アグネスタキオンは超光速の夢を見るか   作:あぬびすびすこ

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 デジたんひけました?


Story20:夏合宿 A

 夏合宿の時期がやってきた。

 GⅠレースが少ないこの7、8月。ここで一気に実力を伸ばすウマ娘は数多くいる。

 

 有名なのはビワハヤヒデとマチカネフクキタルだろうか。

 皐月賞でナリタタイシン、日本ダービーでウイニングチケットに惜敗していた彼女は夏にオーバーワークギリギリのトレーニングを行っていた。

 その結果が芝3,000mのレコードと、菊花賞史上最速の上り3Fタイムだ。

 

 マチカネフクキタルはそれまでの成績が悪く、直前のダービーに至っては7着。

 だがしかし、何がどうなったのかはわからないのだが、突然覚醒してその後重賞を3戦3勝。

 しかもあのサイレンススズカを差して勝利、バ群の中央からぶち抜いて勝利、菊花賞で1人だけ突き抜けて勝利など、とんでもない活躍だった。

 

 今までトレーニングはそこそこだった俺たちにとって、またとない機会……と思っていたのだが。

 

「トレーナー(くぅん)、まだつかないのかい? 流石にデータを確認するだけでは飽きてきたよ」

 

 助手席で携帯電話を弄りながら不満を漏らすタキオン。

 俺たちは送迎バスには乗らず、俺の車で合宿所へと向かっていた。

 

 タキオンとの話し合いの末、夏合宿の全ての時間を研究にあてることとなった。

 トレーニングは必要最低限、もちろん月桂杯なんて出ない。

 脚の補強に全てをかけて挑戦することにしたのだ。

 

 プランAのタイムリミットは夏合宿が終わるまで。目標は菊花賞を走りきること。

 俺たちの夏を全てタキオンの脚にそそぐわけだ。

 

 ただし、そうなると研究の器具が必要になる。

 バスの荷物置きに実験器具をアレコレ詰めるのはタキオンが嫌がった。

 あんな雑に置かれたら壊れてしまうよと駄々をこねたので、仕方なく俺の車を出しているわけで。

 後部座席には所狭しと鞄やら何やらが満載だ。どれだけ持っていくつもりなのか。

 

「やれやれ、合宿所までの道がこんなに混むとはね。今から私だけでもいいから走っていきたい気分だよ」

 

 ニヤニヤしながらこちらをを見てくる。

 俺が渋滞でややイラついているのを知って煽ってきているのだろう。

 腹が立ったのでタキオンの頭に手を乗せてわしゃわしゃとかき回した。

 

「うわっ! もし私の指が滑ってデータを消したらどう責任を取るつもりなんだ!」

 

 手を跳ねのけられて怒られる。

 ウマ娘の力で叩かれたせいで天井にバゴンと手をぶつけてしまった。

 あまりの痛さにひぃひぃ言いながら足に手を挟んで我慢する。

 

「まったくなんだい君は。確かに私はちょっとばかり横から口に出したかもしれないよ? でもね、限度というものがあるだろう限度というものが」

 

 怒ってますと言いたげに眉をひそめているが、こちらはそれどころではない。

 丁度痛い当たりかたをして本当に痛いんだ!

 折れてないだろうなコレ……。

 

「トレーナー君聞いてるかい……なんだ、まだ痛がっているのか」

 

 どれどれと手を掴まれてじろじろ観察される。

 ふぅンと声を漏らしながら触られるが、やや痺れているためこそばゆい。

 

「まあ、特に折れたりしているわけでもないよ。指は敏感なところだからね、丁度良く衝撃がきただけさ。ナノサイズのものまで感じることができるようだからね、指というものは」

 

 楽しそうに俺の指先をむにむにつまんで弄り始める。

 どうやら俺の左手が暇つぶしのおもちゃになってしまったようだ。

 生命線がどうこうと話しながら手をつままれるのであった。

 

 

 

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 やっと合宿所に到着したが、ここで問題が1つ。

 必要最低限だが、スタミナや筋力を落とさないようにトレーニングをしなければならない。

 しかし脚に負担はかけたくない。海で泳ぐことも考えたが、俺が水上バイクを運転できないからタキオンの安全管理が不可能だ。

 

 他のチームとコンタクトを取っていっしょにできればいいんだが……なにせタキオンは外部の評判が悪い。

 トレーナー間では俺が説明しているから大丈夫だとわかっているんだが、ウマ娘たちは実験の被害者たちだ。モチベーションにかかわるために、1人を除いて断られてしまっている。

 

 というわけで、唯一許可してくれたチームと合同トレーニングとなった。

 まあいつもお世話になっている先輩だ、うん。

 脚へのダメージが少ないトレーニングをしてくれるそうなので、願ったり叶ったりだ。

 

「それで、これがそのトレーニングというわけだ」

 

 若干呆れた様子のタキオンが、じろりと俺を睨みつける。

 いや、俺だってこんなトレーニングをやるとは思っていなかったよ。

 

「うっし! 気合いいれて行くぜ! 突っ込んでこいフク!」

「いきますよ~! 開運ダ~~~~ッシュ!」

 

 声をかけられたマチカネフクキタルがものすごい勢いで海へと走っていった。

 そして海にひかれている()()の上を全力で走っていく。

 そう、これは水上ゴザ走り……!

 

「うへへぇ……すごい走りでしゅ……」

「ふぅン。確かに脚へのダメージは少なそうだね」

 

 腕を組んで観察するタキオンの隣で、デジタルがでゅふでゅふと変な笑い方でビクビク体を揺らしていた。

 たまにレース後のライブにこういう人いるけどウマ娘がそうなってるのは見た時ないな。

 面白い娘だなぁと思っていると、おりゃぁああ~~!!! と叫びながらマチカネフクキタルが戻ってきた。

 

「ふぅ~! 夏はやっぱりこれですね~!」

「次はワタシがいきマス!」

 

 海へ落ちることなく涼しい顔で戻ってきた。それと交代してタイキシャトルが走っていく。

 うぅん、なんという力強さ。水上のゴザが踏み込むたびに水中へガクンと沈むぞ。

 

「なるほど……あのパワーで走っても下が水であれば、脚には強い衝撃はこないか。そして脚の筋肉には効果的だし、フォームやストライドも工夫しないと……」

 

 タキオンがぶつぶつ言いながら研究を始めてしまった。

 最初はアレだったが、興味深いものとして認定されたようだ。

 

「結構前からやってるやつでさ。ケガ明けのテイオーとマックイーンたちもやってたんだ。黄金世代も走ってたしな」

 

 トレーニングの様子を眺めていると、先輩が声をかけてきた。

 トウカイテイオーとメジロマックーン。それぞれ大きなケガをして復活した2人。

 彼女たちがやっていたならば、きっとタキオンにもプラスになるはず!

 

「どれ、私も行ってみるとしよう。ふっ!」

 

 順番が来てタキオンが駆け出していく。

 先ほどまで海に落ちないようにするための計算をしていたはずだから、うまくいけるはずだ。

 

「おっと……! くっ!」

 

 と思ったら少し走ったところで海に落ちてしまった。

 あれ? と思っていると、先輩が声を出して笑いだす。

 

「ははは! 普通はあんなもんだ。フォームやストライドは大事っていうのはあってるけど、それが水上でできるかどうかは体幹にかかってる。トレーニングあんまりしてないんだろ? まだまだバランスが悪いってことだ」

 

 確かに、タキオンのトレーニングは常に『走る』というのが前提だった気がする。

 筋力トレーニングはそこまでしなかったし、結局坂路とか走りこみとかばかりだ。

 データを取るためにそういうのが多かったということなんだけど。今思うとね。

 

「………! ………!」

 

 何やら隣にいるデジタルがビクビクしているが、これは大丈夫なんだろうか。

 

「ああ、大丈夫大丈夫。多分タキオンが悔しそうに戻ってきてるのを見て尊み大明神になってるだけだから」

 

 と、とうと……?

 

「ああ、危ない危ない……あたしの中の尊さメーターが爆発してカルマを放出してしまうところでした」

「相変わらずだね、デジタル君は。トレーナー君、ほら」

 

 タキオンがやや不機嫌そうに手を差し出してくるので、タオルを手渡す。

 むくれながら顔を拭くのを見て、デジタルがさらにブルブルと……。

 

「ひょえぇぇぇえええ~~~!!!!!」

 

 叫びながら走り出した!?

 ゴザの上をズドドドドと凄い勢いで走っていく。

 えぇ……?

 

「やっぱりデジタルさんはすごいですね~。クラシック級から落ちずにゴザを走ってましたし」

「そうだねぇ。芝もダートも走れちゃうもんねぇ」

 

 てぇてぇよぉ~~~!!! と異様な叫びをしながら走っているとは思えない程の力強い走り。

 これが芝とダートで活躍している勇者の走り……!

 

「ふぅン。やはり興味深いね、デジタル君は。芝もダートも走るオールラウンダーなんて」

 

 タキオンも面白そうにデジタルの走りを観察する。

 あの小さな体から想像できない程の力強さと切れ味抜群の末脚。

 思わずえぇ……と声が漏れてしまうぐらい衝撃的だ。いやぁ、見ていて楽しいな。

 

「ふぅー! 落ち着きました」

「いい走りだったわ、デジタル」

「ええ! 力強かったです! 私も負けていられませんね! 行ってきます!」

「フクキタル、次は私よ」

「いいじゃないですか~。この前併走にいっぱい付き合ったんですから~」

「はぁ……はぁ……! ライバル同士の熱い絆……ッ!? と、尊みが弾けッ……」

 

 何故か走り終えて時間が経ってから息切れしてよろめいている。

 なんともまあ個性的なウマ娘だなぁ。

 

「誰もがGⅠレースの勝者たちだ。いいデータがとれそうだね……トレーナー君、しばらくお世話になろうじゃないか」

 

 ゴザを走っていくサイレンススズカを見ながら、タキオンは妖しく笑うのだった。

 後に1度もゴザを完走できずにむくれるタキオンの姿が散見されたとかされないとか。




Report:●△年7月◎日

 トレーナー君の先輩のチームと合同トレーニングを行った。
 相変わらず個性的で強いウマ娘たちばかりだよ。トレーニングも個性的だし。
 いいデータがたくさんとれたから満足だ。
 特にサイレンススズカ君。彼女のデータが取れたのは大きい。
 私が見るに、彼女の脚の強度はあまり高くないはずだからね。

 いかにしてあのスピードで走ってケガをせずいられたのか。
 これを私の脚に活かすことができれば、きっと。

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