ガタンゴトン、ガタンゴトン
聞こえてくるのは列車がレールのつなぎ目を通過する音だけ。
目の前の大きなテーブルにぽつんと置かれたコーヒーからは湯気が立ち上っている。
私はただぼんやりとそれを見つめる。
どこかふわふわとした感覚。
少し目を閉じれば自分の輪郭が保てなくなるような危うさ。
まるでこれが────
「前の席いい?」
「えっ!?」
私の曖昧な思考を断ち切るような突然の明るい声。
左の通路から声を掛けてきた少女は私の返事を待たずにテーブルの反対側、私の正面に座った。
マーチングバンドの様な華やかな制服、確か甲斐聖山女子だったか。
本来なら千香瑠様が通い続ける筈だった陥落した甲州のガーデン……。
「お姉さん、オムライス一つ!」
困惑する私のことなどお構いなしに客室乗務員さんに料理を注文する彼女。
ああ、ここは食堂車だったのか。
意識が段々と鮮明になってきた。
「一葉は?」
「私はこれで十分です」
知らない相手からいきなり名前で呼ばれた動揺を隠す様にコーヒーを口に含む。
淹れ立ての様な熱さと心地よい苦みが私に活力をくれる。
「コーヒーを飲む姿も格好良いね。千香瑠が惚れるわけだ!」
「んぐっ!」
突然の発言にコーヒーを吹き出しそうになるが何とか耐えた。
いきなり何を言い出すんだこの人は!?
「一時はどうなることかと思ったけどこれなら安心かな」
「なっ、何の話ですか!?」
「気付いてないの、あの娘の熱のこもった視線に?」
「あくまでも彼女は大切な仲間です!」
「あんなに優しくて可愛くて料理も美味しくてスタイル抜群なのにそれだけ~?」
「うっ」
身を乗り出す少女の追求に言葉が詰まる。
レギオン結成から半年も経っていないのに公私とも彼女の献身にどれだけ支えられたであろうか。
安定剤を使ってまでも戦場に立つその勇気、思い悩んだ時に何も言わず傍にいてくれた心遣い。
浴場では体の隅々まで優しく丁寧に……。
そんなことまで思い出してしまったせいで顔が熱くなってしまう。
「おっ、脈ありって感じかな?」
「…………黙秘します」
「今はそれでいいかな。おっ、オムライスが来た来た♪」
一方的に会話を打ち切り美味しそうにオムライスを食べ始める彼女。
全く……どこか憎めない。
彼女から千香瑠様への温かい思いを感じた、からなのかな?
「一葉も食べる?」
「……今度千香瑠様に作ってもらうので結構です」
「そうきたかー、私の分までたくさん食べてね!」
いつの間にか少女はいなくなり食べ終わったオムライスのお皿も片付けられていた。
また空虚な時間が続くのか、そう思った時横から視線を感じた。
「じー」
そこにいたのは赤い髪の少女、いや見た目的に幼女と言った方が正しいか。
熊のぬいぐるみを大事そうに抱きかかえているのが微笑ましい。
脇に抱えているのはスケッチブックかな?
「どうしたの?」
「よいしょ」
幼女は私の質問には答えずおもむろに私の膝の上に座った。
「あなたはそこ」
熊のぬいぐるみを私の横に座らせるとスケッチブックを机の上に広げクレヨンで何かを描き始める。
マイペースだね……バランスを崩さないようについ藍相手のように幼女のお腹の辺りを抱きしめた。
……とても温かい。
小動物みたいに少し力を入れたら壊してしまいそうで怖いけれど。
「るなてぃっくとらんさーはぱおーん♪」
幼女が描きながら口ずさんでいるのは一体何の歌なんだろう?
意味は分からないけどとても楽しそうで何だか私まで楽しい気分になってくる。
藍が時々即興で作る歌と同じような印象だからかな。
段々と描かれていく人のようなもの。
白い上着に青いスカート、手には武器の様な物を持った五人の……少女?
もしかしてこれって──
「へるゔぉるかんせーい!」
「……うん、良く描けてるね」
「えへへ、こっちから、かずは、らん、ちかる、れんか。さいごにようおねーちゃん」
もしかしたらこの幼女は瑤様の……。
「おねーちゃんってとてもやさしいんだよ?」
「そうだね。瑤様のさり気ない優しさにはいつも助けられているよ」
口数の少なさから誤解されがちだけど瑤様はとても優しいし聡明だ。
一緒に過ごすうちに彼女の色々な面が見えてきてヘルヴォルに指名した時よりも更に好きになった。
藍に甘すぎるのはちょっと自重してほしいけれど。
「でもおねーちゃんってがんばりやさんだから……」
「うん、疲れちゃわないように目を離さないようにしないとね」
「おねがいね、かずは」
「まかせて……乗務員さんすみません、この娘にシュークリームとジュースをお願いします」
「メンカタカラメヤサイダブルニンニクアブラマシマシよろしくね♪」
「いきなり目の前に座って恋花様みたいな注文をしないでください」
「いーじゃん、好きなんだから♪」
今度はエレンスゲの制服を着た少女が私の前に座る。
軽い態度とは裏腹に隙は無く一目で凄腕のリリィだと分かった。
でも在校生に彼女の様な生徒はいただろうか?
もしかすると彼女もあの惨劇に──
「あの──」
「ちょい待ち、話は完飲し終わった後で」
彼女の言葉が終わるのと同時にテーブルに置かれたラーメンと呼ぶのがはばかられる物体。
大きめのどんぶりに盛られたもやしの山……恐らく麺は中にある筈。
前に恋花様に連れて行かれた時に食べた以上の量であることは確かだ。
あの時は……軽く思い出しただけで胸やけがしたので思考中断。
「分かりました。ですが完飲は体に良くないのでは?」
「SDGsってやつよ♪」
SDGsってそういう意味?
もっと勉強しないといけないようだ。
「ふぅー、どうよ?」
「空のどんぶりの底を見せなくても結構ですから」
「付き合い悪いな~。で、何が聞きたい? 日の出町の時に所属してたヘルヴォルのこと?」
「っ!?」
急に真剣な表情になった彼女の口から出たキーワードに体が強張る。
まるで金縛りにあったような感覚、まるで何者かに体を乗っ取られていくようで……。
それでも続きを促したいが言葉が出ない……どうして!?
悪夢に出るあの光景、自分が自分じゃないような恐怖を何とかして消し去りたいのに!
「あーそういうことか。まあここでの会話なんてすぐ忘れちゃうから無理すんなよ」
そう言うと彼女は身を乗り出してハンカチで私の額の汗をぬぐう。
それが功を奏したのか体の硬直が解け背もたれに力無く体を預けた。
まるで悪夢を見た後の様な不快感を味わいながら……。
「少しは落ち着いた?」
「失礼しました」
おかわりのコーヒーを飲み何とか平静を取り戻した。
その間目の前の少女はというと──
「バケツパフェってフォトジェニックよね」
「流石に食べ過ぎでは?」
「甘い物は別腹だから!」
アレを食べた後にデザートにバケツパフェ……別の意味で気持ち悪くなってきたかも。
「もうリアルじゃ食べられないんだから大目に見てよ♪」
「……やはり貴女はもう」
彼女の言葉の意味を先程までの乗客と併せて理解すると目頭が熱くなった。
リリィとして志半ばで倒れた無念さはどれ程のものか。
自分に置き換えたら死んでも死にきれない。
「ここだと詳しくは言えないみたいだけど色々と背負わせちゃってごめんね、ヘルヴォルの後輩ちゃん」
「……いいえ」
彼女の様々な感情が入り混じった表情を見ると噂通りの悪名高い当時のヘルヴォルのメンバー、には到底思えない。
私の甘さだろうか?
それでも一人の人間として手を取り合う努力は惜しみたくない。
たとえ私に憎しみを込めた視線を向けてくる優珂さんの様な人相手でも。
「恋花と瑤には辛い経験をさせちゃったからさ、気に掛けてくれると嬉しいな」
「任せてください、二人とも大切な仲間ですから!」
「……よし任せた。頑張れ、序列一位♪」
「──相席、いいかしら?」
「あ……はい」
何故か私の隣に座ったのは白髪に病的な白さの肌、そして入院着姿の小柄な女性だった。
長い白髪で顔が隠れていて横からだと表情はうかがい知れない。
どう見ても異様なその見た目、それでも不思議と恐怖や嫌悪といった負の感情は生じなかった。
「すみません、たい焼きと緑茶をお願いします」
たい焼きという言葉に藍の笑顔を思い出す。
平時も戦闘時も問題を起こしがちだけど何故か憎めないし可愛い……これが妹という感じなのかな?
藍といる時だけ感じる不思議な感覚があるのは確か。
その瞬間だけ素の相澤一葉、だったりするのかも。
「ふふっ」
「あら、何か楽しいことでもありました?」
「いえ、すみません! たい焼きの大好きな妹分のことを思い出したので」
「そうですか……娘のこと大切にしてくださってありがとう」
「あっ」
これで四人目というのにあまりに雰囲気が違うので気付けなかった。
藍の起きている時はいつも元気いっぱいに動き回っている活発さとこの女性の今にも消えてしまいそうな儚さは真逆。
もしかしたら藍も成長すれば彼女みたいなお淑やかな女性になるのかも知れない……ちょっと想像するのが難しいけれど。
でもヘルヴォルには素敵な二年生が三人もいることだから不可能ではない、かな?
「わたしのせいで辛い人生を歩ませてしまっているけれど、貴女の様な素敵な人に出会うことができて良かったわ」
そう言うと彼女はほっそりとした手で私の左手を取り自らの下腹部に押し当てた。
微かに感じる不思議なマギ……ここから藍は。
倫理的には許されないG.E.H.E.N.A.の人体実験、でもそれが無ければ藍が生まれてくることも私たちと出会うことも無かったかもしれない。
過去は変えられない、でも未来はまだ私たちに選び取れるチャンスが残っている。
「こんなわたしのことは恨んでも──」
「藍さんを産んでくれてありがとうございます!」
「えっ!?」
戸惑いの声を上げる彼女、でも私は止まらない。
彼女の髪をかき上げ顔を露わにした。
ああ、藍と同じ金色の瞳に少女の面影を残しつつ少し大人びた可愛らしくも陰のある顔ばせ。
軽い胸の高鳴りを覚えてしまう。
「藍さんはもうヘルヴォル、いえ私にとって欠かせない存在です。彼女の笑顔はこの世界に必要なもの、必ず幸せにしてみせます!」
「あらあら、謝罪のつもりが逆に情熱的な娘へのプロポーズを聞かされました」
「あっ」
勢いのまま口にした言葉を反芻すると確かにその……うぅ、恥ずかしい。
でも嘘偽りのない私の気持ちであることは確か。
うん、問題ない!
「藍、一葉さん、ヘルヴォルの皆様に幸多からんことを」
「────一葉、起きろ~」
「らっ、藍!?」
「一葉疲れてる?」
「え……あっ」
そういえば今は私の誕生日会、恋花様が用意した『本日の主役』タスキとバースデーハットを身に着けていた。
そして場所はヘルヴォル控室、見事に飾り付けがされていて普段とは雰囲気が全然違う。
折角お祝いしていただいているのに上の空では失礼極まりない。
気を引き締めないと、あれ?
「一葉どうした?」
目の前の藍のきょとんとした可愛らしい顔を見ていると何故か胸が痛み──
「幸せにするから」
「え?」
抱きしめてしまった。
どうしてだろう……何故かこうしないといけない気がした。
後のことなんて考えずに。
「いきなり何言ってるの一葉!?」
「一葉ずるい、わたしも幸せにする」
「あらあら、急いでお赤飯を炊かなくちゃ♪」
一気に騒がしくなるヘルヴォル控室。
そのお陰で胸の痛みはいつの間にか消えていた。
代わりに湧き上がってきたのは絶対に守ろうという強い意志。
明日からまた血反吐だ!
「らんもみんなを幸せにしてあげるから」
感想、評価、誤字報告などありましたらよろしくお願いします。
<備考>
相澤一葉:ガーデン内外に隠れファンが多い
山川真琴?:甲斐犬の世話を千香瑠としていた
初鹿野充?:最初に書いた絵は瑤
旧ヘルヴォルメンバー?:徹底抗戦派
佐々木母?:外出時は日焼け止め必須
今回の話は?(2022)
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