俺の幼なじみは、 作:かわいいね
俺には幼なじみがいる。
「あれシャルルどこか行くの? もうそれなら僕にも言ってよ黙って行こうとするなんて冷たいじゃないか、それともひょっとして僕に黙ってなきゃいけない理由でもあったのかな、気になる女の子でもいた? ふーんそうだとしたら僕も黙ってられないな、さっき入学式と一時間目の基礎理論授業が終わったばっかりなんだよ、まだここに来て初日じゃないか、まわりに知り合いなんていないしだとしたらシャルルもその子とは初対面なはずでしょ? それなのに僕にナイショで会おうだなんて危ないよ、なにされるかわかんないよだって企業スパイかもしれないじゃないか、きっちり見極めさせてもらうよ僕もついてくからね!」
「……お手洗いだっての」
この幼なじみ、なんかめんどくさい。
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「あ、おかえりシャルル男性用のトイレは遠いって聞いてたけど早かったね。僕ちゃんとここで待ってたよ、偉いよね。いい子にはご褒美が必要だと僕は思うんだ。褒めて伸ばすってよく言うもんね。さあ僕を褒めて、さあさあ。手段はシャルルにお任せするよ、あ、でも見て! ほら、ちょうど僕のここ、頭が空いてるよ、手を乗せてスリスリできそうだよ、ほらほら!」
「…………」
人間、慣れない環境にいると少なからず挙動がおかしくなったりするものだが、今朝のシャルロットは飛び抜けて落ち着きがない。彼女の様子が変なのは普段からだって? それは言わない約束だ。
少なくとも、いまのがトイレに行って帰ってきた幼なじみを迎えるテンションじゃないてことは、誰の目にも明らかだ。
まあ気持ちがわからんでもない。フランスから遠く離れた日本の学校に進学して、今日がその入学式。不安でいっぱいだ。俺もそうだし、緊張して頭ん中真っ白になるのもわかるが、それにしたってパニクりすぎてる。
「少し深呼吸でもしたらどうだ?」
こちらに擦り付ける勢いでにじり寄ってきた幼なじみの頭を、手でぐいっと押し返す。二、三回ほど抵抗するように手に頭を擦り付けたあと、シャルロットはぱっと頭を上げてこちらを見た。
「え、いいの? そ、それじゃあ遠慮なく……」
シャルロットの顔が、筋トレしてもあまり育たなかった俺の腹部に埋まる。ほどなくして、生暖かい感覚がじわりじわりと伝わり、腹全体に広がってきた。
「すー──……はー──……んー、やっぱりおろしたての制服じゃシャルニウム薄いなぁ……くんくん、でもこれはこれでありかもしれないな。シャルルの服はもう全部僕の、じゃなくて他の匂いも混ざっちゃってるから、薄めだけど純粋なシャルルの……ってことになるんだ、ふんふん、ふーん」
「……羞恥心をどこに捨ててきたんだ?」
閉じた口の端から、勢い強めに息を吐く。こうなるとシャルロットは長いのだ。
やめさせようにも、腰に腕を回して抱きつかれているので、無理やり引き剥がすのも難しい。
忘れてはならないのは、これが人前での狂行ということだ。一年一組の教室にはクラスメイトほぼ全員が留まっており、女子生徒全員の視線はこちらに釘付けになっている。ここはIS学園。生徒は例外の二名を除いて全て女子である。
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「──であるからして、ISの基本的な運用は現時点で国家の認証が必要であり、枠内を逸脱したIS運用をした場合は、刑法によって罰せられ──」
教科書をつらつらと読み上げていく副担任の山田先生。のんびりと、しかしハイペースで授業が進む。
インフィニット・ストラトス、通称ISはざっくばらんに説明すると、女性にしか使えない万能パワードスーツだ。日本人博士、篠ノ之束が単独で開発設計し、十年ほど前に白騎士事件で一躍有名になった。
元は宇宙開発用のスーツだったらしいが、いまでは専ら競技や軍事目的で運用されている。そんな訳でIS関連の装備や機体そのものの需要は高く、シャルロットの実家、デュノア社もIS事業で世界に台頭した企業のひとつだ。
「…………」
さっきも軽く触れたが、ISは女性にしか使えないのが世の常識だ。
どんなに万能といっても、男性の前ではただの重たい合金の塊でしかない。
そんなISの操縦者になった男性が、ここ数ヵ月で二人も現れている。一人は織斑一夏。あの織斑千冬の実の弟で、公式上は最初に発見された男性操縦者だ。
もう一人は俺。IS委員会が織斑の件を発表したのに乗じてデュノア社と本国が専属契約の宣言と共に発表した、公式上では二人目の男性操縦者ということになっている。
以上の二人の登場に伴い世界は白騎士事件以来のしっちゃかめっちゃかに見舞われたものの、なんとか落ち着きを取り戻していた。まあ順応するのが人間ってやつだからな。
「ふんふん……ふふんふん……」
「…………」
さすがのシャルロットもこと授業中は普段の落ち着きを取り戻し、優等生もかくやといった様子で真面目にノートを取っている。平素からミミズ文字に落書きマシマシな俺とは大違いだ。
「……あっ、えへへ……」
いい子だからこっちを見るんじゃない。
「織斑くん、何かわからないところがありますか?」
シャルロットのノートに感心していると、山田先生が授業を中断して教卓から身を乗り出した。彼女のすぐ目の前には織斑の席と、本人がいる。
「ああ、えっと……」
「どこでもいいです、わからないところがあったらいつでも訊いてくださいね。なにせ私は先生ですから」
実を言うと、織斑が授業にやや追いつけていない様子は、斜め後ろのここからばっちり見えていた。隣の席の女子と短いやり取りをし、教科書を見たりとなかなか挙動不審だ。
俺も週三でシャルロットの親父さんの手伝いをしてなければ、彼と同じようにここで苦しんでいたのかもしれない。とても他人事とは思えないな。
「先生!」
「はい、織斑くん!」
「ほとんど全部わかりません」
「え……。ぜ、全部、ですか……?」
コントのような流れに、教室にいる誰もがぽかんとした。あのシャルロットまでもが可愛らしく口を開けているのだから、その衝撃がいかほどのものか諸君らにも理解して頂けるだろう。
「え、えっと……織斑くん以外で、いまの段階でわからないっていう人はどれくらいいますか?」
どうしてそこで俺を見るんですか山田先生。ああほら、君たちもそれに釣られてこっちを見るんじゃないよ見世物じゃないぞ。織斑は縋るような目をしないでくれ。シャルロット? なんだその……なんだその目は?
挙手を促す山田先生だがご覧の通り、誰も手を挙げようとはしなかった。
それもそのはず、いまやっているのはISの基礎も基礎、座学はそこそこ残りはほぼ実技と応用の俺でもわかるような内容なのだ。入試をパスしてるならあくまで復習レベルの内容で、だから山田先生はわかりやすく、けれども駆け足で授業を進行していたのである。
「……織斑、入学前の参考書は読んだか?」
と、ここで教室の後ろにいた担任の織斑先生が、弟さんに歩み寄りながら訊いた。改めて見ると、姉と弟が教師と教え子で同じ教室にいるってなかなか珍しい光景だな。姉が掛け合ったのか、それとも学園側か委員会が気を回したのか、そこが謎だ。
「古い電話帳と間違えて捨てました」
パァン──ッ、と高い打撃音が響く。
「ひぅ……っ」
「必読と書いてあっただろうが馬鹿者」
シャルロットの小さな悲鳴をかき消すように、織斑先生のお説教が続く。
「あとで再発行してやるから、一週間以内に覚えろ。いいな?」
「い、いや一週間であの分厚さはちょっと……」
「やれと言っている」
「……はい。やります」
身につまされる思いだ。こと、ここに至っては。明日は我が身とも言うし、俺もほどほどに腰を据えて取り組もう。ほどほどにってのがミソだ。
ちなみに件の参考書は俺も読んでなかったりする。理由は冗談みたいな分厚さもそうだが、読むより筋トレに使った方が有意義だと思ったからだ。……結局あんまり育たなかったけどな。
「ほ、放課後……放課後にふたりきりの教師と生徒……。あっ! だ、ダメですよ、織斑くん。先生、強引にされると弱いんですから……」
山田先生が妄想の世界へと旅立ち、授業はゆるやかに停滞へと向かっていた。
「放課後……ふたりきり……っ!」
この瞬間、シャルロットによくない知性が与えられたような気もするが、まあ気のせいだろう。多分。
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俺には幼なじみがいる。
「ねえシャルル、さっきの授業はどうだった? 副担任の先生は教えるのが上手だったけれど、織斑くんみたいにわからないところがあっても仕方ないと思うんだよね。シャルルは他の子よりも多少ISの応用知識に触れる機会があったからそうでもないかもしれない、でもやっぱり小さい頃からISの勉強をしてる女の子より基礎面が心もとないはずだから、副担任の先生じゃないけどわからないところがあったら遠慮せずに僕に訊いてね、この僕に! それでどうかな、わからないところある? あっ、別にないなら無理に探さなくてもいいんだよ僕はあくまであったら言ってねって提案してるだけだから! わからないことがあったらすぐに言ってね!」
「……困ってる織斑をどう助けてやればいいと思う?」
この幼なじみ、やっぱりめんどくさい。
第一話の投稿から速攻で感想の方に反応があり、嬉しいやら申し訳ないやら。でもまあ、これも何かの縁です。またどれほど、いつサボテンの動きが止まるかはわかりませんけど、今後ものんびりとお付き合いをば……。要するに感想が嬉しかったですよという話。