「はぁ、はぁ……ふぅ! 疲れた! 心底そう思うぞ、アグネスタキオン!」
「ふぅー……なんだ、お優しいことだね」
息を整えるシンボリルドルフとアグネスタキオン。
2人の走りに夢中になってしまい、終わったことに気づかなかった。
「勝利したのは君だろう? もっと誇りたまえ」
「勝利と言ってもハナ差だよ。やれやれ、デビュー前のウマ娘にハナ差とは。私もそろそろ引退かな?」
「ほう? 会長もとぼけたことをいうんだね。また新しい発見だ」
といっても、あまり意味はないけどね。
アグネスタキオンはそう言って額の汗を拭った。
「しかし君を手放さねばならないというのは、やはり惜しいな……心変わりの兆しはないのか?」
「なんだい? 会長からのお言葉で学園に戻す気にしようということかい? 残念だがそれはないよ。そもそもそっちから出ていくように言ってきたんだからね」
海外のウマ娘にでも接触しようかな、と顎に手を当てて思案し始める。
そうか……とシンボリルドルフは残念そうに眉尻を下げる。
そして、チラっとこちらを見た。
「ふむ、そうか。彼の話を聞いてもかな?」
「彼……? うん?」
そう言ってシンボリルドルフは去っていく。マンハッタンカフェもシンボリルドルフと俺をチラッと見て、練習場から去っていった。
アグネスタキオンが俺を見る。
そして、不思議そうに首を傾げた。
アグネスタキオン。俺がそう声をかけると、彼女は興味深そうに頷く。
「ふぅン……? どうしたんだい、君。その目は」
「随分――狂った目をしているじゃないか」
俺の目を見て、アグネスタキオンはそう話す。
――目を灼かれてしまったのだろう。
アグネスタキオンの目指す、可能性の果て。そこに向かって全速力で走ろうとする彼女の走りに。
だって、さっきの走りが頭から離れないのだから。
アグネスタキオンは『可能性の果ては遥か彼方』と、そう言った。
彼女は、さらに速くなるのだ。
もっともっと、もっと!
見てみたい! 彼女が走るその先を!
超光速の走りを!
「おーい。勝手に呆けるなよ」
思わず体を震わせて物思いにふけっていると、アグネスタキオンにたしなめられた。
「なあ、君。まさかスカウトしたいって言うつもりかい? よしてくれ、研究以外に時間をつかうほど暇じゃないんだよ」
俺のことを嫌そうに見て首を振る。
まともなトレーナーは求めていない。彼女が必要なのは研究のために必要のものだ。
日々のトレーニングでさえ、彼女にとってはきっと、研究の一環なのだから。
それならば!
アグネスタキオン!
「ん? どうしたんだい、そんなに大きな声を出して」
さっき見せてくれた薬はあるか!
「急にどうしたんだ。あるけど」
そう言って試験管を3つ取り出した。
俺はその怪しいケミカルな蛍光色の液体を奪い取って蓋を開ける。
「え、おい! 君!」
一息に3つ飲み込んだ!
「……驚いたな」
口元を拭ってアグネスタキオンを見ると、彼女は心底驚いたようで目を見開いて口をぽかんと開けている。
そして、だんだんと口元が緩み、大きな声で笑い始めた。
「驚いたよ……ク、ククク……アッハッハッハッハ!!!!」
「そんなに勢いよく薬を飲むやつがいるか! すごい速さだったよ! モルモットかい君の前世は!」
大笑いする彼女に、俺はなんでもする! と大きな声で宣言した。
それを聞いた彼女はニヤリと笑い、ほう? と顎に手を当てる。
「なんでも? つまり君は、自ら被検体になってくれるのかい?」
モルモットでもいい!
「アッハッハ! つまり君は実験動物でもいいというんだね? 人権を放り投げてもいいと?」
それでもいい!
「ふぅーーーーーーーン……?」
君を担当させてくれ!!!
「月並みな言葉だね……しかし、その目は狂気の虜、か」
アグネスタキオンはふむふむと俺を見て満足そうに頷く。
「クックック……いいだろう。行こうじゃないか」
行くって?
「なんだ、察しが悪いな。職員室だよ。担当トレーナーが決まったというのに、退学していられないだろう?」
彼女からそう言われて、最初は意味が分からなかった。
少しして理解すると、じわじわと嬉しさと衝撃がこみ上げてくる。
い、いいんだな!?
「君から言ってきたんだろ? まあ、君の扱いはモルモットかそれ以下だと思うけどね……クックック」
そう言って笑うアグネスタキオン。
そして、俺に改めて向き直った。
「それでもいいなら来るといい」
「見せてあげよう……誰もたどり着けなかった
ニヤリと笑う彼女の笑顔は、狂気と歓喜に満ちている。
――こうして、アグネスタキオンとの研究の日々が始まるのだった!
「フム……いや待て、モルモット君。職員室へ行くのはもう少ししてからにしようじゃないか」
なんで?
「無用な混乱は避けた方がいいだろう? もしこのまま行けば、結局退学になりそうだからね」
どういうことだろうと不思議に思って首を傾げると、何やら下の方が眩しいような。
思わず顔を下に向けると……な、なんじゃあこりゃあ!?
「気づいていなかったのかい? 全身が黄緑色に発光しているぞ」
自分の手やズボンの下から見える足がケミカルに発光していた。
まるでライブのペンライトだ。
現実味が無さすぎて手を振ったり足を動かしたりすると、黄緑の光が滑らかに動く。
ど、どうなっているんだこれは。
「ククク! アッハッハッハッハッハッハ!」
俺が困惑して変な動きをしていると、アグネスタキオンが大声で笑いだした。
「いやあ、まさか私も全身が光るとは思わなかったよ。3つ全部飲むとこうなるんだね。いやはや興味深い」
メモしておこうとクリップボードの用紙に書き込み始める。
いや、本当にどういうことなんだ……。
「確かに最初、君に会った時は健康そうだし3本飲もうと言ったさ。しかしだね、3本一気にのむやつがいるか! 時間を空けて1本ずつ飲んでもらうつもりだったんだよ」
面白いな、君は。
くつくつと笑いながら俺の体とクリップボードで目を往復させる。
これ、いつ戻るんだ?
「わからないよ」
わからない!?
「だってそうだろう。3本まとめて飲むなんて考えていないんだからね。いつ効果が終わるのかは君の体が教えてくれるよ」
嘘だろ……?
このままじゃ帰れないんだけど。
学園内のトレーナー寮に住んでいるわけじゃないから、俺は外に出なければいけない。
こんなに光ってたらもう学園外になんか出られない……!
「自業自得じゃないか……クックック」
どうすれば……げんなりしていると、まあこれも人生だよと謎の励ましを受けた。
しばらくはここで休むほかない。
「ふぅー、久々にこんなにも笑ったよ。さて、そんなしょげている君に朗報だよ」
なに?
「今までの経験から察するに、そこまでずっとは発光しないと思うよ。長くても2、30分ぐらいさ」
本当か!?
「ああ、本当だとも。私は嘘はつかないよ」
なんだか怪しいが、アグネスタキオンを信じよう。
先輩もウマ娘は信じてなんぼって言ってたし。
最初の担当ウマ娘と仲良すぎる気がするけど。
「さてトレーナー君。丁度いい機会だ、今の状態で練習場を1周してきてくれ。筋肉の状態が見たいんだ」
え?
「君はモルモットなんだろう? ほら、はやく行った行った!」
アグネスタキオンに急かされて練習場を走り出す。
――こうして俺の最初の担当であり、超光速のウマ娘と駆け抜ける日々が始まったのだった。
そして30分後。
「戻らないね……アッハッハ! 思ったよりかかるな、これは」
まだ発光し続ける俺なのだった。
Report:●×年4月○日
担当トレーナーができた。
これには私も驚きだ。なにせ時間の無駄だと思っていたのだから。
モルモットでもいい、なんでもやると言ってきたあの狂った目。
本当に私の要望を全て聞きそうな勢いだった。
いや、きっと聞いてくれるだろう。
これからの実験はより有意義になるはずだ!
明日からなにをするか、考えておくとしよう。
それにしても、1時間も発光し続けるとはね。
あんなに笑ったのは久々だったよ。