アグネスタキオンは超光速の夢を見るか   作:あぬびすびすこ

26 / 50
 タキオン無双


Story22:扱い

 実りある夏合宿を終えて、本格的に菊花賞へ向けて動き始めた9月。

 脚は問題ないものの、元々の脆さがあるから3,000mを走り切るまで、つまり実際にレースが終わるまでは今まで通りのスタンスをとることになった。

 いけるからといって無理していい体じゃないからな。俺も心配だったから、体を丈夫にするトレーニングを続けてしっかりと力をつけることに賛成だ。

 

 今日はどのトレーニングをしようかと、前日までのメニューと並べて考えていたらトレーナー室の扉が開いた。

 ノックされていないからタキオンが入ってきたのはわかるんだが……何故か困った顔をしている。

 

「やあトレーナー君。少し気になることがあるんだ」

 

 机に鞄を置いて、ごそごそと何かを取り出す。

 中から出てきたのは……お菓子?

 

「さっきクラスメイトからもらってね。がんばろう、無理しないで、とね」

 

 どういうことかな、と手に持つお菓子を眺める。

 言われていることは事情を知っていればわかるんだが、脚については公表していないはず。

 タキオンが誰かに相談したとか?

 

「私にそんな友人がいるとでも?」

 

 自信をもって答える事じゃないよ!

 タキオンはつまらなそうにお菓子を机に置いて、頬杖をつきながら考えこむ。

 一体何が原因なんだろうかと思っていたら、扉がノックされた。

 声をかけると扉が開き、ウマ娘が入ってくる。

 

「失礼、します……」

「おや? カフェじゃないか。どうしたんだい?」

 

 入ってきたのはカフェだ。

 いつも通りの不思議な雰囲気だが、表情は少しだけ心配そうにしている。

 カフェもそんな感じなのか。

 

「タキオンさん……体は大丈夫なんですか……」

「ああ、問題ないよ。心配してくれるのはありがたいんだが、何故知られているのかが疑問だ。カフェはどこから知り得たんだ? 私が不調だとか、そんな情報を」

 

 どこにも言った覚えはないと思うけどね、とタキオンは話すが、カフェは不思議そうに首を傾げた。

 そして俺の方を見てくる。

 ……え、俺ぇ?

 

「ふぅン? どういうことだいトレーナー君。外部にぽろぽろと情報を漏らすようなヒトじゃないと思っていたんだけどねぇ……?」

 

 いや、誰にも言ってないって!

 タキオンがじとっとした目で詰め寄ってくるから慌てて否定すると、まあ知っているけどねと威圧感を霧散させた。

 

「しかしそうなると誰だ? 盗み聞きでもされたかな」

「いえ……トレーナーさんが、大泣きしているのを見て……」

 

 えっ。タキオンが俺を見る。

 思わず顔をそらしてしまった。

 

「職員室で、他のトレーナーのみなさんに慰められてました……」

「なるほどね……君ぃ、ここ以外でもそんなだったのかい」

 

 いやぁ、その……情けない限りだけどさ。

 タキオンからの脚の告白を受けて、流石に受け止めきれずに数日はボロ泣きしていた。

 職員室やらトイレやら、不意に涙が出るぐらいには心がやられていたんだ。がんばるって決めたのに。

 しかしそこを見られていたのか……でも、タキオンの脚については何も言ってなかったんだけど。

 

「言ってませんでしたけど……その後色々な人に、体や脚をよくする方法を聞いていたので……」

「……ああ、そうか。その話を聞いた他のウマ娘たちが噂を広めたんだね。それが尾ひれがついて、私の体が弱いとか、脚が悪いとか。そんな話になっていると」

「はい……実験も、弱い体を治すためと……」

 

 なんだろう。

 正解なんだけどそこに行きつくまでの流れがおかしくてなんとも言い難い。

 いや正解なんだよ。薬のことも俺の泣いてたことも。でもさあ、ほら。

 もっとこう、あるじゃん!

 

「いやはや、困ったね。確かに真実ではあるが、別に誰かから気をつかわれるためにやっているわけじゃない。本当の目的は別にあって、体を丈夫にするのはその過程でしかないんだが」

「大丈夫なら、いいです……菊花賞、私も出ますので……」

 

 それでは、とカフェは話して去っていった。

 衝撃的な話だったな。俺が泣かれてるのをウマ娘に見られてたというのもかなりの衝撃なんだけど。

 うーん……まあ、タキオンにとってはマイナスにはならなそうなことだし、別にいいか。

 

「よくないよ。これから何度も話しかけられて、研究にあてる時間が無くなっていくかもしれないだろう? 勝手に気づかってくれるのはいい。だけどね、ジャマだけはされたくない」

 

 遺憾の意を表明して腕を組むタキオン。

 彼女らしいといえばらしいんだが、交友関係がそこそこ絶望的な娘だ。

 学生なんだし、一応学生らしい生活も送ってほしくはあるので、不満だろうが甘んじてこの状況を受け止めてもらうとしよう。

 

「えー!? 君は誰の味方なんだ! 私が困っているんだから助けてくれたまえよ!」

 

 ぶーすか怒っているタキオンに受け入れたまえよと言って、トレーニングメニューの再確認に取り掛かる。

 むくれた彼女に薬入りの試験管をぐいぐい押し付けてくるのを止めていると、カフェが戻ってきた。

 

「言い忘れた、ことがあります……タキオンさんのインタビュー、明日です」

 

 え、はやくないか?

 まだ9月だぞ。菊花賞は10月下旬なのに。

 

「多くの記者の方が、取材をしたいと押しかけている……そう、聞いています……」

「なるほどね。ダービー後から我々は記者からの取材をすべて断ってきた。そして月桂杯不参加。説明責任を、ということなんだろう」

「たづなさん、困っていました……少しだけ手伝ってあげてください……」

 

 あの敏腕秘書のたづなさんが困っていたということは結構なことだ。

 気は乗らないが仕方がない。タキオンもやれやれ面倒だと首を振る。

 どうしたものかなと2人で相談しながら次の日の取材について考えるのだった。

 

 

 

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 当日、取材陣のいる教室まで行くと、扉の前で待機していたたづなさんから説明を受けた。

 名目としては菊花賞の有力ウマ娘への合同インタビューということ。

 答えづらければ菊花賞前のインタビューで答えると回答していいですということ。

 つまり、困ったら後回しにしていいらしい。タキオンも楽でいいねと頷いていた。

 

 そして取材開始。

 最初の方は写真を撮られながら日本ダービーの惜敗や菊花賞についての意気込み、夏合宿の手ごたえなどを答えていく。

 タキオンが適当に答えたものは俺が横から補足する。流石に「合宿中のトレーニングはどういったものですか」の質問に「研究していたよ」は誰もが困ってしまうだろうから。

 

 順調に質問を消化していったところで、今回1番質問が飛んできた。

 

「シンボリルドルフさんが開催を宣言した月桂杯についてお聞きします。何故参加されなかったのでしょうか?」

 

 きたな。俺もタキオンもそう思った。

 結局のところ、今回1番聞きたいのはこれなわけで。

 まあ確かにダービー後は面会謝絶みたいな感じで何もうけていなかったからなぁ。

 タキオンをチラッと見ると、言いたまえと頷かれる。

 

 ――脚の疲労を鑑みて不参加を表明しました。我々としても非常に残念だと思います。

 

 月並みだがそう答える。間違っているわけではないし。

 脚の疲労――脆すぎて耐えられるか心配だしそれどころではない状況――を鑑みて不参加。

 我々としても――有力なウマ娘たちのデータを取ることができなくて――非常に残念。

 そういうことだ。

 

「他にも様々なウマ娘たちが参加を表明していました。クラシックを代表するウマ娘としての責任を問う声も聞こえていますが、どうお考えですか?」

「ふぅン? 責任かい?」

 

 タキオンがあざ笑うかのように笑みを浮かべて、質問してきた記者を見る。

 あ、まずい。思わずたづなさんを見ると、たづなさんも困った顔をして笑っていた。

 

「では君に1つ聞こうじゃないか。責任を問う声、これはどこの誰から聞いたことなんだい?」

「守秘義務があるのでお答えできません」

「ふぅン? 秘密にしなければならない、公開もできない人物、あるいはコミュニティからの発言だと考えていいんだね? それならば答えは簡単さ」

 

 すっと記者を指さし、好戦的な笑みを浮かべてこう発言した。

 

「きちんとしたデータもないのに適当な質問してこないことだよ。君の記者としての責任を問う声ということだね。アッハッハ!」

 

 とんでもない煽りをして笑うタキオン。

 いやあ、流石にやりすぎじゃないか……記者の人も顔が赤くなっているよ。

 

「……次の質問です」

 

 あ、すごい我慢してる! たづなさんと一緒にホッと息を吐く。

 1枚上手だぞ、あの記者の方。

 

「アグネスタキオンさんは脚に問題があると聞いていますが本当ですか? それのために実験をしてドーピングをしているとの話も聞きますが、いかがでしょうか」

「いかがもなにもないだろう。私がレースに出てドーピングをしたという結果があるというのかい? ならそれを提示してくれたまえ、ほら」

 

 先ほどまでの嘲笑を消し、怒りの表情を見せて記者を見た。

 タキオンはドーピングが嫌いだ。薬を使用して体の補強をしているから、非常に神経質に気にしている。

 故に失礼な発言をされて怒っているわけだが……記者のほうは怒らせるために質問をしたようだ。ニヤリと笑っているし。

 これが記者のテクニック……! 思わず感心してしまう。

 

「結果は出ていませんが、デビュー前から薬の研究と実験をされています。疑われる行為をされているのは問題だと思いますし、レース関係者からもそういった行為について懸念されています。これからも続けていくおつもりですか?」

「もちろん続けるとも。その研究によってレースでさらに速く走れるわけだからね」

 

 記者はかかった! と笑みを浮かべ、体を前のめりにしてさらに質問してくる。

 

「疑われる行為でも続けていくおつもりのようですね。トウィンクル・シリーズで走るウマ娘としてそういった行為は他人の迷惑になります。何か起きた時にどう責任をとるおつもりですか?」

 

 うーん、凄い圧だ。

 かなり悪意のある言い方をしているが、実際のところ外部から見たタキオンはそういう評価をされかねないということでもある。

 間違ったことを言われているわけじゃないんだが……俺はタキオンの味方だからなぁ、あまり気分がいいものではない。

 

 ただ、さっきから何故俺が楽観的に感心したり凄いなぁなんて思っているかというと。

 

「おいおいすごい論理の展開をしてくるじゃないか。本当に記者かい? 言葉や文字で伝える仕事をしているとは思えないよ」

 

 口でタキオンに勝てる相手なんか、そうそういないからだ。

 

「そもそも君、最初で言ったじゃないか。ドーピングをした結果があるのかと。それで結果がないのであれば不正はしてないだろう? 疑わしい行為という前に、そもそもレース前に検査を受けているんだよ。つまり君はトゥインクル・シリーズにおけるそういった体制が不十分だから疑ってかかっていると、そういうことだね? URAやトレセン学園はそういった検査が十分できていないと」

「そういうわけではありません。あなたの行っている実験が疑わしい行為だと……」

「ふぅン? 私はトレーナーにこういった研究を行っていると説明しているし、トレーナーも学園に確認をとってくれている。これのなにが疑わしいんだ?」

 

 タキオンからの口撃に記者は閉口してしまう。

 実際研究自体はこういうものをやっていると学園は理解しているし、俺も新しい何かをするときは逐一確認している。

 つまり、実際のところ何も問題はないのだ。外部評価以外は。

 

「それにレース関係者から懸念? 他人の迷惑? じゃあ聞くが、そもそも私のそういった研究や実験がレース中問題になったという証拠はあるのかい? 皐月賞やダービーで走ったウマ娘からは一緒に頑張ろうと言ってもらえているし、実際全力を尽くして走っている。もし君がそういった証拠をまともに提示できないのであれば、レースで走るウマ娘たちに対しての侮辱でしかないわけだ。ほら、提示してくれたまえ、君のいう関係者とやらの懸念をね」

「……守秘義務があるのでお答えできません」

「いいかい? 私は先ほどから全て自分の言葉で真実を話している。しかし君は守秘義務がどうだと言って何1つ答えられない。どちらが他人の迷惑なんだい? 君が所属しているところも大迷惑だろうね。どう責任を取るつもりなんだい? うん?」

 

 記者が顔を真っ赤にしてぷるぷると震えている!!!

 ゲームセットだタキオン! 思わず口に手を当てて止めてしまう。

 

 ――タキオンからもかなり失礼なお話の仕方で説明してしまったかもしれませんが、発言していることは事実で、とにかく全てにおいて許可を得て認めてもらって研究を行っています。関係者の皆様には詳細を知らずに疑問に思う方も多くいらっしゃるとは思いますが、ドーピングなどといった禁止行為のためではなく、ひとえにタキオンの体質改善のため、レースで走る前提条件を確保するために薬を開発しているんです。ご理解いただけますと幸いです、はい。

 

 一気に話してタキオンの勢いを止め、丁寧に低姿勢で正しくやってますと取材陣に宣言した。隣でむーむー言いながら尻尾で腰をひっぱたいてくるが、ここは我慢だ。

 顔が真っ赤の記者の方にはタキオンが失礼しましたとやや苦笑いして頭を下げると、ふん! と強く息を吐く。

 

「失礼で不愉快だ。へらへら笑って、トレーナーも覚悟が足りないんじゃないのか」

 

 いやぁ、すみませんと頭を下げていたら、急に空気が凍った。

 なんだと思ってたづなさんを見たら、口に手を当てて目を見開いている。

 隣を見ると、タキオンがとんでもなく冷たい目と表情で記者を見下しているじゃないか!

 

「君は何もかもわかっていないんだね」

「トレーナー君は私の実験のために人生をささげてくれているんだよ。ほぼ初対面で薬を3本も一気に飲んで、一緒に頑張ろうとね」

「私と、ウマ娘と本気で関わっていないような君に。トレーナー君の覚悟を口にする資格はない」

 

 気分を害した。そう言ってタキオンは教室から出て行ってしまった。

 なんともいえない後味を残して、合同インタビューは終了したのであった。

 

 

 

 

 

 後日『実験三昧!? トレーナーをモルモットにするアグネスタキオン』という低評価記事と、『2人の絆! トレーナーの献身とアグネスタキオン』という高評価記事が発表。

 SNSではインタビューで俺がタキオンの口をおさえているときの『もごもごタキオン』が大人気となり、またもやタキオンの扱いが変わっていくのだった。

 本人はどうしてだい? と困惑していたけどね。




Report:●△年9月○▽日

 取材の後からさらに他のウマ娘たちが気をつかうようになった。
 というか温かい目で見られているんだが、何故だろうね。
 カフェと食事していた時も弁当の写真を撮りたいと言われたし。
 感情が身体に影響することについて研究し始めたのにもう疑問が出ているよ。

 しかし気持ちはわかるがずいぶんとぐいぐいくる記者だった。
 圧をかけるように質問するのはインタビュアーの技術ではあるが。
 感情をわざと表に出して質疑応答をしてみたが、やはりレース以外では使い物にならないね。次からは気をつけるとしよう。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。