時は巡って大阪杯。
正月にタキオンと約束したレースの1つだ。
菊花賞から長期間休んでの大阪杯出走のため、レース勘や闘志が欠けるのではないかと予想されて3番人気だ。
外部評価はこんなものだが、正直言ってタキオンの状態はすこぶるいい。
トレーニングもバッチリだし、精神的にもかなり前向きだ。
バレンタインデーに作らされたチョコレート菓子もたらふく食べてたし、毎日弁当も用意している。体重減もないだろう。
というか絶対増えてると思うんだけど、体重は絶対に計測させてくれないからなぁ。
「どうしたんだいトレーナー君。そんな遠くを見つめて」
物思いにふけっていたらタキオンに話しかけられた。
相変わらず袖が余りまくっている白衣だなぁとなんとなしに見つめてしまう。
「なにか変なものでも食べたのかい? 妙に視線を感じるね」
気にしないでくれと手を振る。
タキオンが不思議そうにしているので、それよりと話題を変えた。
タキオンも今日はいつも以上に張り切っているように見える。
耳は普段よりせわしなく動いているし、尻尾もふるりと左右へ揺れていた。
時折くるくると腕を動かして袖を振り回したりする始末。
なんというか、とても珍しい。
「それは多分、デジタル君が原因だろう」
デジタルといえば、同室のアグネスデジタルだろう。
この前フェブラリーステークスで勝利し、GⅠ5勝かつ重賞5連勝、GⅠ4連勝というとんでもない活躍をしていた。
地方ダート、中央芝、海外芝、そして中央ダート。
”真の勇者は戦場を選ばない”とは言っていたものの、これほどとは……。
どのレースでも楽しそうに走っているし。『ケガなく楽しくぶっちぎる』という先輩の指導理論を体現している。
いや、あそこのチームは全員そうなんだけど。
フクキタル、デジタル以外のシニア級ウマ娘は今現在主戦場が海外だから、タキオンが争うことはまあないだろう。
しかもフクキタルはドリームトロフィー・リーグに行くって宣言してるし、デジタルは今後海外にも積極的に挑戦するって話だ。
チームリーダーはドリームトロフィー・リーグで毎年ぶちかましているし。時々やる気なくて凡走したりしてるけど。
ともあれ、勝っているウマ娘からいい影響を受けてやる気があるならそれは嬉しいことだ。
今日の活躍に期待できる。
「シニア級の初戦、叩きも使わずにGⅠレース。今研究している感情についての成果を見る絶好の機会だ。ククク……ではいってくるよ」
楽しそうにクツクツ笑いながら、タキオンはターフへと足を運ぶのだった。
◆ ◆ ◆
久々に踏みしめるターフの感触。
それに笑みを浮かべながら、タキオンは歓声を浴びる。
自分への応援か、はたまた別のウマ娘への応援か。あるいは罵倒なのか。
それぞれの想いが混ざり合って、この阪神レース場は凄まじい熱気を作り出していた。
タキオンは体をゆっくり温めつつ、出走しているウマ娘たちを見る。
シニア級に入り、今まで走ってきたことのないウマ娘たちが多く出走している大阪杯。
体の仕上がりがしっかりしているし、経験が違うのか落ち着いている。
そんな中、異様な存在感を出してタキオンに近づいてくるウマ娘が1人。
「オイ」
「うん? おや、シャカール君じゃないか」
スポーティな勝負服を身にまとった二冠ウマ娘。エアシャカール。
タキオン同様長期休養明けでGⅠレースに挑んでいるウマ娘でもある。
目つきが悪く言葉遣いもキツめなので勘違いされやすいが結構なお人よしだ。
今もタキオンのことを少しだけ心配そうに見ている。
「全然レース出てねェのに、まともに走れンだろうな?」
「おやおや? 心配してくれるのかい?」
「あァ!? ケンカうってんのか!?」
急にキレ出したエアシャカールに、周囲のウマ娘たちはビクリと肩を震わせ尻尾を跳ねさせた。
しかしタキオンは慣れているのか全く驚きもせずクツクツと笑っている。
「ククク……なに、大丈夫さ。研究の成果は出ているからね。走っても問題ない」
「……そうかよ」
話を聞くと、興味がなくなったのか頭をかいてゲートへと歩いていく。
「走れねェやつと競う意味はねェ。てめェがまともに走れンのか、レースで見せろ」
少しだけ振り向いて吐き捨てるようにそう話し、去っていった。
なにアレ、こわ……と引いているウマ娘が多い中、タキオンはふぅと息を吐いて笑みを浮かべる。
「やれやれ、相変わらず愉快だな」
素直じゃない彼女の発言に、苦笑してゲートへ向かうのだった。
タキオンは今回大外枠。8枠15番だ。
先行を得意とするウマ娘が外枠というと不利に思えるが、阪神レース場はスタート直後に上り坂がある。
直線も1コーナーまでに325mあるため、スタートからのペースは速くならず、ポジションも取りに行きやすい。
枠番を気にせず走ることができるだろうとタキオンは思っていた。
全てのウマ娘がゲートインし、一瞬の静寂。
『各ウマ娘、ゲートイン完了しました』
――ガタンッ
『スタートしました! 揃ったスタートになりました大阪杯!』
シニア級のGⅠレースらしく、出遅れはない綺麗なスタートとなった。
経験を積んでもスタートがヘタなウマ娘もいるにはいるが、ここでは割愛する。
タキオンは内側の動きをチラッと確認して、自分の動きを調整する。
隣の14番、シャイニーパスが一気に上がっていったため、その後ろにつけて走っていく。
天候は曇りてバ場は良。多少強気に前に出ても問題にならないだろう。
『ハナをとったのは8番タカマツヒビキ! その後ろを2番シマガワダンディ! 14番シャイニーパスも上がってきました! その後ろから15番アグネスタキオンです! そして内に1番エアシャカール!』
逃げをうって走り出したのはタカマツヒビキ。そこに合わせて2人のウマ娘たちが走りこんでいく。
タキオンは逃げるわけでもないため、悠々とシャイニーパスの後ろを陣取り、好位にて進んでいくことになった。
そしてその隣、内で走っているのが1枠1番。最内枠のエアシャカールだ。
「チッ」
「ふぅン」
お互いにチラッと顔を見て、舌打ちに一呼吸。
どちらも気にしているが、実力を認め合っているため併走状態は都合が良かった。
そのまま隊列を崩さず、第1コーナーへと入っていく。
『第1コーナー入りまして振り返っていきましょう。先頭は変わらずタカマツヒビキ。その後ろシマガワダンディ、シャイニーパスと続きましてエアシャカール、アグネスタキオンが追走』
『前方はやや縦長でしょうか。ペースは速くないと思いますが』
先行の位置で併走して走るウマ娘はタキオンとシャカール以外にはいない。
これはシャカールに致命的な癖が存在しているからだ。
それは右側へのヨレ癖。内側にいるのに内ラチを擦るようなレベルでヨレて走ってしまう矯正できない癖。
だからこそシャカールは内側で走っているわけだが……そんなことは他のウマ娘たちは知らない。
タキオンは前から聞いていたので気にせず隣を走っているが、周りからはひどく警戒されている。
それが原因で、前のほうでは集団ができていないのだった。
そのまま第2コーナーも周り、向こう正面へ。
『向こう正面に入りました。先頭は変わらずといったところ』
『第1、第2コーナーが短いですからね。第3コーナーに差し掛かってようやく1,000mになるコースです』
『第3コーナーから第4コーナーが長く、また向こう正面から第3コーナーまでも長いので、中々息を入れにくいコースですね』
先頭を走るタカマツヒビキは、自分の体感でペースを確認する。
きっと1,000m通過で約1分。少しだけ速いかもしれない……そう思っているが、向こう正面にいる時点でもう遅い。
自分の後方にいるだろうアグネスタキオンやエアシャカールなどのGⅠウマ娘や、1番人気のサンユニコーンは瞬発力が凄まじい。
最後に上り坂があるため瞬発力勝負になりにくいとはいえ、息を入れるタイミングが難しいコースだ。
逃げウマ娘のタカマツヒビキでは、コーナーの中で息をいれたら後ろに追いつかれてしまうだろう。
そうなるともう勝てない。なら、苦しくてもそのまま行くしかない。
前方で苦し気になっているタカマツヒビキを見て、シマガワダンディとシャイニーパスは作戦通りだと不敵な笑みを浮かべる。
ややハイペースにして逃げを潰しておくことで、阪神2,000mで有利な先行をさらに有利にさせる。
そのためにプレッシャーをかけてペースを上げるように仕向けていたのだ。
これでいける! 2人はそう思いながら、第3コーナーへと入っていく。
長いコーナーを回りながら、タキオンは自分の頭の中で研究の成果を思い浮かべる。
トレーナー君に飲ませた薬がこうで、自分の走りとペース、フォームがこうだから……。
頭の中で完成された計算式をもとに示しだされた息を入れるタイミング。以前であれば、脚を壊さないために入れていた脚の休憩。
ここだというタイミングでペースを緩め、順位を下げることなくスタミナを回復させる。
以前から脚を気にし続けてきたタキオンだからこそできる息の入れ方だ。
U=ma2。タキオンが研究し、今なお答えが出ないもの。ウマ娘が出すことのできる最高速度を表す数式。
これを解いていくことで今出せる最高速度を導き出し、そしてどこで息をいれたらその速度が出せるかがわかるというのだ。
トレーナーからすればテンションが上がってアドレナリンが出ているんじゃないのという話だが。
隣でその技術を間近で見たシャカールは、計算通りだと計算式を修正せずにいた。
シャカールはこのレースでは自分は2着だろうと考えている。
これは前年の宝塚記念から長期休養をして大阪杯に出走しているから、そのブランクを含めた計算だ。
そしてそれと同じようにタキオンも3着だと計算していた。1着は1番人気のサンユニコーン。だてに1番人気ではないということだ。
どこでスパートをかけるか、どこで抜け出すか。全てはロジカルに結果を導き出している。
シャカールは自分の計算に沿って走り、タキオンが抜け出すだろう第4コーナー終わりに外へ持ち出し、そこからスパートだ。そう計算していた。
『長いコーナーを抜け、第4コーナーが終わり直線へ入る! 一体誰が抜け出すのか!』
タカマツヒビキが第4コーナー終わりに差し掛かったところで、タキオンはするっと体を外に持ち出す。
そしてペースを一気に上げていくと、そのまま2番手3番手のシマガワダンディとシャイニーパスを抜かした。
あまりにもスマートでスムーズな抜け出し。コーナーの遠心力も利用した走りで、ブロックの隙も無かった。
シャカールは思った通りに抜け出したタキオンを追いかけるように外へと向かい、そのまま最終直線へと入った。
『最終直線! 先頭はタカマツヒビキ! しかし外からアグネスタキオンが一気に上がってきた! タカマツヒビキ苦しいか!』
直線に入り、光のような速さで一気に加速したタキオンはそのまま外から追い上げる。
一息も二息も入れたその末脚は流石の一言。とんでもない速さでタカマツヒビキに迫り、歓声も爆発している。
そして同じように外へ持ち出したエアシャカールも一気に加速する。
そのまま抜け出すかと思いきや、後ろから凄まじい足音と共に急襲してきたウマ娘がいた。
『後方からサンユニコーン一気に上がってきた! 驚異的な末脚! そのままエアシャカールを抜かした! エアシャカール粘る! 並んでいる!』
前走を叩いて仕上げに仕上げていたサンユニコーンがとんでもないスピードで追い上げてくる。
完全に差しきる! 何せゴール前にあるのは上り坂。この切れ味鋭い差し脚を止めることはできないだろう。
誰もがそう思っていた。
このウマ娘と、このトレーナー以外は。
――タキオーーーンッ! 突っ込んでこォーーーい!!!
トレーナーの叫びを聞いたタキオンは、ククク……と妖しく笑う。
そして、グッとターフを踏みしめると、ギュン! と音がしたかのような速さでさらに加速した!
『サンユニコーン追い上げる! しかしアグネスタキオン! アグネスタキオンだ! なんというスピード! サンユニコーン差が詰まらない!』
サンユニコーンは目を見開き、なんで……!? と小さく呻く。
トゥインクル・シリーズに出走してから今までで一番速い末脚。それをこのレースで叩きこんでいた。
にも拘わらず、自分の前で走っているタキオンには追いつけず、距離が縮まることは決してない。
平地で全力を尽くしても、自慢のパワーで坂を駆けあがっても。
決してこの差が覆ることはなかった。
『アグネスタキオン先頭! アグネスタキオン先頭! 超光速の走りで今ゴールイン! やはり強かったアグネスタキオン! 他の追随を許さない完勝です!』
2着のサンユニコーンと2バ身差をつけた圧勝。
息を整えながら自分の脚を見るタキオン。
その表情はとても嬉しそうで、ただの少女のような笑みだった。
「……オイ、てめェ」
「うん?」
そんなタキオンに、納得がいかないような表情でシャカールが話しかけた。
「オレの計算では、てめェが勝つことはあり得なかった。どれだけ上方修正したとしてもだ」
「ふぅン? 随分と下に見られたものだね。私が勝ったわけだが」
「言ってろ……何があった? てめェのその走り、データにはねェ」
腕を組み、フンと息を吐くシャカールにタキオンはクツクツ笑う。
「ククク……まあ、そうだね」
タキオンはゴール前で嬉しそうにこちらへと手を振るトレーナーの姿を見た。
そして、自分の脚についているお守りを見る。
「勝ちたいと思った。それだけだよ」
ハァ? と眉を顰めるシャカールを見て、クツクツと笑うのであった。
Report:●◇年3月◆×日
脚の強度も十分、出せた能力も十分
考えていた通り、完璧な結果だ!
自分の脚で果てを目指せるのがこれだけ嬉しいとはね
それに、勝ちたいと本気で思って走った
まあトレーナー君との約束だからね
少しぐらい、彼にも得があってもいいだろう
楽しみにしてもらうとしようじゃないか!