もしもジョージ・オーウェルがウマ娘の怪文書を書いたら 作:ryanzi
ジョン、ヘルムホルツ、バーナードが通されたのは生徒会室だった。
前者二人は重馬場に反抗しようと、食堂でにんじんを食い尽くそうとしたのだ。
すぐに生徒会に鎮圧されたのだが。
なお、バーナードは何もしていなかったが、ついでに連行された。
「生徒会長がまもなくやってくる・・・たわけどもが」
そう言うと、エアグルーヴは部屋に三人だけを残して下がった。
ヘルムホルツが声をあげて笑った。
「裁判というより、午後のコーヒーの集いだな」
と言って、むちむちのアームチェアのうち一番豪華なものに腰を下ろし、
友人のしょぼくれた青い顔を見て、
「元気出せよ、バーナード」
と付け加えた。しかし、バーナードは元気を出すどころではなかった。
黙ったまま、ヘルムホルツの顔を見ようともせず、
部屋の中でいちばん、すわりごこちの悪そうな椅子に腰かけた。
権力者の怒りをすこしでもやわらげたいというはかない望みを抱いて、
念入りに選んだ椅子だった。
一方、ジョンはそわそわと書斎の中を歩きまわり、本を見つけた。
寡頭制うまぴょい主義の理論と実践 エマニュエル・ゴールドシップ
開いてみると、最初の数ページが破り取られていた。
しかし、ずいぶんと美しいクリーム色の白紙だった。
ジョンはこっそりとそれを懐にしまう。
そして書斎のドアが開いて、生徒会長が颯爽と入ってきた。
シンボリルドルフは三人全員と握手したが、話しかけた相手はジョンだった。
「トレセンがあまり好きじゃないそうだな、ジョン」
ジョンはルドルフを見やった。いまのいままで、嘘をつくか、怒鳴りつけるか、
なにを訊かれてもむっつりと押し黙っているか、そのどれかを選ぶつもりでいた。
しかし、生徒会長の愛想のいい知的で幼い顔に安心して、真実を率直に述べようと心を決めた。
「はい」
と言った。バーナードはぎょっとして、顔をこわばらせた、
なんと思われただろう?よりによって生徒会長の前で、
トレセンが好きじゃないと堂々と言い放つ、そんなやつの友人だというレッテルを貼られるなんて
――最悪だ。
「でも、ジョン・・・」
バーナードはたしなめようとしたが、ルドルフににらまれて、
情けなくも途中で口をつぐんだ。
「そりゃもちろん、いいものだってありますよ」
とジョンは認めた。
「時には競い合い、時には手を取り合い、そして勝利に進んでいく姿勢とか・・・」
「努力・友情・勝利(『ジャンプ三原則』)」
ジョンが突然の喜びにぱっと輝いた。
「読んだんですか?トレセンじゅうで、
あの漫画雑誌のことを知ってる人はひとりもいないと思ってた」
「ほとんどいないよ。わたしは、数少ない中のひとりだ。
禁書だからね。しかし、トレセンで法律をつくるのはわたしだから、
その法律を破ることもできる。なんの罰も受けずにね」
バーナードのほうを向いて、
「あいにく、マルクスくん、きみの場合はそうはいかないが」
バーナードは、さらに絶望的なみじめさに沈み込んだ。
「でも、どうして禁書なんです?」
「うまぴょいの役には立たないからだよ。
君もわかってはいるだろう?うまぴょいしたウマ娘は成長することを」
「ええ、でも・・・あまりにもおぞましい!」
「役には立つんだよ、役にはね。
それは実際、キプロス島での実験が如実に証明している」
「なんです、それは?」
シンボリルドルフはにっこりした。
「簡単な実験だよ。キプロスのトレセンでうまぴょいを禁止した。
結果は火を見るよりも明らかだった。暴動でトレーナーは全員うまぴょいされた。
それでしばらく色々と後始末が大変だったんだよ。
こちらとしては暴動を起こされるよりも、毎日うまぴょいしてもらったほうがありがたい」
そして、彼女は遠くを見るような目つきで言った。
「私もかつてはそういった方法に疑問を抱いていた。
だから、トレーナーくんとどんなにうまぴょいしたくても、我慢した」
「それで、ああなるわけか」
ヘルムホルツが皮肉交じりに言った。
彼の愛バこそ、シンボリルドルフなのだ。
「これから二人の身に起きることとほぼ同じだね。
我慢できずに、トレーナーくんを逆うまぴょいしてしまった」
その言葉でバーナードは電流を流されたように激しく震え、見苦しく行動しはじめた。
「逆うまぴょいされる?」
はじかれたように立ち上がり、ルドルフの前に走っていくと、身振り手振りを交えて訴えた。
「あんまりですよ。わたしはなにもしていません。
この二人です。やったのはこの二人なんです」
犯人を告発するように、ヘルムホルツとジョンに指を突きつけた。
「お願いですから、逆うまぴょいさせないでください。
これからは、ちゃんと正しく行動しますから。どうか、チャンスをください。
お願いです、閣下、後生ですから・・・」
「見苦しいよ。あと、絶対産むから。」
バーナードは部屋に入ってきたナリタタイシンによって部屋から連れ出された。
彼の担当バは彼女だったのである。
「やれやれ、これから死刑に処せられるとでもいうような騒ぎぶりだな」
ドアが閉まると、生徒会長は言った。
「ところが、少しでも分別があればわかるとおり・・・あれ、ジョンくんは?」
「今のどさくさに紛れて部屋を出ていったよ、ルナ」
「・・・ルナ、お仕事頑張ったからご褒美ちょうだい♡」
「偉かったね、ルナ」
「でもね、ジョンくんと一緒に暴れたのは許せないなあ・・・」
「俺もストレスが溜まってしまったからね・・・すまんな」
「いいよー♡」
ジョンは理事長に辞表を突きつけた後、北海道に移住した。
担当バのスペシャルウィークの故郷だったが、心配はいらなかった。
なぜなら、北海道は広いのだ。とにかく広い!探し出せるはずがない!
彼は北海道の隅っこにある草原を買い取り、そこに居を構えた。
トレセンは嫌いだったが、にんじんは作った。生きるためだ。
そこは実に綺麗な場所だった。森、ヒースや黄色いハリエニシダが茂る広々とした荒野、
赤松の林、白樺の枝が張り出した池と、その輝く水面に浮かぶスイレン、灯心草の群生――。
生活が落ち着いてきたころ、彼はあの白紙の本を取り出した。
今日は空を行くヘリコプターのごとき轟音の雨が降り続けているので、畑仕事ができない。
何でもいいから、書き留めたくなった。
彼は気分よく書き出した。だが、数分後、彼は驚愕した。
自分は気付かぬうちに、スペシャルウィークへの愛を書き留めていたのだ。
ページを破り捨てたくなったが、体がそれを許してくれない。
なんという劣情を彼女に向けてしまったのだろうか!
彼は必死に彼女のことを頭から追い出そうとした。無駄だった。
それどころか、彼女の純真無垢な裸体すら想像してしまった。その肉体を汚したくなった。
彼はトイレに駆け込み、思いの限りを発散してしまった。
だが、彼はそれでようやく理解した。今、自分はそろぴょいしたのだ。
自由!自由だ!ようやくそろぴょいできる自由を手に入れたのだ!
自由とはすなわち、そろぴょいできる自由であったのだ!
気が付けば、雨は上がっていて、大地に光が溢れ出していた。
彼は喜びに浸ったまま、外に出た。
・・・が、彼を待っていたのはびしょ濡れのスペシャルウィークだった。
「スぺ⁉いったいどうしたんだい⁉」
トレセンにいたときの彼だったら恐怖を感じていただろう。
それと、うまぴょいを迫る淫らな彼女に対する嫌悪も。
だが、そんな感情などすっかり吹き飛んでいた。
ただ、彼女が風邪をひいてやしないか心配だったのだ。
「まさか、僕に会いにここまで走ってきたのかい⁉」
彼女は頷いた。ジョンはタオルを用意すると、すぐに彼女を家に入れた。
しかし、ウマ娘の嗅覚が人間のそれより鋭いことをすっかり忘れてしまっていた。
「・・・栗の花の匂い」
「あっ」
そして、彼女は例の本を見つけてしまい、ページをめくってしまう。
「そろぴょい・・・したんですね、私で」
「・・・うん」
押し倒されると思い、覚悟した。
・・・だが、押し倒されなかった。
それどころか、彼女は泣きじゃくっていた。
「よかった・・・トレーナーさんに嫌われてしまったんだと・・・」
ジョンはそれでようやく理解した。自らの愚かさを。
彼女は、いや、ウマ娘は淫らなのではない。ただただ純粋なのだ。
そして、愛の伝え方をうまぴょいという備わっていた本能以外に知らなかったのだ。
そんな彼女を傷つけてしまったのは、頑固な自分だった。
「・・・すまなかった、スぺ。怖かったんだ。
いや、そんな言い訳、許されるわけないよね・・・」
「いいんです、トレーナーさん・・・。
私も、自分の思いを勝手にトレーナーさんに押し付けてしまってました」
二人はそのまま抱きしめ合う。
「愛してるよ、スペシャルウィーク」
「じゃあ、うまぴょいしていいんですね♡」
「あっ」
彼は再び思い違いをしてしまっていたのだ。
結局、ウマ娘もいつかは大人になっていくのだから。
結局、彼はベッドに運ばれて、ウマ乗りされてしまった。
彼はその可愛らしく純粋無垢でありながら、大人になりつつある少女の顔を見上げた。
ああ、頑固な身勝手さのせいで、この情愛溢れる胸からなんと遠く離れていたことか!
でももう大丈夫だ。万事これでいいのだ。そろぴょいは終わった。
彼は自分に対して勝利を収めたのだ。彼は今、スペシャルウィークを愛していた。