アグネスタキオンは超光速の夢を見るか   作:あぬびすびすこ

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 トレーナー君は前作前々作のトレーナー君ではないです。


Story01:邂逅

 目が覚めると、そこは保健室だった。

 な、なにを言っているかわからないと思うけど、俺もなにが起きたのかわからない……。

 体を起こして周りを見ると、1人のウマ娘が椅子に座っていた。

 

「おや、起きたみたいだね。寝覚めはどうだい?」

 

 光のない不気味な目に、少しぼさっとした栗毛の髪。

 不健康そうな顔色、そしてこちらを興味深そうに観察する仕草。

 

 誰かはわからないが……なんだろう、居心地が悪い。

 

「起きてすぐ私を見て苦虫を噛み潰したような表情をされるとは、いささか心外だね」

 

 まあ座りたまえよと言って、保健室の丸椅子を用意してくれる。

 イスと彼女を交互に見ていると、ふむ、と楽し気に頷く。

 

「どうやら少し混乱しているようだね。無理もない、あれだけの衝撃だったのだから」

 

 衝撃?

 首を傾げると、少し話をしようか、と彼女は椅子に座り直した。

 話を聞くべくベッドを降りて丸椅子に腰かけると、満足そうに話し始めた。

 

「君は何故ここにいるのか、それが最初に思い出すべき項目だよ。頭は痛むかい?」

 

 少し頭に触れると、後頭部に痛みを感じる。

 打撲特有のじんわりとした痛みの感覚に顔をしかめていると、少しずつ何が起きたのかを思い出してきた。

 

「思い出してきたようだね。因みに君をここまで運んできたのは私だよ」

「故に、『いつ』『どこで』『なにが』起きたのか。君はそれを思い出すといい」

 

 彼女に促されて、保健室の天井を見ながら何が起きたのかを思い出し始める。

 

 ――彼女はそんな俺を見て、ニヤリと不気味に笑っていたのだが、何も気づかなかった。

 

 

 

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 トレセン学園の新人トレーナーである俺は、お世話になっている先輩からあることを教えてもらった。

 それは、新人トレーナーは1人だけ担当のウマ娘を持つことができるという制度。

 ここ数年で設立されたこの制度のおかげで、新人ながらもトゥインクル・シリーズへ参加できるわけだ。

 

 スカウトのために模擬レースや選抜レースを見に行ったり、先輩たちから話を聞いたり。

 一緒にトゥインクル・シリーズを走ってくれる相手を探してあちこち歩き回っていた。

 

 そして今日。

 掲示板に張り出されている選抜レースの出走者の名前を確認していたところ、遠くから誰かの声が聞こえてきたのだ。

 

「アグネスタキオン!」

「うん? おや、誰かと思えば副会長じゃないか。どうかしたのかい?」

 

 見えたのは生徒会副会長のエアグルーヴ。

 そして、もう1人は誰だかわからない栗毛のウマ娘だった。

 今目の前にいる彼女であることはわかる。

 

「貴様、どういうつもりだ。また選抜レースに来なかっただろう」

「おやおや、そんな怖い顔をしないでくれたまえ。眉間のしわが増えてしまうよ」

「誰のせいだと……!」

 

 どうやら何か口論しているようだ。

 エアグルーヴが説教をするのはよく見る光景ではあるが、栗毛の娘は気にもせず飄々としている様子。

 

「私の意志は研究活動に捧げられているのだよ、副会長。それが理由さ。これで質問は終わりかい?」

「そんなもの答えになるか! 選抜レースに出ない理由にならないだろう!」

「もともと選抜レースは君たちが勝手に登録をしたんじゃないか。私は了承していないはずだけどね」

 

 レースについて何か話している。

 出ないとかなんとか……。

 エアグルーヴがかなりヒートアップしている。

 止めた方がいいのかな……。

 

「研究の邪魔をされるのはごめんだよ。もういいかい副会長。この後研究材料を買いに行きたいんだ。では」

「待て! 話はまだ終わっていない!」

「アッハッハッハ! 私は終わったよ!」

 

 2人のところに歩いていくと、突如栗毛のウマ娘がこちらに向かって走ってきた!

 

「おい、そこのトレーナー! タキオンを止めろ!」

「ん? おっと!」

 

 エアグルーヴの声を聞いて咄嗟に前に出てしまう。

 栗毛の娘が俺を見て咄嗟にブレーキをかけるが……ウマ娘は急に止まれない。

 ドン! と体に衝撃が走り、吹き飛んだ俺は鈍い痛みと共に意識が遠のいて……。

 

 

 

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

「そう。君は私とぶつかって気絶してしまったんだよ。随分と安物のストーリーじゃないかい?」

 

 全て思い出した俺は改めて彼女を見る。

 そうだ、俺は君とぶつかって……。

 

「ところで君。もしかして1つの事柄に集中すると周りが見えなくなるタイプかな」

「少しばかり、自分の状況に注意したほうがいいと思うよ」

 

 そう話す彼女は、楽しそうに俺を見ていた。

 うん? と体を見回すと、足が丸椅子に縛り付けられている!

 慌てて解こうと手を動かそうとするが、手も足と椅子に縛られていた。

 う、動けない……。

 

「親切心で言っておくけれど、自分の体のことは常に意識することをお勧めするよ」

「何かあってからでは遅いからね」

 

 そう言いながら、試験管を1つ取り出した。

 中には蛍光色で眩しい色合いの液体が入っている。

 

「1つ聞きたいんだ。君、私の噂を耳にしたことがあるかな」

 

 噂?

 首を傾げると、彼女は楽しそうに笑う。

 

「アッハッハ! 私のことを知らないトレーナーか! あまり見かけない顔だと思ったが、どうやら君は新人トレーナーのようだね」

「私は『健康で元気な成人男性』の被検体を求めてやまない研究者なのだよ。すばらしい巡りあわせだと思わないかい?」

 

 試験管の液体をちゃぷちゃぷ揺らしながらニヤリと怪しく笑っている。

 被検体とか研究者とか言っているが……ここの生徒、なんだよな?

 

「そうだとも。研究熱心な生徒だよ。ただ、最近は目を合わせるだけでみんな逃げ出してしまってね……ああ、1人だけ気にせず話をしてくれる変なトレーナーもいたな」

「ともあれ、今の私は気分が良い。幸運が足を生やしてやってきてくれたのだからね。副会長からのお説教は必要経費ということにしておこう」

 

 耳が痛かったよ、と耳をぺたりとたたんで擦っている。

 あのあとエアグルーヴからこっぴどく叱られたようだ。

 

「というわけだ。研究を手伝ってくれたまえ。さ、これを……いや、君は健康そうだね。3本ぐらいいけるかな」

 

 懐から新たな試験管を2本取り出した。

 何の薬なんだ……?

 

「ククク……それは飲んでからのお楽しみさ、モルモット君」

 

 モルモット君!?

 

「失敬、新人トレーナー君」

 

 モルモットってどういうことだ!?

 

「まあまあいいじゃないか。細かいことは気にしないでくれたまえよ」

 

 結局何の薬なんだ……!?

 というか飲んでも大丈夫な奴なのか……?

 

「最悪の結果だとしても、数時間足の皮膚が発光するだけさ」

 

 発光!?

 

「黄緑色にね」

 

 黄緑!?

 

「君、楽しんでいないかい? まあいいさ。重要なのは薬を飲んだ後に観測される筋肉の収縮さ」

「ウマ娘と人間の人体構造はほぼ同一なのは知られているところだ。その両方のデータが私は欲しいんだよ」

 

 そう話す彼女の表情は真剣だ。それが必要なものだって本気で思っている様子。

 だけど流石にどんなものか知らない薬を飲まされるのはちょっと。

 

「いいじゃないか。ほら、誰しも初めてのことは怖いものさ。ここで1つその恐怖の克服をだね」

「またそんなことをしてるんですか……タキオンさん……」

 

 ヌッと現れたのは真っ黒なウマ娘。

 艶やかな黒毛の髪が美しいが、どこか浮世離れしたようなオカルト的な雰囲気のある娘だ。

 

「おや、カフェじゃないか。どうしたんだい? もしかして、カフェも実験に協力をしてくれるのかい?」

「しません」

 

 きっぱりと断られていた。

 慣れているのか、お互いの表情に変化はない。

 

「先生が呼んでいたので伝えに来ただけです……。選抜レースのことで……お話があるみたいですよ……」

「ふぅン? しかしだね、私はこのモルモット君に薬を……」

「ほら、早く……すぐに、行ってください……」

「おっとっと……そう睨むなよ、カフェ。わかったわかった! しょうがないな。また次の機会に会おう、新人トレーナー君!」

 

 彼女は少し困った様子で保健室を出ていった。

 それを見送った黒いウマ娘は俺を見てため息を吐いた。

 

「……解きます」

 

 助かった……。

 縄を解かれるのを見ながら、大きく息を吐くのだった。




Report:●×年4月△日

 興味深い新人トレーナーを見つけた。
 どうやら私のことを知らなかったようで、話をしても特に拒否反応を示さない。
 実験を嫌がってはいたがそこまで否定的な雰囲気ではなかったため、今後彼を2人目の成人男性被検体Bとして観察することにする。

 もう1人の被検体Aは、チームリーダーからの監視が厳しいからね。
 問題児をあそこまで手懐けているというのも興味深いものだ。
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