「焼肉定食、焼肉抜きで」
今日も沢山の人で賑わっている食堂。手に渡されたお盆には、焼肉の抜かれた焼肉定食が乗っていた。米とお新香と味噌汁が乗ったお盆は、とても貧相なものだった。この食堂で1番安いのは200円のライス単品では無く、400円の焼肉定食から焼肉分を引いた200円の焼肉定食である。ライスで単品と、お新香とお味噌汁付きでは、原の満たせ具合は全く違う。かと言って、腹一杯になる訳では無いのだが。
「上杉くんまた1人」
「友達いないのかなぁ」
他の生徒の笑い声にまじり聞こえてくる声。そんなのお構い無しにいつもの席へと向かう。もうそんな言葉は聞き慣れたのだ。悲しい事だが。殺風景なお盆を両手で持ちながら自分がいつも座る席に着くと、いつもの様にお盆を置く。
その時、別のお盆も同時に机に置かれる。軽い音をたてながら置かれたお盆。それと同時に、2人は目が合った。
前髪の両サイドに飾り付けられた可愛らしく光る星型のピン。
深い青さを含んだ透き通るような大きく黒い瞳。
腹辺りまで伸びた、真っ赤な髪。
ピンと立ったアホ毛。
「なんだ、お前。ここはおれの席だ。どこか別の席へ座れ」
(制服が違う…別の学校の生徒か?)
冷たい視線を向けながら言い放つ。目の前の女は、眉間にシワを寄せ、ふっくらとした頬を大きく動かしながら言った。
「はぁ?!先にお盆を置いたのは私です!あなたこそ別の席に座ってください!」
向こうは譲る気は無いようだ。少し腹立ちながらも、ふと彼女のお盆の上に乗っている料理を見て驚愕した。
250円のうどんに2本のエビ天で550円。更にイカ天、かしわ天、さつまいも天、オマケにデザートのプリンでなんと総額1030円。
(何だこの量…セレブかよ…!?)
お互い譲るに譲れず、結局相席になってしまった。彼女は反対側に座っており、丁度向かい合う形。
「上杉くんが女の子とご飯…ふふふ」
「まじかよ」
嘲笑され、頬を赤らめ、バツが悪そうに女から顔を背ける。しかし、一言も喋らない女が気になり、もう一度女を見てしまう。
「…………」
彼女は無言で顔を赤らめ、顔を少し埋めながら震えていた。頬ぷっくりと膨らませながら。
少し彼女が可哀想になったが、気にしてもどうしようも無いのでポケットから単語帳を取り出す。右手に箸、左手に単語帳というスタイルで飯を食う。器用に箸でご飯を口に運びながら、単語帳を解きながらめくる。
「食事中ですよ!行儀が悪いです!」
まるで口煩い母親のように言う女に、ぶっきらぼうに返答する。
「テストの復習だ」
ご飯を口に入れたままで返答する。
「どうやら相当追い込まれているようですね」
すると彼女は隠していた英語のテスト見つけ出した。えいっ!とテストを取った彼女は、自分がとても失礼なことをしていると気付いているのだろうか。ニヤつきながらテストの点数を確認する彼女。
「英語のテストですか…。上杉風太郎くん…点数は…ええとええと…」
チラッと彼女に目をやる。頭のてっぺんにまるで植物のように生えているあほ毛がぴょこんとはねたかと思うと、彼女の芯のあり透き通った声が2人の空間で響いた。
「100!?」
確かにその答案用紙は、全問○で、100と大きく書かれていた。
少しムスッとした表情で目の前の人間を睨みつける女。
「まさか見せびらかしたんですか?わざとですよね」
独り言のようにも聞こえる声色で言う女。口の中にまだご飯を残しながら言い放つ。
「あーはっずかしー。てかお前が勝手に見たんだろ」
「でも、はっきり言って羨ましいです!私、頭は良くないので」
残ったご飯を飲み込むと、残りの味噌汁を一気に飲み干す。米が熱い液体と喉を通り、胃が少し満たされたのを感じると、立ち上がってお盆の上に乗った食器達を返しに行く。
「あ、そうだ!勉強教えてくださいよ!って、食べるのはや!!」
少し怪訝な目で彼女を見つめ、冷たく言い放つ。
「お前が食べ過ぎなんだよ」
少し彼女の顔が険しくなるが、そんな事には気付かず、とんでもない爆弾を投下する。
「それに、そんなに食べたら…」
彼女の瞳が、猫のように大きくなるような気がした。
「太るぞ」
彼女の心に、深く突き刺さるその一言。デリカシーなど無い、思ったことは全て口にするのだ。深く響く怒りの音と共に、彼女ははっきりとその言葉をぶつけた。
「っ!!あなたに教えを頼んだ私がバカでした!!もう話しかけないでください!」
まるで関心のなさそうな目を、彼女に合わせるのもやめて歩き出す。
「お兄ちゃんやったね。これで美味しいご飯も沢山食べれるよ」
時代にそぐわない、古い携帯電話から聞こえてくる妹の可愛らしい天使のような声。男子トイレの個室で、蓋を下げた便器に座りながら電話をする。
「で、その仕事ってなんなんだ?」
妹の表情が、険しくるのがわかった。神妙な口調で出てきた言葉に、一瞬血の気が引いた。
「腎臓って片方無くても死なないらしいよ…」
「そ、それを俺にやれと!?」
「うそうそ!お兄ちゃんの仕事は、家庭教師!お父さんのお陰で凄いお金持ちの娘さんの家庭教師させてくれるんだって!それなりの報酬も出るらしいよ?」
(これで…らいはにも腹いっぱい食わせられるな…)
「それで、その教え子さん、お兄ちゃんの学校に転入するんだって!えっと名前は…」
教室が静まり返っている。なぜなら今、目の前には転校生がいるからだ。多くの男子はその顔と体に目がいっている。食堂にいた時ははよく見えなかったが、確かに胸が大きい。かなり。
そんな男達の視線に気付くことなく、女は凛とその場に立っている。まるで転校生とは思えない程堂々と。
いつもならこんな事に興味は無いのだが、今回はそんな訳にはいかない…。
「中野五月です。よろしくお願いします」
完全にやらかした。家庭教師として教える生徒がまさかの同じクラスだとは。昼休憩の時のあの発言…。謝らないとまずい…。
「それでは中野さん。あっちの席に座りなさい」
「はい」
席へと向かって行く女は俺の横を通る。涼しい風が通り過ぎると共に謝ろうとしたが…。
「ふんっ」
顔をそっぽに向けられてしまった。彼女は自分の席へ座る。冷や汗を滝のように流しながら、どう謝るかを考える。焦る気持ちから、足が貧乏揺すりをしている。手汗で濡れた手が気持ち悪い。
「くっそ…」
次の日、早速昼食の時間に謝る事にした。焼肉抜きの焼肉定食を風の速さで受け取ると、早足で五月を探す。赤いストロベリーの様な髪色は非常に目立つ。すぐさま近寄り声をかけようとするが、五月はまるで俺が来るのを分かっていたかのように、椅子に座ってしまった。
食堂の中央付近のそのテーブルは大きく、そこには一際目立つピンクのショートカットの生徒がいた。
五月は俺に気付いていたようで、椅子から立ち上がると、曇りなきこれでもかと言うくらいの満面の笑みで言ってきた。
「残念でしたねぇ。ふふふ」
窓から太陽の光が射し込み、五月を照らした。顔の隅々までが良く見える。しかし、今はそんな事はどうでも良く、煽られたことにイラつき、昨日の言動を後悔しながら自分のいつもの席へ向かおうとしたその時だった。
「どうしたの〜君、五月ちゃんと食べたいんじゃなかったの〜?」
さっきのピンクのショートカットの生徒が話しかけてきた。
制服を腰に巻いており、胸元の開けたTシャツはしっかりとそれを俺に見せつけていた。
髪は透き通るように鮮やかなピンクで、もはや桃色と呼ぶのが相応しい。笑顔は太陽のように眩しく輝いており、雰囲気は完全に大人のお姉さんだ。
「じゃあさ、この一花お姉さんが一緒に食べてあげよっか?」
青みを含んだ黒い瞳は宝石のように輝き、肌はまるで景色がすり抜けていってしまいそうだ。光に照らされたその顔は、輝いていた。