アグネスタキオンは超光速の夢を見るか   作:あぬびすびすこ

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 最後の目標レース


Story35:有マ記念

 有マ記念。

 年末の風物詩であり、ファン投票によって出走が決まる最後のグランプリレース。

 独特な緊張感と高揚感に包まれる中山レース場に俺たちはいた。

 

「いい雰囲気だ。そうは思わないかい、カフェ」

「……集中したいので、少し静かにしてもらえませんか」

 

 地下バ道を歩いていく中、タキオンはカフェに話しかけていた。

 前日のインタビューでは、名指しで『ライバル』だと発言して世間をにぎわせている通り、タキオンはカフェに注目している。

 なにせ、前年の有マ記念、そして今年は天皇賞春にも勝利。凱旋門賞にも挑戦していたのだ。

 

「うん、調子はいつも通り良さそうじゃないか。君は私のライバルなんだ、全力で頼むよ」

 

 そう言って手を差し出す。袖が余り過ぎて見えないけど。

 カフェはそんなタキオンを見て、少し考えこむそぶりを見せる。

 

「……私は、踏み台になるつもりはないです」

「……ふぅン」

「あなたを超える。そして、あの子に追いつく……負けません」

 

 燃えるような闘志を瞳に宿して、カフェはタキオンの手を握った。

 先に行きますといって地下バ道から出ていくと、その背を見ていたタキオンは満足そうに頷く。

 

「うん、うん。やるべきことはやった……うん、滾ってきたぞ!」

 

 タキオンの頬は少し赤く、体が軽く震えている。武者震いだろう。

 爛々と目を輝かせて、こちらにぐりんと視線を向けた。

 

「有意性のある干渉効果は全て揃えた! 勝ちたいと思う相手も、感情も、全てね!」

「果てを見る時がきたようだ、トレーナー君! これで越えられなければ、がっかりだよ……!」

 

 自信満々に、やる気に満ちた表情で俺に宣言する。

 行ってこい! 俺がそう告げると、タキオンは力強く頷いてニッと笑った。

 

「今日は目を離すなよ、トレーナー君!」

 

 そう言って、タキオンは空気が震えるような光へと走っていったのだった。

 

 

 

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

『さあ今年もやってまいりました。年末中山の風物詩、有マ記念。人気投票で上位にいるウマ娘しか出走できない、正真正銘誰もが認めるウマ娘たちのレースです』

 

 大歓声と熱気の中、タキオンは体を動かして温めながら出走者を見た。

 人気トップのウマ娘たち、それは実力もトップクラスということ。

 1番人気はタキオン自身ではあるものの、それ以下の人気であるウマ娘が弱いなんてことは決してない。

 

 一方的に仲良く話しかけられ、うっとうしがっているのはエアシャカール。話しかけているのは2番人気のファインモーションだ。

 クラシック級ではあるものの、ファインモーションはここまで無敗。秋華賞とエリザベス女王杯を勝利している。

 新進気鋭のウマ娘ということで、人気が高まっているのだろう。

 

 3番人気はシンボリクリスエス。彼女と話しているのが6番人気のミョウオウトプロだ。

 天皇賞秋でも戦った2人。粗削りの強さ、熟練の強さ。

 それぞれが持つ強者の雰囲気がにじみ出ている。

 

「タキオン」

「おや……トリップ君」

 

 観察していたタキオンに話しかけてきたのはアマゾントリップ。彼女は今回5番人気だ。

 人気が低いのはひとえにタキオンとカフェがいるから。

 今最も勢いのあるアグネスタキオン、長距離で絶大な強さを誇るマンハッタンカフェ。

 この両名がいるせいで、本来3番人気にはいそうなところを5番人気としている。

 

「レースで会うのは久しぶりだな」

「そうだね。菊花賞以来だ」

「あん時は勝てなかったが、今回は勝たせてもらうかンな」

 

 オメーのライバルはカフェだけじゃあねーンだぜ。

 そう言ってアマゾントリップは去っていく。

 

「……ククク、面白いじゃないか!」

 

 タキオンは気持ちの高ぶりを感じ、思わず笑みをこぼすのだった。

 

 

 

 

 

 ファンファーレが鳴り、ついに出走目前となった。

 次々にウマ娘たちがゲートに入っていく。

 タキオンは4枠6番。カフェは7枠11番。少し離れている。

 

『年末最後の大一番、有マ記念です! あなたの夢、私の夢は叶うのか!』

 

 実況が期待をあおりながら、準備が整っていく。

 ダービーとは違う、ウマ娘たちが獲りたいと願うグランプリ。

 今、出走の時。

 

『各ウマ娘、ゲートイン完了しました』

 

 ――ガタンッ

 

『スタートしました! 出遅れのない綺麗なスタートです!』

 

 誰も出遅れのないスタート。

 ハナを切って先陣に立つのは、誰もが知る逃げウマ娘だ。

 

『前に出たのはやはりこのウマ娘! 9番タップダンスシチー! 続いて14番ファインモーションです!』

 

 大逃げウマ娘として名高いタップダンスシチーが一気に前へと出ていく。

 ファインモーションが前目につけようと前に出たが、タップダンスシチーを見て無理せず後ろへと下がる。

 

『13番ミョウオウトプロ、2番オモテウラ、そして6番アグネスタキオンが先行する集団を引っ張っていきます。その後ろには5番シーティエム、10番アマゾントリップと続きます。そのまま連なって11番マンハッタンカフェ、4番エアシャカール、3番ヒシミラクルです』

 

 最初のスタートはあまり無理せずに進み、それぞれが自分たちのポジションを獲得した。

 前後で離れすぎることもなく、タップダンスシチーも逃げはするが後ろにピッタリとファインモーションがついている状態。そのすぐ後ろにタキオンたちと言った状態だ。

 

『今回タップダンスシチーはあまり前に出ませんでしたね』

『距離が長いですからね。無理せず進んでいるのでしょう』

 

 1度目のホームストレッチに入り、観客たちからの声援を浴びていく。

 ここでの声を聞いて思わず掛かってしまうこともあるぐらい熱気が凄いのだ。

 そして、ここで少し仕掛けに行ったウマ娘がいる。

 

『おっと、ここでファインモーションがタップダンスシチーを抜かしました!』

『大逃げを止めるためでしょうか。コーナー前に仕掛けましたね』

 

 2番手にいたファインモーションがそのまま前に出て、タップダンスシチーを抜かしていった。

 逃げウマ娘に対してはかなり有効な手段だが、先行を得意とするファインモーション。スタミナが持つのかどうかというところだ。

 

 コーナーに入り、ファインモーションが完全に先頭を取る。

 タップダンスシチーはそれを見て一瞬掛かりそうになるが、頭を振って落ち着こうとしていた。

 どうせ脚を溜めようと落ちてくる。そこで抜き返す。彼女はペースを上げず、自分の走りに徹することにしたのだ。

 

『コーナーに入りまして、先頭はファインモーション。そのすぐ後方にタップダンスシチーという形です!』

『意外な展開ですね。しかし、タップダンスシチー落ち着いています。向こう正面に入ってから、彼女の走りが見れるんじゃないでしょうか』

 

 タキオンやミョウオウトプロたち先行しているウマ娘は、少しずつ前方との距離が開いていくのを感じていた。

 ファインモーションがペースを上げ、タップダンスシチーがそれに合わせてゆっくりと加速している。

 序盤にスタミナを溜めて、後から大逃げする。そんな作戦なのだろう。

 しかし、落ち着こうとしてはいるものの、逃げウマ娘だ。向こう正面に行く前からペースが上がっている。

 掛かったな。タキオンたちはそう思った。

 

『向こう正面に入りまして、先頭は変わらずファインモーション! ここまで平均ペースでしょうか』

『そうですね。速すぎるわけではないですが、スローペースでもないです。どのウマ娘にも丁度いいペースですね』

 

 コーナーで先頭をとったファインモーションは、ここからどうしようかと考えていた。

 今まで走ってきたレースは全て中距離。最長が2,200m。明らかに長いのだ、この有マ記念は。

 ペースが遅いと思って少し進んだが、結果として逃げのような形になっている。

 しかし、チャンスだとファインモーションは思った。ペース的には全く辛くないため、このまま逃げてしまおう。

 後ろからの足音を聞きながら、ペースを変えずにどんどん走っていく。

 

 それを見たタップダンスシチーは、やるじゃあないかと笑みをこぼす。

 スタミナが持つならば、このペースだと逃げ先行が明らかに有利。このまま行けば、逃げ切りすら見えてくる。

 大逃げで経験を積んできた彼女はそう考え、ファインモーションに食らいついていく。

 

 先行している集団は、コーナーに入る前からどうしたものかと考えていた。

 先に仕掛けた方が確実に負ける。これは明らかだ。スタミナが余っているのだから、なるべくスパートを遅らせて一気に爆発させたいわけだ。

 どこから仕掛けるか、誰から行くのか。足音をわざと大きくたてたり、少しだけ前に出てみたり、左右へ体を動かしたり。

 互いにけん制し合っているところで、タキオンはニヤリと笑っていた。

 彼女だけは、仕掛けどころが最初から決まっているのだ。

 

『第3コーナー回りまして、先頭がタップダンスシチーに変わりました! ファインモーションが2番手です!』

 

 コーナーでファインモーションが捕まり、タップダンスシチーが追い抜いた。

 やはり先行を得意とするため、足を溜めたいとコーナー前でスピードを落としたのだ。

 大逃げ爆逃げでひた走るタップダンスシチーは好機と見て追い抜き、気持ちよくゾーンに入る。

 この逃げこそが自分の走りなのだと、見ているみんなに強く示していた。

 

 そろそろだと待機し続けていた3番手以下、タキオンたち集団がゆっくりと前に詰めていく中。

 タキオンはここだ! と目を輝かせた。

 彼女の脳内に巡る数式。それらが瞬時に解き明かされ、心が一気に燃え上がる。

 

 一呼吸。

 タキオンが息を吸い、吐く。次の瞬間、集団から抜け出し、ファインモーションに並んだ。

 

『第4コーナー入ってタップダンスシチー逃げていく! ファインモーションに並んできたのはアグネスタキオン! ここにきてやはり飛び出てきた! 一瞬で抜かし、タップダンスシチーへと追いすがる!』

 

 遠心力で振られながらも、美しい弧線を描いて加速していくタキオン。

 それを見た後方集団は、誰もが一気に仕掛け出した。

 ここで行かなければ、もう間に合わない! 誰もがそう思い、脚の回転数を上げていく。

 

 ファインモーションは思った。

 これは脚を溜めるとか、そういうことを言っている場合じゃないと。

 今ここで前に進まなければ、決してたどり着くことはできないだろうと。

 事前に知ってはいた、聞いてはいた。ただ、これほどまでに速いなんて……!

 ほんのちょっぴりだけ休めた脚に力を入れて、最後の直線に全てをかけにいく。

 

 コーナー前でファインモーションを追い抜いたタップダンスシチーは気持ちよく走っていた。

 しかし、最後のコーナーに差し掛かると後方から凄まじいプレッシャーを感じ、思わず振り向く。

 見えたのは、光かと思ってしまうほどの速度で走ってくるアグネスタキオンの姿が!

 来ると思っていたが速すぎる! 逃げて粘るにもあと300m以上あるのだ。歯を食いしばって、残りのスタミナを振り絞る。

 

『最終コーナー回って最後の直線! 中山の直線は短いぞ! 後ろの娘たちは間に合うか!』

『先頭はタップダンスシチー! 後続との差は2バ身! しかし外からアグネスタキオンが突っ込んできているぞ!』

 

 全然距離を稼げない! タップダンスシチーは歯噛みする。

 後方からくるいくつもの足音は加速度的に近づいてきた。

 そして既にそれは自分のすぐそばまで来ている!

 

 苦しくなって一瞬俯いてしまうが、負けたくないと顔を無理やり上げる。

 するとどうだ。視界の左端から光が飛んでいった。

 ――アグネスタキオンだ。

 

『タップダンスシチーを抜いてアグネスタキオン先頭! ファインモーションは苦しい! 後方からシンボリクリスエスも追いすがる! ミョウオウトプロとマンハッタンカフェも一気に上がってきた! アマゾントリップも抜け出しています!』

 

 誰もが最後の直線に全てをかけた。全員が1着を目指し、ゴールへと駆け抜けていく。

 最後の上り坂、ここで差す! 逆転する! 勝つ! 目を見開き、歯を食いしばり、苦しくても前を向いてひた走る。

 そして、ここで抜け出して上がってきたのは、やはりタキオンのライバルたち。

 

『ここで詰めてきたのはマンハッタンカフェ! アマゾントリップも凄まじい末脚! 1バ身差まで詰めてきました!』

「追いつく……!」

「待てェ! タキオンッ!」

 

 タキオンは2人の熱気、そして足音。自分に向けられる勝利への応援。

 それらを全身で感じていた。そしてこう思った。

 舞台は整った。あとは引き金を引くだけだ。

 頼んだよ、トレーナー君!

 

 ――タキオォーーン! 超えろォーーー! いけェーーーー!

 

 声を聞き、ターフを踏みしめる。

 ――ひどく楽しそうな笑みを浮かべてしまったよと、後にタキオンは語った。

 

『残り200! マンハッタンカフェ差すか! アマゾントリップ追いつけるか……っ、あ、アグネスタキオン突き放す! なんというスピード! 詰まっていた差がどんどん離れていくっ!』

 

 上り坂を一気に駆け上がっていくタキオンとそれを追う2人。

 後方の2人はスピードが遅くなっているわけではない。後続との差は開くばかりだ。

 しかし、タキオンとの差が開いていく。加速しているのだ。この上り坂で!

 

 そして坂を上り終え、最後の100m。

 タキオンは光になった。

 

『のこりひゃっ、アグ、ネスタキオン! 速い! 速すぎる! そのままゴールイン!』

『一瞬です! 瞬きをする間にゴールしてしまいましたアグネスタキオン! 超光速のプリンセスが見事走り抜きました!』

 

 走り終えたアグネスタキオンはゆっくりと立ち止まり、トレーナーの方に振り返った。

 トレーナーは泣きながら、タキオン! タキオン! と何度も声を上げる。

 

「……ふふっ」

 

 タキオンはそんなトレーナーの姿を見て、笑う。

 そして両手を広げ、観客席を見た。

 

「これが研究の成果だ!」

 

 本当に嬉しそうに、タキオンは高らかに口にしたのだった。




Report:●◇年12月▽×日

 今日は最高にいい気分だ
 自分が思い描いた最高の結果を出せたのだから
 思わずトレーナー君の手を握ってふりまわしてしまったよ
 はしゃいで喜ぶなんていつぶりだろうね

 さて、次は何を研究してみようか
 カフェのお友だちを調べれば、また新たな知見が得られるかもしれないね
 さらなる果てへ向かって行こうじゃないか
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