散策へと出たグラン・エプレ一行は案内役の扶桑陸軍大尉と共に鎌倉の街を歩く。案内役とは言うものの、その実態はリリィがどのようなものか探る役目も担っているのだろう。グラン・エプレ所属の高嶺はその大尉の背を見てそう考える。そして、幼馴染かつレギオンリーダーである叶星に目立たぬようにそっと耳打ちする。
「彼、きっとこちらの様子を探る監視よ。警戒しなくていいの?」
「大丈夫よ。あちらもこちらの様子を掴む為に四苦八苦しているのだと思うの。つまり、わざわざこういう手を使ってまで探りを入れていると考えられるわ」
「つまり、私達の印象がリリィ全体のイメージに影響を与えかねない…という可能性もあるわね」
「ええ、だからこそ友好的に接していた方が得策と思えるわ」
それに、と叶星は言う。
「ヒュージ出現前は一大観光地と言われた古都鎌倉よ。せっかくだから楽しまないと損でしょう?」
「ふふ、確かにそうね」
そんな会話を交わすと再び歩き始めると、高嶺はふと視線を路地へと向ける。
「あの通り、いい風景ね」
「あら…本当ね」
すると、高嶺は陸軍大尉に話しかける。
「すみません。写真を撮ってもいいですか?」
「ええ…そうですね、兵士や装備が写らないのであれば大丈夫です」
「分かりました」
条件付きながらも了承を得た高嶺はカメラを取り出す。それは昔ながらのフィルムカメラであった。
「カメラはあまり変わらないのですね」
高嶺のカメラを見た大尉は驚いたように言う。
「いえ、今ではデジタル…別の方式が主流になってしまって、こういうフィルムカメラは下火です。趣味や芸術の用途で使う人がいるぐらいですね」
「そうですか…でも、どこか安心しました。そちらにも知っている物があると分かって」
「技術がどんなに進歩しようとも、案外残り続けるものが多いのかもしれませんね」
軽く微笑みながらそう言うと、高嶺はレンズを路地へと向ける。その先には青々とした生垣や見るからに歴史ある風情の塀が並ぶ…元の世界の鎌倉ではとても見る事が出来ない風景だ。
「高嶺ちゃん、資料になるかもしれないからあの辺りも撮ってほしいな」
「はいはい、了解よ」
叶星が指差した辺りに視線を向ける。そして、ファインダーを覗き込むとピントを合わせてシャッターを切る。すると、その会話に疑問を持った大尉が質問してきた。
「その、資料とはどういった目的の?」
「私達、造園…建築に近い分野の学問が専攻で、そういった面で参考になるかなと思いまして」
「建築…ああ、なるほど」
「私達の世界の鎌倉はこういった風景が失われてしまったので…いつか街の復興をする際の設計なんかにも役立つかもしれないな、と」
「それはそれは、世の為人の為という事ですか。なるほど、勤勉ですなあ…」
感心したようにその大尉は深く二度頷くと、続けてこう言った。
「どうでしょう、それなら寺でも見物していきますか?何か参考になるかもしれません」
「お寺ですか…では、お言葉に甘えて」
「まあ、兵士達の詰め所になっていて多少むさ苦しい雰囲気かもしれませんが」
そして、一行は陸軍大尉の後に続いて再び歩き出す。しばらく歩くと、厳かな山門が見えてくる。その前には歩哨が立っており、陸軍大尉が敬礼を交わす。そして、大尉の後に続いて境内へと入っていく。
「これは…」
「凄いわ、まさかあの鎌倉でこんな風景を見る事が出来るなんて」
歴史を感じる苔むした岩々に石造りの柵、石灯篭に墓石や石碑。多種多様な木々や草花。その景色は時期が時期なら色とりどりの花々や色付いた紅葉とその落葉が楽しめるであろう。
人の姿が無い静かな境内、五人のリリィと一人の陸軍士官の歩く音が響く。しばらく歩くと本堂が見えてきた。そして、本堂の周りには兵士達の姿が見え、談笑するような話声も聞こえてくる。すると、その兵士達は大尉の姿を見て、慌てて敬礼して出迎える。外にテント等が無い事からあの兵士達はどうやら本堂やその周りの建物を寝床にしている様子である。
「これはまた立派なお堂…」
その木造建築物の細かな装飾、長い年月の積み重ねを感じる太い柱…感銘を受けたように叶星はそう呟く。
向こうの世界ではこのような歴史的建造物は失われてしまったものも多い。事故や災害、老朽化…様々な原因があるものの、その中でも特に影響が大きいものはヒュージとの戦闘による戦火である。そして、失われたまま再建の目途すら立たない建築物も多い。それだけに叶星が受けたインパクトはとても大きいものであった。そのまま本堂に近づいてメモ帳を開くと、つぶさに観察を始めた。高嶺もカメラ片手に叶星の隣へと立つと、二人は真剣な表情で話し合う。
一方、その場には二年生の二人とは別の学科である一年生の三人が残された。すると、その様子を不思議に思った陸軍大尉はその三人に問う。
「おや、皆さんは見に行かないのですか?」
「ええと、私達は造園科とは別の学科所属でして…専門外というか…」
姫歌がばつの悪い表情をしながら答える。
「別…ああ、そういう事でしたか。すみません、失礼しました」
「いえいえ。私の専攻は音楽なので、ああいうの見ても綺麗だなーぐらいの感想しか出なくて」
「ほほう、音楽ですか。自分にはよく分からない分野ですが、兵の中には楽器や歌を嗜む者もいます。もっとも、専門の皆さんから見たら素人同然でしょうが」
「こっちの歌か…」
その話を聞いた姫歌は休憩中の兵士達へと視線を向ける。二十歳前後の若い兵士達は思い思いに時間を潰しているようだ。しかし、向こうの世界の同年代とはその余暇の過ごし方も大違い…その理由はデジタル機器が一切無いからだという事に姫歌は気づく。お堂の縁側で雑誌や新聞に目を通す者もいれば、将棋や囲碁をやる者もいる。そんな彼らと会話しても話は合わないだろうな、と姫歌は考える。
そんな事を考えながらふと隣に目をやると、そこにいたはずの灯莉の姿が無かった。
「…あっ、いない!?どこ行ったのよ」
姫歌は慌てて灯莉の姿を探す。すると、灯莉は寺の庭園を眺めている様子である。余計な事をしていなければいいが…と心配しながら姫歌は灯莉の元へと駆けよる。そして、姫歌は灯莉に注意すべく話しかけた。
「ちょっと、好き勝手動いちゃ駄目じゃないの!怒られたらどうするのよ」
「えー、あの庭を見てるだけなのに」
「見てるだけって…ああいうのは叶星様や高嶺様の専門でしょうに」
「ひどいなあ。僕にだって少しは分かるよ、枯山水でしょ」
「え…あー、うん…」
「わびさびだよ、わびさび。ほら見てよ、あの石の組み方」
そう言われると姫歌は沈黙せざるをえない。灯莉の学科は芸術科である。普段の言動はともかく専門分野の話となれば、そのセンスは唯一無二と言っていい程である。このまま彼女の領分で話を続けても置き去りにされるだけだろう。
「何かしら」
「音楽ですね」
すると、ノイズ混じりの音楽が聞こえてくる。それを聞いた姫歌と紅巴がその音がする方向へと視線をやると、箱状の物体が縁側に置いてあるのが見えた。
「あれは、ラジオ…ですかね」
「ええ、多分。アンティークショップに置いてありそうな雰囲気ね」
「しかし、聞いた事の無い曲ですね」
「この世界の流行りなんでしょうね」
「歌声はとても綺麗です。でも、ノイズというか音質の問題というか…」
「ラジオと音楽だけでもこんなに違うのね…イメージはしていたけど実際に聞いてみるとよく分かるわ」
いかにも古めかしい曲調、今時では学校の歌集でしか聞かないようなものだ。そして、電子的な音源は皆無。元の世界と比べるとラジオの音質も良くない。音楽は姫歌と紅巴の専門分野、それだけに技術の差をはっきりと実感したのである。
すると、姫歌は何かを思いついたように手を叩く。
「決めたわ、紅巴!私、こっちの世界でもアイドルリリィになるわ!!リリィと言えばひめひめと呼ばれるぐらいの」
「え、ええ!?…こっちの流行りとか分かるんですか?」
「え?ほら、元の世界の昔の流行歌とか参考にすれば…」
「えーと、本当に大丈夫でしょうか…」
二人がそんな事を話していると、叶星の声が境内に響く。
「みんな、そろそろ帰りましょうか」
どうやら帰る時間のようだ、それを聞いた二人は慌てて叶星と高嶺のいる方向へと駆けていく。
「…こんな感じだったわね。本当にいいお寺だった…余裕があれば街全域を見て回りたいわね」
叶星は満足げに今日の出来事を語った。
「わあ、話を聞くだけで楽しそうです」
「叶星様にとっては地域一帯が資料の宝庫みたいなものですもんね」
話を聞いた梨璃と一葉の二人は納得したように深く頷く。
「では、次は私の番ですね」
そして、続いて一葉も外出時の様子を語り始める。
外出したヘルヴォル一行は鎌倉沿岸の浜辺にいた。
「ちょっと、一葉。なんでこんな状況なのに浜辺なの?鎌倉といえばあのとにかく有名だった江の島とかがあるでしょう!無傷で観光地のままの江の島だよ、無傷の!!」
「えーっと…」
恋花は一葉に対してクレームを次々飛ばす。だが、瑤はそれを宥める。
「落ち着いて、恋花。江の島はちょっと遠いし、この由比ヶ浜も負けず劣らずの有名な海水浴場だから」
「あっ、なるほど。じゃあ、海水浴だ!でも…何も用意してないけど」
すると、一葉は不思議そうな顔で口を開く。
「海水浴…?何を言っているのですか。ここに来たのはトレーニングの為ですよ、恋花様。ほら、考えてもみてください。海から突然ヒュージが出てくる心配がない…つまり、集中して訓練できる素晴らしい環境ですよ!これを逃す手はありません」
それを聞いた恋花は天を仰ぐ。
「うわー…信じられない。ないわー、マジないわー。だって、おかしいでしょ。こんな特殊な状況なのに観光じゃなくてトレーニング?ほんとひくわー」
「私達はリリィです、世の為にも日々鍛錬しなければなりません!いかなる時も血反吐を吐くほどの努力が必要でしょう!!」
「リリィであると共に、あたし達は華の学生なんだよ!それなのに青春を謳歌できないとかマジで大きな損失だよ!!」
恋花の抗議を聞いた付き添いの海軍中尉は首を傾げる。それを見た千香瑠はどうしたのだろうと尋ねる。
「あのー…何かありましたか?」
「ああ、いえ。聞いた事が無い方言でしたので…彼女のご出身はどこなのだろうとつい考えてしまいましてね」
「あー…その、彼女のは方言ではなくて…若者言葉と言えば通じますかね?」
「若者言葉…ああ、そういう…なるほど、違う世界だとやはり言葉の流行も違うのですなあ」
千香瑠の言葉に海軍中尉は納得したように手を叩く。しかし、それにショックを受けたものが一人。
「ほ、方言…」
「あの、恋花様…大丈夫ですか…?」
「これから話し方に気を付けるね…」
「お気になさらずに…あれです、文化の違いってやつです」
恋花の様子を見た瑤は呟く。
「これはしばらくダメそう。一葉、トレーニングはやめておいた方がいいんじゃない?」
「そうですね…では、どうしましょう?うーん、ここからどこかに行くのも…」
すると、藍が跳ねるような勢いで言う。
「じゃあ、このままお散歩しようよ」
行く当ても無いので一同はその意見に賛同するように頷いた。そして、一同は浜辺を歩く。
すると、藍が海を眺めて口を開く。
「うわあ、大きな船が見えるよ。でも、黒い煙が出てる…火事?」
「違うよ、藍。あれは煙突から出ている煙」
一葉がそう答える。藍が見た船はいくつもの砲塔が載った大型艦…大昔の軍艦だ。巡洋艦か、戦艦か。
「でも、普段見る船はあんなに煙は出てないよ。なんで?」
「昔の船は今とはエンジンも燃料も違うからね」
「ふーん」
穏やかな波音が響く中、エンジン音が聞こえてきた。
「なんだろう?」
「海からですね、あれは…上陸用舟艇でしょうか?」
一葉が洋上へと視線を向ける。その先には4隻の独特な形状をした小さな船が走っているのが見える。
「上陸用舟艇?」
「人や車両なんかを浜辺まで運ぶための船ですよ、千香瑠様」
すると、付き添いの海軍中尉が重ねて言う。
「よくご存じで。あの大発は…物資輸送中ですね」
「ふむ、やはり。あ、接岸しますね」
上陸用舟艇…大発は浜辺に乗り上げると、艇首の板が前方へとバタリと倒れ込む。それが艇と浜を結ぶ道となるのである。そして、4隻の大発からはトラックと歩兵が出てきて浜へと降り立っていく。一葉は周囲にいる陸軍兵士が誘導作業を行っている様子を見て、そのままその先に視線を向ける。その先には空き地があり、そこに車両が集まっているようである。
そして、一葉は尋ねる。
「あの、すみません。あそこの車両を見学してもいいでしょうか?」
「まあ、大丈夫だとは思いますが…何か気になる事でも?」
「ええ、ちょっと」
回答を聞いた一葉は意気揚々とその空き地まで歩き出す。その足取りは普段よりもずっと軽やかに見えた。
「うわあ、見てください!まさに宝の山ですよ!!」
しかし、後に続く面々は一葉のその言葉に困惑する。そこに並ぶのは博物館にでも行かないと見ないような形をした各種車両の数々。トラック、装甲車に戦車、雑務用の乗用車にバイク等々…である。
困惑しつつも瑤は一葉にその発言の意味を問う。
「えっと…何が宝の山なの?」
「何を言っているのですか、目の前にある車両全てですよ!」
「…それって貴重品って事?」
「貴重と言えば貴重ですね。だって、どれもデジタル制御が一切存在していないような車だって事ですよ。それだけでその手の趣味の人が見れば文字通りのお宝です!」
「あー、やっぱりよく分からない話だった…」
熱弁を振るう一葉に対し、瑤は理解が追いつかない様子でこめかみを押さえる。すると、海軍中尉は再び千香瑠に聞く。
「彼女は何故あんなに熱心に車を?」
「ええ、彼女は趣味が運転でして…」
「つまり自動車の免許を?」
「バイクや船…色々な免許を持っています」
「それは凄い。あの歳で…別の世界は進んでいますなあ」
「えーと、流石にあそこまでとなるとちょっと珍しいですが」
若い海軍中尉は感心したように頷くが、千香瑠はただ苦笑する。一方、藍は飽きたように周囲を見回す。すると、驚いたように声を上げた。
「わっ!!あそこにお馬さんがいるよ!」
「え?本当だ…なんでこんな所に」
藍が指差す先には干し草を食む数頭の馬がいた。そして、何故馬がいるのだろうと瑤も千香瑠も首を傾げる。すると、海軍中尉がその問いに答える。
「あれですか?多分、陸軍の輜重…いえ、荷運び用の馬かと」
その発言に一葉以外のヘルヴォル一行は驚く。彼女達の中では馬はもっと昔の時代の輸送手段だという認識だったのだ。
しかし、実際には1940年代中頃は一部の例外を除いてどこの国でも各種兵科で軍馬はまだまだ現役であり、民間でも車が多いのは都市部ぐらいでそれ以外では牛や馬が労働力として活用されているような状況だった。そもそも舗装された道すら少ない状態であり、車よりも牛や馬の方が便利であったという事情もあるのだが…瑤や千香瑠にはそこまでの想像が出来なかった。
「馬で荷運びって…本当に?」
「信じられないわ。そこにトラックもあるのに」
一方、そのとても驚いたような反応を見た海軍中尉は双方の認識の隔たりを改めて実感していた。そして、彼は向こうの世界は機械化が相当に進んでいるのであろうと考える。
「そちらでは馬は珍しいのですか?」
「そうですね。動物園や観光牧場ぐらいにしかいませんね」
海軍中尉の問いに対して一葉が答える。
「つまり、労働力としては使っていない…という事ですな」
「ええ。そういった用途は全てが自動車や重機に置き換わった形となります」
「なるほど」
一葉の言葉に海軍中尉の想像は確信へと変わった。双方の世界は単なる技術力だけの差に留まらない…そして、そんな相手と友好的に接触出来た事がどれほど幸運だったのか、その点にも気が付いたのであった。もしも、そんな強大な力を持つ相手が侵略するつもりでやってきていたら…一方でそんな悪い想像も頭の片隅に浮かぶ。しかし、目の前の少女達を見る限りではそのような悪意があるようにはとても見えない。もっとも、個人と国を同一視するような事はご法度ではあるが…
「いい子、いい子」
「藍ちゃん、気を付けてね」
「大丈夫、大人しいよ」
藍は馬を撫でる。だが、その馬は暴れる素振りも見せずに桶に入った水を飲んでいる。そして、その近くでは暇つぶしを兼ねた陸軍の兵隊達が馬の様子を見守っていた。何かあればすぐ止めに入るだろう、瑤と千香瑠はそう考えながら藍に駆け寄った。
一方、一葉は目を輝かせながら陸軍の士官と交渉していた。その前にはカーキ色に塗装されたサイドカー付きの軍用オートバイが置いてある。
「ちょっとでいいので、そのバイクに乗ってみてもいいですか?」
「ええと、その…そうは言われましてもなあ」
「そこをなんとか!」
「うーむ」
「二輪の免許なら持っていますのでご安心を!」
「いえ、そういう問題ではなくて…」
困り果てた陸軍士官は引率の海軍中尉に目をやった。何とかしてくれと、目で訴えかけるように。そして、その視線に気が付いた海軍中尉は頭を掻きながら一葉に話しかける。とりあえず、宥めて諦めてもらおうと考えたのだ。しかし、一葉は更に粘る。そこで海軍中尉は 双方がなんとか妥協できる解決策を探る。
陸軍としては下手に事故でも起こされたらたまったものではない、海軍の人間でもそこは理解できる。しかし、一葉はこの世界のバイクに乗ってみたいという…相手は客人扱いであり、言動を観察しつつも丁重に扱うようにとの命が上から出ている。さて、どうするか。すると、そこで妙案が浮かぶ。
「側車ならどうでしょう?」
つまり、乗車はさせるが運転はさせない。一葉をサイドカーに乗せて、陸軍兵士が運転する事で妥協させようと考えたのだ。すると、一葉はそれで納得した様子を見せた。しかし、陸軍側はまだ渋る。部外者を乗せるのならそれなりの名目が欲しい、そう言っているのである。おそらく、他所から何か言われた時に備えてだろう。
「では、何かのついでに送ってもらったという事にしましょう」
「うーむ…役所まで連絡に車を出すので、そこに便乗という形にしますか」
「しめた。その手でいきましょう」
一葉には陸軍側と話が纏まったと伝える。
「ありがとうございます!よかった、こんな貴重な体験ができるなんて…」
「いえいえ。とりあえず、自分と他の皆さんはトラックに便乗しますのでご安心を」
「分かりました。皆には帰り道は車で送ってもらうと伝えます」
そして、一葉はヘルヴォルの面々を集めると口を開く。
「これからあの学校まで帰りますが、帰りは車を出してもらう事になりました」
すると、しばらく静かだった恋花が口を開く。
「つまり、歩かなくて済むのか。ラッキー」
「あ、やっと元気になった」
「ずっと元気だよ。今は周りに誰もいないから安心して喋れるの!」
「ふーん」
ヘルヴォル一行は一葉の後に続いて歩き出す。すると、その先にはトラックとサイドカー付きのバイクがあった。
「皆さん、あのトラックです」
「あれね、了解」
ヘルヴォルの四人がトラックの荷台に乗ると、一葉はバイクへと飛ぶように駆けていく。それを見た他の面々は驚く。
「ちょっと、一葉!どこいくの!!」
「あっ、一人だけあのバイクに乗るつもりだ」
「あら、趣味を優先した訳ね。一葉ちゃんにしては珍しいわ。それに凄い笑顔」
「ずるい!それなら藍はあのお馬さんがいい!!」
そんな抗議の声なんてつゆ知らず、一葉はニコニコの笑顔で側車に飛び乗った。
「と、まあこんな感じでしたね。いやー、本当に最高でした」
満足げに二度三度と頷いて一葉は語り終える。
「あははは…一葉さんは楽しかったという事がよく分かりました」
「というか、ここでも訓練するつもりだったのね…一葉らしいと言えばらしいけど」
梨璃と叶星は苦笑しつつもそう感想を語る。
「うーん、訓練できなかった事が心残りですね。この後ランニングでいいからやるべきか…」
「あー、一葉。みんな疲れているみたいだし、明日もあるから今日はもう休んだ方がいいわ…多分」
「うーん、そうですね。叶星様の言う通り、明日もありますし」
一葉のその言葉に梨璃と叶星はホッと一安心したところで静夏がやってきた。
「訓練の話ですか?いいですね、やはり基本は走り込みでしょう!」
「ええ、基礎体力は大事です。それこそ血反吐が出る程に鍛えないと!!」
「おお、血反吐とは…凄い覚悟ですね!大事なのはやはり根性!!」
その会話を聞く梨璃と叶星は咄嗟にあの二人が同種の人間である事を理解する。そして、この二人と訓練したら凄まじい事になるだろうという予感が過り、背筋に寒気を感じていた。
「あの二人とトレーニングなんてやったら大変な事になる予感しかしないわ…」
「…朝から夕方までずっと走ってそうですね」
悪い予感に冷や汗を流しながら梨璃と叶星が会話をしていると、芳佳の視線がこちらへと飛んできた。そして、梨璃は静かに芳佳へと話しかける。
「あの…宮藤さん、服部さんってもしかしてすごく訓練に熱心だったりします?」
「えー、そうだなあ…確かに熱心かも。あー、でも坂本さん…私と静夏ちゃんの上官よりは厳しくないかもしれないなあ」
「えっ!?」
それを聞いた梨璃と叶星の表情は青ざめる。芳佳と静夏の知り合いにはもっと厳しい人がいる…つまり、間違っても一葉をこの世界の軍隊に送りこんではいけないと心の内に思いながら。
物の評価や価値は人によって変わる。世界が変わればそれも大きく変わるものである。