きずっている手伝いに回る。
「最期に」
仮面の男が、5人へ声をかける。
「一つだけ、聞かせてくれ」
「まだ何かあるのか」
カナデが向き直る。
「より良い未来は、自らの手で勝ち取るべきものか。あるいは、与えられるものか」
『これはまた、随分と素っ頓狂な質問が飛んできたものだ。まるで未来が初めから存在するような、そんな阿呆な質問だ』
「決まってて当り前さ。アークスは、その未来をつかむためにあるのだから」
猫に対して、仮面の男は答える。
霊華が振り返らないまま、口を開く。
「……少なくとも、妾は……与えられるものではない。と、思っておる」
「そうか」(霊華さん……)
燈が続いて答える。
「未来なんてない。だからこそ『今が良いモノだ』って言えるように頑張るしかないでしょ」
「頭の彼より、素晴らしい感性だ。お嬢さん」(燈ちゃん……)
ハクが口を開く。
「別に勝つ必要はない。与えられる必要もない。未来なんざ、生きてさえいれば、なるようになる。そういうもんじゃねーか?」
「自ら手を出すようなことはしない……いや、違うか」
「行き当たりばったり。というのかな?」
「ヒトってのは、結局そういうモンだろ?ただ、歴史とかそういう過去の話をするときに、ヒトはあたかも綺麗な一本道であるかのように語りたがる……それだけさ」
「なるほど。ディセットが気に入る人間臭さだ」(ハクちゃん……)
仮面の男は、最期にカナデへ向き直る。
「カナデ、お前はどうだ?」
「……勝ち取った結果が今の俺だ。誰かが作った幸せや未来など、反吐が出る」
「なるほど」(カナデさん……)
仮面の男は姿勢を正す。
「では。君たちと、亡き英雄の門出を祝おう」
男の手に持った銃が青く輝く鉱石へと変わる。
「これは世界の断片。世界が世界としてあるためのフラグメント」
「奴の特異体質さえなければ、生まれなかった代物だ」
鉱石はふわりと、粒子になって散っていく中で、ほんの一部が、オニキスへと流れ込む。
「……これで、君たちは君たちの歩んできた日常に帰れる」
「未だに、彼がとった選択は常軌を逸していると考えてしまうが……きっと、そういうものも、人間の本質なのだろうな」
「……奴と一緒にするな。そこらの人間ができないことをする奴だ」
「まぁ、そもそも……オニキス、だからね」
「君たちが戻れば、噛み合わせの悪いことがあるかもしれない」
「だが、それも時期がたつことで馴染むだろう」
「……それで、オマエはこれからどうするんだ?いうなればオマエにとってクソッタレな世界に戻るわけだが」
「この身は既に世界にささげている。それに、彼女一人、残していくのは寂しいだろうから……最も、それも杞憂だがね」(え……?)
「一人にさせるのは寂しいからとかキザっぽく抜かすぐらいならよぉ……彼女とここを出て生きていくぐらい言って見せりゃいいだろ」
仮面の男の言葉に、ハクが愚痴るように吐き出す。
「さぁ、早くいくといい。それとも、このままともに消えていくかな?」(まって、アナタは……)
「そりゃ、勘弁だな」
オニキスが立ち上がる。
「お、オオオォ、オニキス……!」
霊華の表情がパァッと晴れ渡る
「おはよう。素晴らしき人」(どうして!なんで、なんでみんなそうやって!)
「……確かに俺は死んだはずだぞ。なのにどういうことだこれは」
仮面の男はオニキスへ言葉をかける。
「君は、自らの死を以って未来を切り拓いたのだろうね」(お願い、アナタも、一緒に!)
「そう、言うなれば。奇跡だろうさ」(どうして、こんな形でしか……)
「し、心配かけおって、この馬鹿者がぁ……!」
霊華が啖呵を切ったようにボロボロと泣き出す。
「願望が作り出した世界なら、これもあり、か」
カナデはそういうも、表情は和らいでいた。
「……こんな結果が、待っているとはね」(……ごめんなさい)
「さぁ、おしゃべりの時間は終わりだ」(ありがとう……)
既に踏みしめられる大地は少なく、仮面の男も消え始めている。
「感傷に浸る時間は、なさそうね」
5人が背を向けて、元居た場所へ戻ろうとする。
そんな中、オニキスが振り返る。
「あんたに奇跡は起きないのか?」
「私には、どうだろうな」
「なら起きるといいな」
「情け深い神様がいれば、かな」
そうかい。と、一言言ってオニキスが背を向ける。
「きっといるさ。じゃあな。セッツァー」
オニキスは背中越しに、セッツァーへ手を振った。
「……任務完了。帰る」
「さ、帰ろ。私たちの帰る場所へ」
「――ああ。そうじゃの」
全員が戻る中、ハクは一人、既にいなくなった人へ視線を向ける。
「……アタシは運命とか使命とか……奇跡って言葉はどうもキライだがよ……たまにはあっても、いい。のかもな」
ハクは、そう言って皆の場所へと戻っていった。
良い人を持ったな。ディセット。
――本当に、素晴らしい人たちです。
おまえは行ってくれ。俺はもう、長くいすぎた。
――おや、神様の好意を待ちはしないのかな?
ばかが。俺には過ぎたる奇跡だ。
それに。そう。犠牲はつきものだ。
――そういう役回りは私だったんですけどね。
……青き半身よ。
――赤き半身よ。
叶うならば、また共に世界を身に行こう。
――えぇ。必ず。
男の両目に赤い瞳と、青い瞳が戻る。
5人のアークスがキャンプシップに戻る。
それぞれが見降ろした景色は、ウォパルの海と、砂浜が広がっている光景だった。
いつもの、光景だった。
「お母さん」
「――どうしたの?かわいい子」
「私、ずっと、悪い子だった」
「自分のことばかりで、他の人のことを、考えてあげられてなかった」
「私は、ずっと、迷惑を……」
「――大丈夫よ、かわいい子」
「……え?」
「――あなたを大切に思ってくれてる人たちが、あれだけいたのだもの」
「――大丈夫、明日はきっとうまくいくわ」
「でも……もしかしたらまた」
「――それじゃあ、もっと幸せになっていらっしゃい」
「もっと……?」
「――えぇ。あなたがこれ以上、ってなっても」
「――それを次の日も、また次の日も」
「――何度でも繰り返し、繰り返し」
「あ、飽きられちゃわないかな?」
「――同じことならそうかもね」
「――でも、アナタはそうじゃないでしょう?」
「え……?」
「――私と同じ、好奇心の塊」
「――私の可愛い娘」
「――大丈夫。あなたなら、何があっても、前へ進めるわ」
「……また」
「――」
「また……帰ってきても、良い?」
「――もちろん。あなたは私の娘だもの」
「じゃあ、約束」
「――えぇ。約束」
「……それじゃあ、行ってくるね」
「――えぇ、行ってらっしゃい」
「……さようなら、お母さん」
「――さようなら。私の可愛い娘」
過去は、上書きできない。
古い傷のようなもので、ずっと、ずっと残り続ける。
たとえ、どれほどの幸福の中でさえ。
その傷は、色あせることはないのでしょう。
それでも。
それでもなお、あなたは生きていくのです。
だから、幸せを、求め続けるべきです。
かさぶたがはがれても、あざが残っても。
それでも、それをまた覆いつくすくらい。
そんな、両手いっぱいの幸せの中で。
さぁ。行っておいで。
あなたは、まだ幸せを求めるでしょう?
いいよ。行っておいで。
どんなものにも、心のままにいるあなたの姿は。
きっと、誰かの支えになっているはずだから。
もし、もしも新しい傷ができたら。
そしたら、また休めばいい。
ゆっくり休んで、また歩けるようになったら。
また、行っておいで。
お母さんは、いつでもあなたと共にいるから。
・ウォパル調査結果
調査の結果。ウォパルで発生していた反応はその後検知されなくなった。
なお、本調査の依頼主についてのデータが消失しており、現在確認が進められている。
・特殊装備の研究成果について
現在、フォトナーとの戦争に対応したフォトンを用いない軍事兵器の開発がすすめられ、アークスに適応できる実験段階のテストへと進行しているとのこと。テスト参加を希望するアークスは、別途参加登録申請をお願いします。
アークスシップの静かな区画。
奥まったところの部屋を使って、とあるBARが開店していた。
バーテンの仏頂面に、綺麗なウェイター。
そして、オーナーの少女。
3人の家族で営まれているBARには、今日も常連客が通う。