弥生賞での勝利により、皐月賞への出走権を獲得した。
嬉しさのあまりタキオンにクラシック三冠を目指そう! と強く宣言してしまったぐらいだ。
タキオンの意見を聞かずにそう言ってしまったため、すぐにごめんと謝ったけれど。
「謝る必要はないよ。出ようじゃないか、皐月賞」
思いのほか、タキオンが乗り気だった。
また嬉しくなってしまって何でもすると言ったせいで、1日3本薬を飲まされることになったのは置いておく。
常に脚が光り輝くのは日常生活でかなり不便だったなぁ。
トレーナー寮に住んでいてよかった。先輩みたいに外に住んでいたら間違いなく腕が後ろで縛られていたことだろう。
弥生賞は3月前半。皐月賞までは1ヶ月ある。
と、思っていたのだが。タキオンの実験に付き合ったりトレーニングについて相談したりしていたらもう残り2週間だ。
先輩から近くなったら無理に負荷のかかるトレーニングはさせないで、ケガしない程度にするといいと言われている。
GⅠ勝ちまくってもケガさせないで走らせている先輩の言葉を信じてタキオンにやってもらっているトレーニングがこれだ。
「トレーナー君! これはきちんと意味があるのだろうね!」
意味の分からない体勢で倒れまいと必死に耐えているタキオン。
「次はどれですか? まだまだいけますよ~!」
変な体勢ではあるが安定して全く倒れる様子のないマチカネフクキタル。
「こ、こんなご褒美がトレーニングだなんてぇ! う、うへへ……」
両手を頬に当ててぶるぶる震えているアグネスデジタル。
非常にカオスな状況で行われているこのトレーニングは、ツイスターゲームだ。
先輩からトレーニングの相談をしてみたらこれとメンバー2人を貸し出された。
無理せず体幹を鍛えられて楽しくできるぞとオススメされたのでやってもらったわけだが。
「デジタル君! 次はどれだ!」
「はっ!? え、えっとぉ~~……」
アグネスデジタルは目を泳がせながらルーレットを回す。
タキオンから聞いてはいたが、随分と個性的な娘だ。
ちょこっと話を聞いてみたのだが、ウマ娘ちゃんが好きなんです! と言われた。
君もじゃんと思ったのはさておき。要はアイドルが好きみたいな、そういうやつらしい。
それにしたってこう……ファンすぎやしないかと思うけど。
さっきタキオンとやった時は体が触れた瞬間に「げにとうとし」って言いながらべちゃりと倒れ伏してたし。
触れ合いすぎるのは解釈違いなんだとか。意味がわからん。
「くっ……!」
「おや、大丈夫ですか?」
限界が来たのか、タキオンがぺちょっとマットに倒れ込み潰れた。
マチカネフクキタルは余裕そうに首だけ動かして声をかけている。
まだまだ実力差を感じるところだ。
マチカネフクキタルは切れ味抜群の末脚を武器にトゥインクル・シリーズの中・長距離レースを荒らしまわっている。
ドリームトロフィー・リーグへ参戦すると聞いていたが、ここまで隔絶した差があるとは。
スピードだけならタキオンが勝てると思っていたが……なんともいえない結果だ。
「よっこいしょ! ふぅ~、久々にやると楽しいものですね! 最近はあまりやっていなかったですから」
疲労した様子もなくストレッチをし始めた。
基礎がとんでもないぐらい鍛え上げられているなぁ……。
もしかして、先輩のチームってこれが標準なのだろうか。
「そうですよ? ケガをしないように、徹底して基礎を鍛えますからね~」
「あたしも最初はできなかったけど、今では触れることなく維持できますとも! イエスウマ娘! ノータッチ!」
どうやらこれが標準のようだ。
トレセン学園の新設チームにして最強チームの一角と言われるのも頷ける。
個性的というか、ハジケている部分もまた最強だけど。
「ふむ……なるほどね。君たちの脚はこんなふざけたトレーニングから作られたのか」
タキオンは疲労から回復したようで、ゆっくり起き上がってツイスターゲームのマットを睨む。
まあ、確かにふざけているようにしか見えないけれども。
「そうですよ~! 見た目は確かに変ですが、効果は抜群ですからね! マットを置くだけで、そこがパワースポットになるのです!」
「ふぅン? 興味深い。このマット1枚でパワースポットとはね」
「ふっふっふ~! そういうものなんですよ! チームのみなさんと一緒にやったことの全てがパワーなのです!」
「ひょわ~~~!!! チームの絆てぇてぇ! てぇてぇよぉ~~~!!!」
自信満々に話すフクキタルを見て、デジタルが叫んでいる。
推しが幸せで今日も尊いと言いながら生まれたての小鹿のように脚をぶるぶる震わせているが、この娘は本当に大丈夫なのだろうか。
とてもGⅠレース勝ってるウマ娘に見えないレベルの痴態を見ている気がするんだけど。
「絆か。数値で表せないものだろうが、レースにおいてよく言われる事象だね」
「そうだ! タキオンさんを占いましょう! 絆を深められる人がいつどこで会うかわかりますよ!」
「ふぅン。占いね……いいだろう。やってみてくれたまえ」
わかりました! と元気よく言いながら、フクキタルは手を合わせながらふんにゃかはんにゃかと祈り始める。
そして謎の呪文を唱え終わると、どこからともなく取り出した鉛筆をころころと転がす。
「ほほぅ! 幾人か既にあり、です!」
「つまり、もうすでに何人かいるということかい?」
「その通りです! タキオンさんをしっかり見てくれる方は、案外近くにいるみたいですよ」
ふぅン、と顎に手を当てながら興味深そうに話を聞いている。
ロマン思考の気があるタキオンのことだから、こういった突拍子のない話でも受け入れられるんだろう。
ただ、これが研究に組み込まれるととんでもない薬を開発したりするからちょっと問題があるにはあるが。
「そうですね~。話すべきことはきちんと話したほうがいいとも出ています。仲の良い人には色々お話したほうがいいみたいですね」
「なるほど。フクキタル君の占いは面白いものだね。参考になったよ」
「占いはちょっとだけ背中を押してくれるものですからね~。あとはタキオンさん次第ですよ!」
マチカネ相談室というものをやっていると聞いたことはある。
やり取りを聞いていると、なるほどなるほど、相談員として非常に優秀かもしれないな。
「はぁぁああ……! フクキタル先輩の占いしゅごい……タキオンさんの笑顔も尊い……」
……フクキタルにはこちらのウマ娘もどうにかしてほしいと思うわけだが。
同じチームだ、なんとかしてくれ。そう思いながら2人の話を聞いているのだった。
◆ ◆ ◆
「皐月賞についてなんだが」
研究レポートを書きながらタキオンが話しかけてきた。
レースの情報を集める手を止めて、話を聞く。
「正直言おう。勝つことはできる」
だろうね。頷いてそう答えた。
まだ2年目の新人トレーナーの俺でもそう思うぐらいには、タキオンの実力は他のウマ娘と隔絶している。
速すぎるんだ、タキオンが。良バ場不良バ場関係なく凄まじいスピードで走るその姿は、既に三冠が見えていると言わんばかりの走りだから。
無敗の三冠ウマ娘か!? なんて記事が出るくらいだ。皐月賞に勝ってもいないのに。
俺も勝てると信じている、今まで通りの作戦でいけると思っている。
いってしまえば、横綱相撲のようなものだ。
強く勝つ。それが彼女の走りなわけだから。
「ただ……そうだね。何といえばいいんだろうか」
珍しく歯切れが悪い様子で、ペンをレポート用紙にトントン叩きながらチラッとこっちを見る。
不安でもあるのだろうか。精神的な面は大丈夫だと思っていたんだけど。
「いや、レースへの不安はないよ」
じゃあどうしたんだ?
そう言うと、頬杖をついてこちらに向き直る。
「少しばかり脚に疲れが残っていてね。流石にあの不良バ場は少し堪えたらしい」
そう言われて、思わずイスを吹き飛ばしながら立ち上がってタキオンに近づく。
すぐにしゃがんで脚を確認すると、少しだけ慌てたように顔の前で手を振った。
「トレーナー君、そんなに慌てなくても大丈夫さ。別にケガがどうというわけではないからね」
本当だろうか。とても心配だ。
念のため見せてほしいとお願いして、脚に触れる。
正直学んでいるとはいえ触診に関しては素人だ。詳しく分かるわけじゃないが、おかしければ流石にわかる……と思いたい。
真剣にタキオンの脚をむにむにと触っていると、咳払いされる。
思わず顔を上げると、何ともいえない表情でタキオンが俺を見下ろしていた。
「私が担当とはいえ、そんなに脚を触るというのはいささかやりすぎじゃないかな。ハラスメントに近いと思うよ」
そう言われて、すまないと謝り手を離す。
それでも心配で脚を見ていたら、ぺしっと頭を叩かれた。
「まったく……君も夢中になると周りが見えなくなるようだね」
ため息を吐かれてしまった。
ごめんて。謝りながら脚について頭の中で整理する。
正直ケガはしていないと思うし、大きな問題はない。
念のためレース前に1度病院やらマッサージ店やらに行って万全の状態にしよう。
タキオンにそう告げて、イスをなおして早速調べ始める。
先輩にも連絡して疲労回復について教えてもらおう。あそこのリーダーはそういうことには極めて最適な人員だろうからな。
「……ままならないものだね」
自分の脚を見てそう呟いていたのを、俺は気づくことができなかった。
Report:●△年3月□□日
脚の状態を話したらとても心配されてしまった。
正直疲労については本当に微々たるもので、今日お風呂に入れば完全に取れるだろう。
しかしトレーナー君はやる気になってしまった。
わかっていたのについ口にしてしまった。
もしかしたら、私の中ではもう決まっているのかもしれないね。
皐月賞。このレースで決めようじゃないか。
プランAとプランB。どちらでいくのかを。