アグネスタキオンは超光速の夢を見るか   作:あぬびすびすこ

35 / 50
 3度目の夏


Story30:夏合宿C

 GⅠ4勝目を挙げてシニア級1年目の前期を終えて夏合宿へと入った。

 かなりいい調子のまま合宿になるのでとても有意義な時間になるだろう。

 

「トレーナー君、まだつかないのかい? 変わり映えしない景色を眺めるのも飽きてきたよ」

 

 この移動時間さえなければな!

 去年同様、相変わらず俺の車で合宿所まで向かっている。

 理由は一緒だ。研究道具をバスに乗せたくないから。

 

 俺はドライブがてら車を走らせるのは嫌いじゃないから、疲れはするが構わない。

 問題は隣でタキオンがぶーたれてくることだ。

 運転するヒトならわかると思うが、助手席で不満をぶつくさ言われることは相当なストレスなわけで。

 

「去年も思っていたことだが、ラボを移すというのは面倒だな。トレーナー君、今から帰らないかい? いつもの場所で研究しても結果に変わりはないと思うんだが」

 

 ぐでっと背もたれに身を預けながら、途中で買った蜂蜜ドリンクを片手にけだるそうに話してくる。

 言いたい放題いってからに……。

 

「それにこの蜂蜜ドリンク、濃いめでよかったよ。ふつうで頼んでもらったが甘さが足りない。次はもっといい甘味がほしいところだね」

 

 車を走らせてすぐに喉が渇いたと言うから、トウカイテイオーおすすめとよく聞く蜂蜜ドリンク。通称はちみーを買ってみたのだ。

 タキオンにどうするか聞いたら買ってきてほしいというから、店員さんが初心者に勧めているやわめふつう多めを頼んで渡してやったというのに。

 というか文句を言っているのにもう既に半分以上飲み干している。思いのほか気に入ってるじゃないか。

 

 しかもニヤっと笑いながら言ってきた。

 流石に腹が立ったので頭に手を置き、髪やら耳やら思いきりぐしゃぐしゃにかき回す。

 

「あー!? 何をするんだ! 耳と前髪は触らないでくれと前から言っているだろう!」

 

 やかましいわ!

 ひとしきり頭を揺らしまくったおかげで髪の毛はぐしゃぐしゃだ。

 慌ててサンバイザーを下ろし、鏡を見ながら髪を整えだす。その姿を見て、ほんの少しだけ溜飲が下がる。

 

「トレーナーくぅん? やってくれるじゃあないか」

 

 櫛で髪をとかして整え終わると、サンバイザーをバン! と音を立てて戻して俺を睨んでくる。

 なんだ、やるか? 言っておくが、俺はタキオンよりも弱いぞ。

 

「アッハッハ! 当然だがあまりにも自虐がすぎるね。おっと、適当にはぐらかそうとしてもそうはいかないよ」

 

 今日は鋭かった。

 いつもなら適当に話題をずらせばそっちに意識がいくのに。

 

「私がやめろと言っていたところに触れるなんていい度胸じゃないか。合宿所についたら覚悟することだね。久々に君をモルモットにしてあげるよ」

 

 いつでもモルモットにされてるだろ。

 見ろ、今運転している俺の足を!

 

「緑色に光っているね」

 

 おかげでトンネルの中だと内外から光が出ていて逆に走りにくいわ!

 なんでパーキングエリアで飲ませてきたんだ本当に。

 

「運転のような小さい運動の時に筋肉がどう動くのかを確かめたくてね。まあ、もうデータを取り終えたから光ってもらわなくてもいいんだが。私も眩しいと思っているよ」

 

 ひどく理不尽なことを言われたので、また頭をぐしゃぐしゃにしてやった。

 

「えー!? なんでこんなことするんだい!?」

 

 ひどく不満そうに怒るタキオンなのであった。

 

 

 

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 さて、夏合宿へと参加するわけだが。

 宝塚記念を走った後だからトレーニング自体は軽いものにする予定だ。

 出走後から数日全休で、温泉やらマッサージやらで疲労をとったものの、念のためということで。

 脚が脚だからな。万全を期していかなければ。

 

「それで? 軽いトレーニングというのがこれかい?」

 

 そういってタキオンが指さした先は海。

 

「とぉ~~!」

「ふぉおおお~~~! いいですよぉ! 燦燦と輝く太陽とウマ娘ちゃん! ひょえぇぇえ~!」

 

 そこでビヨンビヨン跳びあがるフクキタルと、海の中で興奮しまくっているデジタルがいた。

 他のメンバーは海外にいて帰国していないらしい。チームリーダーは何故かシュノーケルと浮き輪をつけているが、あれはなんだろうか。

 

「そもそもあれはトレーニングなのか、遊びなのか。まあ、あのトレーナーはそういったものを好むからね。トレーニングなのだろうが」

 

 今目の前で行われているのは、スラックラインと呼ばれるヒモを使ったトレーニングだ。

 海外ではクライミングでの綱渡りのようなパフォーマンスなどに使用されていると聞いたが、それを海の上でやっている。

 先輩のチームのリーダーがぶっとい丸太を海に突き刺して、そこを軸にヒモを縛っているんだが……うん、相変わらず規格外だ。

 

 スラックラインはビヨンビヨンと伸縮するヒモ。フクキタルはそれを利用してトランポリンのように跳ね飛んでいるということだ。

 流石のバランス感覚で、5cmぐらいしかないはずのラインの上でジャンプしてそこに平然と降り立つ。着地してもよろめきすらしない。

 

「フクキタルー、そろそろタキオンと交代だ」

「わかりました! ではお見せしましょう! マチカネテイクオ~フ!」

 

 ビヨンと跳びあがり、一回転してキレイに頭から着水した。

 なんだろう、大道芸を見せられている気分だ。

 

「まあ、いってくるよ」

 

 いつも通り先輩のトレーニングに首を傾げながら向かう。

 フクキタルの補助を受けて丸太に乗り、ラインの上を歩いていく。

 

「ふぅン、なるほどね……!」

 

 体とラインが左右に揺れているが、バランスを保っている。

 そのまま揺れを抑えながらゆっくり進んでいき、反対側の丸太までたどり着いた。

 見ているだけでも難しそうだが、実際やるとやはり難しいようだ。顎に手を当てて考え込む仕草を見せている。

 

「スラックラインは体幹を鍛えるのに効果的なんだ。これはいつものことだろ?」

 

 先輩がそう話しかけてくる。

 まあ、いつも先輩のトレーニングは体幹、体のバランスを重視しているからいつも通りだ。

 

「それと同時に、ヒモが伸縮するから脚を地面に踏み込んで押し込むように進まなきゃならないんだ。これが結構効果的なんだよ。柔らかい場所できっちり地面を踏む脚の出し方が覚えられるからな」

 

 ヒモは硬くないから膝にダメージもいかないしな。先輩はそう言いながら、再び歩き出したタキオンを見る。

 先輩らしいなぁ。体の各所にダメージを与えないようにしつつ、しっかり走りに繋がるトレーニングを考えて実践していく。

 トレセン学園で真似をするトレーナーが多いわけだよ、うん。奇抜すぎるものは真似されないけど。ぱかプチダッシュとかね。

 

「大丈夫そうなら紐の上でジャンプしてみてもいいぞー。落ちる時は真っすぐ落ちろー」

 

 タキオンがそれを聞いて真ん中に立ち、軽くぴょんと跳ねる。

 すると着地した瞬間ラインが右に左に大暴れだ。慌てて両手を伸ばしてバランスをとっている。

 

「あぁ、そうだ。ジャンプといってもフクキタルみたいなのはトレーニングというより遊びの面が強いからな。あれパフォーマンスだから」

 

 え? と先輩を見る。

 

「体幹をしっかり鍛え上げればアレだけできるっていう証明なんだ。だけど、別に跳びあがって飛び込む意味はないし、ジャンプするぐらいならラインの上を駆け抜けた方がよっぽど効果的だと思うぞ」

 

 タキオンも聞こえていたらしい。

 じゃあなんでそんなことしているんだい? じろっとフクキタルを見ている。

 

「楽しいじゃないですか! 前向きな気持ちでトレーニングに挑むのが吉ですからね!」

「ま、そういうことだ。モチベーションとトレーニング、それの相乗効果が一番だからな」

 

 ニッコリ笑う2人を見て、やっぱり先輩とそのチームって変わっているんだなぁと思うのであった。




Report:●◇年7月◎日

 今日のトレーニングはかなり有意義だった
 不服だけどね
 あの踏み込んだ時の感覚は面白い
 ターフで再現できれば、スピードが飛躍的に向上するかもしれないね

 必要なのは体のバランスとパワーだろう
 今回の合宿ではそこをメインに鍛えてみようじゃないか
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。