それはまるで雪のように降り積もっていく。
音も無くただしんしんと。
何時しか私の腰まで埋まりこのままだといずれ……。
それも当然かもしれない。
何故ならこれは私の――――
「ふふっ、可愛い寝顔」
「ふぇっ……あ、すみません!」
耳元で囁かれた声に目を覚まし急いでベッドサイドの時計を見たら……血の気が引いた。
完全に遅刻だ。
よりにもよって今日という日に。
アラームはしっかりかけておいたはずなのに。
そしてようやく気付く、先程の声の主に。
本来なら待ち合わせ場所にいる筈の人。
そして、愛しい筈なのに何故か胸が痛む相手。
「申し訳ございませんでした!」
「いいっていいって♪ 一葉の誕生日に可愛い寝顔が見れてアタシ得かな?」
「ううっ、姉様の意地悪……」
私――相澤一葉――の隣で車のハンドルを握るのは私の…………姉様。
血の繋がりはないけれど一緒に暮らしている。
私とは二つ違いでもう既に車の免許を取得していて羨ましい。
「あ、止まるよ」
「えっ」
姉様の言葉が発せられたコンマ数秒後車は急停車。
シートベルトが体に食い込むも私は何とか耐える。
……血反吐を吐く寸前だったけれど。
「これでも食べて機嫌直してね」
「あ、ありがとうございます」
姉様が車から降りて買ってきてくれたのはたい焼き。
そういえばかなりお腹が空いていることに気付いた。
寝坊して急いで身支度をしたから朝食を取る暇も無かったから当然か。
その所為で紙袋の中から漂う甘い香りに魅了され急いで噛みついてしまい――
「熱っ!」
「一葉慌てすぎ。はいお茶」
「しゅみましぇん……」
少し火傷した口内にペットボトルの緑茶が沁みる。
いくら空腹とは言え姉様の前で失態は避けないと。
ただでさえ年下で頼りないと思われがちなので猶更。
あ、これって姉様の飲みかけだ……。
「アタシにも一口くれる?」
「はい」
意趣返しに息を吹きかけ少し冷ました私の食べかけ、歯型の付いた部分を差し出す。
「ありがと♪」
あ、平然と一口で半分以上食べられた。
二つの意味で悔しい。
……そして少し恥ずかしい。
「振り返ってみて一学期はどうだった?」
「はい、生徒会長として生徒の先頭に立ち学園をより良くしてきました!」
「一葉は頑張り屋さんだからね」
運転中の姉様のお顔を盗み見ると慈愛に満ちた優しい表情。
胸のモヤモヤが少し薄れたかも。
「でも時には立ち止まって周りを見回してね。遅れちゃう子も立ち止まっちゃう子もいるかもしれないから」
「……はい、注意されましたので」
「よろしい♪」
あれ、誰に注意されたのかよく思い出せないな。
最近の酷暑で気が抜けているのかも。
「気になる子ができてたりして?」
「ぶはぁっ!?」
姉様の想定外の質問にむせてしまう。
よりにもよって何て質問を!
「一葉は可愛くて格好良いから惚れちゃう子も二桁はいそうだよね♪ はいハンカチ」
「……お借りします。周りは方がどう思っているのかは知りませんが、私にとっての一番は姉様です」
ハンカチで汚れを拭き、呼吸を整えて自分の思いを口にする。
伝えられる時に伝えなければきっと後悔するから。
何故かそんな思いが浮かぶ。
そんな経験今までには……。
「ふふっ、一葉にそんなこと言われたらアクセル全開にしちゃうかも」
「法定速度は守ってくださいね?」
下北沢では古着屋を巡り、その後新宿御苑を散策。
都庁の食堂でお昼を済ませ、お台場ではゲームセンターで姉様が取ったクマのぬいぐるみを押し付けられ観覧車にも乗った。
東京の街並みはとても奇麗で人々の穏やかな日常がそこにはあった。
満たされている筈なのに……この胸のざわめきは、何?
確かめる術は――
「姉様すみません。最後に行ってもらいたい場所が」
「オーケー♪」
いつもの調子で返事をくれる姉様。
これがただの思い過ごしであってくれれば。
確かめる為の行動を起こしつつも、そう願わずにはいられなかった。
「ここでいいの?」
「…………はい」
お台場から車で約一時間半、降り立った場所は日の出町。
そこに流れる空気は穏やかそのもの。
違う、これはまやかし!
本当は、昔、私が――
「くっ!」
「一葉!?」
突然の頭痛によろめく私を姉様の柔らかい体が支えてくれた。
ああ、何という甘美な感触。
だけど甘える、いや現実から目を背けるわけには。
『そのまま身を委ねろ』
≪そんなことできない≫
『全て忘れてしまえ』
≪絶対に忘れられない≫
『戻れなくなるぞ』
≪最後まで突き進むだけ≫
頭の中でぶつかり合う警告と抵抗。
きっとそれは私の弱さと強さ。
だけど立ち向かわなければいけない。
そうしなければ――
「ごめんなさい、姉様。一葉は生き恥をさらさねばなりません」
「そっか……気付いちゃったか」
「…………はい」
泣き笑いのような表情を浮かべる姉様。
そんな姉様から距離を取る私。
ああ、そんな表情は止めてほしい。
全部私の心の弱さが生んだ事態だから。
貴女はきっと私が救えなかった全てに対する罪悪感。
許されたいと願う身勝手な思いの結晶。
願ってはいけない禁断の――
「ん」
「っ!?」
唐突に唇に訪れた柔らかな感触。
眼前には姉様の優しいお顔。
姉様の予想外の行動に思考回路がショート寸前。
唇が離れるまでの時間がいやに長く感じられた。
「な、何を……」
膝から崩れ落ちそうになりながらも何とか立ち続ける。
顔が熱い、いや全身が熱い。
沸騰しそうだ。
「少し訂正かな? アタシを形作るのは一葉だけの思いじゃない。死者、生者、リリィ、マディック、ヒュージ……それぞれから漏れ出たマギが合わさったもの」
「……すみません、ちょっと理解が追い付きません」
「細かい所はアタシにも分からないから勘弁して。とにかく、アタシ、アタシ達は一葉が前に進むって言うなら全力で応援するから♪」
「…………ありがとうございます」
姉様の話は半分も理解できていないけど何故が涙が溢れてくる。
まるでヘルヴォルのみんなといるような……ヘルヴォル!?
「記憶が戻ってお別れが近いみたいだね。まあアタシ達は一葉の中にいるから、心が折れたら全力で甘やかしてあげる♪」
「分かりました。心が折れないよう血反吐を吐いて頑張ります、姉様!」
「うん、良い笑顔だ。頑張りたまえ、全力少女♪」
光に包まれていく姉様、そして周りの全て。
ああ、これで偽りの安息も終わりか。
さあ行こうか、私達の戦場に!
「―――――一葉! しっかりしろ! 目を開けたまま寝るな!」
「れっ、恋花様!?」
「あー、びっくりした。いきなり涙流すわ反応しないわで」
「え……あっ」
そういえば今は私の誕生日会、恋花様が用意した『本日の主役』タスキとバースデーハットを身に着けていた。
そして場所はヘルヴォル控室、見事に飾り付けがされていて普段とは雰囲気が全然違う。
折角お祝いしていただいているのに上の空では失礼極まりない。
気を引き締めないと、あれ?
「一葉ちゃん大丈夫? はい、ハンカチ」
「ええ大丈夫です、千香瑠様」
何故か流れた涙を千香瑠様のハンカチで拭く。
……似たようなことが少し前にあったような。
「一葉、たいやき食べて元気になって」
「一葉、クマのぬいぐるみを抱っこすれば落ち着く」
藍と瑤様から手渡されたたい焼きとクマのぬいぐるみ……無性に胸が温かくなる。
ああ、体の底から力が湧いてくるみたいだ。
絶対に仲間を、全てを守らないと。
たとえそれがどんなに険しい茨の道であっても。
「お、いつもの一葉に戻ってきたね」
「そうでしょうか?」
「うん。それでこそあたしが大好きな、どこまでもまっすぐな全力少女だからね♪」
感想、評価、誤字報告などありましたらよろしくお願いします。
やばめのフラグがあって半年後が心配なヘルヴォル……。
相澤一葉:割と謎が多い
佐々木藍:姫
飯島恋花:使い勝手が良い
初鹿野瑤:安定
芹沢千香瑠:やや改善
姉様:個性の集合・濃縮
今回の話は?
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