アグネスタキオンは超光速の夢を見るか   作:あぬびすびすこ

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 強すぎるウマ娘


Story13:弥生賞

 弥生賞。

 皐月賞に挑戦するウマ娘が出走するステップレースの中でも、着順で優先出走権を手に入れる事ができるトライアルレース。

 タキオンからこのレースへの参加をお願いされて、今現在中山レース場の控室にいる。

 

 今日の弥生賞、出走するウマ娘はタキオンを含めてたったの8人。

 ジュニア級の2走を受けて、この世代でシンボリルドルフに次ぐ無敗の三冠ウマ娘が誕生すると評されているため、弥生賞を回避する陣営が続出したからだ。

 それを悪いとは言わないが、なんとなくもやもやしてしまう。

 

 きっと俺の経験が少ないからなんだろう。勝てないと思っても挑戦すればいいのにと思ってしまうから。

 あとは先輩の影響もある。だって先輩は勝てる勝てないで出走を決めないし。

 そうじゃなければアグネスデジタルはダート走りまくった後に芝のマイルチャンピオンシップになんか出さない。勝ってたけど。

 

 タキオンは出走者が少ないことには何も思っていないらしい。

 何やら別に調べたいことがあるとかないとか。

 気にしているのは、出走している1人のウマ娘。

 

「カフェと走ることになるとはね。体調はもういいのかい?」

「はい……体調は、良くなりました……」

 

 そう話すカフェだが、体つきは以前見た時よりもかなりやせ細っている。

 調子は良くなったのだろうが、肉体が万全ではないみたいだ。

 それでもレースに出たい、走りたいという気持ちでここにいるのだろうから、ウマ娘の走りに対する思いの強さを感じざるを得ない。

 

「ふぅン……あまり無理はしないことだ。そうだ、君にいいものがある! 1滴でごはん1杯分のカロリーを摂取できる薬をだね」

「結構です……」

 

 にべもなく断られてえー!? と驚いているタキオン。

 そりゃあ、レース前に謎の飲み物を渡されて飲むアスリートはいない。

 下手したらドーピングでアウトだし。

 

「仕方がない。次の機会を待つとしようじゃないか」

「次もありません……では、私はこれで……」

 

 そう言って控室から出ていった。

 カフェが閉めたドアを見て、タキオンが神妙な顔で腕を組む。

 

「あそこまで体が細くなっているなら、万全の状態で走るべきだと思うけどね」

 

 少しだけ眉尻を下げ、首を振ってそう話す。

 どうやら心配しているみたいだ。

 2人は仲がいいからな……うん、仲いいよな?

 

「しかし、レースに出る以上はしっかり走らせてもらうよ。負ける気はないからね」

 

 いつも通りに怪しげな笑みを浮かべてくつくつ笑い出す。

 弥生賞、またタキオンが力を見せつけるレースになるんだろうか……?

 

 

 

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

「カフェ」

「タキオンさん……」

 

 ゲートに入る前、脚の調子を確認しているカフェにタキオンは近づいていった。

 なんだろうと思っていると、タキオンはふぅンと息を吐いてカフェの体を見る。

 

「多くは言わないよ。君の走り、参考にさせてもらうとしよう」

「………」

 

 カフェは何も語らず、じっとタキオンを見る。

 そして目線をあらぬところに逸らすと、ぼーっと遠くを見ているようだった。

 

「なあカフェ。君は何を見ているんだい? 君の脳は何を知覚している?」

「別に……お友だちが、ゲートに入ったので……見ていただけ」

 

 そう言ってチラッとタキオンを見ると、そのまま自分もゲートへと向かっていった。

 

「いやはや、本当に興味深いね、君は」

 

 楽しそうにそう呟くと、タキオンもゲートへと向かっていった。

 

 

 

 

 

『空を厚い雲が覆っています中山レース場。不良バ場の中、レースが始まります』

『先ほどまで振っていた雨は上がってますが、バ場が悪いですからね。どういったレースになるでしょうか』

 

 ゲート内外で、皆が皆ターフの状態を確認していた。

 バ場は雨の影響で不良。あまりスピードを出せない状況のため、どのようにスタートしていくかを考えている。

 

 全てのウマ娘がゲートインし、スッと空気が変わる。

 スタートの構えを取り、全員がその瞬間を待つ。

 

『各ウマ娘、ゲートイン完了しました』

 

 ――ガタンッ

 

『スタートしました! 全員好スタートです!』

 

 スタートは誰も失敗することなく走り出した。

 タキオンは1枠1番。この不良バ場で最も走りにくい内側でのスタートとなった。

 さてどうするかと思っていると、外側から凄い勢いで前に出てくるウマ娘が1人。

 

『5番のスキンノースが一気に前に出ました! 先頭を取るようです!』

 

 スタートで加速して、ハナを取りに行く逃げウマ娘。

 これはいいと思ったタキオンはいつも通りゆるゆる後ろに下がっていく。

 隣の2番3番のウマ娘が前に行く中、その後ろを取って外側のまだ走りやすいところへポジションを変えるつもりなのだ。

 

『その後ろは2番キタノフシチョウ! 3番ボーントゥラブユー! 1番アグネスタキオンです! 後方に4番ミセスアクター、7番マンハッタンカフェ、6番ツイスターズ並んで8番ダイニメビウスです!』

 

 スタートで少し縦長にはなったものの、不良バ場のおかげでペースは遅い。

 タキオンは後ろに下がって距離を取ると、コーナー手前で外に出ていきポジションを取りに行く。

 後ろから上がってきていたミセスアクターと目配せをして、ぶつからないように併走しながら上がっていく。

 

 タキオンは先行の形で進もうと前に進み、キタノフシチョウの隣を陣取った。

 対してミセスアクターはタキオンの後ろ。マークするようだ。

 ポジション争いが落ち着き、コーナーを回っていく。

 ここからは小競り合いとペースメーカーのスキンノースの走りを警戒していく場面となる。

 

『隊列決まりまして、先頭は変わらずスキンノース。ボーントゥラブユーが2番手、その後ろでアグネスタキオンとキタノフシチョウが並んでいます』

 

 タキオンは走りながら、少しだけマンハッタンカフェを気にしていた。

 きっと差してくるならカフェだろうと思っているからだ。

 誰もがタキオンを警戒している。しかし、それをねじ伏せるだけの速さがあると自負しているし、実際にやってきている。

 だが、カフェは調子が悪いままここまできているため、実力がまだわからないのだ。

 それ故、トレーナーもタキオンも彼女を警戒している。

 

 とはいえ、現在も万全ではない状態で走っている。

 一緒に戦う相手だが、このレースでの敵かというとそうとも言い切れない。

 警戒よりも心配が勝っているのは、つまりそういうことだった。

 

『1,000m通過時点でタイムは61.7! どうでしょうこの展開』

『スキンノースは少し掛かっているかもしれませんね。後ろのウマ娘たちはあまり前に出ないようにしているようです』

 

 スキンノースが先頭で、そのすぐ後ろにいるのはボーントゥラブユー。

 そこから何バ身か離れた位置にタキオンはいる。

 つまり、前2人のペースを無視してペースメイクしているのだ。

 後方のウマ娘たちのペースメイカーは、実質タキオンだった。

 

 ボーントゥラブユーは後ろを見て、あれ!? と驚いていた。

 足音が聞こえないと思ってはいたが、こんなに離れていると思っていなかったのだ。

 つまり、不良バ場なのにペースが速いということ。これだと最終直線までにバテてしまう可能性が出てきた。

 しかしここにきてペースを緩めても中途半端になってしまう。

 彼女は覚悟を決めてスキンノースに食らいつくことを決めた。

 

『第3コーナー入りました! 順位はほぼ変わらず、2番手のボーントゥラブユーからアグネスタキオンまではかなり差があります』

 

 コーナーに入ったところで、タキオンは少しだけペースを速める。

 中山レース場の代名詞、『中山の直線は短い』というデータをもとに、先行抜け出しを狙うためだ。

 少しだけ動く理由は、必死に逃げているスキンノースがそろそろ限界だろうからだ。

 こんな不良バ場でドンドン前に出てしまえば、スタミナ自慢のステイヤーでないと必ずガス欠を起こす。

 自然に落ちてくるならば、抜かすために力を使う必要はなく。

 ただ走ればいい。そんな理由だった。

 

 案の定ゆっくりとだが前2人のペースは落ちていくのを見て、タキオンは不敵に笑った。

 計算は正しかった! それを見たタキオンに活力が湧いてくる。2バ身1バ身とボーントゥラブユーとの距離を詰めていく。

 スキンノースはもうヘロヘロでむりぃ~と言っているが、ボーントゥラブユーは歯を食いしばって必死に粘っている。

 

 第4コーナーに入ったところで、タキオンはボーントゥラブユーに追いつき、外から抜かし始めた。

 必死に抜かされまいと根性で併走する2人とガス欠でスピードダウンし始めたスキンノースを先頭集団として、最終直線へと入る。

 

『最終直線に入った! 中山の直線は短いぞ! 後ろの娘たちは間に合うか!』

 

 必死に走っている隣のボーントゥラブユーを尻目に、タキオンはギアを上げていく。

 ターフの状態が悪く、かなり滑るがそれは問題ない。

 体を前に倒し、力強く踏みしめてスピードを上げていく。

 

『アグネスタキオン! 抜け出して先頭に立った! やはりこのウマ娘だ!』

 

 観客たちも大きな歓声を上げてタキオンの走りに見入っていた。

 明らかに他のウマ娘とは違うそのスピード。

 この不良バ場でも関係なく、グングン伸びて距離を離していくのだ。

 

 タキオンは遠ざかっていく足音を聞きながら、今回も満足のいく展開だったと笑みを浮かべる。

 しかし、タキオンが今回調べたかったのは走り方や脚への負担や、そういったことではない。

 チラッとゴール板手前にいるトレーナーを見る。

 

 ――タキオォーーーン! 凄いぞーーー!

 

 子供みたいな言い方で、身を乗り出して笑顔で声援をくれるトレーナー。

 その声と姿を確認すると、何故か。やはり。

 少しだけスピードが速くなる。

 

(ふぅン、なるほどね)

 

 タキオンは新たな可能性に胸を躍らせながら、当然のように1着でゴールインするのであった。




Report:●△年3月○×日

 前回のレースでも思ったが、今回のレースで確信を持てた。
 まさか感情の高ぶりがこうも分かりやすく能力に影響を及ぼすとは。
 そして私も同じような効果を得られるとは。
 外的要因によって速度が変わるというのは面白い。
 研究しがいがあるじゃないか。

 状態は良好。連続したレースへの対応も可能。
 次のレースは……皐月賞だ。
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