アグネスタキオンは超光速の夢を見るか   作:あぬびすびすこ

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 走るまで時間がかかりまして


Story08:メイクデビュー

 メイクデビュー当日。

 トレーナーとして初めてのメイクデビューのため、俺はガチガチに緊張していた。

 パドックでのお披露目を終えて控室でレースの順番を待っているが、どうにも落ち着かない。

 タキオンはタキオンで珍しく静かに椅子に座っている。ぼーっと何かを考えているようだが……。

 

 緊張してるのか? そう聞くと、ん? と不思議そうにこちらを見た。

 

「ああ、別に緊張で黙っているわけではないよ」

 

 そう話す彼女は特に何もなくいつも通りと言った感じだ。

 武者震いのようなものもなく、落ち着かない様子でもなく。

 しかし何か気になることがあるようで、うーんと唸っている。

 

「実はね、トレーナー君。私のラボにある紅茶が切れそうなんだ」

 

 ラボとは理科教室のことだ。

 というか、紅茶?

 

「私は紅茶が好きでね。飲むと落ち着くし、砂糖を入れればブドウ糖が脳を活性化させてくれる。いいものじゃないか」

 

 楽しそうにそう話すタキオン。

 つまり、気にしていたのは紅茶のことだったのか……。

 

「そうだよ。それで1つ頼みがあるんだ」

 

 タキオンからの頼みとは珍しい。

 いつもなら強制させられるのに。

 

「私がレースから帰ってくるまでに茶葉を買ってきてくれないかな。私はローグロウンが好みなんだ。サバラガムワがあると嬉しいね。なければアッサムでもいいよ。あ、キーマンがあるならそちらをお願いしよう」

 

 レースから帰って来るまでだったらタキオンのレースが見れないんだけど。

 そう訴えると、何当たり前のことをというような表情でこちらを見てくる。

 いや、どう考えてもタキオンがおかしいぞ。

 

「おかしくはないだろう。紅茶が切れることの方が私にとっては一大事だよ」

 

 俺にとってはタキオンのレースを見れないことが一大事なんだけど。

 

「む、そろそろ時間か。私は行ってくるよ」

 

 そう言って話をぶった切り、颯爽とレースへと向かうのだった。

 だ、大丈夫なんだろうか……?

 

 

 

 

 

 応援するならここだと先輩に勧められたので、人の海をかき分けてなんとかゴール前を陣取った。

 担当ウマ娘が走る初めてのレースだ。

 緊張で心臓がはちきれそうだが、なんとか深呼吸をして気持ちを落ち着ける。

 

 しばらくするとタキオンが走るレースの番になった。

 続々とゼッケンをつけたウマ娘たちが地下バ道から現れる。

 メイクデビューを頑張るぞ! という力強い気持ちが満ち溢れた表情だ。

 

 タキオンも同じように出てきたが、こちらはいつも通りの感じだが、少しだけ真剣な表情だ。

 控室でも確認したが、体の仕上がりは悪くない……はず。

 パドックや今見ても、他のウマ娘たちより明らかに仕上がりはいいと感じている。

 

 頼むぞ……祈りながら様子を窺っていると、時間になってゲートへと向かう。

 ファンファーレが鳴り、各ウマ娘がゲートインしていく。

 今回のレースは8人立て。タキオンは4枠4番。位置としては真ん中だ。

 果たしてどうなるのか。

 うぅ、心臓が……。

 

『各ウマ娘、ゲートイン完了しました』

 

 アナウンスが読み上げられ、全員が走る体勢をとった。

 始まる!

 

 ――ガタンッ

 

『スタートしました! 7番ミニキャクタス出遅れたか! 他は好スタートです!』

 

 出遅れたウマ娘はいたものの、おおむね好スタートだ。

 タキオンも問題なくスタートしている。

 

『最初に上がってきたのは6番モルフリッス! 5番タヴァティムサ! 続いて2番リボンヒムヌスと4番アグネスタキオンが続きます!』

 

 タキオンは想定通り先行の動きだ。

 本人が自分の脚質を先行差しと言っていたから、メイクデビューでは先行で走ってもらうようお願いした。

 理由は簡単で、デビュー戦は逃げと先行が勝ちやすいと思われるからだ。

 

 単純に前のほうにいて最後にスパートをかけて抜け出す。これが1番王道で1番強い。

 脚を溜めてからの差しでもいいとは思うんだが、差しは経験値がものを言う……と思っている。

 いぶし銀な走りをするブロンズコレクターのナイスネイチャや、シニア級で大活躍中のスペシャルウィークなど。

 どちらも素晴らしいウマ娘だけど、差しウマ娘としての完成度で言えば、誰もがナイスネイチャを推すはず。

 それは長いレース歴を経て培った勝負勘や技術力が誰よりも優れているからだ。シンボリルドルフという例外はいるけど。

 

 つまり、デビュー戦に限り先行有利!

 と、思っているわけだが……。

 

『続いて8番リズミカルリーフ! 7番ミニキャクタスもグングン上がってきた! 1番マジャールロンドと3番リボンカプリチオは後方待機……おっとアグネスタキオンが少し下がりました!』

 

 ……な、なんで下がったんだ、タキオン!?

 

 

 

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

(なかなか強引だね)

 

 アグネスタキオンは7番のミニキャクタスを見てフッと笑う。

 出遅れたことでかなり焦ったのだろう。ミニキャクタスはここがスパートだと言わんばかりに追い上げてきて、タキオンの隣に来る。

 そして急激なスタートダッシュによって体がブレてしまい、内にいたタヴァティムサのほうに体がヨレる。

 

 もちろん距離を詰められたタヴァティムサは驚いて内に動く。

 その1連の流れを受けたタキオンも内に動こうとしたわけだが。

 

「………」

 

 チラッとタキオンの様子を窺ったのはリボンヒムヌス。

 内にいた彼女は外の動きを見て、逆に外へ動いたのだ。

 これでは挟まれてしまうし、リボンヒムヌスは自分よりも少し前にいる。

 そして目の前は6番のモルフリッス。迫りくるタヴァティムサ。

 

 つまり、タキオンは後ろに下がるしかなくなった。

 

(誰の入れ知恵かわからないが、なかなかやるじゃないか)

 

 デビュー戦にしては苛烈なポジション攻めだ。

 リボンヒムヌスのいるチームにはさぞ素晴らしい先輩ウマ娘がいるのだろうねと思いながら、レースプランを考え直す。

 

 後半にやられたのであれば困るところだが、まだスタートして300m程度。

 特に問題は……そう思っていると、タキオンの外側にすぅっと入ってくるウマ娘が。

 

「おや?」

「ふん……」

 

 隣に現れたのはリボンカプリチオ。

 ふむ、成程。

 

 どうやらコンビプレーを受けているらしい。

 昨年の有マ記念を思い出すね、とタキオンは先輩の覇王の包囲網を思い出す。

 それよりはよっぽどかわいいものだが、これはこれで困る。

 

 何が原因でこうなったんだろうね。

 そう思いながらタキオンは第1コーナーを回る。

 研究とレースへの姿勢だろうよとトレーナーなら言うだろうが、彼は本当に困った顔でレースを見ているから何が起きているかはわかっていない。

 

 第2コーナーを回って向こう正面へ。

 変わらず最後方で走っていくタキオンと、その隣にぴったりとくっつくリボンカプリチオ。

 体を寄せてきたリボンヒムヌスはタキオンの正面を陣取った。ここから出さないぞという布陣だ。

 

 レースの半分が終わったところで、タキオンはどうしたものかなと考え出す。

 このまま走っていたら勝てないだろう。かといって前には出れない。

 いやあ困ったね。アッハッハ。

 何も困っていなさそうな表情でタキオンは第3コーナーに差し掛かろうとしていた。

 

 

 

 リボンカプリチオとリボンヒムヌスは激怒した。

 必ずあの生活態度の悪いウマ娘を除かなければならぬと決意した。

 だって本当に必死な思いで入学して、レースで勝ちたくて頑張っているのに。

 こんなふざけた相手がレースで走るなんて認められない。そう思ったのであった。

 

 今回だけは、絶対に邪魔してやる。

 2人の怒りは本物だった。本気で走らないような、真面目に取り組まないようなウマ娘は学園から去れ!

 デビューしたてのウマ娘とは思えないオーラを出しながら走るリボンの2人。

 

 2人の想いは、まあ大抵の人がわかる。そう思うことだ。

 トレセン学園に入るだけでも大変で、そこからスターになれるのは一握りだ。

 本気で走らないウマ娘など、許せないことだろう。

 

 だが、1つだけ失念していることがある。

 確かにタキオンは生活態度も悪いし、選抜レースすら出ずに研究ばかり。

 挙げ句の果てに担当トレーナーをモルモット呼ばわりで実験三昧だ。

 

 ーーしかし。

 タキオンがレースに本気じゃないとは言っていないのだ。

 

 つまりは。

 

「君たちには悪いけどね」

 

 タキオンは第3コーナー終わりにペースを緩めてリボンカプリチオより後ろに出る。

 そして流れるように外に動き、ターフを強く踏みしめる。

 

「速さを求めないような有象無象に構っている暇はないんだよ」

 

 そう話し、タキオンは凄まじい勢いで走り出した!

 

「なッ!?」

 

 あまりにも自然。

 あまりにも速い。

 コーナーで体に負担がかからないように膨らみながら、一気に先頭集団へと肉薄。

 ただ1人だけで逃げていたモルフリッスに追いつき、第4コーナーを終え直線に入るまでには2番手の位置にいた。

 

 一緒に走っていたウマ娘たちも観客たちも、トレーナーさえも驚いてその走りを見ていた。

 気づけば前にいて、今にもモルフリッスを追い抜きそうだ。

 

(こんなものか)

 

 アグネスタキオンはモルフリッスに追いつくまでに、自分にとって最適なタイミングで息を入れていた。

 つまり、最後の直線で一気に走れるわけだ。

 

『最終直線に入った! 誰が抜け出すのか!』

『先頭に立ったのはアグネスタキオン! 驚異的なスピード! グングン差が開いていく!』

 

 直線に入ったところでグッとターフを踏み締め、末脚を爆発させる。

 トレーナーが惚れ込んだ、超光速の走り。それのほんの1粒の輝き。

 あまりの速度に誰もが驚く。デビューしたばかりのウマ娘が出せるスピードではない!

 

 その場にいる全ての心を惹きつけて、アグネスタキオンは1着でゴール板を駆け抜けたのだった。




Report:●×年7月◆日

 デビュー戦で1着。圧勝だったようだ。
 ウィニングライブも行って疲れた。
 研究の結果としては、脚の強度は上がっていることがわかった。
 この調子で研究を続けよう。

 それにしても、紅茶を買ってくれといったのになんで買ってこないんだ。
 それでもトレーナーなのか、モルモット君。
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