雲が出現して二日後、山の中に切り開いた道を装甲車の車列が駆け上がる。そして、車列はそのまま雲の柱へと飛び込んでいく。
「他部隊との通信途絶、GPS受信不能。各車両とのデータリンクは健在」
「護衛の車両とレギオンを視認。無線通信可能」
そして、その車列を装甲戦闘車両とリリィ達が守りながら進む。その中には一柳隊を含むいくつかの百合ヶ丘のレギオン、更にはヘルヴォルとグラン・エプレの姿もあった。
この装甲車の車列、その先頭を行くのは工兵機材を装備した装甲車両、ルート上に障害物があった場合に備えてだ。しかし、雲の先の道は報告とは異なり装甲車が走るのに問題の無い広さであった。よって、すぐに戦闘能力を持つ他の車両が先頭へと躍り出る。どうやら雲の中は変幻自在らしい。
そして、車列中央に配置された兵員輸送用の装甲車には政府から派遣された特別外交団が乗っている。彼らの目指す先は雲の向こう、扶桑皇国。この外交団は扶桑との関係を結ぶという重大な任務を背負っているのだ。よって、複数のレギオンと各種AFV…装甲戦闘車両が車列の護衛任務に就いていた。その中でも百合ヶ丘のトップレギオンであるアールヴヘイムは外交団直掩の護衛戦力として装甲車車上に展開、周囲を警戒している。
「スモール級ヒュージの一群を確認。いや、ミドル級も一体確認した」
「第一小隊各車へ、発見した目標に対して攻撃せよ…誘導弾は温存したいので砲を使用。あのミドル級に対応可能なレギオンはいるか?」
「こちらヘルヴォル、対応します。装甲車の攻撃後に前進」
「了解。各車へ、誤射に注意せよ。弾種徹甲、撃て!」
「命中確認!撃ち方やめ」
「ヘルヴォル、ミドル級に対して攻撃開始。…あっ、藍!一人で突っ込んじゃ駄目だって!!」
車両は轟音と土埃を巻き上げながら突き進み、リリィ達も同様に駆け抜ける。そして、木々の間から時折現れる敵をその火力で制圧していく。大型の敵は未だに現れない、車列は順調に進んでいく。例の広場すら大した抵抗も受けずに通過。遭遇するのは小型のヒュージばかりで例のネウロイとやらが現れる様子は無い。
「今回は静かだね」
「ええ、梨璃さん。でも、油断しないようにしましょう」
「うん、楓さん。どこから突然現れるか分からないもんね。あっ…いた、あの木の影!」
「こちらでも確認しました、攻撃しますね」
「了解。神琳さん、お願いします」
宮藤少尉と服部少尉の二人に託した封筒、そこには48時間後に外交団を派遣すると記載していた。向こう側から返答が戻ってくるかどうか分からない以上、事前に予定を記載してその通りに動く事が最も確実と言える。また、受け入れ困難な場合はその前に向こうから返答を送ってもらうようにも記載していた。しかし、前日の段階では返答を抱えた連絡要員が雲の中から現れる事は無かった。よって、外交団受け入れの意図が有りと判断され、こうして危険な輸送作戦が決行されたのである。もし不可だとしても出口でその旨を相手方が伝えてくるだろう。
車列は問題の広場を越えて更に進む。指揮官を乗せた車両から心配気な声色で一柳隊に無線が飛び込む。
「一柳隊へ、まだ先か?経験のある君達が頼りだ」
「そろそろです。あの雲の壁を越えればすぐです」
「了解。各車両およびレギオンへ、そろそろゴールの模様。だが、雲の向こうに何がいるか分からない、警戒せよ」
車列の眼前には雲の壁がそびえていた。その向こう側はまったく見えない。しかし、一度経験済みである一柳隊は臆せず進む。それに続いて車両と他のレギオンも雲の壁に向かって進み、それを超えていく。
雲の壁を超えた先、そこに広がる風景は前回とは一変していた。そびえていた木々は伐採され、そこらには塹壕と鉄条網が並ぶ。そして、その塹壕からは小銃の銃身が向けられるのと共に誰何する声が飛び込んだ。梨璃はその状況に仰天する。
「あの、えーと…私達は一柳隊と申しまして、そのー…」
「梨璃さん、それだと怪しさマシマシです」
「えー!?じゃあどう答えればいいの、二水ちゃん」
「単に外交団の護衛って言えばいいと思いますよ」
そんな問答をしていると、一柳隊の背後から機関砲を載せた装甲車が現れる。その進路上にいた梨璃達は慌てて道を開ける。そして、塹壕の兵士達は自分達が知る装甲車とは大きく異なるそれに仰天したような表情を浮かべていた。すると、指揮車両である装甲車のハッチが開く。そして、車両部隊指揮官がハッチの中から身を乗り出すと、口を開く。
「こちらは日本国の外交団である。そちらは扶桑軍か?」
「その通り!暫しお待ちを」
すると、塹壕の後方から数名の人間が歩いてくる。カーキ色の軍服にたくさんの勲章を付けたその姿は素人が一目見ただけで階級の高そうな士官だと分かる。そんな相手の方が上の階級であると判断し、車両部隊の指揮官が敬礼の号令を出す。すると、各車の車長がハッチから顔を出して敬礼し、扶桑陸軍の士官を出迎える。扶桑側の士官は答礼を返す。
「お待ちしておりました。指揮所のある麓までご案内致します」
「対応ありがとうございます」
「いえ、側車にて先導するのでその後に続くように。…中尉!誘導は任せた!!」
「了解!!」
軍刀を持った士官が乗るサイドカー付きの軍用バイクの後に続いて、車両部隊と各レギオンは山を下る。各護衛車両の防衛軍隊員は異様な状況に緊張した表情で周囲を見張り、一柳隊は前回とは大きく異なる重々しい雰囲気に周囲をキョロキョロと見回していた。一方、事前にある程度情報を得ていたヘルヴォルとグラン・エプレの面々は口をポカンと開きつつ、眼前に広がる話に聞いていた通りの大昔の街並みを見つめていた。
「これは流石に…夢だと思いたいけれど」
「現実よ。さて、あまり動揺していては背後から喰われかねないわよ。壱」
「亜羅椰はどうしていつも通りなのよ…」
そして、この場で最も困惑していたのはアールヴヘイムの面々である。彼女達は前述のレギオンより遅れて前日の夕方に事態と任務の概要を聞かされた。だが、あまりにも現実離れしたその内容にレギオンリーダーである天野天葉は何かを隠す為の欺瞞情報ではないかと首を傾げつつ疑った程である。しかし、実際に古い街並みや大昔の軍隊を見てしまっては嫌でも事態を受け入れざるを得ない。
車列は山を下り、鎌倉市街へと入る。そして、そのままどこかの学校の校庭へと入った。そこにはたくさんのテントと古めかしい車両が並んでいる。車両部隊はそこで停車、外交団と護衛部隊の上級士官達は降車して指揮所へと案内されていく。そして、残りの面々に対して案内を担当する扶桑陸軍の士官はこう言った。
「皆さんにはここで待機願います。ただし、無許可で敷地外に出ないように」
残された防衛軍の隊員達とリリィ達は校庭にテントを設営し始める。帰還は翌日になる予定で、一晩ここで過ごすからである。しかし、その一方で移動の準備を進める者たちもいる。外交団とその護衛である。彼らはこれから鎌倉駅まで移動し、そこから特別列車にて東京へと向かう。流石にあの装甲車では嫌でも目立つからという理由だ。そして、その護衛任務を命じられたのはアールヴヘイムである。彼女達は防衛軍の人員と共に外交団の乗る列車に同乗し、別世界の東京へと向かうのである。一方、残された側はこの鎌倉でそれらの帰りを待つのであった。
「夕ご飯は何でしたっけ?神琳さん」
「ええと、予定表によると…防衛軍からレーションが支給されるそうです」
「レーション…つまり、手作りはしないって事かあ」
「ええ、水で加熱するレトルトとパックのご飯ですね。梨璃さんはお嫌いですか?」
「いや、そんな事は」
梨璃はレギオンの面々と雑談しながらテント設営の支度を続ける。隣ではヘルヴォルとグラン・エプレもテントを設営しており、そちらの作業も順調そうに見える。すると、何か袋を抱えた陸軍兵士がやってきた。
「配給です。よろしければ、これをどうぞ」
「これは…パンですか?」
「ええ、あんパンです。まあ、酒保で扱っている程度の品ですが」
「わあ、ありがとうございます。みんな、あんパンだって!」
その突然の配給品に一柳隊の面々はサッと集まると、休憩ついでにそれを食べ始める。甘味を食べた事で皆はホッとした表情に変わる。そして、鶴紗はそのあんパンにかぶりつきながら感想を呟く。
「これは向こうとあんまり変わらないな」
「そうですね。まさにシンプルというかなんというか」
「甘さ控えめといった感じね」
そんな具合に異世界のあんパンの感想を話し合いつつ休憩していると、遠くの方から梨璃を呼ぶ声が聞こえてきた。梨璃は誰が呼んでいるのかと周囲を見回す。そして、その視線の先には二日前、共に未知の空間で戦った戦友がいた。宮藤芳佳である。
「梨璃さん!よかった、また会えましたね。他の皆さんも御揃いのようで」
「ええ、一柳隊九人全員揃っています。あれ?宮藤さんは何故ここに?」
「雲の監視と警戒任務。そして、明日出発予定の外交団護衛任務です」
「え?という事はまた雲の向こうへ?」
「ええ。またご一緒できますね」
芳佳はにこやかな笑顔でそう言った。しかし、梨璃は首を傾げる。何故わざわざ扶桑側が自分達の護衛に加わるのだろうと思ったのだ。ありがたい話ではあるが、理由がよく分からない。すると、芳佳は重ねて言う。
「まあ、まだその護衛対象である外交団は来ていないのですけどね」
「え?外交団ならさっき駅に向かって出発しましたよ?」
「んん?ああ、扶桑の外交団ですよ」
やっと話が見えてきた。どうやら扶桑側も外交団をこちら側に送りこむつもりのようだ。一方、芳佳は各レギオンが設営したテントに目を向ける。
「皆さん、今夜はこのテントで過ごすのでしょうか?」
「ええ」
「それは大変ですね。どこか泊まれる所を探しましょうか?ここの校舎の部屋とか…確か、空きがあったような」
すると、梨璃の後ろに立っていた夢結が言う。
「いえ、このままで大丈夫です。もうテントも設営してしまったし、今後の為にも彼女達にはこういう経験をさせておいた方がいいと思うので」
「そうですか。そういえば、白井さんに一つ聞きたいことが」
「なんでしょう?」
「白井さんは梨璃さんとは別の学年なのですか?周りから敬語で話しかけられていたので」
「ええ。一つ上の学年です。ああ、そういえば…宮藤さんとは同い年ですね」
「へえ。そうなんですか」
すると、芳佳は一つの提案を出した。
「じゃあ、敬語は無しにしませんか?同い年相手にはどうも堅苦しくて」
「ええ、それもそうね。ちなみに、私と同学年はこの中だとそこにいる梅ね」
梅がテントの前で手を振って存在をアピールする。そして、その姿を見た芳佳はハッと思いだす。
「あっ!あの時いきなり消えた人だ!!」
「こんな感じか?」
「わっ!?」
突然目の前にやってきた梅に芳佳は仰天する。そして、梅は笑いながら説明する。
「これは縮地。まあ、分かりやすく言うと高速移動できるレアスキルだ」
「レアスキル…?固有魔法みたいなものですか?」
「ああ、梅も敬語なしでいいぞ。こっちも堅苦しいのはあんまりな。そして、そのレアスキルはリリィ固有の特殊能力みたいなものだと思えばいい」
「私の治癒魔法みたいなものかあ」
「その治癒魔法というのは他のウィッチには使えないのか?」
「ウィッチには固有魔法が色々種類とあってね、治癒魔法はその内の一つ」
「ほほう。その点は似ているな」
すると、芳佳は話題を変える。
「お二人以外の皆さんは下級生なの?」
「ええ、その通り。頼りになる後輩達よ」
「へえ」
夢結は辺りを見回して質問を飛ばす。
「そういえば、服部さんは?」
「今は雑務で横須賀に。夜にはこちらに来るかと」
「そう。この前は世話になったから挨拶しておこうかと思ったのだけど」
「自分も頼りになる自慢の後輩がいて助かったなあ。あの時、私だけだったらどうなっていたか…」
「後輩…彼女、年下だったの?」
「うん。今14歳だったかな」
それを聞いた梨璃達一年生は唖然とする。
「あの服部さんがまさか年下だったなんて…」
「なんと!?」
「とてもそうは見えなかったです」
「妹と同い年!?あれで…」
「少し幼く見えましたが、あのしっかりした態度は私もてっきり同い年か年上かと思いました。意外ですね」
「士官をやるだけの器があるって事でしょうね」
「いや、立場が人を作るって事も…」
それを聞いた芳佳は苦笑いを浮かべる。そして、咳払いを一つしてからある提案を出してきた。
「少し外を見物してみませんか?向こうの鎌倉と違う景色ですし…まあ、みんな避難中で人はいませんが」
「え?でも、さっき無許可で外に出ないようにと言われたわ」
「あー、それなら許可を取ればいいって事かな。ちょっと聞いてみる」
そういうと、芳佳はどこかへと駆けていく。その場に残された一柳隊一同は作業を再開する。そして、暫くすると芳佳が笑顔でまた戻ってきた。
「聞いてきましたよ。付き添いの士官がいれば大丈夫だそうです!」
それを聞いた梨璃は一柳隊の皆に問う。
「どうしましょう、行ってみますか?」
すると、折角なのでと皆は一斉に頷いた。
双方の国はついに動き出し、リリィ達は再び雲の中へと飛び込む。
全ては未知なる脅威に対処する為に。