「なにもないよ」といっている言葉通り、本当になにもないです
脆い脚がなんともないから嬉しくて脚を触っているだけなのに、トレーナー君がただただやきもきしているだけなのです
そして今回はタキオンがやきもきしますねぇ
「お前、契約見直した方がいいんじゃないか?」
トレーナー室へ話にきた同期から突然そう切り出された。
いきなりな話題過ぎて、え……? と思わず口を開けて呆ける。
「アグネスタキオン、相当お前に負担かけてるだろ。最近どんどんやつれていってるぞ」
心配そうな表情で腕を組み、ふぅと息を吐く。
確かに最近は遅くまで色々調べて寝不足だし、体重も減っている。
でもそれはタキオンを無事に走らせるためにがんばっていることだし、それが負担だと思ったことはない。
先輩から、ウマ娘に寄り添うことが大事だって教えてもらっているから。
「ああ、うん。あの先輩はすげーけど。色々な意味で」
思わずといった感じで遠くを眺め始めた。
「話を戻すけどさ。トレーナーとウマ娘の関係は千差万別だろ? 俺もサブトレーナーとしてウマ娘と関わってるけど、それぞれ対応だったり寄り添いかたは全然違う」
「でも、お前とアグネスタキオンはなんというか……研究者と実験動物みたいだろ」
まさにその通りだ。
「それが悪いとはいわない……いや、すまん。嘘ついた、悪いわ」
うーんと呻いて悩みながら、真面目な顔で俺を見た。
「正直言うと、健全な状態じゃないと思う。お前たちはそれが正解なのかもしれないけど、どうしても他のウマ娘たちへの影響がな」
かなり痛いところをつかれた。
タキオンの実験は薬以外にもいろいろあって、教室でボヤ騒ぎから驚いたときの筋肉の動きが見たいとヘビのおもちゃを仕込むなど、多岐にわたる。
俺は止めはしているが、如何せん事情が事情だ。脚のことを知っているから、中々強く止めることができないでいるのだ。
「俺はお前とアグネスタキオンのことが嫌いなわけじゃない。むしろ尊敬してるよ。先輩みたいに1年目から担当を捕まえて活躍してるんだからな」
だからこそ、だ。
同期は指でトントンと自分の腕を叩く。
「他のウマ娘たちに悪影響を与えるようなことを止めれないなら、お前はトレーナーとして失格だ。ウマ娘は担当だけじゃないんだからな」
「もしきちんと見ることができないってんなら、もっといいトレーナーと再契約になっちまう。理事長は寛大だけど、他はそういうわけにはいかない」
………。
「……少し言い過ぎたかもしれん。ただ、それだけお前のことが心配なんだ。俺たち同期の中で、一番がんばってんだからな」
だから、しっかりしてくれよな。
差し入れの缶コーヒーを机の上に置いて、同期は去っていった。
イスの背もたれに体重を預けて、しばらく放心していた。
確かに放任しすぎていたのかもしれない。元々研究のこと以外はそこまで手がかからなかったからな。
いや、嘘ついた。毎日弁当を作るのは相当手間だ。あと薬を飲むのもすごい手間だ。めんどくさい!
それに、今の今まで忘れていたが、トゥインクル・シリーズであまりいい成績を出せなかったりトレーナーが扱えなかったりすると、変わるかもしれないんだよな。
チームならそんなことにはならないが、俺とタキオンは専属契約だ。結果が悪ければ……。
うーん……再契約かぁ……。
「なにが再契約だって?」
声が聞こえてきて、思わず体を跳ねさせて入り口を見る。
タキオンが神妙な顔つきでトレーナー室の扉を閉めていた。
「何やら放心していたじゃないか。さっき君の同期と言っていたトレーナーと2、3つ話したが……なにを言われたんだい?」
しかもこんなものを置いていって。
タキオンは机の上にある缶コーヒーを睨みつけている。
話すべきか、話さぬべきか……。
「なんだ、私には言えないことでも話していたのかい? うん? 言っておくけどね、トレーナー君」
ウマ娘の耳は良く聞こえるよ。
不機嫌そうに腕を組んで唇を尖らせているタキオンを見て、言うしかないなぁとため息を吐いた。
全部説明すると、ふぅンと顎に手を当てて少し考えむそぶりを見せる。
「なるほどね。確かに教室で煙を出したり、ヘビのおもちゃを机の中に入れたりしていたよ。今はやっていないが」
今もやっていたらそれこそ大問題だ。
「しかし、そうか……専属システムというのは色々と制約があるんだね」
外部評価というものはいつだって厄介だ。
タキオンは身にしみてわかっているだろうから、うんうんと納得するように頷く。
「今は問題のある行動は起こしていないはずだよ。学園の教師たちから何も言われていないからね」
確かに最近は授業に来ていないという話は聞かない。
脚の強度が一段落して落ち着いたから授業には出ているんだろう。
真面目に受けているかはわからないが。
「なに、再契約なんて気にしないことだ。君だってそんなつもりはないんだろう?」
そう言って鞄を置き、白衣に着替え始める。
俺は担当から外れるつもりはないし、外れたくはない。
タキオンの評価を上げるためには、やっぱりもっとしっかり走れるようにしないとなぁ。
脚は大丈夫なんだろうか。でも大丈夫って言ってるしなぁ。
「………」
頭を抱えてうんうん唸っている俺を、不安そうな目で見ていることには気づかなかった。
キンイロリョテイが引退レースとして出走した香港ヴァーズ。瞬間移動したかのような末脚で差しきり、日本のウマ娘として初めての国外開催の国際GⅠ勝利に沸き立った。
そんなハッピームードに包まれているトレセン学園にて。
「あの……」
また心配そうな表情をしたカフェに話しかけられた。
最近よく話すなぁ、カフェと。
「タキオンさんのこと、なんですけど……」
どうやら今度は俺じゃなくタキオンのことらしい。
またなにかしてしまったのだろうか。カフェには遠慮なく薬を差し出すらしいからな。
「いえ……なにかされたわけではないので……」
そういうわけでもないらしい。
「最近、真面目に授業を受けていて……前は授業中も、別の本を読んでいたので……」
「ちょっと、タキオンさんらしくないな、と……」
顎に手を当て、少し考えるような仕草でそう話す。
真面目に授業を受けておかしいと思われるのは相当失礼なものだが、タキオンに関しては確かに変だ。
「それに、いつもあれこれ作ったんだと話をされるんですが……」
それもない、と?
「はい……なんというか……普通を演じている、感じです」
普通を演じるね……。
まあ、うん。なんとなく原因はわかる気がする。
ちょっとタキオンと話してみるよ。そう言うと、カフェはわかりましたと頷いた。
◆ ◆ ◆
タキオンがトレーナー室にやってきたところで、ちょっと話がと声をかける。
何故かビクッと体と尻尾が跳ね、耳がこちらにギュン! と向く。
え、なんだどうした。
「ふぅン? どうしたんだいトレーナー君。最近は大人しくしているんだけどなにかあったかい?」
流れるようにイスに座ってぺらぺらと自分からなにもしていないと話し始めた。
うぅん、本当になにもしていないらしい。どうしたものかと唸ったら、せわしなく尻尾が揺れる。
この前の話でタキオンが少し思うことがあったから、真面目に見えるようにしようと思ってくれた……んだと思っている。
余計な時間をかけさせたなぁと反省している。とりあえず謝ろう。
悪かったなと頭を下げたら、ガタッと物音が。タキオンがまたビクッとしたらしい。
「なんのことだい? 別にトレーナー君からなにかされた覚えもないし他の誰かからもされていないけどね」
いや、この前の話でさ。
そう言うと、ペタンと耳が倒れてしまった。
え、本当にどうしたんだろう。
何やら眉尻も下がっているし、なんとも言えない表情だ。
……とりあえず話を続けてみる。
なんか不安にさせるようなことを話してたからさ。そう言うと、うんうん頷かれる。
「そうだね。まあ確かにトレーナー同士であればいろいろな話もするだろう。少し失礼だったとしてもね」
それは本当にそう。
まあ同期のおかげでいろいろ考えを改めたわけだが。
それでこの前の話でさ。そう言ったらまたピンと尻尾が立つ。
別に外部評価なんて気にしなくていいよ。そう話すと、倒れていた耳が立ち、尻尾がゆらりと揺れる。
「どういうことだい?」
タキオンは最初評判すこぶる悪かったし、俺は泣き散らかしたり弱音吐いたり。結構散々だと思うんだ。
でも、それをみんなが見ていて、今はタキオンを評価してくれる人多いだろう?
「それは、そうだね。クラスメイトも話しかけてくるようになったよ」
だから気にしなくていいんだよ。今はちょっと大げさに脚の弱さを克服したとか、担当のために泣きながらがんばったとか言われてるんが。
正しく評価してくれているわけだし、今まで通りでいいと思うわけだ。
「あまり評価が悪いとよくないんだろう? ほら、契約がどうとか」
あれは確かにそうだけど。
タキオンは既にGⅠ2勝してるからなぁ。余程のことがない限り再契約なんてないと思うぞ。
というか同期のあいつは強めに言ってくれていただけだし。気をつけろよって意味で。
「………」
タキオンの耳がへにょんと垂れてしまった。
なんか今日のタキオンは変だな。
まあ、そういうことだから。
それより脚は本当に大丈夫なのか?
けっこう気にしてるみたいだから。
「それより……? それよりってなんだ、私がどれだけ気にしていたことか」
頬を膨らませ、耳を絞って睨まれた。
えっ、何故。
「ああまったく! 気分が悪い! トレーナー君にありとあらゆる実験を行って発散させてもらうことにするよ!」
何故かぷんすかタキオンになってしまった彼女によって、全身が発光するはめになるのだった。
何で怒ってるんだ……!?
Report:●△年12月○▲日
いったいなんなんだトレーナー君は!
大体紛らわしいことこの上ない!
しかも私があんなに気にしていたのにそれよりってなんだ!
いつも思っているがトレーナー君は……
~ 中略 ~
とりあえず何もなかったから良しとしよう。
なにかと脚のことを気にしているから、私も大丈夫だと意思表示をもっとしないといけないみたいだね。
世話のやけるトレーナーだな、君は。