防衛軍と百合ヶ丘女学院のリリィ達は今日も問題の雲の周囲を警戒していた。それは向こうからやってくるネウロイに対する警戒だけではない、こちら側から雲の中へ侵入しようとするヒュージを防ぐ為でもある。
本来であれば、このような任務はリリィが適任であり、通常兵器主体の防衛軍には不向きである。だが、異世界との通路が出来てしまった結果、国境線が現れたような形となってしまった事が事態を複雑化していた。流石に学生であるリリィに国境警備のような事をさせる訳にもいかない…そういった事情からこのような警戒態勢が取られていた。そして、その警戒網は人員の配置だけではなく、レーダーから各種センサーや監視カメラまでありとあらゆるものが設置され、上空からは常時無人機やヘリコプター等の航空機による監視も行われていた。そして、警戒は外だけではなく雲の内部でも行われており、日本と扶桑が合同で警戒部隊を派遣。更に中間地点には陣地とプレハブ小屋の拠点を構築し、光ファイバーの通信線と昔ながらの電話線によって外部との連絡手段も確立していた。この電話回線は両政府のホットラインとしての用途もあり、極めて重要な存在となっていた。
しかし、ここまで警戒網を徹底してもヒュージ侵入という事態が度々発生していた。扶桑側ではこれだけ警戒していて何故侵入されるのかと首を傾げていたが、日本側では既にその原因の見当は付けていた。ヒュージは雲の内部にケイブを発生させているに違いない、と。そして、日本側では対策を講じる為に行動を開始した。
「あら、一柳隊も参加?」
「ええ、設置作業中の周囲警戒よ」
百由と夢結の姿は扶桑側の鎌倉にあった。二人ともヒュージ侵入対策の作戦に投入されるからである。
「やる事自体はシンプルね。ヒュージの侵入経路はおそらくケイブ…よって、エリアディフェンスを設置してその発生を阻止する」
「まあ、定石通りか」
「でも、大変だったわよ」
「何が?」
「こっちの人達への説明よ。私もその会議に同席したのだけど話がなかなか通じなくて」
「話と言うと…エリアディフェンスの原理の説明とかかしら」
「いや、むしろそっちの方が理解は早かったわよ。あれは簡単に言えば妨害電波出すって話だけで済むわ、細かい内容はともかくね。でも、問題はケイブの方よ」
ヒュージは特殊な移動手段を持っている。それがケイブ…ある種のワームホールである。このワームホールはヒュージが発する特殊な粒子によって生成される。そして、日本側の人類はそれの発生を阻止する対抗策を打ち立てた。それがエリアディフェンスという妨害電波を発する装置である。
「説明していた人がうっかりワームホールって言ってしまってねえ。それでなんだそれはって話になっちゃって…そもそも、この世界の人達はワームホールという単語を知らないから無理もないけど」
「ああ…まだ単語が出来ていないのね」
「そうなのよ。同じような事が度々起こるから厄介なのよねえ」
そして、話題は変わる。
「そういえば、調査の方は順調なのかしら?」
「うーん…なんとか分かりそうなところから進めていく感じかなあ。途中でトラブルも起きたし」
「トラブル?」
「まあ…トラブルというか、ハプニングというか…」
そうして、百由はこれまでに何が起こったのかを語る…工廠科の同級生が突然ウィッチになったという話を。そして、その見知った人物に起こった話を聞いた夢結は驚いた表情を浮かべる。
「そう、彼女にそんな事が…それで、何も問題とかは起こっていないのかしら」
「色々実験できるから悪い話ばかりではないけれど…分かった事はいくつか。どうも、ウィッチの使い魔とCHARMの相性はあまり良くないみたい」
「良くない?」
「ええ、試しにCHARMを起動させたらマギの供給がいきなりストップしてね。彼女曰く、使い魔が怒ったとか…どうも制御の奪い合いになったみたい」
「つまり、ウィッチにCHARMを持たせるのは厳しいと」
「そうでもないわ、制御に関する機能を制限すれば使い魔に干渉しなくなるかもしれない。まだ試してないけど」
「なるほど。単なる武器とすれば、か。ストライカーユニットは試したの?」
「ええ。でもそっちも難しいわ」
百由は溜息を吐き出す。
「難しい?使い魔がいるのなら動くんじゃ…」
「動くには動いたわ。問題は適正、空を飛ぶ事って難しいのよ。戦闘機や旅客機のパイロットが狭き門と同じような話。それで、彼女には単にその適正が無かったというオチよ」
「じゃあ、陸戦ウィッチのストライカーは?」
「あー、それがあったか。追浜には無いからまだ試してないのよねえ」
そして、百由は遠くに見える海へと視線を向ける。
「でも…こうして色々見せてもらってはいるけれど、何かまだ隠している気がするのよねえ。こっちの人達」
「警戒されていると?」
「まあ、こっちだって出せない情報は色々あるからお互い様よ。特にG.E.H.E.N.A.関係。あんなのとても言えたものじゃないでしょ。あんな無茶苦茶やる連中の話なんてしたら、扶桑側の人達から警戒されちゃうわ」
「確かにね。こっちはウィッチがいて当たり前、私達の方はリリィ脅威論なんてものもあるぐらい…魔法に対する温度差も大きいし」
「そうなのよねえ、こっちだと魔法は戦闘以外でも使っているし…その固有魔法は多種多様でさっぱり。ついでに文化的価値観も大違いだし」
「確かに。ルドビコ女学院辺りの生徒がこっちに来たら卒倒しかねないわね…」
そんな話をしていると、ミリアムがやってきた。
「百由様、そろそろ出発準備の時間じゃぞ」
「分かったわ、今行く」
「では、私もそろそろ隊の方に戻るわ」
「護衛はしっかり任せたわよ、夢結」
「ええ」
そして、作戦開始。設置作業を進める現場の周りを複数のレギオンと陸戦ウィッチ達が警備に当たる。その上空には芳佳と静夏等、数人の航空ウィッチ達が飛ぶ。しかし、事前に掃討作戦を実施した為、敵影は皆無。センサー類にもヒュージの反応は無い。
「作業は順調か?」
美緒が進捗の度合いを聞く。すると、タブレットでチェックしていた百由が答える。
「設置自体は大部分が済んでいます。後は電源を入れてテストするだけです」
「そうか、これでヒュージの出現が阻止できるんだな」
「ええ、ケイブ…いえ、説明のあった瞬間移動のような移動方法を潰す事ができます」
「現場の負担もこれで減るな」
雲の内外の警戒について、扶桑側としては現地部隊の負担以外にも大きな問題が存在していた。それは周辺住民を避難させているという点だ。危険だからと広域の住民を避難させてはいるが、避難者への補償等によってその負担は膨らむ一方である。更に避難中の住民へ具体的に何が起こったのか説明できない点も問題となっており、関係各所は頭を抱えていた。
ヒュージの侵入さえ阻止できれば少しはこの問題が軽くなるかもしれない…よって、扶桑側としてはこの作戦に大きく期待していたのである。
「では、電源入れます。電波出力、手順通りに規定まで上げろ」
「了解、出力上昇開始」
エリアディフェンスから妨害電波が放たれる。そして、作業に当たる隊員達とリリィ達が安堵の表情を浮かべた。だが、同時に異変が起きた。
「大変だ、外が急に暗く…」
「何?まだ日は高いぞ。どうなっている?」
「分からんが、ヒュージサーチャーに反応多数。隠れていた連中が炙り出されたか?数が多い、急いで迎撃させろ」
突然の異変に中間地点に置かれている警戒部隊の指揮所では大慌てで指示を飛ばす。そして、雲の中に張り巡らせた各種センサー類により、ヒュージ迎撃はスムーズに行われた。指揮所からの指示により、各種戦闘車両が正確に砲弾を叩き込む。それによって相手が乱れたところにリリィとウィッチがそのまま肉薄して掃討。そうして、大小多数のヒュージは次々撃破されてその残骸だけが周囲に残されていく。
「こちら一柳隊。指示されたラージ級を撃破しました」
「こちらアールヴヘイム、日本側の出口を警戒中。敵影認めず。CHARMの消耗が激しい為、補給に戻る」
「第三小隊、扶桑側出口の敵撃破」
「グラン・エプレから指揮所へ、空に大きな穴みたいなものが見えますが…あれは?」
「穴?こちらでも視認、なんだあれは…」
「こちら宮藤、陸軍のナイトウィッチから急報!ネウロイです!!」
その無線にその場の皆が凍り付く。
「ヘルヴォルから指揮所!ヒュージ以外の何かが上から…」
途端に無線から雑音が鳴り響く。
「どうした、応答しろ!これは妨害電波?まさか、特型ヒュージか?」
通信担当の防衛軍士官がそう呟くと、後ろにいた扶桑軍の士官が首を横に振る。
「いや、ネウロイだ」
「何だって?だが、この時代にこんな強烈な妨害電波なんて…まずい、データリンクも全部ダウン。このままだと部隊が孤立するぞ」
「相手はネウロイだ…坂本少佐、例の増援は間に合うか?」
「最初の一隊が辛うじて横須賀に着いた頃かと。ですが、本命はまだ…」
「そうか、それでもゼロよりはいい。有線で外部に支援要請だ、急げ」
そうして、辛うじて通信可能であった有線ケーブルから双方へと急報が飛んだ。
無線が繋がらない中、各戦力は自己判断で真っ黒な化け物相手に迎撃を開始する。日本側の戦力はこれまでのヒュージの戦いから、突然現れる敵や無線が使えない状況にも特に違和感を持つ事無く戦闘に突入。だが、一柳隊以外のリリィにネウロイとの本格的な戦闘経験は無い。しかし、事前のレクチャーを受けていた事からネウロイ相手にも臆する事無く立ち向かう。攻撃は通じると分かっている為、対ヒュージ戦のセオリー通りに攻める。一方、防衛軍側の通常戦力もネウロイに立ち向かう。火砲もある程度は通用する相手である事から積極的に攻撃を実施していた。
だが、扶桑軍は慎重であった。初戦以外姿を見せなかったネウロイの出現、どうにも嫌な予感が各隊の中に漂っていたのだ。相手はあのネウロイである、何をやってくるか分からない。ウィッチも同様で各所の守りを固める為にそれぞれ動く。
「コアを探してください!」
「一葉、そうは言ってもどこにあるのか分からないとキリがないよ。どうも一匹一匹コアの場所が違うみたいだし」
「うーん…斬っても斬ってもすぐ元に戻っちゃう」
「藍、下がって!」
ヘルヴォルは中型陸戦ネウロイ数体と戦闘中であった。マギを使った攻撃は確かに通用する、それなら未知の敵でも戦闘は問題ない。だが、コアを壊さなければ撃破は困難という点が厄介であった。それにヒュージと違って光線や砲撃がメインであり、その点もまた厄介であった。
「支援するから、そこのリリィは下がって!」
装甲車が後ろからやってきた。通常兵器も効果があるという話は聞いている、もしかしたら倒せるかもと一葉は判断して隊を下がらせる。そして、装甲車の主砲が周囲に轟音を響かせる。105mmの多目的榴弾がネウロイに直撃。1940年代の火砲よりも遥かに強力な破壊力で大穴を穿つ。そして、一葉が叫ぶ。
「コアらしきものが見えました!攻撃開始!!」
そして、一葉の指示と共に五人のリリィが一斉射撃。高速の銃弾がネウロイのコアを粉砕、途端にそのネウロイも跡形も残さずに崩れ去る。
「やった!倒した」
「ええ。でも、まだいます…ん?あのネウロイ、何を?」
一葉の視線の先のネウロイが妙な動きを始めた。先の戦闘で撃破されたラージ級ヒュージの残骸に飛びついたのだ。そして、その残骸を身に着けた様子である。
「まさか、ヒュージの残骸を盾に…?」
一般的に大型のヒュージは多量の金属を含んでおり、マギ無しでも極めて頑丈である。よって、そんなものを盾にされてはたまったものではない。だが、気がかりなのはそれだけではない。それは真っ白だったヒュージの残骸の色がネウロイと同じ色に変色した点であった。
「あいつめ、化け物の癖に無駄な努力を…もう一度撃つぞ!」
「了解!お願いします!!」
再び装甲車が発砲。だが、今度はヒュージの残骸が少し削れた程度のダメージしか与えられていない。
「まずい、下がってください!」
「分かった!幸運を!!」
一葉は慌てて装甲車を下がらせた。これでもう同じ手は通じない、咄嗟に対策を立ててくるなんてヒュージ以上に厄介かもしれない…一葉がそう考えたところで千香瑠が声を震わせながら言う。
「ねえ、一葉ちゃん…あの残骸、元に戻ってない?」
「え?」
そして、一葉は唖然とする。確かに先の砲撃で抉れた跡が無くなっていたからであった。そして、呆然としている間に頭上を巨大な影が飛び抜けていく。
「あれが、大型ネウロイ…?」
そのネウロイは日本側へと消えていった。
「まったく、ただでさえ忙しいアフリカから何だって扶桑くんだりまで…」
追浜飛行場の格納庫で四人のウィッチ達が整備員達と共に荷物を整理していた。彼女達はほんの少し前に輸送機でこの基地までやってきたばかりである。そして、この部隊の正体は北アフリカを拠点とする第31統合戦闘飛行隊 ストームウィッチーズ、扶桑への増援として送り込まれた部隊の一つであった。
「で、ネウロイがいない扶桑に我々がわざわざ呼び出された理由は?」
ハンナ・ユスティーナ・マルセイユ大尉が気怠そうに指揮官へと質問を飛ばす。
「私にも何が何だか…これから参謀本部まで行ってくるからそこで説明があるとは思うけれど」
その指揮官、陸軍少佐の加東圭子も困惑気味に言う。
「でも、呼び出されたという事は何かしら起こったからですよね?」
「そうですよね…でも、いったい何が…」
マルセイユの相棒であるライーサ・ペットゲン少尉と稲垣真美曹長も首を傾げる。
「しかし、東京か。色々遊べそうだ、私も行っていいか?」
「…扶桑の法律には従いなさいよ。でも、その前にこれ片付け無いと」
ウィッチとして既に第一線を退いた圭子はともかく、他のウィッチにはいつどんな命令が飛び込むかも分からない。どこぞの砂漠の狐すら折れてこの部隊を送り出す程の事態だ、ただ事ではない。
「点検終わりました」
「了解!」
そうして歴戦の整備員達がストライカーユニットの用意を整えたところで異変が起きた。飛行場の指揮所からサイレンが鳴ったのだ。
「緊急発進!?」
圭子と真美は驚いたように叫ぶ。事実、基地所属の搭乗員とウィッチ達は慌ただしくピストを飛び出すと次々出撃していく。ここは最早、最前線の様相であった。これには歴戦のマルセイユとライーサもただ唖然、この国にネウロイが出たという話は一切聞いていないからだ。すると、扶桑海軍の若い士官が駆け込んでくる。
「加東少佐!急いで指揮所まで出頭願います。そして、ストームウィッチーズの皆さん、出撃を!」
「何だって!?今来たばかりで状況が何も分からないのだが」
「緊急事態です、一人でもウィッチが必要な状況ですので協力願います。地上から無線にて誘導しますので」
「仕方がない、分かった」
そうして、ストームウィッチーズのウィッチ達は空へと飛び上がっていく。カールスラントの二人はストライカーユニットのBf109G-2熱帯仕様型を装備。武装は機関銃であるMG34。真美は扶桑陸軍のストライカーであるキ61。だが、異様なのはその武器だ。人間にはとても持つ事が出来ない程大きな対空砲…40mm砲である。そんな代物は普通のウィッチにも扱えない、彼女がそれを持って飛べるのは彼女が持つ固有魔法によるものだ。
そうして、三機編隊というカールスラント空軍としては変則的な編隊を組みながら、彼女達は基地上空で待機。下からの無線を待つ。
「こちらマルセイユ、準備できたぞ。どこに行けばいい」
「鎌倉上空へ向かえ…ベクトル300。妙な雲が見える筈だ、近づいたら報告せよ」
「妙な雲?了解…急いで向かう」
そうして、三人は針路を鎌倉へと向けた。
扶桑側の鎌倉には雲の中に展開する部隊の兵站、各種後方支援や兵力の休養、交代部隊の錬成を担当する警戒部隊の後方拠点が置かれていた。そして、そこに雲の中から急報が飛び込む。
「飛行型の大型ネウロイ一機が日本側へ飛び出していった模様。こちらに展開している航空ウィッチは地上の援護で手一杯により追撃不能、更なる支援を求む」
「指揮所へ、いい知らせがある。今増援が向かった」
「増援?」
「聞いて驚け。コールサインは黄の14、黄の14だ!」
「黄の14…?まさか、あのアフリカの星か!?」
思わぬ有名人の登場に電話の向こうの警戒部隊の声は驚きと喜びに弾む。
「では…」
「そうだ、彼女達に追撃させればいい。あの雲を突っ切らせる」
「了解、日本側へはこちらから連絡する」
度重なるヒュージ出現に頭を悩ませた人々は対策を講ずる。
しかし、それは更なる大異変への引き金となった。