五月に謝るために、放課後後をつけている。今は店前の顔を出すパネルから見ている。
「五月、そんな食べると太るわよ?この肉まんお化け〜!」
「もう!やめてください!」
蝶のような黒い髪飾りをつけた女が、五月のお腹を両手でつまむ。すると、制服の上からでも分かるくらいはっきりとお腹が浮き出るのが見えた。
ツンツン
誰かから左肩をツンツンされ、そっちの方を向くと、頭に大きなうさ耳リボンをつけた、オレンジ色な髪のの女子がいた。髪の長さはボブ。
「上杉さん!ここで何してるんですか?」
電光石火のごとくあいつらの視界から逃れるために建物の影に逃げ込む。
「ちょっとー!上杉さん?どこ行くんですか?」
なんとその女子はついてきたのだ。建物の影にいるが、顔が良く見える。元気と顔に書いてありそうな程元気が滲み出ていて、雰囲気はまるで犬だ。
「なんでついてくるんだ…。まさかお前、五月の手先で俺を見張ってるのか!?断じて手は出さないぞ」
目の前の女子はキョトンとした顔をしたかと思うと、何かを思い出したように右手に持っていた紙を見せつける。
「なんのことです?はっ!それよりこれ!落としてましたよ!」
それは、俺の100点のテストだった。数学の。
「凄いですね!まさか100点だなんて!」
無邪気に笑う彼女は影の中でも、そこだけ光っているかのような感覚になった。しかし、その笑顔でとんでもない事を言うとは思ってなかった。
「五月から、地味で根暗で、その癖性格が歪んでるとお聞きしましたが、天才でもあったんですね!英語だけでなく数学も満点とは!」
俺が影と同化していくのが分かった。このまま消えていなくなるのだろうか…。
「あ!でも、わたしは性格歪んでるなんて思ってませんよ!顔パネルで遊ぶくらいだし!」
「いや…まあ…」
こいつの底なしの明るさは、時にプラスに、時にマイナスに働くな…。
「あ、そう言えば名前言ってませんでしたね。四葉って言います!四葉って呼んでくれていいですよ!」
そりゃ名前しか教えて貰えなかったら名前で呼ぶしかないだろ…。もう一度四葉の顔を見る。相変らず影の中でも光を放っているが、それだけじゃない。
「なんか…五月と目似てるな」
もっとしっかり見るために、顔を四葉に近づける。もう少しでキスしそうな距離とか関係無しに、目をよく見るために近づける。四葉の顔が赤くなったと同時に、四葉は後ろに倒れてしまった。アスファルトの歩道と、四葉のぶつかる音が小さく響く。
「あ、すまん!大丈夫か?」
そう手を差し伸ばすと、四葉はその小さな手で俺の右手をとった。四葉が立ち上がると、スカートも払わずに恥ずかしそうに言った。小さかったが、しっかりと耳に入ってきた。まるで声の方から耳に入ってくるみたいに。
「きゅ、急に近づかないでください…チュー…されるかと思っちゃいました…」
そうやって頬を赤く染め、唇をとんがらせて怒っている四葉。夕日は射し込んでいないのに、その穏やかなオーラや、髪色、柔らかな顔から、夕焼けが射し込んで来たかと思う程だった。
「それより!五月に似てるって言いましたよね!?」
まるでスイッチで切り替えたのかと思う程早い切り替えに驚きつつも頷く。すると、口角を上げ、少し首を右斜めに傾け、鼻の下とふっくらとした上唇の間を左手の人差し指で擦りながら、得意げに言う。その時五月の事を思い出し、建物の影から小走りで出る。
「流石上杉さん。分かるんですねぇ…。そう、私と五月は、五つ子の姉妹なんです!って…あれ?上杉さーん?」
既にそこに五月達の姿はなかった。残るのは建物の裏の四葉と、虚しく残る顔を入れるパネルだけだった。幸い、五月の住んでいるマンションの住所は知っている。急いで行かなければ!そう、夕焼けに照らされ、汗を垂らしながらマンションの住所まで向かった。
(あれ…なんか忘れてるような…)
「上杉さーん?!もう…」
マンションまで残り100m辺りでやっと追いつき、バレないよう慎重にマンションへ近づく。いつの間にか周りにいた友達は居なくなっており、絶好のチャンスだ。五月が学校の鞄を提げながら、自動ドアの前まで行った時、俺は既に動き出していた。
「いつ…」
ふと服を掴まれたかと思うと、いつの間にか俺は地面に仰向けに倒れていた。頭上には両側に蝶のような髪飾りをつけた五月の友達がいた。顔を覗き込むその顔は、正しく鬼の形相。並々ならぬ殺気を感じる。全力疾走した時の汗か、今の状況を恐れる冷や汗か分からない汗が服に滲んでいく。俺の顔は真っ青になっていた。
「やっと捕まえたわ!ストーカー!」
「顔、真っ青」
もう1人別の声が左聞こえ、そっちを向くと、ヘッドホンを首にかけ、右目が少し隠れている女がいた。よく見れば、この2人も五月の目に似ている気がする…。
「上杉さーん」
四葉の声が聞こえ、右を向くと、恐らく走ってきたであろう四葉がいた。汗こそかいているが、全く疲れは見せていない。中腰姿で、俺を覗き込む四葉。微かに呼吸音が聞こえる。走って酸素の入れ替えを多くしたからだろう。
「さっきの話聞いてました…まさか上杉さん、ストーカーしてたんですか!?」
「違う!」
急いで立ち上がると、俺はマンションの入口へダッシュした。自動ドアを抜けると、エレベーターを待っている五月が見えた。ガラス越しから見える、赤い髪…五月以外ありえない。もう1枚の扉の前にいた親子の脇を通り抜けて、五月へと迫る。
(あと、もう少し…)
その時、エレベーターは無情にも来てしまった。エレベーターへと乗り込む五月。俺の思いはあと少しで届かなかった。
「なら…階段だ!」
今の俺は前も走っていたが関係ない。必ず謝らなければ…でないと、また苦しい思いをさせてしまう!急いで階段を駆け上がること30階まで。しっかりランプの数字を見ておいてよかった。最後の力を振り絞り、汗だらけの手でドアノブに手をかける。ゆっくりと扉を開けると、そこには部屋の前のドアの鍵を開ける寸前の五月がいた。俺に気づいた五月は、俺よりも先に喋った。まるで虫でも見るかのような目で見つめながら。
「どうしたんですか上杉くん」
冷たい口調だ。全く感情のこもっていない…いや、『嫌』という感情がこもった口調だ。
「お前に…言わなければいけない…ことがある…」
「何も用がないなら帰ってください。それに、これから家庭教師さんが来るので早く帰って…」
「それ俺!!」
声にもならない声で叫んだ。廊下に掠れた声が鳴り響く。汗を流しながら、びしょ濡れになった顔で五月を見つめ、もう一度言った。
「え…?」
「家庭教師!俺!」
「ガーン…」
「ちょっとは隠せよ…」
汗が滴り落ちる。廊下の絨毯だけが、俺の汗を受け入れてくれる。
「大体、何で同級生のあなたが家庭教師なんですか!?この街にまともな家庭教師は居ないのですか!?」
そう冷たい言葉を投げかけられても、俺は五月に向かって歩く。後退る五月。五月と俺の距離、数十センチ。後ろは壁。
ドン!
五月を逃がさぬよう、壁ドンの形で五月に謝る。五月の顔は、真っ赤に染まっていた。まるで夕陽のように。目を逸らそうとする五月の目を、意地でも追って捕まえる。五月が上目遣いの形で俺を見つめる。俺は、汗が五月に滴り落ちるのも構わず、人生で1番の大声で叫んだ。
「すまなかった!」
その気迫に押されたのか、五月の体が震えたのが分かった。伝えたいことはこれだけじゃない。
「俺が家庭教師としてお前に勉強を教える。昨日言ったことは忘れてくれ」
「そんな…都合が良すぎます…」
まるで足場の悪い場所にでもいるような、そのくらい震えた声で五月が言った。五月の顔はもう真っ赤だった。俺と目こそ合っているが、まるで俺の目が見えていないように思うほどだった。
「俺とお前は、今日からパートナーだ!」
初めて、ここまで感情を込められたかもしれない。それぐらい本気だった。五月はもう混乱で目が回っている。壁ドンをやめた時だった。
ピン!
エレベーターの音と共に、出てきたのは四葉と俺を捕まえた2人、そして、名前を忘れたが今日話しかけられたピンクショートカットの女がいた。
「あんた!やっぱり五月が狙いだったのね!」
「上杉さん!?どうして!?」
「やっぱり五月ちゃんが狙いだったんだね〜。それにしても、ちょっと積極的すぎかな〜。ははは」
「やっぱ、ストーカー。警察に通報しないと」
体力を使い果たし、何も出来ない俺。声を出そうとも出ない。
「皆さん聞いてください!」
その時、五月が口を開いた。皆の動きが止まる。
「この上杉君が、この上杉風太郎君が私達の家庭教師です…認めたくありませんが…」
そう言って鋭く光る目に睨まれ、身動きが取れなくなる。そんな状況でも、この疑問だけは声に出せた。
「待て…私達って…?」
「そりゃあ勿論、ここにいる全員です」
落ち着いた口調で言う五月。
(は…?)
「だって私達、五つ子の姉妹ですから」
「えぇぇぇぇ!!!」