一行は百合ヶ丘女学院に到着、リリィ達は次々とトラックから降りる。そして、防衛軍の隊員達は芳佳と静夏の機銃を降ろそうとするも、その重さに苦戦する。
「あっ、すみません。自分で運びますので大丈夫ですよ」
芳佳はそう言いながら魔法力で筋力を強化し、二人分の機銃とストライカーユニットを抱え上げる。そして、トラックの荷台を降りて静夏に装備を渡すと、そのまま校舎へと歩き出していった。一方、防衛軍の隊員達は唖然とした表情で二人を見送る。
「なんだありゃ…重機関銃を軽々と持ち上げたぞ。しかも二挺一気に」
「リリィなら何でもありだろう。今更何を気にしても無駄だ、無駄」
「じゃあ、あの耳と尻尾は…?」
「さあ…?いや、でも今急に現れたような…」
トラックから降りた梨璃と夢結は学院の玄関から駆け出してきた三人の生徒会長達にこれまでの経緯を報告する。だが、その話を聞いた生徒会長達は信じられないと言わんばかりの唖然とした表情をする。そして、同じく雲の中で起こった事態を初めて聞いた百由やヘルヴォル、グラン・エプレの面々も同じように目を丸くする。
「やはり冗談に聞こえますか。二水さん、記録した映像の再生を」
「了解です、夢結様」
その映し出された映像に皆は口を開けて呆然としている。一方、先に事情を聴いて事態を把握している一葉と叶星の二人は皆の反応が予想通りである事に苦笑いを浮かべていた。
「ああ、やっぱり…」
「まあ、無理も無いでしょう」
そして、この映像が先の報告の内容を証明する結果となり、事情聴取と調査の為に謎の人物である芳佳と静夏の二人を学院内に入れる許可が下りた。無論、銃から弾薬を抜いてある事を確認してからである。しかし、そこで生徒会長の一人である出江史房が芳佳と静夏の恰好を見て口を開く。
「ええと、すみませんがその恰好はちょっと…何か着替え等はありますか?」
「?」
そう言われた芳佳はその意味が理解できずに首を傾げる。一方、一柳隊の面々はウィッチ二人の恰好を改めて見て頭を抱えた。
ストライカーユニットを付けていた時にはそこまで気にならなかったが、それを外した今の状態では様々な意味で問題になりかねない見た目である事に気が付いたのであった。
「流石にアレはまずいわね…上は問題ないとしても、下が…」
「何か着替えを貸しますか?」
「そうしましょう。梨璃、楓さん。二人をどこか着替えの出来る部屋に案内してあげて」
「分かりました。お姉様」
「お二方、こちらですわ。しかし、予備の制服が残っていればいいのですが…」
そして、ウィッチ二人は一柳隊の控え室へと案内される。
「なんで長ズボンなんてはくように言われたんだろう?」
そう呟く芳佳の目の前には貸し出されたトレーニングウェアの黒い長ズボンがあった。
「さあ。でも、梨璃さん達の反応を見る限り、この世界で私達の格好は余程のマナー違反のように見えるのでしょう。理由は分かりませんが」
「うーん、なんか変な気分。元の世界では問題ないのに」
お偉いさんが勢揃いするような会議の場すらこの服装で参加できるのだ。それなのに文句を言われるとどこか納得できない、芳佳は内心でそう考える。そして、手を伸ばして貸し出された長ズボンを持つ。これは今までに触った事がないような質感の繊維だ。そして、静夏も同じくズボンの材質に軽く驚きつつも意見を述べる。
「こんな感じで色々なものが異なる世界です。きっと、価値観も違うのでしょう」
「そういうものかなあ」
「そういうものですよ。私達の世界だって、国によって服装や料理なんかが異なるでしょう?」
「ああ…そう考えると確かに」
芳佳は初めて欧州に行った頃を思い出す。確かに欧州に初めて行った際には様々な文化・風習の違いに戸惑ったものだと思い、そのまま二度三度と頷く。そして、長ズボンをはくだけなので問題の着替えはすぐに終わる。
着替えを終えた二人は部屋を出ると外で待機していた梨璃と楓に連れられて移動を始める。すると、その道中に梨璃が申し訳なさげに口を開く。
「すみません。そんな服しか無くて…本当だったら予備の制服をお貸しできたのですが」
百合ヶ丘のリリィは普段の身だしなみにも気を遣う。それは非常時や戦闘後でも変わらない。よって、汚した時や破損に備えて予備の制服は常にストックしてあった。だが、今回の騒動で予備の制服は総動員となって残っておらず、急遽トレーニングウェアに白羽の矢が立った。そして、それを二人に貸し出す事となったのである。
「いえ、気にしなくていいですよ。でも、これって変わった肌触りの長ズボンですね」
「んー…そんなに変わっていますかね?」
「梨璃さん。お二人の時代にはまだこういう材質の衣類が無いのかもしれませんわ」
「なるほど。昔には無かったものか…他にもそういうのってあるのかなあ」
「ええ、年代を考えると沢山。でも、逆に私達が見た事ないものだって向こうにはあるでしょうね」
「へえ。そういうのはちょっと見てみたいかも」
そんな会話をしながら一行は理事長代行が待つ部屋を目指す。他の一柳隊の面々は既に室内にいる筈だ。ストライカーユニットと弾薬を抜いた機銃を抱えたウィッチ二人は周囲を物珍しそうに見回しながら歩く。建物の内装は洋風といった趣であるが、所々に見た事の無いような品々が置いてあるからである。
「この部屋です」
梨璃がそう言ってドアの前で立ち止まる。すると、扉がひとりでに開く。それを見た芳佳はまるで電車のドアのようだと思いつつ室内へと入る。室内は広いが薄暗い。そして、壁にはまるで映画館のスクリーンのように映像らしきものが映っている。芳佳が驚いてそれを見ていると、静夏が隣で軽く考え込みながら考えを述べる。
「映写機は見当たりませんね。あれが話に聞くテレビジョンというものでしょうか」
「あれがそうなの…?前に新聞で読んだ事があるけど」
室内には原理すらよく分からない未知のものが溢れている。一々考えていると眩暈がしそうなほどだ。静夏がそう思いつつ視線を動かすと、複数の人物が立っている。その内の数人は雰囲気から軍人、特に士官のそれである。そして、梨璃や楓と同じ制服を着た人物はこの学院の生徒…リリィという存在なのだろう。違う制服を着た面々はトラックに同乗していた面々。そして、老人が一人。その他の人物とは明らかに雰囲気が違う。すると、梨璃が言う。
「あのお方が高松咬月…この学院の理事長代行です」
「あの方が理事長ですか。でも、代行?」
「まあ、その辺りは色々あるようで…」
それを聞いた芳佳と静夏は自己紹介を行うと、ここまでの経緯を簡単に説明する。
「ふむ、一柳隊の報告と記録は先程聞きました。あの雲はただ事ではないと思いましたが…まさか、ここまでの事態に至るとは」
「こちらとしても前代未聞の事態です。なし崩し的になってしまったとはいえ、無許可で他国の領土に入ってしまい申し訳ありません」
「いえ、それは一柳隊の面々も無許可でそちら側に入ってしまったので気になさらずに。もっとも、私は役人ではありませんので法的な問題は言及できませんが。まあ、その点はお役人に聞いた方が早いでしょう」
理事長代行はそう言うと、そのまま視線を軍人達の方へと向けた。彼らはこの周囲に展開している防衛軍の部隊の指揮官達だと理事長代行は説明する。すると、その軍人達は自己紹介もそこそこに早速本題へと入る。
「さて…先程そちらが話したように我が軍としても同様に前代未聞の事態で困惑している」
「よって、あの雲の向こうに関する情報収集が最優先事項となっている。だが、情報はほぼ皆無。手持ちはそちらにいる一柳隊が記録した映像と証言のみ。これでは正確な情勢を知る事は不可能だ。それに、雲の向こう側との接触は不可避であると考えられる。その際には穏便かつ友好的に事を運びたい。その為、貴官らの協力が必要である」
防衛軍士官達の要請に対し、海軍兵学校出身である静夏が口を開く。海軍士官は洋上で主に活動する事から外国船舶との交渉事も任務の内に想定される為、そういった面の教育をある程度叩き込まれるのである。一方、少尉と言っても下士官からの叩き上げである芳佳にはとにかく荷が重い。よって、成り行きを見守る事に徹している。
「分かりました、可能な範囲で対応致します」
「感謝する。また、この会話についてであるが、政府関係各所に外務省、防衛省…いや、そちらに分かりやすく言うなら陸軍省や海軍省のような所に中継されている。場合によってはそちらからも質問が来る可能性もある」
その一言を聞いた静夏は困惑気味の表情を浮かべる。陸海軍省に相当する省庁となるとかなりの高官が関わってくる可能性が高い。しかも無線か電話のような類で自分達の発言を逐一中継しているとなると下手な発言一つが問題になりかねない状況だ。しがない新米少尉風情にはかなり荷が重いと静夏は心の内で呟く。
「それは…将官や政府高官からの質問が直接来るかもしれない、という事でありますか?」
「その通り」
静夏と一人の佐官の会話に百合ヶ丘のリリィ達が騒めく。主に生徒会の面々だ。
リリィを守るという方針を持つこの学院はその独立性を守る為に可能な限り外部からの干渉を避けようとする節がある。よって、このように防衛軍や政府各所の介入をすんなり受け入れる状況がとにかく異例に思えたのだ。すると、その騒めく様子を見た理事長代行がため息をつきながら言う。
「事態はとにかく異常だ。しかも、異世界とはいえ雲の向こう側に地続きの国が現れてしまった以上、外交に関する問題になりかねん。流石にそれはリリィや学院の管轄外で対応不能だから仕方なく、な…まあ、その分得るものはあるかもしれぬが」
その一言で生徒会の面々は静まり込む。ヒュージとの戦闘ならともかく、外交問題と言われたら嫌でも納得せざるを得ない。一方、一柳隊では梨璃と二水の二人が青い顔を浮かべていた。
「この様子だと中継先は統幕とかですよね?いや、もしかすると大臣とかも…」
「お姉様、つまり偉い人達が私達の事を見ているって事ですよね?変に思われたらどうしよう…」
その様子を見た夢結と楓はため息をつく。
「落ち着きなさい、梨璃。百合ヶ丘のリリィらしく堂々としていればそれでいいのよ」
「そうですわ、お二人さん。それに大臣や首相や大統領なんてそんな珍しくともなんともないでしょうに。いちいち緊張する事なんてありませんわ」
「さ、流石お金持ち…」
それに、と楓は言うと視線をウィッチ二人へと向けた。
「この場の主役はあのお二人ですし、私達は見向きもされないでしょうね」
一方、士官達の会話は続く。
「では…服部少尉、まず雲の向こうの国について説明してほしい」
「では、まず国名と概要から…」
静夏が扶桑という国についての概要を説明する。すると、それを聞く防衛軍士官達の表情は困惑したものへと変わる。彼らは一柳隊の記録した映像から、国名が違う程度で1930~40年代頃の日本とおおよそ似たような雰囲気の国なのだろうと目星を付けていた。だが、服部少尉が扶桑の歴史について概要を語りだすと、その目星はあっという間に瓦解した。この中継を聞いているお偉方は今頃頭を抱えているだろうな、と一人の佐官はぼんやり考える。その理由は概要中に日本の歴史と共通したキーワードはいくつか出てくるものの、全体の流れは明らかに日本の歴史とは別物であったからだ。最早、雲の向こうは地形と建物の雰囲気だけが似ているだけの別の国と表現出来る程である。
これだけ違いがあって穏便で平和的な交渉は出来るだろうか。しかし、雲の向こうには扶桑という国だけではなく、他の国々もある筈だ。この様子であればそれらの国もこちらとは大いに違うのだろう。交渉する官僚はさぞ大変だろうな、と楓も心の内で考える。
「あの信長が本能寺を生き延びた…?」
「鎖国もないって…」
「そもそも大昔から魔法がある世界なんて…まるでファンタジーだわ」
そして、学生の身分として歴史を現在進行形で学んでいる他のリリィ達はポカンと口を開きながら話を聞いている。一方、静夏は周りの様子からこの世界と自分達の世界は魔法やウィッチの存在以外にも違う点が多々あるらしい事に気づく。これは思った以上に事態は面倒かもしれない。この様子ではこの国が持つ価値観と扶桑が持つ価値観はちょっと違う程度で済まない可能性が非常に高い。この先無事に事が済むだろうか。そんな心配を静夏がしていると、スピーカーから音声が鳴った。そして、スクリーンにはフルカラーの映像が表示される。
「こちらからも質問したいのですが」
音と映像が同時に出た…無線等を使った音声だけの中継だと思っていたウィッチ二人はスクリーンを見て唖然とする。映写機のカラーフィルムより鮮明な映像がリアルタイムで表示されているという事態に圧倒的な技術力の差を痛感したのである。そして、その映像に映っているのはどこかの会議室らしい。その室内に並ぶ人々は背広を着た文官だらけであり、そこが軍以外の省庁なのは明白であった。一方、映像を見た士官や一部のリリィ達は姿勢を慌てて正す。もしや大臣級の人物でもいるのだろうか?
「この世界地図を見ていただきたいのですが…同じ名前の国名はありますか?」
スクリーンに世界地図が表示される。しかし、静夏と芳佳はそれを見て驚くと、互いに顔を見合わせる。
「地図も違うなんて…」
「ほぼありません。どれも聞いた事のない国名ばかりです」
ブリタニアもガリアもオラーシャもリベリオンもない。中小国は言わずもがな。更にロマーニャとヴェネツィアは一つの国になっている。そして、国の数はこちらの方がはるかに多い。だが、二人が驚いた理由はその表示されている国名や国の数だけではない。自分達の知る世界地図とは地形が違う箇所が多々ある。それに太平洋にある筈の巨大な南洋島は無く、自分達の世界では居住不能とされる無人地帯にも国がある。
そして、国外の情勢についても官僚達から質問が飛び交うが、静夏は海軍少尉ではあるものの外交や歴史の専門家ではない。内容が難しくてどうしても回答できない質問が増えていく。静夏は困り果てた表情をしながらも、なんとか答えようと奮闘していた。すると、スクリーンに映る人物の内の一人が助け船を出した。
「まあまあ、皆さん。軍人に専門外の話ばかりぶつけても仕方ないでしょうに。すみませんなあ、みんなちょっと気が立っているようで」
「いえ、大丈夫です」
「双方落ち着いた方がいい。少し休憩にしませんか?」
その提案にスクリーンの中の人々と室内の皆が黙って頷いた。
だが、そこで部屋の扉が開く。そこに立っていたのは防衛軍の隊員である。余程急いで来たのか息が上がっているようだ。だが、その隊員は休む事も無く一礼すると部屋に入り、士官達の元へと速足で向かう。そして、隊員が報告を行うと、それを聞いた佐官は仰天したような表情を見せながら何かが書かれた紙を受け取る。そして、理事長代行へと視線を向けると、何があったのかを説明し始めた。
「一柳隊捜索に出ていた偵察小隊とそちらのレギオンが雲の中から先程帰還しました。そして、雲の向こう側でヒュージと扶桑軍の戦闘を目撃した模様です」
「ふむ、損害…いや、戦闘に巻き込まれた等のトラブルは?」
「ありません。しかし、レギオンのリリィ達はあまりの出来事に混乱している様子の為、現在我が方の警戒部隊が保護。落ち着くまで休ませています」
「ありがとうございます。後程迎えを向かわせます」
「いえ、我が方の偵察小隊がこれだけ活動出来たのもリリィの皆さんがいたからこそです、これぐらいは当然の対応ですよ。さて、話の続きですが…我が偵察小隊とそちらのレギオンは現地の軍およびヒュージに感づかれる事無く戦闘の様子を記録する事に成功。で…その映像が今送られてくる模様です。ここでそれを再生してもよろしいでしょうか?」
「ええ、構いません。さてさて、何が映っているやら…」
そして、スクリーンに映像が映し出される。休憩に出ようとした者は皆足を止めて視線をそちらへと向ける。すると、そこに映っていたのは古めかしい装備を持ちつつ作業を行う兵隊達と、爆音と共に空を飛ぶレシプロエンジンを積んだ航空機の姿であった。
雲の向こうとは何が違うのか。
双方の違いと情報不足によって困惑は更に広がる。