もしもジョージ・オーウェルがウマ娘の怪文書を書いたら   作:ryanzi

6 / 8
もしも星新一がウマ娘の怪文書を書いたら

「先輩、おはようございます。

このところよい天気がつづいて、気持ちがいいですね。

もっとも、午後になると、少しは暑くなるかもしれませんが」

 

あけはなたれた窓から流れこんでくる、若葉のにおいを含んだ風を受けながら、

私はセイウンスカイを担当している先輩の机の前に立った。

 

「おはよう。君に渡したいものがある。ぼくにはもう不要だからね」

 

と先輩は、遠くの青空で育ちはじめている入道雲を見つめたまま言った。

とうとう、この時がやってきてしまったのだ・・・。

 

寡頭制うまぴょい主義の理論と実践  エマニュエル・ゴールドシップ

 

私はそれをポケットにしまい、車に乗り込んだ。

そして、キタサンブラックの写真を最初のページに貼り付ける。

 

「そうだなあ・・・こんなに天気もいいんだし、ゆっくりドライブするか」

 

そう呟いて、再び本をポケットにしまう。

 

「うん。まず国道をまっすぐに行こう」

 

車にエンジンを入れ、私は白い壮大なピラミッド型の校舎、

つまりわれわれの勤め先のトレセン学園を後にした。

車は人影のまばらな街の大通りを、ゆっくりと進んだ。

両側の街路樹は、舗道の上に静かな朝の緑の影を並べていた。

その舗道の上のところどころには、うば車を押すお母親、孫の手をひいた老人、

小走りにかけまわる犬をつれて散歩している美しい婦人などが見られた。

赤と白のしま模様の日よけを出した商店街はまもなく終わり、車は住宅地を進んだ。

 

「結婚して、あんな家に住むつもりなんだ」

 

かつて同僚に指さしてみせた家があった。

バラをからませた垣根のなかの、大きなニレの木の下にある古風な作りの住宅。

窓からは、静かな昔のメロディーを織るピアノの音が流れ出していた。

あのような家に住めば、こずえに集って朝霧のなかで鳴きかわす小鳥たちの声を、

めざめた時に、寝床のなかで聞くことができるだろう。

また、ものうい午後のひとときには、幹のほらあなのなかの何匹かのリスたちの、

木の実をかじる音もひびいてくるだろう。

 

「ぼくは、あんな家にするつもりだ」

 

同僚がかつて指さした、大きな池のほとりにある家。

今でも開いた窓からは、その家の主人らしい中年の男が、

カンバスに絵筆を走らせているのが見えた。

夜になれば、鯉たちが軽い水音をたてて跳ね、月影がきらきらと散らばるのを、

あの窓から眺めることができるだろう。

そんな同僚は愛バのサトノダイヤモンドと結ばれて、似たような家に住んでいる。

 

「平和だ」

 

住宅もしだいにまばらになり、自動車はこんもりした森を持つなだらかな丘を、いくつか超えた。

恋人同士なのだろうか、楽しげに語らいながら自転車を踏む若い二人が、

われわれの車を追い抜いていった。同僚の呟きを思い出す。

 

「こんなに社会が平穏に保たれているのは、やはり学園と政府の方針のおかげなんだろうな。

我々トレーナーや、他のウマ娘に関わる職業の男性が、そろぴょいしてはならないという」

 

それには、疑問のひびきがないでもなかった。私はこう言った。

 

「当たり前の話だよ。きみも本で読んで知っているだろうが、あの昔のトレセンと、

長い年月をかけてやっと方針が軌道に乗った今とを比べてみれば、

はっきりわかることじゃないか。いまでは、すべての悪がなくなっている。

嫌われとか、担当の寝取られとか、あらゆる鬱要素が」

 

「それはそうだ。たったひとつのことを除いたらね」

 

「だが、そのたったひとつまでなくそうと考えたって、無理だよ。

必要悪は、もはや悪じゃない。それをなくそうとしたら、

すべてがたちまち混乱の昔に戻ってしまうじゃないか」

 

結局、彼もその必要悪を認め、ダイヤと添い遂げることとなった。

今では、彼もすっかり幸せで、平和なのだ。

ゆっくりとブレーキをかけた。道ばたの草むらから一人の少年が道路の上にとび出してきたからだ。

そして、それにつづいて、息を弾ませた少年と同い年くらいのウマ娘が現われた。

 

「お嬢さん、もう一息じゃないか。元気を出してうまくつかまえろよ」

 

私の声に、ウマ娘はちょっと足をとめ、ふりむいて笑顔を見せたが、

また少年のあとを追って、草むらのなかにかけこんでいった。

きっとあのウマ娘は、まもなく少年をつかまえるだろう。

そして、彼女の家の夜の寝室は、ウマ娘と少年の喘ぎ声でにぎわうことになるだろう。

ほほを赤くした二人が互いに愛し合う姿が脳裏によぎる。

 

「さて、ガソリンを入れておこう」

 

車は澄んだ水に青空を映しながら流れる小川にそってしばらく走り、村に近づいた。

 

「きょうは、こちらのほうでそろぴょいですか」

 

小さなレストラン兼ガソリンスタンドの店をやっている老人は、

私を見て哀れみを浮かべながら言った。

 

「ああ、もう少し先だ。ガソリンを入れてくれないか」

 

私をトレセンのトレーナーだと知っているらしいそのトレーナーは、

もう、それ以上なにも話しかけてこなかった。

 

「ごくろうさまです」

 

ガソリンを入れ終えた老人は、目を伏せながら、私の車を見送った。

 

「ああ、さっき通った小川のほとりあたりがいいな」

 

そこで私はポケットから本を取り出す。

車を止めて、景色を目に焼き付けながら、そろぴょいした。

白いにんじんジュースが、小川と共に流れていった。

 

「さて、そこにいるんだろう?」

 

トランクから私の愛バのキタサンブラックが出てきた。

 

「どうしてなんですか・・・私にうまぴょいされなくちゃいけないって知ってたのに・・・」

 

「必要悪はもはや悪ですらないんだ。

トレーナーとウマ娘が結ばれるためには、こうするしかない」

 

私は彼女を抱きしめる。

 

「キタサン、愛してる」

 

「トレーナーさん・・・もう我慢できません・・・」

 

彼女は私にウマ乗りになった。

 

「本当にいいんですか・・・?」

 

「いいよ、自分で決めたことなんだから。

ああ、嫌われと寝取られの恐怖のない時代に、君とうまぴょいできるなんて嬉しいな」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。