雲の柱を突破した車両隊はそのまま百合ヶ丘女学院付近の空地に移動、展開する。この空き地は防衛軍が普段訓練等に使用しており、一般人の立ち入りはまず無い。よって、この規模の兵力を隠すには最適であった。そして、その周囲は特命を帯びた百合ヶ丘女学院生徒会指揮下の複数のレギオンと防衛軍の各部隊が警戒の任にあたっていた。
指定された空き地に展開した扶桑軍一行は身支度を整える為に大休止を開始。トラック等の車両から物資を次々降ろす。そして、ウィッチ達も地上に降り立ち、整備と補給の為にストライカーユニットを整備員に引き渡す。整備員と支援機材が揃っている為、その作業はスムーズに進む。
芳佳と静夏もストライカーと装備類を整備に引き渡すと、手近なテントで身支度を始める。彼女達はこの後、美緒や外交団一行と共に東京へと移動する予定だ。だが、目立つという問題もある事からストライカーでの移動は行わない、外交団と同じ移動手段を使うのである。
「それにしても、鎌倉からどうやって東京まで行くのかなあ」
「電車でしょうか?しかし、この辺りの陸路はヒュージが出て危険だとか」
「じゃあ、空路?」
「うーん、この辺りに滑走路は無さそうですが…短距離で飛べる連絡機の類なら海岸から行けますね」
「ああ、それなら浜辺から飛行艇もありかな。こっちの飛行機はどんな感じなんだろう」
そんな会話をしながらテントを出ると、頭上から風を斬るような爆音が聞こえてきた。
「なんだろう?」
聞いた事の無いエンジン音に二人は咄嗟に空を見上げる。すると、そこには見た事もない飛行物体が二つ飛んでいた。そして、その奇妙な飛行物体は垂直に降下してくる。固定翼の飛行機とは全く違うその動きに二人はあんぐりと口を開く。
「回転翼…まさか、あれはヘリコプターか!?」
「カールスラントが実用機を飛ばしたとは聞きましたが…いや、それでもこれは…」
一人の海軍中佐がそう言うと、美緒も驚いたように呟く。自分達の知識にあるヘリコプターよりもはるかに大きく、その動きもずっと安定しているからである。
扶桑側からの視線が注がれる中、二機の大型輸送ヘリはゆっくりと仮設のヘリパッドに着陸、後部のカーゴランプが開く。すぐに乗員がヘリから降り、地上で待機していた防衛軍隊員の元へと駆ける。一方、それに合わせて外交団達も移動を開始。案内役の隊員の後に続いてヘリへと向かう。そして、一行はそのヘリコプターの発する強烈なダウンウォッシュの風に驚きつつも後部のカーゴランプから機内へと入っていく。
一方、リリィ達はこのまま護衛任務を継続する事になっていた。しかし、輸送ヘリには同乗しない。直掩を担当する護衛機に搭乗して外交団の乗るヘリを守るのである。そして、当初その護衛機にはリリィ輸送用の専用機であるガンシップを使うという計画が立っていた。しかし、ガンシップのような特殊な機体を複数機も飛ばせば嫌でも目立つという意見が出た為、この案はキャンセルとなった。そして、その代わりに防衛軍のティルトローター機を3機使う方針に切り替わる。これならスピードも機動力もあり、輸送ヘリの護衛としては十分であった。いざとなれば後部ランプからリリィ達がCHARMで銃撃してヒュージを撃退するという護衛方針である。
無論、護衛はこれだけではなく、各種航空機が既に周辺空域を警戒していた。
雲の柱を出た4つのレギオンは空き地に設置された大型テント内でCHARMの整備とメンテ作業を行っていた。一柳隊のミリアムとアールヴヘイムの弥宙と辰姫は技術畑である工廠科所属のリリィである。よって、彼女達は現場でCHARMの整備とメンテを実施できる貴重な人材であった。しかしそんな中、辰姫は自らのCHARMの整備を素早く済ますと、それ以降の作業に加わろうとしない。
「人のCHARMの整備なんてやりたくないよ」
「あんたねえ…この非常時にまでそんな事言っている場合じゃないでしょ!」
自分専用のCHARMを作るという目的の為に工廠科へと進んだ辰姫にとって、他人のCHARMをメンテするという行為そのものが優先度の低いものであった。そんな背景から彼女はこのような態度を取っているのである。しかし、戦闘を終えたCHARMは再度の戦闘に備えてメンテや補修が必須である。戦闘時に故障や破損を起こしてしまっては元も子もないからだ。それにアールヴヘイムだけならともかく、4つのレギオンが保有しているCHARM全てが対象である。辰姫にもやらせなければとても作業が間に合わない。そして、弥宙とミリアムはなんとか辰姫を宥めようとする。すると、そこに天葉が助け舟を出した。
「ここで頑張ったらご褒美をあげよう。うーん…そうだ!次に向こうの世界に行ったら釣りに行く時間を用意してあげる」
その提案に辰姫の目の色が変わる、彼女の趣味は釣りである。
ヒュージによって荒らされていない海、今よりも人口が少なく人の手があまり入っていない豊かな自然、そんな中でゆったりと釣り糸を垂れる…そんな光景を想像すると、パッと笑顔を浮かべる。
「えっ!?それじゃあ、釣り竿用意して磯釣りに行ってもいいの?」
「うん、そこは頑張り次第だけど」
「それなら頑張る」
辰姫はそう言うと工具を引っ張り出し、作業に加わった。そうして、工廠科の三人は大慌てでメンテを進めていく。その間、他のリリィ達は他の装備を整えたり、関係各所との打ち合わせを行ったりと慌ただしく動く。そして、梨璃と夢結は搭乗予定の機体に荷物を運び込んでいた。
「これで最後ね」
「はい」
「運んだら少し休憩にしましょう」
そうして二人は予備の弾薬を機内に運び込むと、外に出て手近な椅子へと腰かけた。すると、夢結は梨璃が遠い目をして何かを見つめている事に気が付く。
「疲れてしまったかしら?」
「あ、いえ。前もあの飛行機だったなってちょっと思いだしてしまって…」
「前?ああ、あの時ね」
たった二人で鎌倉沖のヒュージネストを強襲したあの時、二人はネスト上空までこれと同じ機体に乗って移動したのだ。梨璃はその時の事を思い出していたのである。
「そう考えると、どこか感慨深いわね」
「はい。それで今度もうまくいくといいなって」
「あの時と違って今度は全員勢揃いよ。何か起こってもきっと上手くいくわ」
「そうですね…」
そうして、準備を整えるとリリィ達もそれぞれティルトローター機に搭乗する。準備を終えた各機は輸送ヘリが離陸するまで待機。それぞれ無線で合図を送ると、まず輸送ヘリが飛び上がる。
「外交団の乗るヘリが離陸しました。当機もまもなく離陸します」
乗員がキャビンに座るリリィ達に言う。すると、エンジンの音が大きくなり、フワリとした浮遊感…無事に離陸。そのままスピードを付けてヘリの上方を陣取る。編隊はヒュージの勢力圏と人口密集地の境を縫うように飛ぶ。
一方、輸送ヘリ機内では乗客達が窓に齧り付いて外の様子を熱心に観察していた。
「とても神奈川上空とは思えん景色だ。田畑がまるで無い、あれは全部住宅地か?」
「よく見ろ、道もほぼ全て舗装されているぞ」
「あの線路沿いの建物を見ろ。凄いな、何階建てだ?」
「おい、あの大きな道路は何だ?自動車専用の道路か?」
「カールスラントのアウトバーンみたいなものか…」
陸軍士官達はそう語り合う。そして、それに釣られて芳佳も窓の外を見た。すると、そこには広大な住宅地や工業地帯といったような風景が関東平野のずっと向こうまで広がっている。元の世界で見るそれとはすっかり異なる景色に驚愕しつつ、そのまま視線を動かす。すると、芳佳は何かに気付く。
「あの辺りは人が住んでなさそう…廃墟ばかり」
そんな廃墟街だけではなく、焼け落ちて放置されたような区画もちらほら見える。そして、このような光景には覚えがあった。
「まるでネウロイにやられた地域みたい…」
そんな芳佳の呟きを聞いた随員の一人が冗談交じりに口を開く。
「東京の目と鼻の先でこれとは…まさか、我々の戦力目当てで泣きついてきたって事は無いでしょうな」
そんな冗談を聞いた軍人達の表情は否が応にでも険しくなる。それが冗談とは思えないからである。これだけ科学技術の進んだこの世界がここまで追い込まれているという現実、最早藁をもすがる思いでこちらを頼ってくるかもしれない。そうなってしまった場合、扶桑…いや、自分達の住む世界にこの先どんな苦難が待ち受けているのか…そんな嫌な考えも内心過る。そうして、機内では皆が口をつぐんで静かになる。そんなどこか気まずい雰囲気に静夏は窓の外へと視線を向ける。機体はちょうど緩い左旋回で針路を変えていた。そして、機は水平飛行に戻る。
「うわあ、凄い…」
視線の先に現れた都心部の高層ビル群に静夏はつい言葉を漏らす。それもその筈、元の世界の東京にはこれだけの高層建築物は存在しない。それがこれだけ大量に立ち並んでいるという目の前の光景にただ圧倒されたのだ。そして、他の面々もその光景に気が付き唯々口をあんぐりと開く。
「それなりに覚悟はしていたが、これが本当に東京か…?」
「まるでニューヨークだ」
「坂本さん!見てください、エッフェル塔みたいな塔があそこに」
「あ、ああ…そうだな…」
普段、大概の事は笑い飛ばすような性格の美緒もこれにはただ唖然とするしかなかった。
「まもなく到着しますので、着席してください」
乗員がキャビンにいる一行に告げる。すると、陸軍の士官が聞き返す。
「どこに着陸か?」
「市ヶ谷です」
「ふむ、陸軍省か」
「え、りく?あ…いえ、その…防衛省のグラウンドです」
「防衛省…だと?」
聞いた事の無い名前の省庁に皆の表情が変わる。日本側の人々が自分達の世界で一々驚いていた理由がこれで分かった。彼らも今の自分達と同じような気分だったのだろう。
そうして、ヘリはグラウンドに降下した。着陸後、後部ランプが開くと乗員の誘導に従って次々と乗客が降りていく。大地に降り立った扶桑側の人々はすっかり様変わりした市ヶ谷の様子にただ口を開けて四方を見回す。すると、数台の車とバスがやって来る。こちらでも扶桑の存在は機密であり、日本側の出迎えもひっそりとしたものである。
そして、その間にリリィ達の乗った護衛機も着陸、CHARMを抱えたリリィ達も地面に降り立った。
「これで任務は一先ず完了ですわね」
「うん、楓さん。お疲れ様」
「梨璃さんからの労いの言葉…これで疲れも一発で吹き飛びますわ!」
「あはは…」
「二人とも、急いで降りて。一先ず集合よ」
「これは失敬」
夢結に急かされ、梨璃と楓は急いで胴体側面のドアから外に出る。そうして、機外に出たリリィ達はグラウンドの一か所に集まる。この後の指示を受ける為だ。そこに政府の役人が駆け寄ってくると、皆の視線はそちらに移る。その背広を着た役人は軽く息を整えると口を開く。
「この後の予定ですが…扶桑の外交団はこのままバスで霞ヶ関に移動、一部の軍人の方々はこちらで待機となります。よって、リリィの皆さんも待機願います。そして、まず無いとは思いますが…ヒュージ等が現れた場合は防衛軍から出動要請が出ますので、その際は対応願います」
待機の一言を聞いたリリィ達の表情から緊張の色が消えた。前日からずっと警戒し続けてきたのだから無理もない。都心部であれば警戒網は厚く、様々な策も講じている為にまず奇襲を受ける事もないだろう。それにこの地域を担当する学園もある。今度はしっかり休むことが出来るだろうとリリィ達は内心で考える。そして、一先ず解散という形になり、所属する学園ごとに別れていく。とりあえず一点に集まる百合ヶ丘女学院一行に対し、ヘルヴォルとグラン・エプレは外に出るつもりのようだ。都内が拠点である彼女達はその方が都合がいいのだろう。
「夢結、この後どうする?」
「そうね、とりあえず休憩するとして…」
天葉から話しかけられた夢結はそう言いかけて、どうしようかと周囲を軽く見回す。すると、芳佳と目が合った。彼女の周囲には扶桑の軍人達の姿もある。彼女達もここで留守番のようである。そして、彼女はこちらへと駆け寄ってきた。
「白井さん、梨璃さん。お疲れ様」
「ええ、宮藤さん。さっきは助かったわ」
「いやいや、こちらこそ」
天葉は純白の士官服を着た少女の姿を物珍しそうに見ると、口を開く。
「そういえば、挨拶がまだだったね」
「あ、そういえば…扶桑海軍少尉、宮藤芳佳です。よろしく」
「よろしくね。私は天野天葉、夢結と同じ学校で同期なんだ」
「という事は私と同い年ですね」
「おや、そうなんだ。それなら気楽に話せるね」
二人は笑顔で会話を続けている。一方、夢結はこの後の予定をどうしようかと再び考える。いっそ、他のレギオンの様に休養ついでに外出許可を取って外に出るか…しかし、この大人数で手近な店に入ったとして席が確保できるだろうか?それに遠征に備えた荷物の数々まである。そんな事を考えていると、上下に士官服をきっちり着込んだ静夏もこちらへとやって来た。そんな静夏は軍帽を外すと軽く会釈する。
「あら、服部さん」
「白井さん、お疲れ様です」
「お疲れ様。そっちはこの後の予定は決まっているのかしら?」
「この後ですか?ええと、庁舎の中に部屋を用意してもらったのでそこに移動しますね」
「なるほど…」
将校は既にこの場にいない、残っているのは随員の士官やウィッチ達のみらしい。夢結は顎に手をやって軽く考えると、静夏に問う。
「厚かましいお願いなのだけれど、その部屋に私達の荷物を置かせてもらう事はできるかしら?」
それを聞いた静夏の視線が一柳隊とアールヴヘイムへと移る。彼女達の足元にはいくつもの鞄や工具類のケースらしきもの、それに大きめの背嚢等が置かれている。
「ああ、そういう事ですね。ちょっと聞いてみます」
すると、静夏は速足で軍人達のいる方へと動く。その先には一人の女性士官の姿があった。その雰囲気からして自分達より年上に見える、彼女があの二人の上官なのだろうかと夢結は考える。すると、静夏がこちらへと戻ってきた。
「荷物の件は大丈夫です」
「分かったわ。皆を呼んでくる」
そうして、夢結はレギオンの面々の元に向かうと荷物の件を伝える。そして、彼女達はホッとしたような表情を浮かべてそれぞれ荷物を抱えると、軍人達の方へと移動。やがてやって来た防衛省職員の後に続いて庁舎へと入っていく。
「こちらの会議室をお使いください。そして、もし何かあればこちらの端末でお呼びください」
「これは…その、どのように使うのですか?」
「あ、そうか…ええと、使い方は…」
そして、庁舎内のある会議室まで案内されると、一行は中へと入っていく。中は広く、いくつもの机と椅子が並んでいる。部屋の奥には大きなスクリーンがかかっており、天井には映像投影用の機材が設置されている。
夢結と梨璃は部屋の片隅に荷物を置く。そうして、夢結が安心したように軽くため息をつくと芳佳が話しかけてきた。
「白井さん、私達の上官が挨拶したいみたいで」
「分かったわ。梨璃、身だしなみを整えなさい」
「分かりました!えーっと…お姉様、軍人さん相手ってどんな態度で臨めばいいのでしょうか」
「勿論、百合ヶ丘のリリィらしくよ」
すると、はきはきしたような声が響く。
「扶桑海軍少佐、坂本美緒だ」
そこにはスラリとした黒髪の女性士官の姿があった。
扶桑側の人々は日本の光景にただ驚く。そんな彼らは異世界で何を見るのか