「随分長く語ってしまったね」
外は既に暗くなってきて、太陽が沈んでいくのが見える。
私は紅茶を口に含み、香りと甘さを楽しむ。
トレーナー君も紅茶をぐいっと飲み干し、お腹がぱんぱんだと息を吐いた。
「茶葉がなくなってしまうぐらいには飲んだからね。明日買いに行こうじゃないか」
そう提案すると、トレーナー君は構わないよと答える。
前からそうだし今も変わらないが、大抵のことを許容するのは甘すぎる気がするね。
私にとっては都合がいいから黙っているけど。
「さて、もう過去の話は終わりでいいだろう。私たちが目指すべきは前にある」
次なる研究の計画について話そうじゃないかと言うと、なんだか面倒だという表情をする。
「なんだ、君は。私に話すだけ話させて、自分は逃げようというのかい? それは許さないぞ。君はいつまでも私からは逃げられないんだ。観念して聞くことだよ」
しょうがないなと息を吐き、眉尻を下げながら笑うトレーナー君。
ここ最近トレーナー君は私に遠慮が無さすぎる。前まではなんでもわかったといってくれたのになあ。
「計画といっても、進むべき道は見えている。決勝で出したあのスピードは、私の肉体の限界を超えた先にあった。なら、話は簡単だ。肉体の限界値を上げればいい」
要はもっと鍛えるということだね。
私は研究ばかりしていたから、どうしても他のウマ娘より筋力が劣る。
飛び抜けているのはやはりスピードだけだ。それは決勝のレースでも感じたことだった。
ゴールドシップ君がわかりやすい例だ。
全てを完璧に鍛え上げた肉体と、天性の丈夫さ、そしてそれをフルに使える走法。
速く走るための理想を現実にしたなら、きっと彼女のようになるんだろうね。
私が限界を超えたというのに平然と追いついてきたわけだし。
「私の肉体の完成度はトゥインクル・シリーズのウマ娘と平均すると下のほうだろう。なにせ鍛えている時間があまりにも違う」
それはそうだとトレーナー君は頷く。研究をしている時点で絶対負けるからな、と。
事実なわけだが研究だって速く走るために必要なことだ。トレーナー君に言及されるとムッとする。
「確かに研究では体を鍛えることはできないが、私の目指すところに行きつくには必要なことだっただろう。トレーナー君だってわかっているじゃないか」
思わず口にすると、軽率だったな、ごめんと謝られた。
わかればいいんだよ、わかれば。
「ともかく、私たちに必要なのは鍛え上げた肉体さ。次に必要になる物は鍛えながら考えることにしよう」
計画を結論付けて立ち上がる。
今日は遅いし、解散だね。
トレーナー君がカップやポットを片付けるのを眺めつつ、私も実験道具をまとめる。
後始末が終わって、トレーナー室から出ようとすると、声をかけられた。
「どうしたんだい、トレーナー君」
忘れ物。そう言ってノートを差し出された。
「ああ、これか」
毎日書いている自分自身のレポートだ。
日記ともいうね。
手に取って頭からめくっていく。
Report:●×年4月△日
興味深い新人トレーナーを見つけた。
どうやら私のことを知らなかったようで、話をしても特に拒否反応を示さない。
実験を嫌がってはいたがそこまで否定的な雰囲気ではなかったため、今後彼を2人目の成人男性被検体Bとして観察することにする。
もう1人の被検体Aは、チームリーダーからの監視が厳しいからね。
問題児をあそこまで手懐けているというのも興味深いものだ。
「いやはや3年前の私は随分と手厳しいな!」
トレーナー君と会った時のページを見て、思わず笑ってしまう。
続けてペラペラと次のページへ目を走らせる。
Report:●×年7月◆日
デビュー戦で1着。圧勝だったようだ。
ウィニングライブも行って疲れた。
研究の結果としては、脚の強度は上がっていることがわかった。
この調子で研究を続けよう。
それにしても、紅茶を買ってくれといったのになんで買ってこないんだ。
それでもトレーナーなのか、モルモット君。
――そんなことあったな。
2人で読みながら、トレーナー君が呟く。
デビューの時は勝てるとわかっていたからね。なんで頼んだのにって思っていたよ。
Report:●△年4月×○日
皐月賞に勝利した。
トレーナー君はとても喜んでいた。やったやったと手を握られたよ。
しかし心配もしてくれているようで、すぐに脚を確認された。
すぐに大丈夫といって控え室まで行ったが……危ないところだった。
わかってはいたけれど。
こんなにも弱いとは思わなかったよ。
期待外れさ、まったく。
トレーナー君に話すべきだろうか。
「結構落ち込んでいたんだね、私も」
この時はまだ脚に不安を抱えたままだったからね。
GⅠレースには耐えられないことが改めてわかってひどく辛い思いをしたのを覚えている。
Report:●△年10月□×日
走り切ることができた。
これでもう何も心配はいらない。
これからはトレーナー君に期待してもらおうじゃないか。
きっといいプレゼントになるはずさ。
GⅠレースの勝利はね。
「元気になったなあ!」
トレーナー君と2人で笑い合う。
菊花賞を終えて走れることがわかり、とても元気になっていた。
我ながら現金なものだね。
Report:●△年12月○▲日
いったいなんなんだトレーナー君は!
大体紛らわしいことこの上ない!
しかも私があんなに気にしていたのにそれよりってなんだ!
いつも思っているがトレーナー君は……
~ 中略 ~
とりあえず何もなかったから良しとしよう。
なにかと脚のことを気にしているから、私も大丈夫だと意思表示をもっとしないといけないみたいだね。
世話のやけるトレーナーだな、君は。
「ああ、これはさっきの話だね。私は大丈夫だといっていたのにトレーナー君が心配するというやつさ」
いやあ、面目ないと頭をかいた。
この時はお互いに心配し合ってすれ違うという変な時期だった。
今は2人とも大いに反省しているよ。
Report:●◇年4月◎▽日
ファンとの交流、中々いいデータがとれた
深淵を覗くものはなんとやらと言うものだけどね
高揚しているファンを見ると、私も高揚してしまう
感情というものはおもしろいものだね
「これはファン感謝祭のことかな。かなり有意義だったよ」
昔のタキオンでは考えられないな、と言われてしまった。
確かにそうだねと答える。
まあ、今も昔も自分の目的のために動いているのは変わらない。
Report:●◇年12月▽×日
今日は最高にいい気分だ
自分が思い描いた最高の結果を出せたのだから
思わずトレーナー君の手を握ってふりまわしてしまったよ
はしゃいで喜ぶなんていつぶりだろうね
さて、次は何を研究してみようか
カフェのお友だちを調べれば、また新たな知見が得られるかもしれないね
さらなる果てへ向かって行こうじゃないか
「有マ記念だね」
そうだな、と頷くトレーナー君。
あの時は嬉しくて2人きりになってから思わずはしゃいでしまった。
でもトレーナー君もすごい嬉しそうだったしお互い様だよ?
Report:●▼年3月○△日
人生で一番嬉しいひとときだった
また味わいたいものだね
ああ、これは。
「この前の日記だよ。決勝の時の」
トレーナー君の顔を見ると、穏やかな笑みを浮かべて頷く。
方々からものすごい心配されたし、カフェやシャカール君からは物凄い怒られたよ。
しかし私もトレーナー君も、一番求めていたところに踏み込んだんだ。
これを成功と言わずしてなんというか!
ちらっとトレーナー君の横顔を見る。
楽しそうに嬉しそうに私の日記を眺めていた。
色々あったが、トレーナー君がいたからここまでこれたわけだ。
少しぐらいいたわってあげようじゃないか。
「少し照れくさいからね」
私はそう話して、日記を書きこんでいく。
書き終えて隣を見ると、くつくつと笑うトレーナー君の顔。
そして、頭をわしわしと撫でられた。
髪と耳は触らないでほしいとあれだけ言っているのにね!
「なんで君はいつもそうやって触るんだい!」
悪い悪いと言いながらまだ頭を撫でてくる。
そして楽しそうに笑顔を見せた。
――いっしょに果てを見るからな!
ああ、そうか。
私が必要だったのは――。
「まったく……ほら、帰ろう。いっしょに」
トレーナー君の腕を叩きながら、歩いていく。
隣で共に歩くトレーナー君。
ほんの少しだけ感じる暖かさに、私は目を細めるのだった。
Report:●▼年3月×◆日
ここまでこれたのはトレーナー君のおかげだ
とても感謝しているよ
これからも隣で見ていたまえ
完結しました!
タキオンとトレーナー君の3年間、読了ありがとうございます。
お楽しみいただけたでしょうか? おもしろかったなら幸いです。
↓ちなみに新作はこちら↓
・ゴールドシップとの3年間 in アオハル杯
https://syosetu.org/novel/271816/