アグネスタキオンは超光速の夢を見るか   作:あぬびすびすこ

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 すぐさまレース


Story29:宝塚記念

 調子がいい状態で迎えた本日、宝塚記念。

 人気投票で上位にランクインし、タキオンは無事出走権を手に入れた。

 

 パドックでのお披露目を終えて地下バ道を歩いていくタキオン。

 その背中をポンと叩くウマ娘が。

 

「久しいわね」

「おや、君か」

 

 大人びた笑みを見せるのはホクオウボーダー。

 今日の1番人気であり、皐月賞、日本ダービーで先頭争いをしてきた同期のライバルウマ娘だ。

 一時は短距離路線にも進んだが、この中距離に戻ってきた。安田記念でクビ差の2着でしっかり実力を見せ、この宝塚記念へと挑んでいる。

 

 アマゾントリップやマンハッタンカフェなど、同期の有力ウマ娘が軒並み回避している中。

 その実力と前走から1番人気を獲得していた。タキオンは大阪杯1着であるものの、その後出走もなく情報も少ないために2番人気だ。

 3番人気は今ここにはいないエアシャカール。天皇賞春では力を発揮しきれなかったが、得意の中距離ということで人気を集めている。

 

「ワタシが1番人気みたい」

「そのようだね。だが人気と実力は比例しない。そうだろう?」

「ええ、そうね。このレース以外は、だけれど」

 

 好戦的に笑いながら、タキオンと共に歩いていく。

 ギラギラと勝利まで走ろうと燃える瞳を見て、タキオンは自分に火がついたのを感じた。

 存外素直だな。最近気づいたことだが、私は感情的みたいだ。内心そう思い、クツクツと笑う。

 

「ねえ、アナタその笑い方どうにかならない? せっかくキレイな顔しているんだから、もったいないわよ」

「ふぅン。そんなに気になるかい?」

「気になるわよ。髪もボサッとしてるし、尻尾もなんだか……ゴールドシチーさんまでとはいわないから、少しは気にしてもいいんじゃないかしら」

「髪やらなにやらに時間を取られるぐらいなら研究をしたほうがよっぽど有意義だと思うけどね」

 

 尻尾をぶるんと揺らし、タキオンはそう言い放つ。

 いつも変わらないわねとホクオウボーダーも呆れ顔だ。

 

「トレーナーには何も言われないの? ああでも、男のトレーナーよね、アナタ」

「トレーナー君にはいつも言われているよ。髪をとかせ、尻尾も手入れしろ、白衣を洗えとね。弁当箱も早く出せと言っていたかな」

「……ママかしら?」

 

 困った子ね、と頭を振られながら歩いていき、ターフへと降り立った。

 歓声を浴びると、先ほどまでのゆるやかな雰囲気から一変。2人ともかなり真剣な表情になる。

 

「じゃ、先に行くわ」

 

 フッと笑みを浮かべ、ファンに手を振りってウォームアップで軽く走りだす。

 タキオンはホクオウボーダーの後姿を見ながら、愉快だねと思っていた。

 これから競う相手と会話を楽しみ、レースでは全力を尽くす。

 成程どうして、昂るものがあるじゃないか。

 

「こういったものとは無縁だと思っていたが……トレーナー君のせいだろうね」

 

 感情という新しい研究を得て、いざ出走だ。

 

 

 

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

『暖かな日差しがターフを照らしております阪神レース場。メインレース、宝塚記念です』

 

 歓声が聞こえる中、ウマ娘たちは各々準備を整える。

 足首を念入りにストレッチする。ゲートを嫌がり係員に押し込まれる。何も考えずにボーっと空を見る。

 タキオンはそのどれにも当てはまらず、全てのウマ娘たちを観察していた。

 

 あのトモの張りはターフを踏みこんだ時にこれだけの速さを出せるだろう。

 体のバランスがとれているから、出力はこのぐらい出るだろう。

 ならばそれらを自分の能力と照らし合わせると、最高速度が上がるのだろうか。

 そんなことを考えていると、自分のゲートインの時間になる。

 

 ゲートに入り、意識を切り替える。

 スタートダッシュの構えを取り、体を沈めた。

 

『各ウマ娘、ゲートイン完了しました』

 

 ――ガタンッ

 

『スタートしました! キレイなスタートを切りました宝塚記念! 1番スワンナイトが飛び出したか!』

 

 大きな出遅れもなくスタートし、レースが始まる。

 宝塚記念は例年最初のペースが速くなる。それは直線が長く下り坂になっているからだ。

 その割に後半は末脚勝負ではなく長くいい脚が使えるウマ娘が有利なのだから、タフなレースとなるのは誰もが知るところ。

 このレース場を大得意としている芦毛の美少女ウマ娘がいて、そのウマ娘はロングスパートが売りだった。

 

 つまり、ここで脚を使いすぎてしまうのも問題だということだ。

 しかしいいポジションをとらないとスタミナに不安が残る。そのため、置いていかれないようにしつつしっかり自分のポジションへと収まることがポイントだ。

 スワンナイトはそういう意味では、自分の走りやすい先頭の内側を走っているのだから成功しているのだろう。

 他のウマ娘たちは、彼女をペースメーカーとして隊列を作る流れになった。

 

 徐々に外枠のウマ娘たちが内へと寄っていき、それぞれの脚質に合ったポジションへと収まっていく。

 タキオンは4枠4番。するっと抜け出してスワンナイトの後方を位置取る。

 ホクオウボーダーもそれを見て、内側での待機を選択。4,5番手の位置からのレースを選択した。

 今まで追込で戦ってきた彼女では考えられないポジション取りに、隣にいるエアシャカールはチッと舌打ちする。

 

『先頭は1番スワンナイト! その後ろを4番アグネスタキオンが追いかけます! 続いて13番トーカイドット! その後方で3番ホクオウボーダーと5番エアシャカールです!』

 

 順位がほぼ変わらないまま大歓声の中走り抜けて第1コーナーへ。

 ここから平坦な道のりが続くため、全員がペースをしっかりと意識する。

 仕掛けどころを間違うと、最後の上り坂で一気にペースを落としてしまうからだ。

 

 コーナーを回りながらレースプランを考え、第2コーナーを抜ける。

 向こう正面からまた下り坂となる。そして、そこが1,000の通過地点だ。

 

『1,000m通過時点でタイムは60.0ジャスト! おおよそ平均ペースでしょうか!』

『良バ場ですがそこまで速くないですね。これは前残りがありそうですよ』

 

 下り坂を迎えて、ほんの少しだけペースが速まる。

 しかし先頭で走るスワンナイトはあまりスピードを上げず、ゆっくりじっくり脚を溜めながら走っていた。

 そして、そんな走りを見過ごすようなウマ娘たちではなく。

 

『第3コーナー前! アグネスタキオンがスワンナイトとの差を詰めている! 後ろからはエアシャカール、ホクオウボーダーも前に出てきているぞ!』

 

 タキオンはペースが変わらないことに1ハロンで気づき、下り坂の勢いを使ってそのままペースを上げた。

 脚の耐久性に怯えてペースを上げないウマ娘はもういないのだ。

 それに反応してホクオウボーダーが少し動き、それを許さないエアシャカールが動き出す。

 一気に差を詰められたスワンナイトは、足音を聞いてひぃ! と小さく悲鳴を上げる。

 

 彼女はまだクラシック級なのだ。オープン戦で連勝したおかげで宝塚記念に投票され、シニア級の有力ウマ娘の多くが不参加となったことで出走権を得た。

 ただただ単純な話だった。経験が少なすぎた、これに尽きる。

 

 ペースメイクが極端すぎたせいですぐに気づかれ、詰められてしまった。

 しかし、スワンナイトもまたGⅠレースに出走できる実力者だ。早仕掛けで一気に前に出てきたエアシャカール、トーカイドットに抜かされてなるものかと必死に逃げていく。

 その差はもうクビ差かハナ差か、半バ身差ではあるが。

 

『スワンナイト追いつかれた! しかし先頭はまだ譲っていないぞ! 第4コーナーに入った! 先頭は、アグネスタキオンか! アグネスタキオン抜けてきたか!』

 

 そんな戦いの中、内からスッと抜け出してきたのはアグネスタキオンだ。

 出走前に観察したデータと自分のデータを検証し、今の競り合いの中で息をいれ、そして前に出た。

 そのまま直線へと入ろうとする白衣の背中を見て、エアシャカール、トーカイドットはくっと悔し気な表情を見せる。

 

 この競り合いでタキオンより先に前に出る作戦だったのだ。

 抜け出して自由にさせるとそのまますっ飛んでいってしまうから。

 しかしその作戦は既にご破算。最後の直線での末脚勝負にせざるを得なくなった。

 

『最終直線に入った! 仁川の舞台にはここから坂がある! さあここから坂になるぞ!』

 

 歓声を浴びながら下り坂を一気に駆け下り、グングン加速していくタキオン。

 後ろからスワンナイト、エアシャカールらが追いかける。

 そして外から突っこんできているのはホクオウボーダーだ。

 

『アグネスタキオン先頭! 粘っているスワンナイト! エアシャカール追いつけるか! そして外からホクオウボーダーだ!』

 

 下り坂の加速。その恩恵を受けているのは皆同じだ。

 タキオンは凄まじいスピードで駆けていき、それに合わせるようにホクオウボーダーがどんどん前に詰めていく。

 エアシャカールたちがホクオウボーダーに並ばれたところで、タキオンは最後の200m。上り坂に差し掛かった。

 

 ここでペースが落ちて差されるウマ娘は数知れず。

 ぐっとターフを踏みこんだところで、声が聞こえてきた。

 

 ――タキオオオォーーーン! 行けェーーーーー!!!!!

 

「相変わらずだね……!」

 

 思わず笑みを浮かべると、今まで以上のパワーでターフを蹴り上げて坂を上っていく。

 ホクオウボーダーも上り坂へと差し掛かって後ろから迫る。しかし距離が詰められない。

 速すぎる……! 歯を食いしばって駆けていくが、どれだけ走ってもタキオンとの差は詰まらず、開いていくのは後ろだけ。

 

『アグネスタキオン先頭! アグネスタキオン先頭! ホクオウボーダー伸びているが追いつけない! 独走状態のままゴールイン! やはり強い! これでGⅠ4勝目です!』

 

 そのままゴール板を一気に駆け抜け、歓声を浴びながら息を整える。

 チラッと観客席に目を向けると、レースを見た興奮で誰もが顔を赤くして、満面の笑みでタキオンを見ていた。

 

「……ふふっ」

 

 思わず、といった感じで笑い出し、袖で口元を隠す。

 

「……なぁんだ。可愛く笑えるじゃない」

 

 楽しそうに笑うタキオンを見て、ホクオウボーダーは眉尻を下げて笑うのだった。




Report:●◇年6月□◎日

 意識するとこれほどまでに影響されるものなんだなと思ったよ
 あくびは見ると移ってしまうというのはヒトのもつ共感のせいだと言われているぐらい、そういった感情の影響は大きい
 その可能性を見ていなかったが……かなり影響を受けるタイプみたいだね、私は
 まあ、トレーナー君はさらに強く影響されるタイプだけど

 ともあれ、研究内容としてはわかりやすく結果が出ている
 今後も期待して取り組むことにしよう
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