アグネスタキオンは超光速の夢を見るか   作:あぬびすびすこ

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 クラシック初戦


Story15:皐月賞

 中山レース場。

 ここでクラシック三冠の第1レース、皐月賞が開催される。

 タキオンはこのレースで1番人気だ。2番人気はホープフルステークスでも戦ったアマゾントリップ。

 おおよそこの2強対決というような見方をされていて、3番人気のホクオウボーダーはタキオンら2人から人気が離れている。

 

 そんな2強の1人、タキオンは控室でイスに座りながら脚をぷらぷらと遊ばせていた。

 彼女に脚の不調を言われてから色々な手段で回復に努めた。

 マッサージは自分でできる範囲で行ったし、先輩からのアドバイスで銭湯なんかにも連れて行った。

 鍼灸にも行ってみてブスブス針を刺してもらったりもした。かなり嫌だったのか耳を絞って睨まれたけど。

 

 そんなこんなで今日。

 タキオン曰く、相当改善されていると言ってはいるが、やはり心配だ。

 勝ってほしいという気持ちはあるが、それ以上にケガせず帰ってきてほしい。

 ケガをしたら、俺とタキオンが目指す果てなんて見ることができなくなってしまうのだから。

 

「やれやれ。そんなに不安そうな顔で見ないでくれたまえ」

 

 眉尻を下げて笑いながら俺にそう話してくる。

 そうは言っても……。

 

「まあ、確かに君が懸念していることはわかるよ。でもね、トレーナー君。私の体のことは、私が一番よく知っている」

 

 腕を組みながら自信があると頷く。

 タキオンの薬は自分自身に効くように作っている。

 ならば、自分の体のことをよく理解している証明になるだろう。

 

「なに、君はいつも通り待っていればいい。私たちの研究の成果を、ゴール前でね」

 

 少しだけ優し気な表情、優し気な口調でそう話し、タキオンは控室を出ていった。

 

 

 

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

(天候は晴れ。芝は良。走りやすい状況だね)

 

 タキオンはターフを軽く踏みながら、レース場の状況を確かめた。

 これで3度目の中山レース場だ。やる気も好調。いつもの通り走ることができるだろう。

 

 自分に降りかかってくる声援を受けつつ、少しだけ騒がしいと思いながら体を温めていく。

 

「タキオン」

「うん? おや、君は……」

 

 声をかけられて振り返ったところにいたのはアマゾントリップ。

 現状2強という状況で思うところがあったのだろう。少しだけ笑い、目の奥にメラメラと燃える闘志を宿しながらタキオンを見つめる。

 

「この前負けちまったからな。今日は勝たせてもらう」

「ふぅン? つまりこれは、宣戦布告ということかい?」

「そういうこと。お互い全力を尽くそうぜ」

 

 そう言ってヒラヒラ手を振りながらアマゾントリップは一足先にゲートへと向かう。

 そんな彼女の背を見ながら、タキオンはぽつりと呟いた。

 

「全力を尽くす、か」

 

 声に少しだけ寂しさが滲んだが、誰も気づかなかった。

 

 

 

 

 

『最も「はやい」ウマ娘が勝つという皐月賞! 成長を見せつけるのは誰だ!』

 

 実況が盛り上げる中、出走しているウマ娘たちは集中していた。

 一生に一度しか出ることのできない舞台だ。悔いなく全力を出す。それだけを考えている。

 

『3番人気から紹介しましょう。7枠14番ホクオウボーダー』

『アーリントンカップではかなりの好走でした。彼女の差しに期待です』

 

『2番人気、1枠1番アマゾントリップ』

『非常に強い走りを見せるウマ娘です。前走の共同通信杯での走り、素晴らしいものでした』

 

『1番人気はこのウマ娘を置いて他にいないでしょう! 4枠7番アグネスタキオンです』

『3戦3勝、無敗で勝ち上がってきています。クラシック級のウマ娘の中ではトップの強さですね』

 

 ウマ娘の解説がなされ、その間に全員ゲートに入る。

 歓声も止み、緊張の瞬間。

 

『各ウマ娘、ゲートイン完了しました。まもなくスタートです!』

 

 ――ガタンッ

 

『スタートしました! 各ウマ娘一斉に好スタート!』

 

 ゲートが開き、ウマ娘たちが走り出す。

 フルゲート18人が一斉にポジション争いを始めていく。

 誰をマークするのか、どの位置につけるのか。それぞれが自分の思い描くレースのために考えていく。

 

 そんな中、1人のウマ娘がほんの少しだがハナに出る。

 

『4番シェアハピネスが先頭に立ったか! その後を各ウマ娘が追いかけていきます!』

 

 逃げを見せたシェアハピネス。しかし逃げウマ娘で有名なツインターボ、サイレンススズカなどとは違い、その差はほんのわずか。

 ただ少しだけ前にいるというだけだ。

 

 コーナーを見据えて徐々に隊列ができあがるも、かなり横並びの団子状態。

 ぎゅうぎゅうに詰まった状態で、第1コーナーに差し掛かる。

 

 先頭は変わらずシェアハピネス。そのすぐ後ろに2人、3人と差はなく進んでいく。

 タキオンは5番手で走っていた。左右には誰もくっついておらず位置的にも悪くない。

 これなら最終直線から抜け出していくいつもの走りができるだろうし、ブロックされることもないだろう。

 

 もう1人の2強、アマゾントリップは後方の位置取り。といっても中団で脚を溜めて待ち構えているだけだ。

 ホクオウボーダーも後方待機。自分の末脚を信じて最後の1発にかけようと身を潜めている。

 

『第2コーナー入りまして先頭は変わらずシェアハピネス! 差がなく18番のバンクエット! 少し上がってきました! 後ろにはアグネスタキオン! 今回は先行で走るようです!』

 

 第2コーナーを回り、向こう正面へ。

 なるべく芝の状態がいいところを走りたいと思ったタキオンは、ほんの少しだけ外へとズレる。

 チラッと後ろを見ると、意図を察した背後のウマ娘たちが少しだけ内にズレる。これで危険はなくなった。

 他のウマ娘たちもタキオンに習って最内は走らず横に広がっていく。順位はあまり変わらないが、全員が足を残してコーナーへ入ろう。そんな気持ちで走っていく。

 

 バンクエットはペースを乱したいとシェアハピネスに競りかけ、それにのってしまったシェアハピネスは1人だけグッと加速してしまった。

 コーナー前で挑発に気づきペースを落としたが、スタミナ消費が激しい。かなり辛い状態になった。

 してやったりとバンクエットは思ったが、実際のところ全体のペースはあまり乱れていないので大成功ではなかった。

 

『1,000mは59.9! ほぼ1分ペースです』

 

 平均ペースで半周を過ぎ、第3コーナーへ。

 シェアハピネスは先ほどの挑発で既にひぃひぃ言い始め、後ろの集団にズルズル落ちてくる。

 タキオンはそれを見ながら、少しずつ外から進出を始めた。

 

 中山の直線は短い。これは身をもって2度体験したことだ。

 そしてそれは自分に対してかなり有利であるということも。

 だって、この中で1番速いのはアグネスタキオンなのだから。

 

『第3コーナー回りまして第4コーナーへ! シェアハピネスがすこしずつ落ちてきた! アグネスタキオン上がってきている! 後方からはアマゾントリップ、ホクオウボーダー共にきているぞ!』

 

 先行していた前の集団ではタキオンが、後方ではアマゾントリップとホクオウボーダーは同時に上がってきていた。

 最後のコーナーを回り、最終直線へと入る。

 ここからが、皐月賞の勝負だ。

 

『さあ、ここでアマゾントリップ、アグネスタキオンの一騎打ちになるんでしょうか! 直線コースに向かってまいりました!』

 

 最初に先頭へと抜け出したのは先行していたタキオン。

 今までと同じ、先行抜け出し。ギアを上げて一気に加速していく。

 それと同時に後方からアマゾントリップが食らいつくかのように外から急襲。それに連なってホクオウボーダーも上がってきていた。

 

『直線コースに向かっている! さあアグネスタキオンわずかに先頭か! アマゾントリップ食い下がる! アマゾントリップ食い下がる!』

 

 あと1バ身! そう思いながら走るが、その1バ身差が詰まらない。

 歯を食いしばって走るが、少しずつ離されていく。そして内から上がってきたホクオウボーダーにも抜かされ、3番手へ。

 

『最後の坂にかかってアグネスタキオン先頭! アグネスタキオン先頭! さあ、そしてアマゾントリップ! そしてホクオウボーダーもきている! そしてホクオウボーダーもきている!』

 

 ホクオウボーダーも、この一瞬で抜き去る! そう思って思いきりターフを踏みしめる。

 しかし距離が詰まらない。縮まらない。どうして!? 目を見開き、下がる顔を必死に上げながら食らいつくも、タキオンには追いつけない。

 そのまま埋まらない1バ身のまま、タキオンはゴール板へと駆けていく。

 

『しかしアグネスタキオン! アグネスタキオン、大丈夫です!』

 

 順位は変わることなく。

 タキオンは先頭でゴール板を駆け抜けた。

 

『中山2,000mまずは道を繋ぎました! アグネスタキオンまず1冠!』

 

 誰もがその脚に、速さに魅了されていた。そして確信していた。

 既に無敗の三冠が達成される。今後もGⅠを次々と勝利していく。

 それがあたりまえかのように話す実況。次のレースも勝つだろうと思っているトゥインクル・シリーズのファンたち。そしてトレーナー。

 

 誰もが信じていた。

 

 そんな中。

 

「はぁ……はぁ……」

「ふぅ……」

「………」

 

 アグネスタキオンだけが。

 何も信じてはいなかったのだ。

 

 それを知ることになるのは、まだ先の話――。




Report:●△年4月×○日

 皐月賞に勝利した。
 トレーナー君はとても喜んでいた。やったやったと手を握られたよ。
 しかし心配もしてくれているようで、すぐに脚を確認された。
 すぐに大丈夫といって控え室まで行ったが……危ないところだった。

 わかってはいたけれど。
 こんなにも弱いとは思わなかったよ。
 期待外れさ、まったく。





 トレーナー君に話すべきだろうか。
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