リリィ一行は夕食の用意を済ます為に各々のテントへと帰還していく。そして、各々は防衛軍の補給担当からレーションを受け取ると、それを抱えて今度は一柳隊のテントへと向かっていく。
それを扶桑の人々は不思議そうな視線で見つめている。見た事も無い包装をした袋状の物体。そして、それが加熱するだけで食する事が出来る糧食だというのだ。その話を聞き、缶詰の一種かと皆は考えたが、大雑把に向こうの軍からその代物の説明を聞く限り、どうも缶詰ではないらしい。あちこちのテントから嗅いだ事の無い食欲を掻き立てる香りが漂っているという点もあったが、すぐ目の前に未知の技術が存在するという事実に人々の興味はただただ惹き付けられていた。
「お湯は…用意した方がいいのかな?」
「水だけで加熱できますね、大丈夫かと」
一柳隊のテントでは夕食の用意をすべく、梨璃と神琳が九人分のレーションの包装を外して支度を始めていた。しかし、支度と言ってもレーションセットの中には加熱に必要な装備も入っている為、やる事は実際殆どない。包装から中身を出したら加熱袋と必要分の水を用意するだけだ。レーションはレトルトに入ったおかずが二、三品。そして、スプーンや箸と少量の調味料。そして、パックのご飯が二つで一纏まりのセットであった。そこにインスタントの乾燥味噌汁とビタミン補給の為の野菜ジュースが個別に追加されている。そして、そのおかずの内容は九人分どれも同じもののようだ…ハンバーグと照り焼きのチキンのセット。防衛軍隊員向けと同じ内容でその量は多い。だが、リリィは体を動かしたり、マギを使ったりする事情からか食欲旺盛な者が多い。よって、問題はないだろう。
加熱用の薬剤と水を袋に入れ、そこにレトルト袋を差し込む。後は10分待つだけ…梨璃は手順を一通り読み終えるとその通りに準備を終える。キッチンタイマーをセットして待っていると、グラン・エプレとヘルヴォルの面々がレーションを持ってやってきた。神琳がそのレーションに目を向ける。どうやらレーションの構成は一柳隊と別らしい。グラン・エプレはチキンのトマト煮、ヘルヴォルはサバの味噌煮。
「あら、レギオンごとに違いますね」
「そうですね、一柳隊は…おや、ハンバーグですか?」
「うちとも違うわね。少しシェアしてみる?」
三つのレギオンがこうして集まる光景を見た梨璃は、ふと他の二つのレギオンと出会ったばかりの頃にあった合宿を思い出していた。しかし、あの時とは違う。皆、あの時よりも数々の実戦で経験を積んでいる。そういう面ではとても心強い。しかし、今は普通なら想定すら出来ないような何もかもが常識外れの事態である。それに未知の敵もいる。そういう意味ではわずかばかりの不安感も同時にあった。そして、そんな事を考えていると更に来客がやってくる。
「お邪魔します」
「これも…変わった質感の天幕ですね。ざらざらしてる」
にこやかな笑顔で芳佳と静夏がテントの中へと入ってきた。その手には盆があり、その上にはいくつかの食器が載っている。扶桑軍が用意した食事らしい。テントの中にスパイスの香りがほんのりと漂う。どうやらカレーライスのようだ。
「もしや…それが噂の海軍カレーですか?」
食器の中を見た梨璃が聞く。
「ああ、これね。陸軍さんが作ったカレーを分けてもらったの。この学校の調理室借りたり、外で炊き出しみたいな感じで作ったりとかあちこちの部隊で色々作っているみたい」
「へえ」
盆の上にはカレーが入ったお椀と山盛りのご飯が入ったお椀、更にゆで卵が入った皿がある。実にシンプルな構成だと梨璃は心の内で考える。ちなみに、ゆで卵はパイロットや航空ウィッチ向けに追加されたものであり、他の兵士の食事には入っていない。
「全員揃ったわね。では、始めましょうか」
そして、各々床に座って食事を始める。
「互いに自己紹介という事ですが、どうしましょうか?お姉様」
「ふむ、そうね…」
「じゃあ、私から」
すると、芳佳が立ち上がる。
「扶桑海軍少尉、宮藤芳佳です。先日の一件は大変お世話になりました。えーと、他に自己紹介できそうなことは…あ、駆け出しの軍医で今勉強中です!」
「軍医…えっ、お医者さんですか!?」
その意外な一言に場の皆は驚いた様子である。
「ええ、まあ。実は実家が診療所なもので…」
「へえ」
芳佳は照れ隠しに頭を掻く。そして、続いて静夏が立ち上がった。
「では…扶桑海軍少尉、服部静夏です。宮藤少尉とは欧州で同じ隊に所属しています。えー…この場では自分が最年少ですが、よろしくお願いします!」
その一言を聞いた一葉は梨璃にそっと聞く。
「彼女、年下なのですか…?」
「ええ、14歳だとか」
「なんと」
「そんな年で軍人、しかも士官って…やっぱり常識が違う世界だわ」
そして、隣でそれを聞いた叶星は唖然とする。リリィでもその年でヒュージと戦う者は確かにいる。しかし、その身分はあくまでもリリィであり、軍に入るような事は無い。叶星は改めて元の世界との差異を認識するのであった。
「では、こちらも…ちゃんとした自己紹介はまだ出来ていなかったわね」
そう言うと、夢結が立ち上がる。それに続いて一柳隊一同も立ち上がった。
「じゃあ、私から…一柳梨璃です。百合ヶ丘女学院の一年生。そして、この一柳隊の隊長をやっています。隊長としても、リリィとしても駆け出しの身ですが、改めてよろしくお願いします」
「二川二水です。同じく一柳隊所属で百合ヶ丘女学院の一年生です。同じく駆け出しですが…えーと、そうですね。リリィにはちょっとだけ詳しいので何かあれば自分にどうぞ」
「楓・ジョアン・ヌーベルと申します。百合ヶ丘女学院の一年生ですわ。実家が世界一のCHARMメーカーですの。CHARMにもし興味がありましたら、私に是非!」
「おおっと、CHARMに関してならわしの方がずっと詳しいぞ!いや失敬、百合ヶ丘女学院一年、ミリアム・ヒルデガルド・フォン・グロピウスじゃ。戦闘だけでなくCHARMの整備や開発もやっておる。何か知りたい事があれば、是非わしに聞いとくれ!!」
ミリアムの自己紹介を聞いたウィッチ二人は、それが実に流暢な扶桑語ではあるが、口調がなんとも独特だと苦笑いを浮かべる。そして、彼女のその名前からしてカールスラント周辺出身の人物なのだろうと芳佳は考える。
「…同じく一年の安藤鶴紗だ、よろしく」
「郭神琳と申します。梨璃さん達と同じく百合ヶ丘女学院の一年生です。こちらの世界についてはまだ分からない部分も多く、何かとご迷惑をおかけする場面もあると思いますが、よろしくお願い致します」
神琳の名前を聞いた芳佳が質問する。
「えーと、ご出身はどちらでしょうか?あまり聞いた事がない雰囲気の名前でして…」
「出身ですか?台北ですが…」
「台北…ああ、なるほど。ありがとうございます」
扶桑国内の聞き覚えのある地名に芳佳は深く頷く。確か、バナナやサトウキビなんかの生産が盛んな地域にある都市だったかな、と学校で教わった事を思い出す。
「王雨嘉、神琳と同じ一年生…よろしく」
「吉村・Thi・梅、さっき話したように夢結と同じく二年生だ。よろしくな!何かあれば相談してくれ」
「では、改めて…白井夢結、一柳隊所属で百合ヶ丘女学院の二年生よ。あとは…そうね、誤解されそうだから先に説明するけれど、梨璃とはシュッツエンゲルの契りを結んだ間柄。姉の様に呼ばれているけれど、実の姉妹という訳ではないわ」
聞いた事が無い単語にウィッチ二人は揃って首を傾げる。
「それはどういったものなの?」
「このシュッツエンゲルの契りというのは、うちの学院の制度よ。上級生が契約を結んだ下級生に対して姉妹の様に親密に教え導き、下級生をリリィだけでなく人間的にも成長させていくの」
「姉妹の様に…へー、なるほど。それで梨璃さんは夢結さんの事を姉のように呼ぶんだね」
「これを説明するとてっきり驚くかと思ったけれど、二人は驚かないのね」
すると、静夏が苦笑い混じりのなんとも言えないような表情をしながら口を開く。
「えーっと…実のところ、海軍ウィッチにはある種の愛情表現で上官や先輩に対してお姉様と呼ぶ人が稀にいましてね…てっきり、そういうのかと…」
「えっ!?」
その刹那、遠く離れた北欧の地で一人の扶桑海軍ウィッチが盛大にくしゃみを飛ばすが、この場の誰もそれを知る由もない。
「とりあえず、一柳隊は以上よ」
「じゃあ、次は私達が」
すると、続いてグラン・エプレの一同が立ち上がった。
「私達、グラン・エプレは梨璃さん達とは別のガーデン…学校所属のレギオンよ。人数は一柳隊と違って五人で構成されているの。そして、私がリーダーの今叶星。神庭女子藝術高校の二年生、よろしくね」
「宮川高嶺、同じく二年生。叶星とは幼馴染でずっと一緒の仲なの。学科も同じ造園よ」
学科の名を聞いた芳佳が質問を飛ばす。
「造園…農業とかを勉強する学校なんですか?」
「いえ、芸術系ね。デザインとかそういう方面が専門。ちなみに一年組は違う学科よ」
「芸術…絵とかかな」
その一言に一人のリリィが反応する。
「絵なら得意だよ!ぼくは丹羽灯莉、一年生。学科は絵画なんだ。で、宮藤さん質問いい?」
「いいよ、何かな?」
「ねえ、この世界ってユニコーンいる?」
その突拍子もない質問に二人のウィッチは目をパチパチと三度ほど瞬きさせる。
「ユニコーンっておとぎ話に出てくるあの馬みたいなやつ?」
「そうそう、あの羽と角の生えた馬」
「うーん…多分いないと思う…」
「そっかー、昔から魔法のある不思議な世界ならいると思ったのに。残念だなあ」
がっかりした様子の灯莉を見て、グラン・エプレの面々は苦笑する。
「えーっと…うちはちょっと個性的なタイプが多くてごめんなさいね」
「あー…いえいえ、知り合いにもっと個性的な人達がいるので大丈夫です」
「そうですね、ちょっとやそっとではもう動じませんね…」
どこか遠くを見つめるような芳佳と静夏の返事に叶星と高嶺は首を傾げる。なお、芳佳の言うような個性的な人々はここ扶桑にはいない。欧州の地で今も各々戦っている筈である。多分、きっと、おそらく…
「えーと…土岐紅巴です。一年生で学科は音楽、専攻は声楽です…よろしくお願いします」
「へえ、歌ですか」
「え、はい。でも、土岐はあんまりうまくないので…その…」
紅巴という少女はもじもじとした素振りで返事を返す。きっと、恥ずかしがり屋なのだろう、静夏はそう内心で考える。
「最後は私ね!定盛姫歌、一年生で同じく声楽専攻よ!夢は歌って踊れるトップのアイドルリリィ!!よろしくね!」
紹介と同時に姫歌はウインク。しかし、その紹介を聞いた芳佳と静夏は理解が追いつかないという表情を浮かべながら互いに顔を見合わせる。
「歌って踊れるトップ…もしかして歌劇団のトップスターかな?」
「いえ、劇団のミュージカルかも…?流石、芸術専門…夢が大きいですね…」
一方、明後日の方向へと解釈していく二人を見て姫歌は唖然としていた。
「あ、いや…そっちじゃなくて」
すると、紅巴がそっと耳打ちする。
「姫歌さん、この時代だとアイドルって単語はまだ一般的じゃないかと…」
「あっ!!」
「まったく、定盛は詰めが甘いなあ」
「ユニコーンの質問をいきなりぶつける誰かよりはマシよ!!」
「おおっと…さっすが、定盛のツッコミはキレがあるねー」
「ツッコミじゃない!!あと、定盛言うな!ひめひめと呼びなさい!!」
「えー、そのー…次に行ってもいいですか…?」
「あっ、どうぞどうぞ」
一葉が困り気味混じりの苦笑いの表情でそう聞いてきたので、グラン・エプレ一年三人組はサッと静まり返る。
「では、最後はヘルヴォルが自己紹介を」
そう言うと、ヘルヴォル一同が立ち上がる。しかし、一人だけ一足遅れて立ち上がった。
「おっとっとっと…佐々木藍だよ。よろしくね」
「リーダーよりも先に藍が挨拶しちゃったか…」
「まあ、藍ちゃんらしいと言うかなんというか」
ヘルヴォルの面々は笑いながら言う。
「失礼、相澤一葉です。エレンスゲ女学園一年生、このレギオン…ヘルヴォルの隊長を務めています。他のレギオンとは別の学校所属となりますが、これまで幾度も共同任務を実施した頼れる仲です。そして、人数はグラン・エプレと同じく五人から構成されています。これから色々とお世話になるとは思いますが、よろしくお願いします」
「初鹿野瑤、エレンスゲ女学園二年生、ヘルヴォル所属。よろしく」
「芹沢千香瑠です。同じく二年生。特技は…そうね、料理かしら。よろしくお願いします」
そして、最後の一人が挨拶する。しかし、どうも表情も態度も暗い。
「えっと…飯島恋花です。同じく二年生です…その、よろしくお願いします…」
「ヘルヴォルは以上です」
その恋花の様子にリリィ達は仰天する。座った一葉に梨璃と叶星が驚いたように話しかける。
「一葉さん!恋花様はどうしたんですか!?」
「そうよ、いつもと違うわ。どこか体調でも悪いのかしら…」
すると、一葉は何とも言えないような表情を浮かべる。
「実は先程、外出した時に色々ありましてね…ちょっと、この世界の人に対して警戒気味といった感じで」
「ええっ!?」
「まさか、喧嘩!?」
「あー、大丈夫。そういうのではないです」
すると、一葉は何があったのかを語り始める。
「いつものあの口調がどこかの方言と間違われてショックを受けたようでして」
「あー…確かに昔はああいう口調が無いイメージだわ」
「なるほど、それでカルチャーショックを受けたと…」
「ええ、そんな感じです」
なるほどと叶星は頷くと、梨璃が聞く。
「そういえば、叶星様も外出したんですよね。どうでした?」
「そうね…特に変わった事は無かったわね」
すると、叶星は外出時の様子を語り始めた。
リリィとウィッチは交友を深める。
怪物との戦闘に身を投じるという意味で共通した点を持つ彼女達、互いに無意識のうちにその共通点を感じ取っていた。
だがしかし、少々のギャップはどうしても避けられない。