「街が…ほんとに街がある…」
「なんと、電柱が木で出来とるぞ」
「信号も見当たらない」
「自販機も見当たらないね」
「しかし、この地形は間違いなく鎌倉だわ。二水さん、可能な限り端末で状況を記録して」
「分かりました、夢結様」
雲の向こうに飛び出した一柳隊は手近な木に登り、そこから周囲を見回して呆然としていた。自分達がいた鎌倉はヒュージとの幾多の戦闘で街は壊滅し、あちこちに巨大なクレーターまであるような無人地帯だ。しかし、目の前には古めかしいが確かに街並みが広がっている。
「あっ、あれは…皆さん、上を見てください!!」
そして、二水が何かに気づいて叫ぶ。それはまるで幽霊でも見たかのような表情だ。皆は恐る恐る頭上へと視線を向ける。
「なんて事じゃ…あれはレシプロエンジンを積んだ戦闘機じゃぞ!」
それを見たミリアムはあまりの衝撃に絶叫する。それもその筈、プロペラで飛ぶ戦闘機が編隊を組んで飛んでいるのである。そのような機体はかなりの大昔に現役を退いており、国内では博物館にでも行かないと見る事が出来ないような代物だ。そして、神琳がポツリと呟く。
「しかし、1946年ってよく考えると戦争のあった辺りでは…ここにいて大丈夫でしょうか?」
それを聞いた皆の頭の中で歴史の授業の記憶が蘇る。確かに1946年は世界大戦が終わった頃の年だ、下手をすると戦火や混乱に巻き込まれる不安もある。だがしかし、一つ大きな疑問も残る。それは目の前にいる宮藤の存在だ。
「彼女はマギのような力を使っていた。しかし、私達の知る歴史上、マギが見つかったのは50年程前の話よ。よって、遥か大昔であるこの時代にそういったものは存在しない筈。そう考えると、ここが本当に過去の世界なのかどうか…」
夢結がそう自分の考えを述べると、宮藤に確認するように一つの問いを投げかける。
「宮藤さん…念の為確認だけども、ここは本当に1946年、日本の鎌倉でいいのよね?」
しかし、宮藤は首を傾げた。
「そうですけど…そのニホン?って、なんでしょう?」
皆がその一言に凍り付く。国の名前が通じない、これはどういう事なのか。そして、再び二水が叫ぶ。
「見てください、あそこの建物にあるポールの先!」
二水が指差す先には学校か役場のような建物があった。そして、その敷地内には旗を掲揚する為のポールが立っている。その先には当然国旗が上がっているが、何かがおかしい。そこには日本の国旗とは違う見た事もない旗が翻っているのである。そして、皆は困ったように顔を見合わせる。
ここはどこだ?
芳佳は困っていた。目の前にいる学生と称する一団が鎌倉の風景を見て混乱しているからである。彼女らの身のこなしから見て、多分ウィッチだと思われるのだが…話がどうにもうまく通じない。結局、この人達は何者なのだろう?そう芳佳は内心で考える。そして、目の前で混乱する人々に恐る恐るこう尋ねた。
「あの、どうかしましたか?顔が真っ青ですが…あと、皆さんはどこから来たのでしょうか?」
それに対して、夢結は目線を逸らし気味にしながら答える。
「この雲の向こう…なのは間違いないわ。でも、その…素直に話して信じてもらえるか分からないのだけれど」
「えーと、それはどういう…」
「この雲の向こうは遥か未来よ。ただ、同じ時間軸の世界かどうかの確証は持てない」
「?」
芳佳は目を丸くする。夢結の言っている意味が理解できないからだ。雲の向こうが未来の世界?この人は何を言っているのだろう。
すると、夢結が続けて言う。
「証拠になるか分からないけれど…二水さん、端末を」
「なるほど、この時代に存在しないデジタル機器なら確かに証拠となりますね。お任せを!」
そして、二水は芳佳にタブレット型の端末を見せる。これがどういった物なのかを説明しつつ、立体映像を表示して遥か未来の技術で作られた物だという事を証明しようとしている。だが、それを見た芳佳は目を白黒させている。デジタル機器というこの時代に存在しないような代物をいきなり見て混乱しているらしい。すると、頭上から声が飛び込んできた。
「宮藤さーん!」
上から人が降ってきた。その両脚には芳佳と同じような機械を付けている…芳佳と同じような存在なのだろうと夢結は考える。では、彼女も軍人なのだろうか。
「よかった、無事でしたか。ええと、宮藤さん…その方々は?」
「静夏ちゃん!私、もうどうすればいいか…」
「ど、どうしたんですか!?もしや、あの中で何か!!?」
芳佳は静夏に涙目で飛びつくと、静夏も驚いたような表情で受け止める。そこに夢結が話しかける。
「あの…すみません。ちょっとお話を伺ってもいいでしょうか?」
「あなたは?」
「私は百合ヶ丘女学院の白井夢結と申します」
「学生さんですか?私は扶桑皇国海軍少尉、服部静夏です」
「扶桑…?」
扶桑皇国…なるほど、それがここの国名なのだろう。しかし、これでここが自分達の世界の過去ではなく、別世界である可能性が大きくなった。それならば、理屈の上では1940年代にリリィのような存在がいるという事の矛盾は無くなるか…もっとも、そんな疑問が霞む程の無茶苦茶な状況ではあるが。
「それが、こんな話をして信じてもらえるか分からないのですが」
「と、言いますと?」
「私達はこの雲の向こう側から雲の中の調査をしに来たのですが、どうにも見知らぬ土地に来てしまったらしく…」
静夏はそれを聞いて首を傾げる。雲の柱は上から見た限りだと直径で500~800m程、まっすぐ進んでも鎌倉の中であろう。しかし、目の前の彼女達は道に迷ったような話をしている。それに雲の中へネウロイを追撃しに行った芳佳の様子もおかしいし、彼女達は妙な武器らしきものを持っている。彼女達はウィッチだろうか?話を詳しく聞く必要がありそうだ。
「では、あなた方はどちらからお越しに?」
「鎌倉なのですが…こことは風景が全く違います。私のいた鎌倉は無人の廃墟が並ぶようなところなので」
「ん?…いやいやいや、御冗談を。そんな話、とても信じられませんよ」
「やはり言葉だけではそうなりますか…では、私達の持ち物でそれを証明しましょう。二水さん、もう一度お願い」
しかし、二水は困り顔である。
「夢結様、さっきと同じ説明をしても相手がただ混乱するだけかと。この端末がどういうものか説明しようにも、まず単語が通じるかどうかも怪しいです」
「大丈夫よ、ここには無い技術で作られた物だという点さえ伝わればそれでいいの。それに今度は軍人らしい雰囲気の人だからおそらく大丈夫だと思うわ。あと、私達の元居た鎌倉の画像も見せておくように」
「はあ」
この静夏という少女は某レギオンのリーダーに似た気真面目そうな口調と態度だ、これなら案外動じないかもしれない。そして、二水は再びタブレット型の端末を取り出し、説明を始める。いきなり立体映像という代物を見せられて静夏はぽかんと口を開く。だが、直感的にこれは異質な物だと感じ取る。少なくとも、薄っぺらな板一枚でこんな映像を映し出す機器なんてこの世の物とは思えない。
そして、その板には鎌倉の航空写真が続いて映し出された。それはモノクロではなく、フルカラー。だが、その写真はとにかく異様であった。鎌倉のあちこちに巨大な大穴が開いており、建物は片っ端から廃墟である。史跡や寺社なんかの観光地は跡形もない。まるで欧州の激戦地のようだ。しかし、この地形は間違いなく鎌倉だ。何があったらこうなるのか、と静夏は内心驚きつつ考え込む。
すると、芳佳よりも冷静な反応を見せた静夏を見て夢結はホッとしながら話しかける。
「これで私達がこことは違う鎌倉から来た事が証明できたでしょうか?」
「ええ、とても信じられませんが…これだけの代物は現代におそらく存在しないでしょう。それでこちらからもいくつか質問しますが、あなた達は何者ですか?」
「百合ヶ丘女学院のリリィ…と言っても通じませんよね」
「ええ、学校の名前だとは思いますが…リリーというのがよく分かりません。外国語で百合の花でしたか?」
「いえ、なんて説明しましょうか…楓さん、神琳さん、何かいい説明の仕方は思い浮かぶかしら?」
夢結から急に話を振られて二人は考え込む。ざっと説明したとして単語の意味がどれだけ通じるか未知数である為、説明するのも難しい。だが、芳佳が魔法という言葉を使っていた事からマギのようなものはこの世界に存在するのだろう。よって、マギの説明はしやすいかもしれない。しかし、ヒュージはどう説明するか?それにCHARMは?自分達の身分をどう説明すれば納得するだろうか?そもそも、こことは国の名前も時代も異なる。問題は山積みだ、どこから手を付けていいのか分からない程に。
「ご指名とあらば喜んで。さて、神琳さん。どう説明したものでしょう」
「ええ、これは難題ですね。文化と常識がまるっきり違う相手に説明するようなものですから…どうやっても難しそうです」
「一から十まで相手が持つ疑問に一つ一つ丁寧に答えて解決していくしか策が浮かびませんわ」
「そうですね。やはり、その策で粘り強く説明するしかないでしょうね」
「…という事で、夢結様!とりあえず洗いざらい説明を全部ぶちまけて、後は出たとこ勝負で行きましょう!!」
サムズアップしながらにこやかな笑顔でそう答える楓を見て、夢結はため息をついた。そう都合よくうまい解決策は出てこないか、とも考えながら。そして、夢結は説明を始める。
まず、自分達は日本という国から来た事。そして、西暦ではここよりもずっと未来の年である事。そこではヒュージという化け物と人類が戦っており、リリィという存在がその化け物への対抗戦力である事。自分達はそのリリィであり、鎌倉に現れた謎の雲を調査している最中にこちらへ出てしまったという事…等々。
それを聞いた静夏は考え込む。そして、次々と質問を飛ばす。お互い、知らない単語だらけでどう話を飲み込んでいいのか分からないのである。
一方、夢結や神琳もこの世界の情報を得ようと静夏から話を聞く。この世界では魔法を使う事ができる人間をウィッチと呼ぶそうだ。そして、こちらでは魔法は古代から使われているらしい。そして、そんなウィッチが脚に付けている物がストライカーユニット、これで魔法力を増幅する事で、様々な魔法を使用する事や空を飛ぶ事、身体強化等ができると説明を受けた。しかし、ウィッチの魔法がリリィの使う能力と同じなのか、そこは謎だ。科学的に調べないと分からないだろうが、今は無理である。そして、静夏との会話は続く。
「とりあえず、聞きたい事はまだ他にも山ほどありますが…こちらの世界の歴史や社会情勢といったものは一切何も知らないのでしょうか?国名なんかも含んで」
「その通り、本当に何も知りません」
「なるほど…じゃあ、ネウロイという存在も?」
「ネウロイ?」
聞いた事の無い単語に首を傾げる夢結。そこに混乱から立ち直った芳佳が会話に加わってきた。
「ほら、さっき雲の中で戦った相手ですよ」
「あの黒いのが…確かにヒュージと違う感じは強かったけれど」
それを聞いた静夏が別の質問をする。
「ヒュージとは…ええと、あなた方が戦っている相手でしたか?それはどのような存在なのでしょう?」
「マギ…いえ、例えるなら魔力のようなものに汚染された狂暴な生物と言えば通じるでしょうか?それがヒュージです」
静夏はその説明でハッとする。
「生物…あっ、もしかして!宮藤さん、雲の周りを飛んでいたネウロイって、もしや…」
「あの銀色の?確かに…今思えばあれは生き物みたいだったね。弾が当たった位置からなんか青い液体を噴き出していたし」
そして、それを聞いた夢結は驚く。銀色で青い体液を噴き出した…それはおそらくヒュージだろう。
「ここにヒュージが!?確認ですが、そのような生命体はこの世界にはいないのですよね?」
「ええ、あのような生物は初めて見ました。そして、宮藤少尉はそれを追って雲の中に飛び込んだのです」
「なるほど、宮藤さんはその後に私達と遭遇したと」
ふむ、と夢結は頷いた。想像通り、この雲の柱にはヒュージが絡んでいるのだろうか?では、やはりこれはヒュージネストだろうか?夢結がそう考えていると、静夏が一つの疑問を口にする。
「あと、あくまでも事故のような形でここに来てしまったのですよね?この雲の先は今もあなた達がいたという世界に繋がっているのでしょうか」
その静夏の一言に夢結はハッとした。この世界に来てしまったのは確かに事故だ。だが、同じ方法で元の世界へ帰れるのか、そんな考えはすっぽりと抜けていた。そして、一柳隊の皆にも最悪の想像が過る。もしかすると、帰れないかもしれない。
「どうしよう…このまま帰れなかったら…」
雨嘉が不安げな表情で呟く。そんな雨嘉を落ち着かせようと神琳が彼女の手を握る。
「大丈夫ですよ、雨嘉さん。この場には一柳隊九人全員が揃っています、いざとなれば皆で協力して解決すればいいのです」
「そうそう。まず行ってみないと分からないし、案外何とかなるかも。心配するのはその後にしようよ」
「ああ、それに本当に何かあれば百由様や他のみんなも動くじゃろうて」
梨璃とミリアムも雨嘉を励まそうとする。すると、そのやり取りを見ていた芳佳が雲の柱の方へと振り返り、何か決心したように大きく頷く。
「静夏ちゃん、行ってみようよ」
「え?まさか、問題の雲の向こう側に…ですか!?」
「うん。本当に別の世界に繋がっているのなら確かめないと…それにこれが本当にネウロイの巣なのかまだ分からないし」
「しかし、たった二人でこの中に突っ込むのは無謀かと…あの方々も戦闘可能とは言いますが、どの程度か不明ですし」
「でも、ウィッチに不可能は無い。そうでしょ?」
芳佳のその一言に静夏は頭を抱えて大きくため息をついた。こうなった芳佳にはもう何を言っても無駄だと過去の経験から理解しているのだ。
「それに…目の前で困っている人は助けないと!」
すると、静夏は予備の弾倉をいくつか取り出しながら言った。
「はあ…分かりました。本来ならこの人達を横須賀に連れて行って事情を詳しく聞かないといけないのでしょうが…行きましょう」
「ありがとう!静夏ちゃん!!」
「それに私達は海軍士官です。直接雲の向こうの状況を確認して、証拠付きで上に報告すれば話が通じやすくなるでしょう。まあ、少尉とはいえ士官という肩書はそれぐらい大きいですから」
にやりと笑みを浮かべる静夏を見て、芳佳は苦笑いを浮かべていた。静夏が悪い意味で第501統合戦闘航空団の空気に染まり過ぎてしまったのでは、と心の内で心配しながら。
「白井さん。雲の先に戻るのなら私達も同行します」
芳佳のその言葉に夢結は驚く。だが、この状況で戦力が増えるのはありがたい。そして、梨璃に言う。
「梨璃、貴方が判断なさい。彼女達の同行を認めるかどうか」
「え、私が…ですか?」
「一柳隊の隊長として、判断なさい」
「分かりました、お姉様。では…宮藤さん、服部さん。同行をお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
二人の会話を聞いた芳佳と静夏は小柄な少女が隊長だという事実に驚いた表情を浮かべた。てっきり、今までやり取りしてきた夢結がこの集団の隊長なのだろうと認識していたからである。
そして、小休止の後に九人のリリィと二人のウィッチが雲の中へと飛び込んだ。雲の先へと戻る為、そして雲の先がどうなっているのかを確かめる為に。
雲の先の風景は確かに大昔のものだった。しかし、そこは何もかもが異なっていた。
そして、ウィッチ達も雲の先を目指す。本当に異世界があるのかどうかを確かめる為に。