俺の幼なじみは、 作:かわいいね
俺には幼なじみがいる。
「おはようシャルル寝惚け顔も素敵だね。ああ無理我慢できないほっぺスリスリしちゃお。あ、見て、今日もいい天気だよ。ちょっと待って、いまカーテン開けるね。ふふ、眩しがってる可愛い。あーあ、本社からの呼び出しがなかったらお弁当作って二人でピクニックに行きたかったなあ。まったく本当に邪魔だよねあの人でもあの人がいなかったら僕はここにいないしそこは感謝しなくちゃ。ピクニックはできないけど本社には一緒に行こうね。ところで朝ごはんはサンドイッチとトーストどっちがいい?」
「……今日も元気だな」
この幼なじみ、なんか変だ。
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「いい? すぐ戻るから、ここで待っててね。あっ、べ、別にシャルルのこと信じてない訳じゃないよ、これはただの確認作業だから、シャルルが僕を置いて行く訳がないって、ちゃんとわかってるからね、ね?」
少女の顔が、ズイズイと迫ってくる。
一人称は“僕”だが、れっきとした女の子だ。気立てはよく、顔もいい、母ちゃんに言わせれば非の打ち所がないザ・美少女。それが俺の幼なじみ。
ただ、どこか俺を子供扱いというか、目の離せないタイプに見ているフシがある。
言ってしまえば過保護なのだ。一人じゃ飯も食えないような奴だと勝手に思い込んでるらしい。
当然だが俺は自分の事は自分だけできっちり……とはさすがに言い切れない、ものの、十四のガキにしてはしっかりしてる方だと主張したいね。
おわかりですか、奥さん。
「心配性だな」
子供扱いされるのは不本意だが、だからってムキになるのは格好が悪い。
だから俺は、不満を言っても一言だけに留めておく。
「じゃあ、行ってくるね。また後でね」
やたら心配性な彼女はそう不安気に何度も振り返るのだが、正直誰かが悲鳴を上げる前にさくっと部屋に入って扉を閉めてやってほしい。
ここが女性用更衣室の前だということを、俺たちは忘れてはならないのだ。
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「おや、デュポン君じゃないか」
「あ、どうも。おはようございます」
こんな場所で、意外な人に会ったものだ。
幼なじみ──シャルロットの親父さん。デュノア社の社長に。
親父さんは缶コーヒーを片手に、さも偶然ここを通りかかりましたよといった様相で立ち止まると、ベンチで暇そうにしてるガキに一声かけた。つまりシャルロットの着替え待ちをしている俺に。
「娘は……シャルロットはいま、着替え中かね?」
「ええまあ。さっき更衣室に入ったとこです」
「そうか」
なんだ、この空気。
正直俺はこの人とあまり仲がよろしくない。と、つい最近まで俺がそう勝手に思っていただけでその実、そんなことは全くなかったりする。
仕方ないじゃないか、こんなに気まずい空気じゃ。あまり快く思われてないんじゃないかとどこかで勘ぐりもするだろう。
実際はそんなことはない。そんなことはないのだ。
たまに食事に誘ってもらってるし、社長夫人ともたまに会って話すし。プライベートでは名前で呼んでも構わないとも言われている。嫌いな相手に名前呼びを許したりはしない、多分そうだろ。
では何故こんなにも気まずいのか。
それはなんやかんやあって初めてシャルロットの親父さんと会った時に、俺が社長室で土下座したのが遠因だと俺は睨んでいる。
幼なじみ歴十余年の俺が、シャルロットが一身に抱える家庭環境の問題の一挙解決に乗り出し、場に出した切り札が開幕土下座だったのだ。というかたかが十三年弱生きたくらいのガキが切れる手札なんて、これくらいしかないだろ。
ぶっちゃけ俺も余裕がなかったからな。なんだかんだ言って自分の人生の大部分に良くも悪くもくい込んじまってるシャルロットが、これまた良くも悪くも初めて言葉にして俺を頼ってきたんだ、こりゃなんとかしねーとってガムシャラだった。
もっともその時の俺もたまたま日本人の動画ですげーもん見たのを覚えてて使っただけで、実際の土下座がどんな効力を持つかなんて知りもしなかったんだけどな。
ちなみにその動画ではこれで全てが万事解決と紹介されていたんだが、ここでは結果しなかったとだけ言っておく。ちくしょう。どうやら俺はサトウ・タナカに騙されたらしい、恨んでやる。
経験者だから言えるのだが、あの格好やってみると結構恥ずかしいのだ。動画で見た時はスタイリッシュでカッケーなと思った覚えがあるんだけどな。まあ頭が茹だるかと思った。
そんな状況で、自分でも下座りながらなにを言ったかよく覚えてないが、結果的にシャルロットを取り巻く家庭環境の問題はそれから多少マシになったから、俺の土下座もまあ無駄にはならなかったんだと思う。それだけが救いだ。
で、いまにして思うと、初対面でいきなり自分に向かって土下座してくるガキって親父さん的にかなりヤバい絵面だったんじゃねーかな、と。そりゃ距離感掴みかねますわな。いまも探り探りですわ、はは。
「その後、娘とはどうなのかね?」
「え、と……どう、とは?」
「隣に住んでいるのだろう。そう手配したからな」
「あ、はい。学校にはこれまで通り一緒に通ってますよ」
自慢じゃないが俺たち幼なじみは仲が良い方だ。昔はお互いの家で寝泊まりしたことだってある。家族ぐるみのなんたらってやつ。
まあ、この歳の男女にしては仲良くやってると思う。比較対象が地元の同級生くらいなんで、関係性を客観的に評価するにはちょっと心許ないが。
ISが登場してからというもの、女子と男子の溝は前よりどんどん深くなるばかりだ。女性優位の風潮でやたら高圧的な女子が増えたし、男連中もそれに反発して不満を隠そうともしない。クラスに一人でも優位思想に染まった女子がいれば、それはもう最悪だ。
幸い俺の世代はギスギスとはほとんど無縁だったが、それでもやっぱり思春期に入る前には男子は男子、女子は女子といるべき、みたいな風潮はあった。シャルロットが男っぽい口調を意識するようになったのもその頃からかもしれない。
話が逸れた。
結局なんだかんだあってシャルロットは親父さんの仕事を手伝うようになり、何故か実家ではなくまた隣の家に住むようになった。幸い家の方はシャルロットの母親が亡くなった時から手付かずだったので、週に何回か親父さんがいるデュノア社の本社に顔を出さなければならないということ以外は、これまでの生活に戻ったと言っていい。
俺達はこれまで通り同じ学校に通ってるし、これまで通り一緒に登下校して、これまで通り寄り道をして、これまで通り一緒に食事をして、これまで通り夜に別れて朝に会う。毎週月木土の三日は俺も朝からシャルロットと親父さんの会社に顔を出さなければならないので、強いて言うならそれがこれまでと違う慣習だ。
「……君のお陰で我が社の立場も回復しつつあるが、私はそれ以上に君を評価しているつもりだ」
「は、はあ?」
「私はその特異性でもって君を認めた訳ではない。それだけは覚えていてもらいたい、いいかね?」
「あ、ありがとうございます……?」
あ、あの、近いっす、親父さん……。
親父さんのなかなかにダンディーなご尊顔が迫り、それに伴い俺はやや仰け反る構図になる。
親子でこうも似るかね、こんなとこが。
「結果的に君の存在には頼ってしまっているが、しかし私はあの件がなくとも君と娘の……っ」
「なにしてるんですか」
男二人、冷ややかな声に時が止まる。
ギギギ、ギ……と揃って声がした方へ首を回すと、そこにはのっぺりとした表情のシャルロットが、ISスーツの上にパーカーを一枚羽織った状態で立っていた。
「ごほん。……失礼する」
「ちょ、どこ行くんすか」
うわホントにどっか行ったよあの人。大人って汚ねー……。
「もー、どこ見てるの? シャルル、そっちに僕はいないよ?」
「おわっ」
音もなく背後に立たれるのは心臓に悪いし、首筋にかかる吐息も健全な青少年にはちょっとよろしくない。
だが考えて頂きたい。シャルロットと俺には身長差がそこそこある。背後に立たれて首筋に彼女の息が当たるということは、つまり彼女が必死につま先立ちをしているということでもある訳で。
相対的に吐息効果は打ち消され、背後にこっそりと立たれた末の心臓へのダメージだけが残ると、まあざっとこんな寸法だ。やっぱりよろしくないなこれは。
普段からちょくちょくこういうことをしてくるので、俺はシャルロットがアサシンの末裔なんじゃないかと疑っている。でなきゃ前世がNINJAかのどっちかだな。
「とりあえずもう行こうぜ」
さすがシャルロット。俺の幼なじみは最高だなと改めて感じつつ、仕事の時間も差し迫ってきているので移動を開始する。
「話は終わってないよ」
……間髪入れずに手首を掴まれた。地味に万力のようなパワーだ。
「ねえシャルル、どうして待っててくれなかったのかな。僕、なんだか悲しいよ」
「いや、待ってたけど」
「僕は更衣室の前で待っててねって、そう言ったよ。シャルルもうんって言ったよね? なのに、なのにこんなに離れたとこにいるなんて、酷いじゃないか!」
「ええ……」
いつもこのベンチで待ってても(そもそも更衣室の出入口のすぐ“横”にあるベンチだし……)そんなこと言わないシャルロットが、何故か今日に限ってぷーぷーと文句を言う。……まあ普段では有り得ないようなタイミングで怒り出すのは今日に限った話じゃないが。
彼女はたまに面倒くさくなるのだ、こんなふうに。理由はわからないし、聞いても答えてくれなかったりはぐらかされたりするので避けようがない。
ちなみに俺はこの現象を密かに『自動ロシアンルーレット』と呼んでいる。普段は空砲で、よく分からないタイミングで弾が出てくるからだ。しかも勝手に引き金が引かれまくるんだから余計にタチが悪い。
「……あっ、あああ……っ! ご、ごめん! い、痛かったよね。ぼ、僕全然っ、そんなつもりじゃなくてっ、ほんとに、ごめ、ごめんなさいっ、痕になったら……」
「まあ、なんだ。……意外と力強いよな、お前」
俺ももっと鍛えよう。
今度は逆にシャルロットの手を引き、俺は歩き出した。
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俺には幼なじみがいる。
「ねえシャルル、今日の晩ご飯はなにが食べたい? なんでもいいよ……僕でも、えへへ。あ、でもその時は先にお風呂に入ろうね。一緒に入ってもいいよ、というか一緒に入るべきだよね、でしょ。だって僕とシャルルの仲だもん。さあ僕に食べたいものを言ってごらんよ、遠慮はいらないよ、あっ、これは毎日言ってるし、当たり前のことだったね。でも当たり前のことだって改めて声に出してみるのも必要なんじゃないかな。言わなくても通じるって素敵だけど、僕は時々でもいいから言ってもらいたいかな、えへへ。ね、ねえシャルル、折角だからいま、僕のわがままを叶えてほしいな、どうかな?」
「……今日の晩飯は俺が作るわ」
この幼なじみ、やっぱりどこか変だ。