アグネスタキオンは超光速の夢を見るか   作:あぬびすびすこ

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 走れるのか否か


Story16:出走可否

 皐月賞を勝利し、無敗の三冠ウマ娘として期待がかかっているタキオン。

 俺もあのレースで勝ったことは嬉しかったが、なんというか……不安を感じている。

 

 理由は簡単で、タキオンが皐月賞以来雰囲気が変わったから。

 今まではレース後に研究の成果を鑑みて改良したと薬を渡してくるのに、今はそんなこともなく。

 

「はっ……はっ……」

 

 トレーニングに力を入れていた。それも、オーバーワークギリギリまで体を追い込むように。

 今も練習場のターフを全力で駆け抜けてタイムを計測している。

 以前なら真面目に走るようになってくれた! と喜んでいただろうが、急に研究からトレーニングにシフトしたせいで困惑を隠せない。

 それになんだか違和感も感じる。何が違うのかはわからないが。

 

「ふぅ……なるほど、こんなものか」

 

 お疲れ様。違和感を振り払って声をかける。

 走り終わったタキオンにタオルとドリンクを渡し、ベンチの近くに水の入ったバケツを用意。

 クールダウンと合わせてアイシングもしてもらうためだ。

 

「いつも通り献身的だね、トレーナー君」

 

 タキオンは水分補給をしながらゆっくり歩きながら呼吸を整える。

 一緒に歩いて体の様子を確認していると、ふぅンと1つ声が漏れた。

 

「何か言いたそうだね? 皐月賞が終わってからずっとだ。なのに、君は聞いてくることはなかった」

 

 そう言われてドキッとしてしまう。

 今までタキオンは重要なことについて俺の問いにはぐらかして答えてくれなかった。

 だから、今回も答えないだろうと思って何も言わなかったんだ。

 タキオンのことをわかっていると、そう考えていたが……これじゃあトレーナーとしての責務を果たせていない。

 

 しかし、うぅん。口をもごもごとさせていると、隣からため息が聞こえてきた。

 

「トレーナー君。言いたいことがあるならはっきりと言えばいいじゃないか。別に何を聞かれても私は気にしないし、答えられるものにはきちんと解答するさ」

 

 呆れたように俺を見つめてきたので、よしと決意して聞いてみることにした。

 急にトレーニングをたくさんし始めたけど、何があったんだ?

 

「ふぅン。予想通りだ。聞いてくると思ったよ」

 

 タキオンはドリンクを飲んで唇を湿らせる。

 

「君は驚いているかもしれないが、これも研究の結果だよ。皐月賞でのレースで、元々考えていたプランAに影がかかり始めてね」

 

 時々タキオンはプランA、プランBという単語を口に出す。

 研究はそのプランのために行っているらしいが……内容については何も分かっていない。

 

「ああ、プランについては気にしなくていいよ。単純にレースに出るために必要なことだからトレーニングを行っているのさ。特に脚を鍛えるためにね」

 

 そう言って自分の脚を見る。

 弥生賞で不良バ場を走ったおかげでダメージがあったと話していたが、皐月賞を走り終えた今は問題ないとタキオンは話してくれた。

 

 レースに出るため……つまりは日本ダービー。

 俺がそう言うと、うーんと唸る。

 

「私にクラシック三冠を期待してくれているのはわかるよ。だけどね、出走については私に決めさせてほしいんだ」

 

 今までにない強い口調でそう言われた。

 思わずタキオンを見ると、とても真剣な表情。

 ……どうしてレースに出走するかどうか、自分で決めたいんだ?

 

「それについて教えるのは、まだだ。と、言っておこうか」

 

 真面目な顔から一転、怪しげな笑みでそう答えた。

 結局答えてくれないじゃないかとため息を吐いて額に手を当てると、あっはっは! と笑われてしまう。

 

「まあいずれ話すさ! なに、順調なら出走はするとも。約束してもいい」

 

 君を困らせたいわけではないからね。そう言って笑い、タキオンはドリンクを飲んだ。

 

 その後もぽつぽつと話を聞き、練習場をぐるりと1周。

 タキオンはベンチに腰掛け、バケツに脚を突っ込んでアイシングをする。

 

「ふぅ……いつもアイシングで水を持ってきてくれるのはありがたいが、少し大変じゃないかい。水場まで少し距離があるだろう」

 

 大事なことだから。そう話すとくつくつ笑う。

 

「ククク。本当に献身的だね。しかし毎回こうして運んでもらうのも効率が悪い。運動後のクールダウンとアイシングを同時にできないものだろうか。アイシングもクールダウンに入るからいささか重複しているのはこの際無視しよう」

 

 腕を組んで考え出したので、俺も一緒に考える。

 冷やす……冷やす……保冷剤を括り付けて歩くのは?

 

「それだと温度が低すぎる。冷やす以上に効果が出てしまう可能性が高いね。凍傷になってしまったらそれこそケガに繋がってしまうよ」

 

 ダメかー。

 じゃあプールでトレーニングはどうだろう。

 今やっているバケツの全身バージョンって感じで。

 

「プールサイドでトレーニングでもするのかい? もしそうなら本末転倒な気はするが……まあそうだね。効果は期待できるだろう。しかし今考えている運動後のクールダウンの回答としては合致しないな。それにもしトレーニング後にプールへ向かうとなれば余計な体力を消耗してしまうよ」

 

 そうか……。

 我ながらいい感じの回答だと思っていたが、問題点を指摘されてぐぬぬとなってしまった。

 うんうん唸って考えていると、タキオンが楽しそうに笑い始めた。

 

「あっはっは! 君の提案は面白いね。内容としては平凡であると言わざるを得ないが、発想力は素晴らしいよ。あたりまえのことを見直すというのは、誰もができる事じゃない」

 

 貶されているのか褒められているのかよくわからない発言をされた。

 眉をひそめていると、褒めているんだよとまた笑われた。

 

「ほら、また新しく考えたまえ。君のことだ、また面白いものを言ってくるに違いない」

 

 期待されてるのかなんなのか!

 うーん……ああ、プールがダメなら海ならどうだ!

 砂浜でトレーニングできるし海で歩きながらクールダウンもできるぞ!

 

「なるほど、海か。確かに回答としてはいい。実際の効果を確認できれば……」

 

 ぶつぶつ言いながら自分の世界に入ってしまった。

 結局正解なのかわからないまま様子を窺っていると、近づいてくるウマ娘の姿が。

 誰だろうかと顔を上げると、ぼうっとタキオンを見つめているカフェがそこにいた。

 

「よし、いいだろう。トレーナー君、明日は海に……おや? カフェじゃないか」

「こんにちは……」

「どうかしたかい? トレーニング中ずっと熱い視線を浴びせていたが……告白であれば屋上にでも行こうじゃないか! いいシチュエーションだろう?」

 

 告白!?

 

「違います……!」

「てれなくてもいいじゃないか」

「はぁ……ただ、タキオンさんの走り方が……いつもと少しだけ違ったから……」

 

 カフェの話を聞いて、ああ、と納得した。

 ずっと違和感があった。タキオンのトレーニングを見て感じていたものは、走り方の違いだったんだ。

 思わず顔を見ると、一瞬だけ瞳が揺れていた。

 タキオン……?

 

「……なるほどね。それで観察していたってわけかい」

「……はい」

 

 見えたのは一瞬だけで、いつものように怪しげな笑みでカフェと話している。

 どうやら走り方を本当に変えたようだ。

 

「でも、よく考えたら私には関係のないことですね……」

「いやいや、関係ないとは限らないだろう?」

 

 何やら含みを持たせた言い方だ。カフェを見てニヤリと笑っている。

 カフェは冷めた目で見ているけど。

 

「私は君に未来の一部を賭けているのさ!」

「未来……?」

「私は『お友だち』を含めて、君のことを買っているんだよ? 元々ははぐれ者の似た者同士だと思っていたんだけどね」

 

 くつくつ笑いながら話すタキオンに、俺もカフェも首を傾げる。

 未来ってなんだ?

 

「カフェ、君には私が持ち得なかった要素を持っているように思えてね。だから期待しているのさ」

「……よく、わかりません。けど……勝手に、まきこまないでください……」

 

 困った様子で俺を見てくる。

 頷いてみせると、一礼して去っていった。

 気になる事ばかり話していたからタキオンを見てどういうことかと尋ねようとしたら、薄く笑ってこちらを見ていた。

 ……答えてくれないってことか。

 

「ククク、わかっているじゃないか! まあ、時がきたら話そう。それまで待ちたまえ!」

 

 楽しそうに脚を揺らしてちゃぷちゃぷと水で遊ぶタキオンを見て、どうしたものかなぁと頭を抱えるのだった。




Report:●△年5月×日

 皐月賞のダメージはキレイにとれた。
 トレーナー君が気にしてアフターケアをしてくれたからだろう。
 しかし、GⅠレースを走ったぐらいでここまでダメージがくるなんてね。

 トレーナー君には言えていない。
 まあこの調子ならダービーに出れるだろうし、まだ言わなくていいだろう。
 トレーニングの頻度を上げて脚も強化した。
 理論上は2,400mを全力で走っても大丈夫さ。

 ダメだったのなら。
 未来に賭けておくとしよう。
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