URAファイナルズ予選。
タキオンが走るのは阪神2,000m。大阪杯と同条件。
去年の大阪杯制覇者が走るということは、その距離、コースの勝ち方を知っているということだ。
しかも年間無敗だったため、当然のように1番人気をかっさらっている。
マークはかなりきつくなるだろう。それこそ以前のテイエムオペラオーの有マ記念、悪意なく無意識にマークが集中してしまうほどに。
ただ、それを加味してもタキオンが勝つ。そう思っている。
それほどのウマ娘だからな、彼女は。
「どうしたんだいトレーナー君。そんな自信満々に頷いて」
勝負服を身にまとい、今日走るメンバーを再確認しているタキオン。
競う相手を明確にインプットすることで、自身のやる気というか闘争心をかき立てているらしい。
感情の力がパフォーマンス向上に繋がると証明したからこその行動だ。
傍から見ると少し怖いが。カフェは「実験対象のリストでも見てるんですか」と言っていたぐらいだし。
やはりマッドサイエンティストか……。
「よし、気分の高揚を確認できた。次はパドックだ、行ってくるよ」
楽し気に頷き、タキオンは脚早に控室から出ていった。
調子は絶好調、気合も十分。
今日も超光速の走りで魅せてくれるだろう。
◆ ◆ ◆
『本日最後のレースとなります、URAファイナルズ予選。阪神レース場、芝2,000mです』
予選に選ばれた18人のウマ娘たち。
GⅠレースではないものの、3年に1度その距離で最も強いウマ娘を決めるレース。
自分こそが最強最速のウマ娘であると証明するために気合が入っており、誰もが自信満々の表情だ。
『URAファイナルズは有力なウマ娘たちが多く集まりますからね。好走が期待できるでしょう』
『注目のウマ娘たちを見ていきましょう。まずは1枠1番、シーティエムです』
『先行策からしっかり勝ち切れるウマ娘ですね。今日は5番人気です』
シーティエムはしっかり体を動かしてウォームアップする。
タキオンが王道の先行策で走るためあまり目立っていないが、彼女は先行も逃げもできる器用なウマ娘だ。
桜花賞、秋華賞を勝った2冠ウマ娘で、その力は本物。今日こそはタキオンに勝つと闘志を燃やす。
『4枠7番アグネスタキオン。今日の主役は間違いなくこのウマ娘でしょう、1番人気です』
『GⅠ6勝、加えて前年は無敗で4連勝。その全てがGⅠレースです。今の世代で最も勢いのあるウマ娘でしょうね』
タキオンは方々からの視線を浴びながら、楽し気にぐるりと周囲を見回す。
誰もが今日もやってくれるだろう。そんな気持ちでタキオンを見つめている。
『5枠10番、ミョウオウトプロ。本日は4番人気です』
『テイエムオペラオーやメイショウドトウたちと戦い続けた経験豊富なウマ娘です。URAファイナルズを最後にドリームトロフィー・リーグへ移行すると発表がありましたね』
今のトゥインクル・シリーズをけん引してきたウマ娘、ミョウオウトプロ。
ウマ娘を応援してきたファンたちは、彼女の功績やその走りに感動した者も多い。
引退ではないが、シリーズ最後の花舞台。力強い走りを期待されている。
『7枠13番、アマゾントリップ。2番人気です』
『彼女は爆発力があります。今回は距離も短めですからね、かなり好走が期待されますよ』
アマゾントリップは興奮しているのか、時折頭をぶんぶん上下する。
いつものヘドバンを見て、ファンたちは大盛り上がりだ。ライバルであるタキオンを倒す! そんな闘志が全身からにじみ出ていた。
『8枠18番。大外枠、ホクオウボーダー。3番人気です』
『彼女も素晴らしいウマ娘ですよね。とにかくあの突き抜ける末脚! 私のイチオシです』
ホクオウボーダーは緊張している他のウマ娘に話しかけ、穏やかな空気を出していた。
タキオンやアマゾントリップにも声をかけ、今日は勝つと宣言している。
爽やかで面倒見はいいが、勝負には真剣。彼女の良いところは、今日も変わらず見ることができていた。
時間になり、全員ゲートへ向かう。
ファンファーレが鳴る中、スタート後のシミュレーション、芝の感覚。それらを確認しながら、ゲートインしていく。
全員がゲートインし、静かにスタートの瞬間を待った。
『各ウマ娘、ゲートイン完了しました』
――ガタンッ
『スタートしました! 全員揃ったスタート!』
誰も出遅れずにそのままスタートとなった。
まずは先頭争い。誰が前に出るのかというところで、ハナを切ったのは意外なウマ娘だ。
『1番シーティエム前に出ました! 今回は逃げるようです!』
内枠の有利を最大限に使い、一気に前へと出ていく。
阪神2,000mは直線が長いためポジション争いは激しくはないが、シーティエムはそんなもの知ったことかと言わんばかりにグングン前に出ていく。
タキオンと競った場合勝てないと判断した上での作戦なのだろう。先行の位置を取るタキオンの隣に合わせているミョウオウトプロはいい走りだと感心していた。
『シーティエム飛ばしていきます! その後ろには7番アグネスタキオン、隣に10番ミョウオウトプロです。13番アマゾントリップ、18番ホクオウボーダーは後方からのレースとなります』
タキオンとミョウオウトプロは先行。シーティエムが抜け出していったのを見たタキオンは、前に出ながら内側をとったのだ。
抜け出しやすい位置を確保したタキオンをマークするため、ミョウオウトプロはタキオンの横につく。
アマゾントリップとホクオウボーダーはじっくり脚を溜めていくために後方待機。末脚の爆発力で勝負する形だ。
『第1コーナーに入りまして、シーティエム先頭。後方との差は4バ身程でしょうか』
『大きく離しての逃げではありません。うまくペースコントロールできるでしょうか』
阪神レース場はやや特殊なコーナーのつくりをしている。
内回りで走る2,000mは、第1、第2コーナーが短く、第3コーナーから第4コーナーまでが長い。
コーナーから最終直線に入ると、休む余裕もなくゴールしてしまう。
そのため、仕掛けどころが難しく、一瞬の差し脚よりも長くいい脚を使うことを求められるのだ。
シーティエムはそれを加味してペースコントロールをするために先頭に出た。
逃げ専門のウマ娘ではないが、先行策をよく知るウマ娘だ。自分が嫌な逃げをすればいい、そう思っている。
『第2コーナー回りました。1,000mは60.4! スロー寄りのミドルでしょうか』
『自分の脚を溜めながら長いコーナーを回るためのペース配分でしょうね。うまい走りです』
シーティエムは自分の走りがうまくはまっていることを感じていた。
かなりゆっくり走れているから余裕もあるし、足音から後方と差があることも感じ取れている。
これならいける! そう思っていたが、簡単にいかないのがレースなのだ。
『向こう正面で後方から動き出しましたアマゾントリップ! ホクオウボーダーも前に出ました!』
『早仕掛けでしょうか! しかし早すぎる気もしますが大丈夫なんでしょうか』
後方にいたはずのアマゾントリップとホクオウボーダーが突然前に出ていった。
第3コーナー手前で後方から近づいてくる足音を聞き、シーティエムは思わず振り返る。
外から差し追込のはずの2人が、先行しているタキオンたちのところまで追い上げてきていた!
スローな展開を感じたアマゾントリップとホクオウボーダーは、それならばと前に出て先行の位置に収まるように動いたのだ。
マークしているタキオンの前に入ることで、レースを有利にするという思惑もある。
2人はコーナー前にすっとタキオン、ミョウオウトプロの前に入り、シーティエムを追いかけていく形となった。
『第3コーナー入りまして、先頭は変わらず! しかし後方3バ身差でアマゾントリップ、ホクオウボーダー! その後ろにアグネスタキオン! ミョウオウトプロです!』
『スローペースを見破って前につけましたね! アグネスタキオンはかなり苦しくなりました』
面倒だな、とタキオンは思いながらコーナーを回っていく。
駆け引きの技術や賢さは多くのレースに出ていたミョウオウトプロには勝てない。パワーや根性は前2人には劣る。
タキオンが有利なのは、スピードとスタミナだろう。自分の強みを再度確認する。
この逆境をどうするか、そんなことを考えながらタキオンはコーナーを回る。
瞬発力が武器のアマゾントリップとホクオウボーダーは、限界まで脚を溜めるから動かない。
ミョウオウトプロは先に動くだろうが、そこを追従しては仕掛けが遅くなりすぎる。
詰み。そんな単語が脳裏をよぎるが、タキオンは苦笑して否定する。
(この程度の苦境、何度も経験してきたさ)
しかし状況は苦しい。既にコーナーを半分回っており、時間がない。
ここでプレッシャーをかけたりしても、この3人は決して掛からないだろう。
なら、別の角度から考えるしかない。
タキオンは後方を確認した。
あともう少しで直線ということもあり、スパートをかけようと後ろのウマ娘たちは前のめりな体勢になっている。
ただし、やはりタキオン含めた前方5人の力は突出しているのだろう。内側からはいけないと考え、後方集団は外から抜かそうと膨らむ様子を見せていた。
(分の悪い賭けだ。いつものことだね)
ニヤリと笑ったタキオンは、瞬時に計算式を考え出す。
加速、減速、芝、上り坂。その全ての解を叩き出し、一瞬息を入れる。
そして、するっと減速して後方に下がった。
「なにッ」
隣で走っていたミョウオウトプロは驚いた。
すわ故障かと。タキオンの脚について知っていたからこそ、思わず見てしまう。
だが、その表情を見た彼女は、故障でもなんでもない。そう気づいた。
第4コーナー前に下がったタキオンは、後方で外に出ようとするウマ娘たちの流れを自ら作り出し、ミョウオウトプロの後ろから臨機応変に対応して外へと抜け出した。
あまりに美しいコーナー巧者の動き。そのまま外へ出る流れを作り出たまま、一気に加速する!
『第4コーナー回りまして、アグネスタキオンが外から追い上げた! いつの間にか外に出ているぞ! ミョウオウトプロがそれに続いて追い上げていく!』
「いつの間に!?」
「やンじゃねーかッ!」
ホクオウボーダーは驚愕し、アマゾントリップはそれこそだと獰猛に笑う。
タキオンは彼女たちを見て楽しげに笑い、グングンスピードを上げていった。
『最終直線に入った! 先頭はシーティエムだが、アグネスタキオンが追い上げている! 既に1バ身差まで来ているぞ!』
『ミョウオウトプロも追従していく! さらにここでアマゾントリップ前に出た! ホクオウボーダーも追走!』
シーティエムは困惑した。振り向いたときの状況を考えたら、最初に出てくるのはミョウオウトプロかアマゾントリップ。
しかし、風を切って追いかけてきているのは間違いなくその2人ではない。足音でわかるのだ。
必死に逃げる彼女の横を何かが通り、思わず瞬きする。
そして目を開けた時前にいたのは、白衣をはためかせた光だった。
『アグネスタキオン抜け出した! シーティエムを抜いて先頭はアグネスタキオン! ミョウオウトプロも追いかけ、2番手! 後方からアマゾントリップ! ホクオウボーダー!』
先頭に躍り出たタキオンだが、目の前には最後の壁。上り坂だ。
目視で確認したアマゾントリップとホクオウボーダーは、ここだとばかりに本気のラストスパートをかけた。
タキオンが坂で減速したところを狙い撃ちするつもりなのだ。
ミョウオウトプロは後方の力強い足音を聞きながら、負けていられないと体勢を低くしてさらに加速する。
タキオンは坂の前、口元を緩めながら待っていた。
最も自分に力をくれる、最後の条件を。
――タキオーン! 魅せてやれーッ!
待っていたよ!
体が熱くなり、高揚するのを自覚する。
目を見開き、ぐっと脚に力を入れて、一気に坂を駆けあがった!
『アグネスタキオン脚色は衰えない! 上り坂でも凄まじいスピードだ! ミョウオウトプロ苦しい! アマゾントリップが差を詰めるがアグネスタキオンに届かない! ホクオウボーダーも追いつけないか!』
走っても走っても、タキオンの背は遠ざかっていく。
誰もが歯噛みした。タキオンに勝てないことに。
そして、その走りに魅せられていることに。
『アグネスタキオン先頭! 次元の違う走りですアグネスタキオン! そのまま突き放してゴールイン! 流石の強さですアグネスタキオン! 超光速の走りを見せつけました!』
一気に駆け抜け、ゆっくりスピードを落としながら掲示板を見る。
自分の番号が1番上に点灯しているのを確認すると、うんうんと満足げに頷いた。
「はぁ……速すぎよ、タキオン」
「くっそー! また負けたァー!」
ホクオウボーダーとアマゾントリップが悔し気にタキオンに話しかける。
タキオンはそんな2人を見て、ニヤリと笑った。
「君たちのおかげで速く走れたよ。ライバルという存在はやはり必要なものだね!」
「……ふふっ」
「いひひ、おめーオレらのことライバルだって思ってくれてンだなァ」
「おや、君たちは違うのかい?」
タキオンが不思議そうに首を傾げると、アマゾントリップが大笑いし、ホクオウボーダーも口に手を当てて笑った。
「ふふふ、ええそうね。ライバルだと思っているわ」
「たりめーだろ! 次は勝つかンな! 覚悟しとけ!」
楽しそうに笑う2人に肩を叩かれ、不思議そうにするタキオンなのであった。
Report:●▼年1月×△日
トリップ君やホクオウ君がいつになく楽しそうだった
シーティエム君やトプロ君もだ
確かに予選のレースはいいレースだったと思うが
そんなに笑えるものだったかな
トレーナー君に聞いても頭を撫でつけてくるばかりだし
からかっているわけでもないから何とも言えないな
今度カフェにでも話してみるとしよう