※アマゾンアドベンチャーという名前のウマ娘を出しましたが名前が長すぎて馬名制限にひっかかっていたのでアマゾントリップに変えました
12月の中山レース場。
そこに俺とタキオンはいた。
月日が経つのが速いもので、薬で足が発光するのを繰り返していたらもうホープフルステークスの日になってしまった。
基本的にはぱかプチを腰にくくって走ってもらうのを練習場でも坂路でもやっていた。
俺も一緒に走っていたが、このレースにくるまでに最後までぬいぐるみを地面に叩きつけていたのを覚えている。
見ている以上に相当難しいらしく、速すぎても遅すぎても安定しないから擦ってしまうんだとか。
そんなこんなで、若干不機嫌そうなタキオンを連れて控室に入り、勝負服へと着替えてもらう。
タキオンの勝負服は本人の探求心を現したかのような、袖余りの白衣のコート。中の服は黒いシャツにショートタイ、黄色のベスト。
女子高生が白衣を着たらこうなるんだろうなという格好だ。手が外に出ていないのが気になるところだが。
「おや、随分私の勝負服に興味津々だね。確かに私も気になるところだ。何故勝負服を着るとウマ娘はいつも以上の力を出すことができるのか。走りを阻害しそうな服装でもタイムが縮むのか。いやはや、不思議なことだよ」
くつくつ笑いながら自分の袖を見せて、くるくると腕を回して見せる。
傍から見ると、なんでこんな無駄の多い服で走ってるんだろうかと思ってしまうぐらい、勝負服は走りに向いていない見た目をしている。
しかし、ウマ娘は勝負服を着ることでさらなる力を発揮する。
何故かはわからない。だが、速くなることは事実だ。だからこそ、GⅠレースではGⅡ以下と違ってタイムが早くなるのだから。
ところで気になっていたんだけど。
タキオンはレース前に薬を飲んだりしない。まあしてはいけないわけだけど。
色々データを取りたいなら有効だからといって飲んだりしそうだと思ったんだが。
「トレーナー君。確かに私の言動でそう思うのも仕方がないかもしれない。だけどねえ、それは失礼だよ」
かなり真面目な顔で言われてしまい、素直に謝る。
確かに失礼すぎた。ドーピングしそうだって言ってるようなものだ。
「私はドーピングは嫌いだよ。あれほど白けるものはない。自らの力によってスピードの極致へと走り抜くことが素晴らしいのさ。わかるだろう?」
体一つで魅せる走りを披露したタキオン。
その素晴らしさは、彼女自身が体現している。
うん、と頷くとふふんと笑った。
「あくまでも薬の目的は永続的な身体能力の向上さ。わかりにくいかもしれないが、自転車の補助輪のようなものだよ。無いほうが速く走れるが、あればバランスは良くなる。そういうものさ」
ドーピングにならない程度の効果で、脚を強くする……ということなのだろう。
今までの研究の話しぶりからそう思う。
ま、タキオンのスピードに対する探究がレースに支障を与えないのであれば、トレーナーたる俺から言うことは特にない。
「まあ、待っていたまえ。君がどう思っているかはわからないが、きっと期待通りの結果を見せられるだろうからね」
ニヤリと笑うタキオンは、自信満々にそう話すのだった。
『美しい青空が広がる中山レース場、メインレース。ホープフルステークスです』
ゴール板前でウマ娘たちを見ながらレース開始を待つ。
全員ゲート前に立っていて、それぞれが準備を行っている。
『本日のホープフルステークスは例年と同じく期待の新星が集まっていますね』
『5枠5番のミナモトライコウ、芦毛の美しいウマ娘が1番人気です』
ミナモトライコウ。
タイキシャトル同様、アメリカ生まれの芦毛がキレイなウマ娘。
力強い踏みこみでグンと加速する走りは素晴らしい。
『4枠4番にはアマゾントリップ。3番人気ですが素晴らしいウマ娘ですよ』
『朝日杯で勝利したメジロベイリーに勝っていますからね。実力は証明されています』
アマゾントリップ。
ハイレベルなメイクデビューで勝利し、その後も勝利を重ねている実力者だ。
フジキセキのトレーナーが、フジキセキでなし得なかったダービーでの勝利を期待しているウマ娘でもある。
『2番人気のアグネスタキオン、2枠2番です』
『メイクデビューではレベルの違う凄まじい速さを見せました。今日のレースも期待できますよ』
そしてアグネスタキオン。この3人が今回のレースでの主役と思われている。
タキオンはメイクデビューでの圧倒的な勝利が記憶に新しい。
後で確認したが、上り3Fが33.8というとんでもないスピード。その上2着と3バ身半差だ。
残念ながらマンハッタンカフェは調子が戻らずホープフルステークスには不参加だ。
ゆっくり不調を直してがんばりますと言っていたから、今は休養しているはず。
タキオンは残念がっていたが、やる気は中々好調のようだ。今日はまた強い走りが見れるだろう。
グッと手を握ってゲートを見つめていると、全てのウマ娘がゲートイン完了した。
『各ウマ娘、ゲートイン完了しました。まもなくスタートです』
――ガタンッ
『スタートしました! 各ウマ娘綺麗なスタートです!』
ゲートが開いてスタートした!
タキオンはスタートで前に出る気がないのか、スタートダッシュをせずに緩く走って後ろに下がる。
アマゾントリップは前方からのレースにしたいのか前に出ていき、ミナモトライコウは少し下がって外から前に付けていく。
タキオンは先行でのレースがいいと言っていたが、序盤は無理しない方針のようだ。
メイクデビューでは不利を受けていたが、今回は問題なく走れている。
タキオンの内隣に1人いるため、走りやすいところを進めているはず。
『先頭を走るのは12番ホシノムード! 続いて1番マインフリー! その後先頭集団です!』
『注目ウマ娘は一団となっていますね』
コーナーに入ってポジション取りが終わり、隊列が決まった。
タキオンは変わらず中団7番手で様子を見ている。
ミナモトライコウとアマゾントリップは隣り合って互いににらみをきかせながら併走。
末脚のスピードには全員自信ありだ。いつ仕掛けるのか、それをけん制しているのだろう。
頑張ってくれよ、タキオン……!
◆ ◆ ◆
(随分と楽に走らせてくれるじゃないか)
タキオンはミナモトライコウ、アマゾントリップの後ろにつけながらニヤリと笑う。
強いウマ娘の後方で、その走りを見ながらノーマークで走れる。こんなにも自分にとって都合のいいレースなんてあるのだろうか。
内側の後ろに2人走っているウマ娘はいるが、外はがら空き。後ろに誰もいない。
何かの罠かと思うぐらいには、あまりにも走りやすかった。
向こう正面で走りながら、前2人の走りや脚、そしてフォームなどを観察する。
自分の研究データと照らし合わせ、新たなデータが得られたよ、と1つ頷く。
(トレーナー君に言われたから出てみたが、中々どうして。いいデータがとれそうだ)
タキオンは研究にデータが必要だと言うが、ロマン思考が強い。
数字も大事だが、時には経験や感情といった不確定要素もまた大事なものだと彼女は思っている。
だからこそ、レースデータ自体はレース後に見れるから自分が走る理由はないのに、ホープフルステークスに参加したのだ。
言ってしまえば。
レース勘、というのも走る上では大事なものだろうと。
なんとなくそう思ったから参加した。それだけなのだ。
向こう正面が終わり、第3コーナーに入っていく。
ここに来てアマゾントリップの外につけていたミナモトライコウが少しずつ動き、前に出始めた。
ミナモトライコウの動きをちらりと見るが、アマゾントリップは動かない。
こちらは最後の末脚で一気に動く算段のようだ。脚を溜めることに専念している。
(ふぅン? なるほどねぇ……そういうことか)
タキオンは前の動きを見て1つ頷く。
ミナモトライコウの動きは、距離適性によるものだろうと考えたのだ。
スピードは速く、力強い踏みこみで一気に加速できる。ただ、今回のレースでは距離が少し長い。
つまり、本質的にはマイラーなのではないか。きっと中距離でも走れるのだろうが、あまり長い距離には向いていないのだろうね。
タキオンは今の動きとメイクデビューからのデータでそう予測した。
(ここで注意すべきは、彼女だろうね)
脚を溜めているアマゾントリップに視線を向ける。
彼女はしっかり脚を溜めて、来る仕掛け時。その瞬間を今か今かと待っているようだ。
この後半で脚を溜められるということは、最後まで自分の力を発揮できるということ。
つまり、彼女は現時点で中距離をしっかりと走り切れる能力があるということだ。
(まあ、私も同じわけだが)
タキオンは内心そう思いながら、チラと自分の進路を確認する。
自分は中距離以上に向いている。そして、この脚は長い時間かなりのスピードで走ることができる。
ならば、今までの経験とデータから導き出される結論は、こうだ。
『第4コーナーに入りました! アグネスタキオンが前に出ていきます! 外から先頭に進出!』
ミナモトライコウが進出したルートを辿り、先頭へと駆け出していく!
アマゾントリップの横を通り過ぎる時、互いに目線だけ向けあう。
先に行かせてもらうよ。後から抜かすさ。視線で語り合い、タキオンは最終直線の前までに1、2番手へと上がるべくスピードを上げていく。
外から進出してきたタキオンを見てグッと顔が強張ったのはミナモトライコウ。
アマゾントリップも警戒していたが、それと同等にタキオンを警戒していた。
何故なら、この中で一番速い末脚を持っているからだ。
自分は最終直線でぶっちぎる。そう思って進出しているが、スタミナが足りない。
しかしタキオンはメイクデビューで2,000mを走り、そこで凄まじい速さを見せている。
スタミナも、速さも。どちらも足りないのだ。ミナモトライコウは。
「く、ぐ!」
「ふっ、ふっ」
「はっ、はっ……」
第4コーナーを回りながら、3人は残りのスタミナを考えて仕掛けどころを考える。
ミナモトライコウはもう無理だ。最終直線でなけなしのスタミナと根性でとにかく走る。
アマゾントリップは溜めた脚を解放したい。しかし前にはタキオン。彼女のスパートを見てから追従して抜かすつもりだ。
そしてタキオン。彼女は自分の
『さあコーナーを回って最後の直線! 中山の直線は短いぞ! 後ろの娘たちは間に合うか!』
最終直線に入り、ミナモトライコウが必死の形相でひた走る。
その横を、タキオンはスマートに走り去っていった。
『最初に跳び出したのはミナモトライコウ……いや、アグネスタキオン! アグネスタキオンが一気に抜け出した! アグネスタキオン! 凄まじい速さ!』
歓声を浴びながら、タキオンは自分が今、無事に出せる最高速で走っていく。
ミナモトライコウは目を見開いて追いかけるが、追い抜けるのは他のウマ娘だけ。
アマゾントリップもタキオンを見て追い始めたが、全く差を詰められない。何故、どうして!? と必死に走りながら遠ざかるその背中を睨みつける。
その他のウマ娘たちは、スタミナ切れで垂れ始めたミナモトライコウすら抜かせず、無理ー! と叫び始めていた。
誰がどう見ても、このレースの勝者は間違いなかった。
『アグネスタキオン! これは楽勝だ! アマゾントリップ追いかけるが差が縮まらない! ミナモトライコウを抜かすが追いつかない! アグネスタキオン先頭!』
タキオンは自分が今出しているスピードに満足していた。
後ろからの足音を聞いても、誰かが近づいてくる音は聞こえない。
今までのデータ通り、中々いい実験結果じゃないか。そう思っていた。
ゴール板まで残り100m。
ふと、トレーナーの姿が見えた。
――タキオーーーーン! タキオンが一番速いんだァーーーー!
彼の声を聞いて、思わずふっと笑いそうになる。
自分の追い求めるスピードのために研究と実験を繰り返しているんだ。当然の結果だよ。
そう思っていたタキオンだが。
「おや……?」
ほんの少しだけ。
今出せると思っていたスピードよりも速く走れている。
それに気づいたのは、彼女が1着で走り抜いた後だった。
Report:●×年12月○□日
非常に疲れているが、書かねばならないことができた。
ホープフルステークスで、私が想定していたよりも速いスピードを出すことができた。
理由は恐らくトレーナー君の声援。
外部からの応援によってポジティブな結果が出やすいという論文はある。
しかし、レース中はいつでも声援が飛んでくる。
つまり、自分だけにプラスに働くわけじゃないと思っていたのだが。
これについてはもう少し考察する余地がありそうだ。