日本からの外交団とその護衛が扶桑にやって来てから一夜が経過した。本日も天候は晴れ、問題の雲の柱は未だ健在…つまり、向こうへ戻れる事はこれで確定である。そして、朝早くからアールヴヘイムを除く各レギオンの隊長達が集まると、早速話し合いを始める。その内容は戦闘時及び非常時における扶桑軍との接し方である。自分達リリィは軍人ではない。よって、階級というものが存在しない…この点が問題となるのだ。
「なるほど、向こうとしてはリリィにどう接すればいいか分からない…そういう事ですね」
「ええ、こちらとしてはあくまで互いに要請し合うという形にできればいいのだけど」
「夢結さん、それで問題は済みそうなの?」
「いえ…向こうの様子から見ると、どの階級から要請のやり取りが出来るのかはっきりさせないと現場が混乱すると危惧しているみたい」
「それは厄介ね」
梨璃に夢結、一葉、叶星の四人は困ったように話し合う。しかし、そもそもリリィだけで話し合っていても埒が明かない。どのラインが妥当なのか判断できないのだ。そして、軍の問題は軍に聞くのが一番であろうという結論に至る。四人は防衛軍のテントへと向かう事とした、護衛部隊の指揮官に意見を仰ぐのだ。
そして、四人は護衛部隊の指揮官及び士官達にその旨を伝える。すると、伝えられた士官達もそんな話が出てくるとは思ってもおらず、皆驚いた顔を浮かべた後に考え込む。自分達にとってはリリィがいて当たり前であるが、この世界にはいない。いるのは軍人であるウィッチであり、防衛軍とリリィのような協力関係とは異なる。やはり常識が違うとあちこちで解決しなければならない案件が出てくるようだ。
「とりあえず、現場指揮官とのやり取りは基本でしょう」
「問題はどこから…中隊長ぐらいか?」
「現場でやり取りするには即応性に欠けるのでは?小隊長ぐらいがいいかと」
「ふむ、どちらにせよ…向こうの意見も聞かんといかん」
士官達はそう意見を出し合う。一先ず、レギオンリーダーと扶桑陸軍の小隊長以上の役職との間で意見具申のやり取りが可能になるようにするという方針で話は纏まった。そして、士官達は早速扶桑軍と打ち合わせする為にテントを出ていった。これで出撃までには何かしらの方針が定まるだろう。
四人が一息ついていると、テントに誰かが入ってきた。
「ただいまー!」
アールヴヘイムのリーダーである天野天葉だ、東京から無事に戻って来たのである。しかし、夢結は首を傾げる。それは彼女の機嫌がやたら良さそうに見えたからである。はて、東京で何かあったのだろうか?と考えつつ視線を動かすと、上機嫌な天葉の右手には風呂敷包みがあった。なるほど、土産を貰って上機嫌なのか…と、夢結は内心で思う。
「いやー、初めは街並み見てびっくりしたけど、こっちの東京もなかなかいい所だったよ」
「大昔の東京か、一度見てみたいわね」
「食事も豪華でねー。お土産に羊羹まで貰っちゃった」
異世界の存在が機密である事から外交団を正式にもてなす事も出来ない。よって、扶桑政府はせめてもの歓迎の印として食事の内容を豪華にする等の対応を取ったのだ。そして、それに対し、海軍の糧食を扱う主計課の教育を実施する築地の海軍経理学校に白羽の矢が立った。
海軍の主計課では外国との交流といった行事や任務もある事から、軍艦の艦内において菓子類やフルコースの料理といったものまで調理する事すら要求される。よって、市中の人員を積極的に動員できないという状況下ではまさにうってつけの存在であった。そして、経理学校の教官達が腕によりをかけて夕食と朝食を用意し、外交団だけでなく護衛のアールヴヘイムにもそれが振舞われる事となったのだ。
一方、そんな話を聞いた他の面々の顔が何とも言えない表情に変わる。鎌倉に残った各レギオンはテント泊にレーションの食事…その大きな扱いの差をつい無意識に考えてしまったのだ。
「あー、ほら。みんなの分の羊羹もあるから…ね?」
「失敬。で、護衛任務中に変わった事は?」
「特になし、しいて言うなら記録映像でこっちの世界の戦闘を見たってくらいかな。で、こっちはレギオンの指揮官クラスばかり集まって何の話?」
「まあ、昨日出た話について。説明するわね」
そして、夢結は天葉に説明を始めると、それを聞いた天葉は複雑そうな表情で口を開いた。
「それは考えてもいなかったなあ…確かに常識も違うから勝手も違うのか。で、その方針は決まったの?」
「ええ、おおよそは。それで防衛軍に依頼したわ。今頃交渉中の筈よ」
「それならよかった」
そんな事を話していると、交渉へと出かけた士官達が戻って来た。しかし、彼らの表情は皆渋い。もしや、交渉がうまくいかなかったのか…?リリィ達は咄嗟にそう考える。しかし、話を聞くと依頼した件は相手が了承したようだ。では、何があったのかと皆は聞く。すると、士官達は語る。
曰く、扶桑側の護衛部隊も同行するが、その扱いについて困り果てているとの事だった。そして、その理由は車両の性能差…扶桑側の車両の機動力が大きく劣るという点だ。防衛軍側の士官達も双方の年代差による技術力の差については理解しているつもりであったのだが、実物が果たしてどこまでのものかという想像が出来ていなかった。そうして、士官達が交渉ついでに扶桑側の護衛部隊の指揮所へ向かった際、その部隊の全容を目の当たりにしたのである。
そして、訓練で走り回る車両の動きを見て、こちら側の車両の動きに追従する事は不可能だと察した。しかし、扶桑側はこちらと同様に護衛部隊を出すと決めている様子である。このままでは扶桑側の速度に合わせて部隊全体の移動速度が低下する事は間違いない、何が出てくるか分からないあの雲の中では非常に危険である。
そんな話を聞いたリリィ達は口をポカンと開く。話があまりにも畑違いな為だ。しかし、ここで一人のリリィ…梨璃がのんびりした口調でぽつりと呟く。
「試しに一緒に走ってみればいいんじゃないですかね?」
「…それだ、こちらの車両の動きを見せて考え直してもらおう」
梨璃の一言を聞いた一人の士官が手を叩いてそう言うと、その士官は車両部隊の元へと駆けて行く。その士官の命令を受けた各車両の搭乗員はいそいそと車両に乗り込むとエンジン始動。そして、扶桑軍から訓練走行の許可を取ると由比ガ浜の浜辺へと移動する。すると、その話を聞きつけて各地から扶桑陸海軍の士官達がぞろぞろと集まってくる。そうして集まった見物人達は目の前の光景に息を呑む。そこいたのは八輪の装輪装甲車、その車体は中戦車より巨大で旋回砲塔を載せている。その砲の口径も中戦車より遥かに巨大で長砲身。大きさだけならまるで欧州の重戦車のような代物が、通常の装輪車両では走行が難しい砂浜をスムーズに走っている。そんなとんでもない光景はその場にいた軍人達へ衝撃を与えるには十分なものであった。
そして、そんな怪物を見てしまった扶桑陸軍側は動揺していた。彼らも向こうとは年代による技術差は当然あると考えていた。しかし、その実物はそんな想像を軽々超えるものであり、見物人達からは『最早、次元が違う』という感想が口々に飛び出す程である。だが、彼らが見たのはその見た目といったハードの面のみ。その後ろにあり、現代戦では極めて重要な存在である電子装備等のソフトな面については想像すら出来ていなかった。
そんな騒ぎもあって扶桑陸軍の士官達は慌てて集まる。主にこの後出撃する予定の部隊の面々だ。
「あれはまるで重戦車だ」
「だが、動きは速い。あれではこちらの軽戦車すら追いつけるかどうか」
「砲の動きを見たか?全くブレない、ただ一点をずっと捉え続けていたぞ。あれはいったいどうやっているのやら」
「他の車両も常識外れだ。兵員輸送の用途にあれだけの車両とは…」
そして、自然と話題は変わる。この後に控える任務についてである。
「こちらの車両部隊は追随出来るか?この後出る外交団の護衛に関わる問題だぞ」
「トラック中心で編成された支援車両の隊は確実に無理だ。捜索連隊の豆戦車ならなんとか追いつけるかもしれんが…」
「やはりか。上に意見具申して編成を見直すべきでは?」
「早い方がいい、もう時間があまりない」
そうして、士官達は護衛部隊指揮官の元へと向かうと今後の方針について話し合った。結論としては、現状の編成では防衛軍の車列にはやはりとても追いつけないというものに至った。装軌車両はともかく、不整地では動きにくいトラック等の装輪車両はあっという間に置き去りになってしまうだろう。そこで外交団の護衛方針を決める為、防衛軍側の士官達も招く。そして、話を聞いた一人の士官が質問を飛ばす。
「このトラックはどうしても必要なのでしょうか?」
「ええ、車両やウィッチの整備員や支援機材を運ぶ都合でどうしても」
「ウィッチの整備員…ですか?」
「ストライカーユニットの整備です。あれは機械なのでどうしても専門の人員が必要でして」
「そういう事情でしたか…」
トラックが必要だという理由はこれで防衛軍側でも理解した。しかし、このトラックに合わせて移動する場合、あの奇妙奇天烈な雲の中をスローペースで進むことになる。もしかするとトラック等はスタックするかもしれない。防衛軍側としてそれは避けたいものである。だが、ウィッチという有力な戦力の継戦能力に関わるとなると話は変わってくる。状況が状況なだけに手数は多い方がいい。そこで防衛軍のある士官が一つの案を出す。
「扶桑側の外交団はこちらのAPC…いや、装甲兵員輸送車で輸送。トラック等の車両にはこちらの戦力をいくつか護衛に付けるという方針はどうでしょう?」
「うーむ…」
自国の重要な任務を他国に任せる、扶桑陸軍としては面子に関わる大きな問題である。しかし、この場合に軍として最も優先すべき点は外交団を無事に送り届ける事である。それがなされなければ国の命運にも関わりかねない大事となってしまう。それに向こうの兵員輸送車の方が生存性は高そうに思えた。外交団を運ぶ為にこちらも兵員輸送車を用意してはいたが、天井が覆われていないオープントップの車両である。その為、上から何か放り込まれたら車内全滅もありえるのだ。
そんな理由から扶桑陸軍の士官達は心の内で苦い顔をしながらその方針を飲んだ。しかし、彼らに全てをおんぶにだっこで向こうに頼るというつもりは毛頭なかった。そして、陸軍士官達はすかさず案を考え出す。
「そちらの車両隊の護衛に重装甲車と航空ウィッチを付けましょう。それならそちらに追従できる筈です」
それを聞いた防衛軍の士官達は深く頷く。防衛軍側からすればウィッチの参加は戦力の増強に繋がる、断る理由は微塵もない。こうして話は纏まった、参加する人員はすぐに準備を進める為に動く。
一方、芳佳と静夏は各レギオン相手にネウロイとはどう戦えばいいのかという内容の簡易的なレクチャーをしていた。
「えー、ネウロイは陸上と空中に現れます。何故か水には近づこうとしませんので海上や海中にはまず現れません」
「ネウロイは被弾してもすぐに回復してしまいます。しかし、魔法力…そちらで言うところのマギを含む攻撃を与えるとその回復スピードは鈍ります」
リリィ達の大部分はその説明を熱心に聞く。相手がどのようなものか分からなければ、実戦で命を落としかねないからという切実な理由が存在するからだ。そして、一葉は質問の為に手を挙げる。
「では、どのように倒すのでしょうか?もしや、復活できなくなるまで撃ち続けるとか…?」
「いえ、ネウロイには弱点があり、これさえ壊せば一撃で撃破できます」
「弱点?」
「ええ、コアという部位です。まず、ネウロイにはコアを持つ個体と持たない個体がいます。コアを持たないネウロイは耐久力が低く、比較的簡単に破壊できる個体が多いです。しかし、コアを持つ個体はそうはいきません。先ほど言ったようにすぐに回復してしまうからです」
「では、厄介な相手でもそのコアを破壊すれば…」
一葉の言葉に静夏は大きく頷く。
「そうです。しかし、コアを破壊するにはその場所を探さないといけません。で…コアの位置は個体によってバラバラ。よって、ネウロイの各所を攻撃し、その表面を破壊してコアを探し出す必要があります」
「ふむ…コアを見つけたら?」
「銃撃でも斬撃でも破壊出来ます。コア自体は当たりさえすれば一般的な兵器でも壊せると言われていますので」
「なるほど。通常兵器でもある程度対抗可能という話は、そのコアを破壊するほどのダメージを与えた場合という事ですね」
「そうなります」
すると、その話を聞いていたアールヴヘイム所属の高須賀月詩が手をポンと叩く。
「つまり、デストロイ・ザ・コア!って事だね!!」
「えっと…うん?まあ、そういう意味かな…」
月詩のその一言に場のほぼ全員が首を傾げる。
「あちゃー、ネタが古すぎたかー」
だが、その一方で月詩の言葉に梨璃と弥宙だけは笑っていた。そして、その様子を見た楓は隣に座る梨璃に問う。
「梨璃さん、今のはどういう意味でして?」
「えっと、大昔のゲームでそういうセリフがあって、まさにぴったりだなーって。あー…でも、月詩さんもよくあのネタ知ってたなあ。有名なシリーズとはいえ格ゲーじゃないのに」
「はあ…」
そうだった、梨璃も月詩も根っからのゲーム好きだった…楓はそう内心で考えると、視線をウィッチ達への方向へと向き直す。自分にはとてもついていけない分野の話であるからだ。
そして、場に咳払いが一つ響くと再び元の雰囲気へと空気が変わる。
「他に質問は?」
静夏がそう言うと、夢結が手を挙げて発言する。
「他に気を付ける点は?」
「ネウロイは常識外れな存在です。何をしてくるのか、事前に予想する事は困難です。同じ形をしていても個体ごとに違った行動をしてくるなんて事もあります」
「その点についてはヒュージと同じとも言えるわね」
「しかし、絶対に油断はしないでくださいね。同じように戦えるかどうか分かりませんから」
「その点については皆よく理解している筈よ」
そうして、その質問を最後に一行は解散、出撃準備を整える為に活動を開始した。いよいよ、雲の向こうへと帰るのだ。
リリィとウィッチは戦支度を進める。重大な任務を果たす為に