アグネスタキオンは超光速の夢を見るか   作:あぬびすびすこ

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 トレーニングと作戦会議


Story32:秋に向けて

 夏合宿も終えて、秋のGⅠシーズンへと入った。

 9月から年末にかけて出走予定のレースは、天皇賞秋と有マ記念。

 コンディションを整えながら10月後半に備えるという日々だ。

 

 合宿中に体幹をみっちり鍛えたこともあってか、とにかく走りに自信が見えるようになった。

 コーナーでするするっと負担なく加速できるようになったし、精神的にも安定しているからか元々広かった視野がさらに広がっているように見える。

 他のウマ娘との模擬レースでそんな感じなので、トレセン学園内では天皇賞秋での優勝候補筆頭として見られているらしい。

 

「はっ……はっ……」

 

 そんなタキオンは現在スタミナをつけるべく走り込みをしている。

 そして俺も一緒に走っている。併走できないからペースはもっともっと遅いが。あと既にぜひぜひ息切れしながらだ。

 

 何故一緒になって走っているかというと、いつものごとくデータをとるためだ。

 どんなデータなのかというと。

 

「ほら、トレーナー君! がんばりたまえ! 一気にくるんだ!」

 

 タキオンの声を聞いて、顔を上げて必死に走る。

 ヘロヘロのままタキオンを追い抜き、少し走ってからべちょっと倒れた。ウッドチップが顔に刺さって痛い。

 

「以前よりもスタミナはついたようだね」

 

 ニヤリと笑みを浮かべながら俺のふとももやふくらはぎをチェックする。

 相変わらずタキオンの薬の効果で蛍光色に輝いているし、肉眼で筋肉の収縮がわかるというのもなんだか気持ち悪いところだ。

 

「ふむ……成人男性でも声援の効果はあるんだな。ウマ娘とヒトはやはり同じような……」

 

 ぶつぶつ言いながらメモを取り、またぺたぺたと脚を触る。

 この実験というかデータ収集は、以前から研究している感情による能力向上についてのものだ。

 疲弊しているところに声援を送ると能力の向上が見込める。それはウマ娘もヒトも同じかという検証なんだとか。

 相変わらず何がどうなのかは理解していないが、満足そうにしているからまあいいかと思っている。

 

「よし。トレーナー君、立ちたまえ。運動してすぐに腰を下ろすと筋ポンプ作用が働かず静脈に血液が」

 

 はいはいと適当に返事をしながら、差し出された手を握って立ち上がる。

 相変わらず専門知識で正論をぶつけてくるんだから面倒くさい娘だ。

 

「君の体のことを気にして言ってやったのになんだその反応は。いいかいトレーナー君、そもそもだね」

「あの……」

 

 詰め寄ってくるタキオンの頭を押し込んで追及を阻止していると、誰かに声をかけられた。

 2人でそちらを見ると、困った様子のカフェがいた。

 

「おや、カフェじゃないか。どうしたんだい?」

「走るのに、邪魔です……どいてください」

 

 あ、と声が漏れる。

 ウッドチップのトレーニングコースのど真ん中でデータをとったりしていたからな。

 しかも騒いでいるし。ごめんと声をかけてそそくさとコースの外側に行こうとすると、何故かタキオンがムッとした。

 

「なんだ、トレーナー君。カフェには素直に謝るじゃないか。私にもきっちり謝罪したらどうなんだい。うん?」

 

 ぷんすかタキオンになってしまった。

 ぐいぐい詰め寄ってくるタキオンにどうどうと両手を突き出しながら後退する。

 

「私は牛かなにかなのかいトレーナー君。大体君はいつもカフェに甘いと思うんだが。自分の担当じゃないウマ娘に優しくして担当はぞんざいに扱うというのはトレーナーとしていささか問題だよ」

「………」

 

 俺の腹にぶすぶすと人差し指を突き刺しながら不満をつらつら述べられる。

 悪い悪いと謝っていたら、謝罪が雑だとさらにヒートアップしだした。

 カフェもじっとりと俺たちを見てくるし。いやはやどうしたものか。

 

「………? トレーナーさん、コーヒー飲むんですか……?」

 

 ふと俺たちの後ろを見てカフェが首を傾げた。

 コースの外にひとまとめにして置いてある荷物の中に缶コーヒーが置いてあるのを見つけたんだろう。

 タキオンはそれを見てさらに苦々しい表情で俺を睨んでくる。

 

「そうさ! このモルモット君はコーヒーを飲むんだよ。しかも今日買ったのはブラックさ! 何を考えているんだい君は」

 

 コーヒーというか苦いもの全般を苦手としているタキオンは、俺がたまにコーヒーを買うと物凄い文句を言ってくる。

 今日もトレーニング前にひと悶着あってからスタートしたのだが、またぶり返してしまった。

 

「そのメーカー……おいしい、です……」

 

 カフェがうんと頷くので、俺もそうだねと返す。

 するとぷんすかタキオンがさらにむっつりしてしまった。

 

「なあ、トレーナーくぅん? 私のトレーナーなら、私が苦手なものを見せないでほしいんだけどねぇ? コーヒーなんて飲めたものじゃあないよ」

「……タキオンさんは、大人の味がわからないだけです」

「ふぅン? あれが大人の味だというのかい? それなら紅茶の方が香りもいいし高貴な味がするだろう」

「タキオンさんのアレは紅茶じゃない、です……ただの砂糖……」

 

 ふぅン? なんですか……。

 何故か紅茶党とコーヒー党のバトルが始まりそうになっている。

 遠目に見えるカフェのトレーナー……まあ先輩が心配そうにこっちを見ていた。いや、すみません本当に。

 

 色々と言い合いをした後に、併走というか模擬レースというか、そういうことになった。カフェはあんまり乗り気じゃないけど。

 勝ったり負けたりいい勝負をしていたので、良質なトレーニングになってよかったよかった。

 今後も時々やってもらうことにしよう。

 

「さてトレーナー君。この薬を飲みたまえ。ほら、飲みたまえよ」

 

 なおタキオンのフラストレーションはまだ溜まっていたのでデータ採取のためにまた走らされるのだった。

 

 

 

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 天皇賞秋が近づいてきたある日、タキオンと俺はトレーナー室でレースの相談をしていた。

 

「中山レース場。距離は2,000m。当日の天気予報は晴れの確率が高く、良バ場になる、か」

 

 パソコンでまとめた情報をプリントアウトした資料を片手に、タキオンは試験管を振って薬を作っていた。

 現段階では走りやすいバ場になるだろうという想定だ。これでレースプランを構築していいと思っている。

 今回東京レース場が改修工事を行っているため、中山レース場での開催だ。

 

「出走メンバーは……おや、シャカール君も出るんだね」

 

 枠番は決定していないが、出走登録者のリストが公開されていたのでそれを見る。

 タキオンとも交流が深いエアシャカールは前回の宝塚記念の5着が響いたのか7番人気だ。

 トレーニングしている姿や普段の生活を見る限り調子はよさそうだから、上位入着はしっかりしてくると思うが。

 

「ふぅン、なるほど。彼女が注目の若手というわけかい?」

 

 トントンと指さすのは今年のダービーで2着だったシンボリクリスエス。前走の神戸新聞杯もかなりの余裕を持たせての1着だったことから期待されて4番人気だ。

 

「そしてシニア級だとこの2人か」

 

 シニア級でテイエムオペラオー、メイショウドトウとしのぎを削っているミョウオウトプロは中山レース場があまり得意じゃないため、3番人気。

 2番人気はシーティエム。彼女は前年に桜花賞と秋華賞を勝っているティアラ二冠だ。タキオンたちクラシック路線のウマ娘とは別に活躍したウマ娘でもある。

 

「私は1番人気なんだね。まあ、成績だけ見るとそんなものかな」

 

 タキオンは勿論1番人気だ。

 大阪杯に宝塚記念と中距離GⅠを2勝している上、勝ち方も先行抜け出しで上がり3Fは最速。

 そりゃあ1番人気になるだろうというものだ。

 

「枠番が問題だね。囲まれても抜け出せるだろうが、あまり囲まれても困る。真ん中ぐらいがほしいところだね」

 

 作戦自体は先行抜け出しで変わらない。問題は枠番だ。

 内側はあんまり嬉しくないよな、なんて話をしながら枠番発表を待つという話で終わった。

 

 

 

 

 

 結果。

 

『1枠2番、アグネスタキオン!』

 

 なんでだよ!

 枠番発表の生放送を見ながら頭を抱えることになるのであった。




Report:●◇年10月×○日

 1枠2番とは中々厳しい枠だね
 それに中山レース場は仕掛けどころが長く続く
 どう抜け出すか、レースで走りながら考えることになりそうだ
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