日本ダービーはアマゾントリップの執念に負けて2着。
最後の直線で伸びなかったためか、距離適性が疑問視される結果となった。
トレーニングを見ていると3,000mも走れると思っていたから、伸びなかったのが不思議で仕方がない。
ただ、それ以上に不思議なことがある。
「はっ……はっ……」
タキオンがダービー前以上にトレーニングに時間を使っているということだ。
以前は「レースで速く走りたいからだよ」なんて言っていたが、今回はなんというか……鬼気迫るものがある。
それに、時々何とも言えない陰のある表情をすることも。
菊花賞に向けてなにかあるのかと聞いてみると。
「クラシックレースの最後か。トレーナー君がそう思うのはもっともだが、これまで以上に出走は期待しないように!」
なんて言われてしまった。
タキオンは本当に何を考えているのだろうか。
いつも通り聞いても何も教えてはくれないし。
なんとも言えない空気間のまま過ごしていると、シンボリルドルフが会見を開くという話が舞い込んできた。
何の会見か知らなかったので、トレーニング前にタキオンと共にトレーナー室でテレビを見る。
『今現在注目されているウマ娘たちを集めて行うエキシビションレース「月桂杯」。こちらの開催が決まりました』
「ふぅン? 月桂杯ねぇ」
タキオンは鞄からスッと手紙を取り出した。
差し出されたので受け取ると、そこには「月桂杯招待状」と書いてある。
……いやいや! 知らなかったんだけど!
「言ってなかったからね。君は菊花賞への出走を期待していたわけだし」
それにトレーナー君にも話がいっていると思っていたよと言われてしまった。
確かに、なんで俺は知らなかったんだろうか。
タキオンのことで頭がいっぱいだったせいで聞き逃したか……?
後日、シンボリルドルフがタキオンに言っておいてほしいと話していたことが発覚するわけだが、今は知らないことである。
『ライブやセレモニーも予定されており、その規模で注目が集まっています。どういったレースになるのでしょうか?』
記者からの質問に、うんと1つ頷いて話始める。
『「月桂杯」は、「月桂樹」から名前を拝借しました。花言葉は勝利、栄光、栄誉……全てのウマ娘たちに抱いてほしい大志です』
「会長らしい言葉だね。勝者だけが許されるものだ」
話を聞きながら、タキオンは腕を組んで頷く。
真剣な表情をしているのは何故だろう。
『エキシビションレースとは銘打っていますが、模擬レースのようなものではありません』
『GⅠレースに引けを取らないような。各世代の代表となるウマ娘を集めた、最高峰のレースを目指しています』
タキオンの招待状を拝借して読ませてもらう。
そこには、各世代。ジュニア、クラシック、シニア。トゥインクル・シリーズの各世代からウマ娘を招待しているみたいだ。
タキオンはクラシック級の代表として呼ばれている。光栄なことだけど、タキオンが俺に言わなかったということは乗り気ではないということ。
強いウマ娘しか呼ばれないだろうから、データを取れると思うが……。
『ありがとうございます。続けて聞かせてください。今回「月桂杯」を開催する理由について、お伺いできますか?』
『大枠としては、GⅠレベルと同じレースを夏に開催することで、ウマ娘界のさらなる活性化を狙っております』
生徒会長らしい、ウマ娘のことを考えたレースということだろう。
常々もっとよりよい環境にできないものかと考えているからな。
『それから、ウマ娘側の意見になりますが』
少し困ったような表情で、きゅっと拳を握る。
『自分に自信が持てない、うまく力を出せなかったなど、多種多様な想いがあります。そこで、少々強引ではありますが、このレースを通じて己の力を存分に発揮したレースを経験してほしい』
『それが彼女たちの、ウマ娘界の未来につながると。私は確信しています』
穏やかに笑ってそう話すのを最後に、レースに招待しているメンバーの紹介が始まった。
そうそうたるメンバーだなと思っていると、タキオンがくつくつと笑いだす。
「『ウマ娘界の未来』か。面白いことを考えるものだね、会長は」
眩しいものを見たかのように、すぅっと目を細めて笑うタキオン。
俺の視線に気づくと、いつもの怪しげな笑みを浮かべた。
「しかしまあ、確かに期待できるメンバーだよ。これはいいデータがとれそうだね」
タキオンも出よう。データも取れるし、レベルの高いメンバーとレースできる。
そう話すと、そうだね、と素っ気なく答えられた。
なんだか嫌そうな表情だ。
「言っただろう? 出走については期待しないでほしいと。あれは菊花賞だけの話ではないよ」
どうやら出走する気はあまりない様子だ。
じゃあ仕方ないか、と諦めると、何故だかさらに機嫌が悪くなった。
「なんだよ、君はすぐにそうやって諦めるじゃないか。もう少し考えてもいいじゃないのかい。君の担当が出走しないと言っているんだよ?」
自分でレースに出るのを渋っているのに!
人にいわれるのと自分でいうのでは違うのかもしれない。
ウマ娘はすごい身体能力を持っているけど普通の学生だから、多感なところも受け止めないとって先輩に言われている。
俺ではわからない「ナニか」で気持ちが揺れているんだろうな。
タキオンが自由に色々できるようにしていたけど、少しぐらい強引にいかなきゃダメな時もあるのかも。
――俺が出てほしいって本気でお願いしたら、タキオンは出てくれるのか?
「うーん、その期待に応えられるかは今の段階だとわからないな」
真剣に聞いてみると、少し困った表情でそう答えられた。
じゃあ一晩考えてみてくれ。ダメそうなら菊花賞を目標にしておこう。
そう言うと、わかったよ、と頷いた。
よし、とりあえず月桂杯のメンバーを調べてみるとするか!
膝をバシッと叩いて立ち上がり、仕事机へと向かうのだった。
「……いい加減選択しなくてはいけないね」
◆ ◆ ◆
翌朝。
ノックもせずタキオンがトレーナー室に入ってきた。
「やあやあトレーナー君! 君に話があるんだ!」
朝からハイテンションだなぁ。
何かいい薬でもできたのだろうか。
「違うよ。昨日の話を覚えていないのかい? 出ようじゃないか『月桂杯』に」
タキオンはそう宣言してきた。
……うーん、そうかそうか。なるほど。
「なんだいその適当な反応は。君にとっては朗報だろう?」
確かに月桂杯に参加というのは朗報だよ。
でもそうだなぁ。
タキオンがそれを言いに来たのが悲報というかなんというか。
そう話すと、むっと不機嫌そうな表情を浮かべる。
「どういうことかな。一晩考えてほしいというからこうやって答えを出してあげたんだぞ。君は喜びこそすれ悲しむことなんてないだろうに」
むすっとしているタキオンに苦笑いして、とりあえずソファに座るよう促す。
不承不承で座るタキオンに紅茶をいれる。彼女に言われて買ってきたお高いやつだ。
「いい香りだね。しかしなんでまたこんなことをしているんだい? 授業が始まってしまうと思うが」
サボっていい。
茶葉にお湯を注ぎ蒸らしていると、驚いた様子でこちらを見てくる。
「ずいぶんと珍しいことを言うじゃないか。私としては好都合だけどね」
頬に手を当ててこちらを見ている彼女の前に紅茶を置く。
自分のカップも持っていき隣に座って、1口。うん、美味しい。
「ふぅ……それで、どうしたんだい?」
単刀直入に話す。
――月桂杯は不参加でいい。
タキオンはぽかんと口を開けて俺を見た。
「……なんでさ。君にとって、レースに出るというのはいいことだろう」
俺にとっては嬉しいことだ。
でもタキオンは違うだろ。
そう言うと、むっとした表情を見せる。
「私がレースに出たくないといつ言ったんだ? 速く走るために私は研究をしているんだぞ」
それじゃあ聞くぞ。
レースに出ると言ったのに、なんでそんな泣きそうな顔をするんだ。
「………」
タキオンは自分の顔をぺたりと触り、黙り込んで俯く。
皐月賞に出た後からずっと気になっていた。何をしても沈んだ顔を見せる。
俺が薬を飲んでデータをメモしている時も、トレーニングをしている時も、レースの話をしている時も。
だから、きっと何かあるんだ。
レースに出たい出たくないじゃなく。
「……そんなの、君に関係ないだろう」
関係あるだろ。
俺はタキオンのトレーナーだ。
「君はモルモットだ。そういう契約のはずだよ」
そうだ。
でも君のトレーナーでもある。
「まったく。強情なやつだよ、君は」
タキオンは頭を振り、ため息を吐いて立ち上がる。
「こんな非生産的な話をするのであれば、私は行くよ。やらねばならないことが山ほどあるんだ」
そう言って出ていこうとする彼女の腕を掴む。
「……やめたまえ。ウマ娘とヒトの力の差を知っているだろう」
タキオンは振り返ることなく俺に忠告してくる。
耳は絞られていて、怒っているというのがよくわかる。
しかし、手は離さない。
「この腕を振り払えば、ケガするのは君だ。ほら、放してくれ」
嫌だ。
「……放したまえ」
ダメだ。
「放せ!」
体がぶっ壊れても放すか!
「……っ! いいかげんに……!」
タキオンが振り向いたとき、俺は立ち上がって彼女の目を見る。
俺の目を見た彼女は一瞬ハッとして、すぐに俯いた。
「………」
むっつりと黙り込んでしまうタキオンに、俺はぽつぽつと話をする。
ずっと心配していたんだ、俺は。
急にトレーニングをし始めて、しかも表情は暗いし。
走り方も変えて、それを何も言ってこない。
ダービーが終わってから、もっと激しくなった。自分を使い潰すみたいに走りこみ始めて。
昨日だってお前、走ってただろ。寮を抜け出して。
そう言うと、チラッと俺を見る。
「……見ていたのか」
寮長のフジキセキから連絡があったからな。
しかも、抜け出して全力で走って、急に立ち止まって。
暗い表情をしていたと思ったら次の日にレースに出ると言うんだ。おかしいだろう。
「これなら勝てると思っただけかもしれないじゃないか」
じゃあなんで泣きそうなんだ。
タキオンはまた俯いて黙り込んでしまう。
これではまた堂々巡りだ。
……脚、悪いのか?
そう聞くと、ピクっと体を揺らし、耳がペタリと倒れた。
今までの研究や言動、昨晩の様子から見て、そうとしか考えられない。
普通に走ったりしてるから、ケガではない、はず。
教えてほしい。タキオン。
彼女の肩を掴んで見つめると、彼女も顔を上げて俺の目を見た。
「………」
数秒見つめ合うと、瞳を揺らしたタキオンはまた俯いてしまう。
「せっかく覚悟を決めたばかりなのに、カッコ悪いじゃないか」
そう呟き、顔を上げた。
「どうして君はそこまでしてくれるんだ? モルモットみたいに扱って、レースにも出ないウマ娘を担当しているというのに」
――君の走りが好きだから。一緒に果てを見たいから。
「……なんだそれ」
タキオンは泣きそうな顔で笑いながら、俺の顔を見るのだった。
Report:●△年6月◎×日
狂った色の目をしていたなぁ。