アグネスタキオンは超光速の夢を見るか   作:あぬびすびすこ

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Story42:超光速のプリンセス

 来たっ!!!

 彼女を知る全てのウマ娘たちは展開の変化を感じた。

 タキオンは情報通りの動きとその爆音に驚きながらも冷静に走っていく。

 

(これがあのチームのリーダー、ゴールドシップ君の走りかい!)

 

 ドォン! ドォン! と凄まじい音を鳴らしながら、ゆっくりとその音が近づいてくる。

 隣にいるトウカイテイオーは先程以上に真剣な表情になり、後ろのシンボリルドルフからのプレッシャーはさらに強くなった。

 残り1,000mから仕掛けるなんておかしいだろうと思うが、それで勝利しているのがゴールドシップだ。

 

 マルゼンスキーは音を聞いてから加速、先ほどよりもペースが上がっている。

 彼女は何度も戦ったからわかっているのだ、ゴールドシップに勝つための方策が。

 単純に近づく前にもっともっと離せばいい。マルゼンスキーの対策はそれだった。

 

『ゴールドシップがここで上がっていきます! 黄金の不沈艦の走りはいつも通り! 先頭のマルゼンスキーはさらに差を離していきます!』

『早仕掛けに対して早めのペースアップで応えましたね! しかしスタミナが持つのか心配です!』

 

 マルゼンスキーと差が離れたまま第3コーナーへと入っていく。

 流石にここから攻めていかないと追いつかない。タキオンは残りの距離と最大速度を出すためのスパートを計算。

 解は出た。一瞬だけ脚を緩め、脚を溜める。

 目を閉じ、開いた次の瞬間。タキオンは一気に抜け出した。

 

『第3コーナー入りましてアグネスタキオンが仕掛けました! 少しずつマルゼンスキーとの距離を縮めていきます!』

『それに合わせてトウカイテイオーも続いた! シンボリルドルフはまだ脚を溜めるのか前に出ません! ゴールドシップが中団を超えて上がってきています!』

 

 タキオンが仕掛けたタイミングに一瞬で合わせたトウカイテイオー。

 巧い。自分の後ろでスリップストリームを利用する彼女の技術と才能に感心する。

 スパートをかけながらスタミナをきっちり残すように走るのは、流石上位リーグのウマ娘だ。

 

 トウカイテイオーもタキオンの息の入れ方や判断の速さに驚いていた。

 ヘンな実験ばかりしているヘンなウマ娘。そんな印象だったが、レースでの技術を見て、ヘンだけど才能あるウマ娘だと人物像を改める。

 それでもボクのほうが強いもんね! そう考えながら、タキオンの背後でじっくりと距離を詰めていく。

 

 そんな2人を見ながら、シンボリルドルフは待っていた。

 彼女が中距離部門に参加した理由は、前回長距離に出たこと。体への負担が少なく、全てのレースで力を出しやすいこと。

 そして、2度も負けている相手と戦えることだ。

 

「待っていたよ!」

「アタシは待たねーぜ!」

 

 ゴールドシップが自分の隣に来たところで、シンボリルドルフはペースを上げる。

 しかし加速するまでの数秒、ゴールドシップは脚を休ませながらコーナーを回っていく。

 そしてシンボリルドルフが進出を始めると同時に、隣で併走しながらグングン前に上がっていった。

 

 爆発音が鳴り響き、巨大なプレッシャーがウマ娘たちにかかる。

 こと圧の大きさにかけては先ほどのシンボリルドルフ以上だ。タキオンは冷静さは失わないものの、強烈な走りにくさを感じていた。

 脚が重いとか、スタミナがなくなるとか、そんなプレッシャーではない。

 ただただ単純に、大きなナニかが迫ってくる。そういったものだ。

 

『第4コーナー回りまして最終直線に入った! 中山の直線は短いぞ! 後ろの娘たちは間に合うか!?』

『先頭はマルゼンスキー! 3バ身程離れてアグネスタキオン! すぐ後ろのトウカイテイオー外に出た! シンボリルドルフとゴールドシップも上がってきたぞ!』

 

 少し距離を詰めたタキオンだが、直線に入った瞬間外に出たトウカイテイオーが跳びはねるようにタキオンを抜かして2番手に浮上。

 瞬発力の高さと驚異的なバネ。一瞬にして加速し、タキオンを置いていく。

 

 さらに後方から凄まじい速度で追い上げてきたシンボリルドルフと爆音を奏でてグングン迫るゴールドシップ。

 一気に先頭争いに躍り出て、タキオンは5番手まで落ちた。

 マルゼンスキーとの差は2バ身にまで詰めているものの、それ以上のスピードで4人は走っている。

 

 そして、極めつけに聞こえてきたのは、こんな声だ。

 

「ゴールドシップーーッ!!! 突っ込んでこォーーーいッ!!!!」

 

 あれは、ゴールドシップのトレーナー!

 その声か聞こえた瞬間、ゴールドシップがグッと体に力を入れ、爆発した――。

 

 

 

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

「いくぜぇぇえええーーーーッ!!!」

『ゴールドシップ抜け出した! マルゼンスキーに並ぶか! 並んだ! いや、追い抜いた! トウカイテイオー伸びていくが追いつけない! シンボリルドルフは抜かした! 2番手に浮上! 先頭はゴールドシップ! アグネスタキオン苦しいか!』

 

 目の前で一気に加速して遠ざかるゴールドシップ君を見て、私は思わず笑ってしまった。

 ここからまだ伸びるのかい! 私は、君たちに離されないようにするので精いっぱいなんだぞ!

 残り200m程度しかないというのに!

 

「だが、まだだ!」

 

 私は諦めていない。だってそうだろう。

 一度は走る事すらやめて、脚を壊してまで果てを目指そうと思っていたんだ。

 それがどうだ! トレーナー君のせいで全力で走れるようになってしまった!

 プランBからプランAに、軌道修正させられてしまったんだからね。

 

 それなら、そうなってしまったなら。

 もう諦める事なんてできない。

 私自身の脚で、可能性のその先を見る。それを達成するまで、何があろうともだ。

 

 今目の前にいる4人は最高速度の果てにほど近いのだろう。

 特にゴールドシップ君。彼女は抜きんでているよ。なんだあの強さは!

 

 しかしだね、私はわがままなんだよ。

 何年もかけて、ようやくその可能性に手が届くところまでやってこれたんだぞ。

 教室でボヤ騒ぎも起こした、トレーナー君をモルモットにもした。

 その全て、研究の成果がここにあるんだ。

 

 なあ、トレーナー君。

 君は見たいって言っただろう?

 いっしょに果てを見たいって。

 そして約束したはずさ、見る権利があると。

 悪いがあれは嘘だ。

 

 君は隣で見る義務がある。

 それが私の助手としての運命だよ!

 

 ゴール前にいるトレーナー君の顔を見る。顔は強張って、でも諦めていない。

 ……そして、いつも通り。狂った目をしているよ。

 

 ククク……さあ、叫びたまえトレーナー君!

 私たちの研究の全てを、ここで出してあげようじゃないか!

 

 ――タキオォォオオーーーン!!!! 行けええぇぇえええーーッ!!!!

 

 心臓が跳ねる。気持ちが高揚する。

 体が熱い。くらりとしてしまうほどに、力が湧いてくる!

 

 今ならば、たどり着けるかもしれない。

 可能性の、その先。

 誰も証明しきれなかった仮想の現実、その果てへと――!

 

「さぁ、可能性を導き出そう!」

 

 思いきりターフを踏み抜き、体を前のめりに。

 そして、全力でターフを蹴り飛ばした!

 

『ゴールドシップが坂を上る! シンボリルドルフ追いつけるかっ!? あ、アグネスタキオンだ! アグネスタキオンが驚異的なスピードで追い上げてきた! トウカイテイオー抜かした! マルゼンスキー! シンボリルドルフに並んだぞ!』

 

 私が前へと走っていくたびに、すれ違うウマ娘たちは驚愕の表情で私を見る。

 当然だろう! 私は今、ウマ娘が出したことのない最高速度!

 その先を見て走っているのだから!

 

 坂を駆けあがっていく間にシンボリルドルフ会長と並んだ。

 驚きを隠しきれないようで、目を見開いて私を見る。

 アッハッハ! しっかりと見たまえ!

 これが君が大好きな可能性というものだよ!

 

『アグネスタキオン抜けた! ゴールドシップに追いつくか! 追いついた! 並んでいる! 坂を上った! あとは100m! シンボリルドルフ食らいつく! 行けるか! 行けるのか!?』

 

 ゴールドシップ君の隣までたどり着き、追い抜こうとすると抜き返される。

 横目で彼女の顔を見ると、ギラギラした心底楽しそうな笑顔を浮かべていた。

 彼女だけは、私が来たのを驚いてないみたいだね!

 

「行くぜ行くぜぇーーっ!」

「はあああぁぁぁあああーーーッ!!!」

 

 私もゴールドシップ君も譲らない。

 死力を尽くしたデッドヒートだ。

 

 あとほんの少し、ほんの少ししかない。

 レースが終わってしまう。

 

 ダメだダメだダメだ!

 私はタキオン! 超光速の粒子だ!

 

 可能性の先を見るのは私なんだ!

 私以外が最初に見る事だけは決して認めない!

 たとえカフェでも、トレーナー君でも!

 絶対に譲らない! 絶対にだ!

 

 ウマ娘の脚の可能性は! 私の可能性は!

 

「目の前にあるのだから……!!!」

『ゴールドシップか!? アグネスタキオンか!? アグネスタキオン抜けたか! 抜けたか!? 抜けた! アグネスタキオン抜けたッ! 先頭はアグネスタキオンだ! まだ伸びる! 伸びる! なんという速さだ! アグネスタキオン! これが超光速のプリンセスだァーーーーッ!!!!』

 

 無我夢中で駆け抜け、脚の回転を緩めない。

 見えた! 見えたぞ! 私の肉体で到達し得る限界速度の、その先が!

 これが、可能性のッ

 

「ほいストップ」

「うわぁっ」

 

 突然伸びてきたなにかに体をすくい上げられ、私の世界は急激に遅くなっていく。

 何が起きたというんだ!?

 

「目に箸でも刺さったか? 見えてっかー? 芦毛のスーパー美少女、ゴルシちゃんだぜ!」

「あ、え、ゴールドシップ君?」

 

 ゆっくり景色が止まったと思ったら、ゴールドシップ君が私を担ぎ上げていた。

 つまり、どういう状況なんだい?

 

「やりすぎだ。リミッター吹っ飛ばして走ったらケガじゃあすまねーぞ。最後だけだったからいいけどよ」

「なに? リミッター? そうか、肉体の限界を超えて走っていたのか!」

 

 自分の体を壊す勢いで走ってしまったらしい。

 しかし今の感覚なら、体をもっと鍛えれば再現性はある!

 

「ククク、ついに掴んだぞ! さらに可能性が広がったじゃないか」

「前から思ってたけど、変わってるよなーお前」

「君にだけは言われたくない言葉だね」

 

 アタシはまともだぜと言いながら、私を下ろしてくれた。

 会長やマルゼンスキー君も、私のことを称えながらも心配してくれる。

 なんだ、少しこそばゆい感覚だな。

 

「アグネスタキオン。よく称えられ、よく心配されるといい。君という存在がどう思われているか、たくさん感じるんだ」

 

 会長はそう言ってマルゼンスキー君と共に去っていった。

 

「相変わらず凍ったマグロみてーにお堅いやつだな。じゃ、ゴルシちゃんもトレーナーの背中引っぱたいてくるからよ!」

 

 じゃあなーと言って観客のいる所に突撃していった。

 グワーッ! という声と共に吹き飛んでいく誰か。

 

 そして、その近くには。

 

「……ふふ、トレーナー君」

 

 号泣しているトレーナー君がいた。

 なんだ、よく泣くなぁ君も。

 

「見たかい、トレーナー君」

 

 これが研究の成果さ。

 私が笑うと、へにゃりと崩れた笑顔を見せてくれるのだった。




 ついに辿り着いたよ、トレーナー君。
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